俺と妹と義弟の話2
俺は兵官。今は見習いみたいなものだけど、あと約1年半で三等凖地区兵官から三等地区正官に出世。問題を起こさなければまず確実。
親父は子どもを作り過ぎ。年々稼ぎが悪くなったか現状維持なので我が家は大貧乏。
なので俺は我が家の期待の星にして今後妹達が嫁にいくまでしっかり守る大黒柱となる予定。正官になったら給与が跳ね上がるのでもう少しの辛抱。
去年2つ歳下のルカは職場の人とお見合い結婚をした。
ルカと婿のジンは我が家の隣で暮らして、我が家が家事を預かる代わりに家計を助けてもらっている。
我が家と近所に暮らす祖母とルカとジン夫婦の家事を担うのは次女のリル、3女ルル、4女レイが中心。末っ子ロカも邪魔しながら少し手伝っている。
約半年後の5月にリルは元服する。16歳成人の仲間入り。
リルは家計に余裕がないから稼ぐ方に回った母の代わりとして家事と育児を任され、そんなに遊べていないし寺子屋にも通えていない不遇な妹。
これから寺子屋、どこかに奉公よりも得意な家事を生かして我が家より良い家へ嫁へ。早く嫁に出した方がきっと幸せになる。
リルの結婚相手の条件は他の娘達と違って無口で人付き合いが苦手で心配なので極力近所。
家事育児は得意だけど学がないのでそれで良い家。
現在の生活よりも良い生活を与えてくれる家。
母と俺は近所でわりと人気者だし俺は兵官だから少し高望みをする。
リルは少し変わっているし大人しいし人見知り。家族以外にはかなり喋らないけど、素直で面倒見が良い働き者。
もたもたしてると言われるけど、昔から口先だけの母の言いつけを守って何事も丁寧。
謎なこともするけど人はそれぞれ価値観が違うからリルの性格や妙なところを良いと思う男もいるだろう。
親父に似てブサイク気味だけど問題ない。顔に釣られる男より、顔より中身が良いという男の方と助け合って生きていく方が幸せになれる。
両親によるリルの縁談探しは難航。両親と俺は気がつかなかったリルの縁談の邪魔が発覚。
「ぼんやりしてあまり喋らない大人しいリルちゃんより数年待って元気溌剌なルルちゃんがええ。美人だし」
リルの5つ歳下のルルは母親似に突然変異も加わった美人。
定期的に「売らないか?」と人買いがくるし人攫いにあったこともある。
なのでルルを知らない相手探しになった。これがなかなか難しい。なにせ遠くに嫁に出したくないからだ。
それで元服まで後1ヶ月と少々という頃に俺も縁談探しに加わることになった。
妹が友人や先輩とねんごろは嫌と思っていたが早く良い暮らしをさせてあげたい。
「妹のために動け!」と両親にどやされるのもあり渋々友人先輩に声を掛けた。
よよよ、と踊っていたリルが嫁にいって俺の友人先輩とねんごろ。非常に嫌。
ルカの結婚は知らない男とだったのでまだ良いけどリルの結婚相手は俺の顔見知り疑惑。最悪。
友人には雑にすすめた。良い家のほうが良い。
先輩の方が許せる。なのでリルと気が合いそうな大人しめの先輩達に真剣に声を掛けた。
俺が思うリルの長所と欠点を伝え、とっておきの武器、リルの最終兵器も泣く泣く伝えた。
リルは母に似て巨乳。隠しているから知られていないけど俺は家族だから普通に知っている。
俺は妹ルルに美貌を奪われた代わりだと思っている。ルルは貧乳で終わりそう。同じ年齢の時のリルと明らかに違う。
それで明後日リルが元服という日に職場の先輩が1人釣れた。仕事後に話をしたら良い返事だった。
「とりあえず会って話してみたい。お見合いじゃなくて簡易お見合い。挨拶をして俺の姉弟達と一緒に軽くお出掛け。家は8年前に母を亡くした。姉を嫁にいかせたい。弟と妹がいるから姉の代わりに家族の面倒を見てくれる女性を探している」
「ぜひお願いします」
「結構前向きだ。リルさんがお嫁に来てくれて慣れたら父と姉の縁談相手を探す。知らない家でしばらく母親代わり。それに納得してもらえれば」
条件が悪いから格下との縁談ってこと。こちらは幸運。
格下を選ばないといけない理由は先輩の顔もあると思う。先輩の顔は怖い。背が低めなのもある。ただリルはちんまりしているから問題無いだろう。
男は中身だとリルに先輩の良いところを伝えよう。
「人見知りですけど慣れれば喋ります。何回も会って下さい。本当に良く働くし優しいんで。お願いします」
美人のルルがいるけど5年待ったら先輩の姉は30歳。それにルルはリルのように家事を任されている訳ではない。ルルではなくてリルと会ってくれると再度確認。
明後日は元服祝いでリルは16年間で1番お洒落をするので「何も要らないのでお祝いに来て下さい」と頼んだ。
「そうしたらその日にご両親に簡易お見合いのお申し込みをしよう」
「ありがとうございます!」
よっしゃあ!
