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実家にお土産2

 ロイが風呂敷を開いた。観光案内本。丸まった紙2つ。それからあまり小さくないお酒の瓶。

 それから紫の布で何か包んである。ロイは観光案内本を父へ差し出した。


「宿の旦那さんや女将さんから家族友人知人、その他顧客にうんと広めて街や華やぎ屋を宣伝してくれと頼まれましたのでご協力お願いします」


 父はまだボーってしている。珍しく母が怒らない。


「代わりに旅行をされる際は華やぎ屋へ少々贔屓(ひいき)を頼めます。浮絵はリルさんと被ったので他の方へ贈ります」


 丸まった紙は浮絵か。確かに私と同じ。なぜか父が泣き出した。何?


「お父さん?」


 私が声を掛けると父はブワって泣いて、片腕を目に当てた。


「ロイさん……リルゥ……」


 えー……何?

 ロイの前でやめて欲しい。ロイに「ありがとうございます」とか「うんと宣伝します」とか挨拶をするところなのに。


「感激して泣くなら後にしな! 祝言後もメソメソ、ここで宴会後もメソメソ、年末もメソメソと軟弱男なんだから。娘が稼ぐ方法を探して来てくれたのに役立たせられなかったら……あー、すみません。後にします」


 感激?

 何に?

 いつもの勢いの母終了。ロイは愉快そうに肩を揺らした。


「後はお酒なんですがネビーさんは不在とは夜勤で……」

「いやあ、残業とか疲れた疲れた。今日も俺は大活躍。母ちゃんかルル、すぐ飯……」


 スパンッと扉を開いて家に入ってきたのは兄ネビー。彼は私達を見て固まった。

 

「ロ、ロ、ロ、ロ、ロイさん!」


 ネビーはあたあたした後、慌てて父の隣に正座した。そこ1番上座。


「ネビーさん。そちらは大黒柱の位置ですのでお義姉さんのお隣へどうぞ」


 ロイはネビーには注意するんだ。

 ネビーが「あっ! はい!」と思い出したように移動。


「こんばんは。お久しぶりですネビーお義兄さん。妻と旅行をしましたので無事に帰宅したご挨拶とお土産をお持ちしました」

「そ、その、そのお義兄さんはやめて下さいとですね。旅行? リルと旅行? そうなの親父……何で親父は泣いてんだ?」

「父ちゃんは放っときな。ネビー、その話はしただろう。どうせ右から左に聞き流していたんだな。お礼の品を何か用意するから給料が出たら払えって話をしたのに忘れたのか」


 母はルル達へより怖い睨みをした。あれは本気で怒っている顔。


「あー、お金を渡すことは覚えていたけど旅行のお礼だっけ。えっ、リル、お前ここへ行ったの? はああ……。大金持ちの卿家の方はこういう所へ行けるんですか」


 ネビーはしげしげと浮絵を眺めた。興味津津そう。怒涛のように喋らないのはロイがいるからだろう。


「ネビーお義兄さん。習っていると思いますが卿家は庶民です。旅行は父からの贈り物で結婚祝いと出世祝い。先祖、父の長年の働きや彼らをしかと支えた妻達の内助の功による貯金の恩恵です。自分も次へ繋げないといけません」


 ロイはあぐらをやめて正座になった。さらにほんのり微笑みから完全に無表情。家の中の空気がピリッとなる。特にネビー。

 ネビーは背筋を思いっきり伸ばして、腕も真っ直ぐ。


「ネビーお義兄さん。ご存知のように妻の父はもう煌護省勤めのガイ・ルーベルです」

「こ、こう、煌護省? そ、そ、そうなんですか⁈ そうなの親父……は話せなそうだから母ちゃん」

「忘れたけど、お2人ともうんと偉いお役人さんだ」

「忘れたけどって、俺が兵官でそれは忘れるなよ! 言えよ! えええええ……」

「兵官だとそのこうごしょう? と何か関係あるの?」


 母、姉、義兄が首を捻った。父はまだ同じ体勢でぐすぐずしていて情けない状態。


「自分は両親の反対を押し切る形でリルさんを妻に迎えました。今回の旅行は両親が妻を完全に受け入れるという意思だと思っています。今のでますますはっきりしましたが、ネビーお義兄さん。はっきり言って、妻の近しい親戚の中で貴方の事だけは心配です」


 なんか怖い。これも初めてのロイかも。ネビーが今みたいに萎縮するのも初めてだし。


「ご両親やお義兄さんお義姉さんご夫婦からは個別にご挨拶されました。両家の交流は一先ず無しとしても結婚は家と家の結びつき。親子、家族の縁は切れませんと、そのようにご相談いただきましたが、ネビーお義兄さんからは特になにも」


 そうなの?

