実家にお土産1
旅装束姿だからか長屋の住人にジロジロ見られてヒソヒソされたけど、無表情のロイのピシッとした会釈のおかげか誰も話しかけてこなかった。楽。嬉しい。
もうすっかり夜なので、両親は帰宅していた。
旅行! と浮かれていてそもそも旅行することすら話していなかったので両親は驚き顔。
両親は年末以来のロイに大緊張という様子。ルル達は珍しく大人しい。ロイも人見知り発動なのか無表情気味。
実家は2間。手前の部屋の上座側に両親と呼んでもらった姉夫婦が横並び。後ろの部屋にルル達。下座に私とロイが正座。
結婚お申し込みの時と似た席。私は両親の隣でロイは義父と並んで座っていたけど。
私としてはロイが上座な気がするけど両親は気がつかないだろうしロイも言わない。
「お久しぶりです。お義父さん。お義母さん。お義兄さん、お義姉さん、ルルさん、レイさん、ロカさん。文に認めたように旅行をしまして本日帰宅しました。明日の予定でしたが都合が悪くなりまして突然お邪魔してすみません」
ロイがピシッとした姿勢で深々としたお辞儀をした。
手紙を書いてくれていたんだ。私の実家だから私がするべきだった。後でお礼を言おう。
「いや、いえ、あの、はい」
「ちょっとあんた。気の利いた言葉は何かないの」
「お前もだろう。お茶だ。明日用に用意してあったお茶を淹れます。すこ、少しお待ち……」
「いえそのままで。いやあ、知人のコネで旅行したので帰宅後に接待で疲れました。明日もです。足を崩してもええでしょうか?」
ロイは苦笑いを浮かべた。多分わざと父の言葉を遮った。普段のロイはしない。足を崩しても本来は父の言うべき台詞。今度教えよう。優しい気遣い屋のロイに甘えてはいけない。
帰ったら接待続きで疲れたと言うかも。貧乏義両親に優しくしてくれる自慢の旦那様。果報者とは私のこと。
「はい! もちろんです」
「接待でお腹も喉も満たされていますので何もお構いなく。もう何も入りません。お土産を渡したら帰宅します。皆さんも楽にして下さい」
ロイはあぐらになった。家族はルル達以外正座のまま。母がルル達に「正座。明日の食事を抜くよ」と告げてルル達はぶすくれ顔で正座になった。
「リルさん、どうぞ」
「はい」
私は持ってきた風呂敷を開けた。ロイも風呂敷を持っているのは謎。2人でかめ屋の話ばかりして聞きそびれた。
帰りにご近所さんの仲良し若衆に何か渡すのかな。
「お父さん、お母さん、こちらは私のお小遣いで買いました。ルーベル家からではなくて私からです」
特に何も言わなそうなので続ける。
「元々はお義父さんや旦那様の稼ぎですがよく働いているからどうぞとお小遣いをいただいています。立派に育ててくれてありがとうございます」
私はもうルーベル家の嫁。ロイの隣に相応しい挨拶、礼をする。戸惑い気味の両親が私の真似をした。
わーって話しかけられないのはロイがいて緊張しているからだろう。これなら年末同様に言いたいことが言えるぞ。
「リルさん。自分達の稼ぎは家族全員で稼いだものです。両親も自分も遊び銭はお小遣い制です」
「はい」
そうだった。そういう考えをするんだった。義父もロイも義母もお小遣い制なのか。
家計もそのうち学ばないといけないけど、それはまた指示されるだろう。まずは家のことと言われている。
「お義父さん、お義母さん。母も、母の手伝いをしていた自分も楽になりました。気持ちの面でも支えられ同期より早く出世出来ました。他にも色々。手紙に書いた通りです。ありがとうございます」
手紙にそういうことも書いてくれたんだ。
旅行で新しいことや新しい面を知ったけど、まだまだ知らないことがあるということ。時間が2倍になればいいのに。
「旦那様、手紙のことを知りませんでした」
「そういえば話してなかったですね。旅行計画話に夢中で忘れていました。自分もリルさんがご家族に何を買ったか知らないので興味津津です」
話が逸れたり長くなるとロイが疲れる。促されたということはそういうことだ。
「はい。まずは家族全員にです。ばあちゃん……ばあちゃんは何でいないの?」
「昼間は元気なんだけど夜は最近よく寝てて。すやすやだったからそのままにしてる」
ルカが説明してくれた。そうか。それなら今度昼間に来ないと。
「今度昼間ばあちゃんに会いに来る。それでばあちゃんとお父さんとお母さんと、あしく……兄ちゃん、姉ちゃんやジン兄ちゃん、ルル、ロカ、レイと共有です」
ルルとレイが「姉ちゃんまた足くさ兄ちゃんって言おうとした。足くさネビー。足くさ」とクスクス笑い出す。母が睨んだら黙った。珍しい。そのまま喋りそうなのに。
ロカはテディベアに夢中っぽい。母はさらに「あんた達、声を出したら姉ちゃんと遊ばせないって言うたよね。3人で静かに遊んでいなさい。宝物の花札をしてな」と襖を閉めた。ロイの目が丸くなる。
そのうち騒ぎ出しそうだから、今夜は母の言う通りがええ気がする。
今度時間を作ってルル達に思い出話や行ける場所だと伝えに来よう。
最初は浮絵。