俺は妹孝行をした。兵官の嫁だから安泰、ではなくて先輩は面倒見が良いと思っていたら。さらには姉想いと判明。家族想いの男に嫁ぐのはとても安心。
家は遠くない。長屋ではなくて町屋。父親も4番隊の兵官。なので金はありそう。衣食住問題なし。
最初は苦労するだろうけど弟は14歳で妹が10歳。彼の世話は長い期間ではないし世話内容も赤子や幼子よりうんと楽。
10歳で0歳のロカを背中におぶりながら、ルカと共にあれこれ家事をしたり色々頑張ってくれていたリルならきっと大丈夫。
父親も夫も兵官なら今より苦労しない。この条件なら我が家もリルのために口出し出来る。
リルと先輩がねんごろは嫌なので考えないように歌いながら帰宅。
「ただいま! 聞いてく……」
「ネビー! 大変だ! リルにとんでもない玉の輿縁談が来た!」
玄関を開けたら母と目が合った。母は飛びかかってきた。
「えっ?」
何で知ってるんだ? と思ったら違った。
俺と同じ剣術道場の門下生ロイが父親と共に来て結婚お申し込みをしていったという。
「はああああああ⁈ ロ、ロ、ロイさんってあのロイさん⁈」
そういえば聞かれた。剣術道場仲間に雑に「リルいる?」みたいな話をしていた時に確かに聞かれた。
『妹さんがそろそろ嫁に行くと聞いた。本当ですか?』と。
俺は両親と共にルカとジン夫婦の部屋へ移動。ルカとジンには騒がしいルル達の相手役になってもらった。
「ロイさんって意味が分からん。あの人どこの家の息子か分からないけど、絶対にいいところのお坊ちゃんだぜ。多分手習系の豪家の息子だと思う。偽物じゃないか?」
立ち振る舞いや雰囲気からして商売人の息子とは思えない。
商売人以外の金持ちは条件を満たすと豪家。同じ剣術道場へ徒歩で通える範囲の家の息子だから大農家系の豪家ではないだろう。火消しや兵官の息子とも思えない。
「父親と来て家暦と略暦をいただいた。身分証明書も見せていただいたというか提示された。卿家ルーベル家の4代目だそうだ」
「げほっ! げほげほっ! 卿家⁈ しかも跡取り息子⁈ まじか。理由は? 何でリル⁈」
放心気味の親父ではなくて母に説明された。
母親の代わりに家事を全て任せられる。
長男なので跡取りが必要。母が多産なので期待出来る。5人も娘がいれば子が出来ない時に養子をもらえる。親戚が少ないらしい。
「それ、他にもいるだろう」
「そうなんだ。そのはずなんだ!」
ぼんやりしていた親父が大きな声を出した。
「衣食住の不自由は一切させません。結納品も要りませんって!」
結納品なんて平民にはないしきたりだ。出せと言われても何も出せない。
「裁判所で事務官として働く自慢の息子です。我が家は卿家。跡取り息子の嫁です。どうかご検討下さいって頭を下げられたんだ! 偉いお役人さんに! 即座に頭を下げた」
「こんな贅沢で幸運な縁談は2度と来ないと思ってすぐよろしくお願いしますって言った」
えー……。リルの意思とか気が合うかの確認は?