 母を見たら小さく首を横に振り、姉を見たら同じくで、義兄も同様に小さく首を横に振った。父は役立たずなので放置。

 ネビーはこのロイの嘘に気がついてなさそう。

 これ、何のための嘘だろう。


「職人、奉公人は犯罪さえしないでいただければ何の問題もありません。父や自分の仕事を知らなくても全く問題ありません。我が家は卿家ですので基本的にご迷惑をかけることないかと。犯罪どころか小さな賄賂で下手するとクビですから」


 と、いうことはネビーはそうではないということ。同じ公務員だからだ。下級と上級だけど公務員。そうだ、私もうっかりぼんやりしていた。

 卿家は役人の手本だから、親戚の公務員が悪さをしたら困るはず。付き合いはありません、は通用しないのかもしれない


「妹の嫁ぎ先が卿家という時点で、結婚お申し込みの際の自分の家歴、略歴に目を通すべきだったと思います」

「は、は、はい。はいそうです。その通りです」


 兄も私と同じでぼんやりかもしれない。騒がしいぼんやりと騒がしくないぼんやり。


「ネビーお義兄さんは広くとれば父の部下。貴方の名声は父に跳ね返り、逆はルーベル家卿家存続に関わることもあります。その辺りをしかと自覚して、卿家の男のごとく励むようにお願い致します」


 ネビーの背筋がピンッと伸びる。それで「は、はい。はい……」と震え声を出した。こんなビビった兄を見たことがない。

 ロイは酒瓶を手に持つとネビーの前へ差し出した。お酒の名前は見えなかった。


「と、両親はそのうち貴方を呼び出してこう言うと思います。お気をつけ下さい」


 ロイは足を崩して苦笑いした。それから「うんと疲れました」と微笑んだ。

 そういうことか。義父より義母が言いそう。いや、義母がそう言って義父がネビーに言うの方かな。


「銘、質実剛健。卿家の男らしく、そしてご活躍されれば父は貴方に縁談や出世の後押しなどの手配をするでしょう。この地区では決して手に入らないお酒です。両親から何か言われて愚痴や相談があれば酒盛りに声を掛けて下さい。自分は酒好きです。試飲では足りません」


 誰も何も言わない。固まっているネビーを見つめて目を丸くしている。私と同じ気持ちだろう。こんなネビーは知らない。


「いやあ、ネビーさんに練習と思ったけど疲れた疲れた。大人しく母の選んだ女性と結婚すれば、こういう板挟みも減ったんですけど。酒はご家族全員へのお土産です。試飲して気に入って、重たい思いをして運んだので飲む時は声を掛けて下さると嬉しいです」


 そっか。練習か。そうなのか。確かに苦労して稼いだお金で「嫁と」旅行ということは渋々からさらに認められた可能性大。


「こ、こ、こ、怖いですよ! リルと同様にロイさんもこんなに喋るん、喋られる? 話すんですね」


 ビビりネビー継続。私が吹き出すと父以外が笑い出した。父はまだ目に腕を当てて泣いている。なぜ?


「そりゃあ仕事をしていますから。大勢だと聞き手側が多いですし無口な方ですけど、妻を迎えてからお喋りになりました。毎日が楽しいですし、欲しい情報も増えたので話しかけないといけません。そのように色々と」

「旦那様。私も根回しします。本来は私がすることです」

「もちろん頼みます。まあ、お義父さんはあの通り親孝行に感激して泣いていますからそんなに難しいことではないかと。ネビーさん以外は」

「な、な、何で俺だけ目の敵にされて……兵官だからですね」

「あはは。自分はネビーさんが食べているリルさんのお弁当がきっかけでリルさんを見つけたので、そのお弁当を無下にしていたネビーさんが嫌いです」


 ぶほっと私は吹き出した。それ、言うんだ。ロイは兄が嫌いなの。


「き、嫌いって、そうなんですか⁈ 縁を結んでくれてありがとうございますって嘘ですか⁈」

「両方本当です。あはは」

「ロイさんってそんな風に笑うんですね」

「結婚したらヘラヘラして喋るようになったなと友人達に言われます。剣術道場は人が多くて、身分差でそれとなく分かれているし、何年経っても人見知りが治りません」


 ロイが笑い、背を少し丸くしたのでビビりネビーがいつものネビーのようになっていった。


「ネビーさん、リルさんに足くさイジメをしてムルル貝殻弁当にされたらしいですね。あの貝殻弁当は自分達の周りでも話題というか笑っていました」


 その話を今する?

 でも和やかな雰囲気になった。両親や姉が「ああ。リルが激怒した時の」と話始める。何も知らない義兄が姉から話を聞き始める。


「ああ、兄ちゃんにもお土産があるの。エドゥ岩の根付け。お仕事危険だろうから御守り」


 急いで帰りたいと思ったロイがくつろいだ様子なので、いつ帰るか分からなくなってきた。

 帰る前に忘れないようにネビーへ根付を差し出す。


「リルさん気が合いますね。皆さん、観光してきたエドゥ岩山は龍神王様がうっかり削った山らしくご利益があるかもしれないので同じものを全員分です」


 ロイは紫の布を開き、私が買った根付けと同じものを義兄と姉の間に9つ差し出した。父がまだ泣いているからだろう。でも母ではないんだ。


「ネビーさんにはリルさんからのお土産がありますから、余りの1つはお義父さんとお義兄さんの職場の神棚に飾って下さい。リルさんはネビーさんに買いそうな気がしていました」

「そうなんですか?」

「ええ。なんとなく。自分は街中の店も見れましたけどリルさんは接待で時間が無くなったでしょう? 華やぎ屋内のお土産屋を見ながらリルさんなら実家に何を買うのかなあと眺めたりしました」


 この後私達はそのまま少し居座った。

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