「北区の温泉街エドゥアールの浮絵です。足腰が元気なら行ける、貧乏人も大歓迎の街でした。改めて来て色々話します」
上温泉広場の浮絵を見せながら足湯は無料とか簡単に話す。
「荷運びなどをさせられますけどツテがあるので行く時は声を掛けて下さい。行き方や途中の安宿など色々見てきました。相談もあるのでその辺りはまた手紙に認めます」
ロイが軽く会釈した。それで皆会釈。
「海がない地区で山の上なので乾燥わかめや干物など海の物を持って行って売るとええです。きっと高く売れます。旅費になります」
「その考えもなかったです。リルさんはやはり商売人ですね」
「蛙の子は蛙で父に似ました」
私とロイ以外誰も喋らない。こんなに静かな我が家——今は実家か——はとても変な感じ。
「次はお母さんにです。かわゆいと思ったお弁当箱です」
母の前にそっと差し出す。母は目を丸くした後に嬉しそうに「ありがとうリル」と微笑んでくれた。良かった。
「見たことのない模様で紐も組み合わせてあるので、研究して真似をして北区の竹細工などと宣伝すると売れる気がしたのでお父さんとジン兄ちゃんへのお土産でもあります。姉ちゃんもかな。浮絵を見せて皇族も観光する場所の竹細工と言うとええです」
接待続きだったし、静かだし家族に喋るのは気楽。1人で来た時は「もたもたでゆっくり話したいから待って」と言えばよい。
「リルさんはやはり商売人なんですね」
「お父さんやジン兄ちゃんに稼いでもらって皆で華やぎ屋で大宴会。うんと沢山稼いでくれたら私と旦那様の旅費も出してもらってさらに大宴会です」
「奉公人から独立、それから商家と夢がありますからね。卿家では大大大出世は無理です」
まだ誰も喋らない。まあいいや。
ロイの接待を早く終わらせるなら静かにしてくれて私の言葉を遮らないでくれる方がええ。
「実家と姉ちゃん家にお千菓子です。日持ちします。ここら辺でも買えますけど箱と買うことが大切でした」
父と義兄の前にお千菓子の箱を差し出す。姉夫婦はにっこり笑って「ありがとうございます」と告げてくれた。
母も「ありがとうリル」なのに父はボーってしている。変なの。
「この華やぎ屋という宿にお世話になりました。お金持ちから平家まで相手をしてくれる宿なので、お父さん達も頑張れば泊まれます。話はまた後日。長持ちするそうなので蟻に食われないようにと、ルル達が喧嘩しないようにして下さい」
「そんなに言うなら私達も旅行出来るかもしれないんだ」
「うん。安い宿から皇女様も泊まる宿まであるし、暑すぎず寒すぎない春とか秋ならずっと野宿で無料の足湯を楽しむとか色々ある」
姉とは1番喋れる。代わりに喧嘩もする。口喧嘩で負けるし他のことでも負ける。出戻りするね、と悪口も言われる。私も「ジン兄ちゃんに逃げられるよ」とか言う。
「最後は片栗粉です。実家と姉ちゃん家にです。これは中央6区で買いました。これがあるとハイカラ料理を作れます。この長屋でハイカラ家族と鼻高々です。少しずつ使うものなので売って小銭を稼ぐのもええと思います。今度教えにきます」
「リルさんは何でも商売に絡めていますね」
「稼いだら家族が華やぎ屋に泊まったり上温泉広場の地獄蒸し料理で大宴会です。えーっと、以上です」
誰か喋る? と順番に見てみる。
「リル、あんたこんなに喋るようになったんだねえ。何でいつも喋らなかったの。よその家の人には人見知りとしてもさ。こんなに家族のことを考えてるとは思わなかった。ええとこの嫁になって貧乏家族なんて知らん、かと思ってた。姉ちゃん驚き」
姉ルカがまた口を開いた。
「今みたいに皆が騒がなければ喋る。それか待ってくれれば。あと間に割り込むのは面倒で疲れるから余計に喋らなかった」
「そうだったの」
「喋る方が楽しいし誤解も解けるって知ったからもっと喋る努力をする。知らんじゃなくて、そこそこ忙しいし毎日楽しいから忘れてた」
「そっかあ。確かに2人の時の方が喋っていたもんねえ。リル、こんなに沢山色々考えて買ってきてくれてありがとう。ロイさん、妹に毎日楽しい暮らしをさせてくれて、旅行までありがとうございます。しかもこのようにお土産まで」
母より姉が大黒柱妻みたいになっている。ルカがお辞儀したので私もロイも会釈。
「自分は実家にお土産を買ったらどうですか? とは一言も言っていないので全てリルさんの意思です。お小遣いは自分の遊びや実家のために使うように渡しています。両親も自分もそういうお金は制限しています。贅沢な旅行後なのでしばらく外食禁止に節制です」
家族全員が「そうなの?」みたいな顔になる。
「お義父さんと海釣りを張り切ります。楽しい趣味のついでに節約です。お母さん、姉ちゃん今度ルル達に内緒で甘味処に行こう。ルル達は大人しく出来るまで連れて行かない」
ロイが「大人しそうですけどねえ。今も静かですし」と首を捻る。母と姉が同時に「いえ。うんと躾けます」と告げた。
「自分からはこちらです。大したものではありませんけれど」
ん?