でも確かに2度とない幸運な縁談。いや何か裏がある。おかしい。絶対におかしい。
「それで来週、当人同士と互いの両親で顔合わせと結納になった。場所は隣街の料亭だ」
「来週結納⁈ はあああああ⁈」
「それでその後3ヶ月間あちらの奥様の知人の旅館で読み書きや家事などの花嫁修行。それで祝言。勉強は嫁いでからも続けてもらうと。かめ屋だ。かめ屋で奉公とは違う花嫁修行。リルに勉強をさせてくれるって!」
また咳き込みそうになった。3ヶ月後に祝言⁈
「色々おかしいだろう。結納品もいらないって、俺達の身分じゃ要らないけど本来必要なものを要らないって変だ」
「あちらの奥様の代わりに家事だから、もしかしたら奥様が寝たきりで世話をさせられるのかもしれない」
うんうん、と俺は大きく頷いた。それから首を横に振った。
「俺の知る限りのロイさんだとそれでもリルを嫁に欲しいなんておかしい。条件を飲むお嬢様はいるはずだ」
「ネビー。どういう方なんだ? 結納まで1週間ある。デオン先生に彼のことや向こうの家のことを少し聞くつもりだ」
「俺が9歳の時に入門してきて、毎週月曜と金曜に一緒に稽古した。最初はベソベソしながら食らいついて稽古してた。厳しくて辞める奴は多いけど辞めなかった。1つ違いなのにうんと礼儀正しくて立ち振る舞いも立派。身なりが違うし家の方角も違うからそんなに喋ったことがないまま、ロイさんは未成年門下生卒業」
卿家か。役人の手本。上級公務員の家。言われてみれば納得。卿家って忘れがち。
「彼は今も道場に通っているんだろう?」
「ああ。先に成人門下生になったのか辞めるのか分からなかったけど俺が成人門下生になったらいた。俺と同期の門下生と2つ上の先輩とよく一緒にいて出稽古先だと3人増える。全員金持ちそう。でも華族未満って感じの中間層。あんまり笑わなくて微笑みって感じ。そんなに喋らなくて相手の話を聞く感じ」
「大人しい方なのか。凛々としているのに穏やかそうな雰囲気だった」
「でも必要なことはしっかりハキハキ喋る。根性がある。そこそこ強い。見た目は見た通り良い。長年の友人もいる。後輩門下生の面倒見が良くて優しい。華族のお坊ちゃんがサボれば注意して率先して……まさに卿家の跡取り息子。だからリルっておかしくない?」
両親は呆然顔。
「おかしい。確かにおかしい。そんなにええ方なのか……」
「親父、他に何か条件は出された?」
「花嫁修行後の大安吉日の日にフェリキタス神社で挙式。その後に向こうの家で親戚だけの披露宴だ」
南3区最大の神社で挙式……まじか。しかも家で披露宴って家広そう。
「それで?」
「リルはルーベル家の嫁なので我が家の問題その他は基本的に背負わない。当然のことだ。あまりにも困っている時は援助を検討する。おかしい。犯罪者を出さないように。卿家だから迷惑をかけるので当たり前のことだ。新しい生活、異なる文化には我慢して慣れる努力をして欲しい。明らかにルーベル家に落ち度があればリルは実家に帰って良いと」
「他には?」
「ない」
「明日仕事休みだからデオン先生に聞きに行く。この格差婚はありえるのか。俺の知る限りだとロイさんはリルをこき使ったり、仕事の憂さ晴らしに殴ったりしない。だからおかしい。リルに得ばかりで釣り合いが取れない。学も教養も与えるから今は無くて良いってそれで卿家の生活が成り立つのか謎」
頼むと言われて話し合い終了。とりあえず縁談は進めるということで、一応リルにお祝いを言いに行くことにした。両親と我が家の方へ移動。
お祝いも言うけど結婚お申し込みの品が気になる。
その品は青い鬼灯の立派な簪だった。
本足はピカピカの銀色。飾りは青色の鬼灯が2つ。白銀に輝く葉もついている。
添えられていた短冊には達筆な文字で「魔を除けし幸照らす青鬼灯」と書かれていた。
あなたへ降りかかる厄災がなくなり幸福が訪れますように。自分はこの青鬼灯のようにあなたを照らします。そういう意味だろうか。
その日の夜、リルは俺の隣で「夢みたい」と結婚お申し込みの品を箱ごと抱きしめてニコニコしながら寝た。
リルからしたらロイの見た目や雰囲気と与えられた情報だとロイは皇子様かも。リルは一目惚れしたかもしれない。
一目惚れしてなかったですね。