帰宅後も接待
翌日はどんよりどよどよ曇り空。ぬかるんでいるので中央区の方へ降りる坂道は再び荷運びをする川歩き牛車の人に乗せて欲しいと頼んだ。
今回は私達2人だけで操車コーラムの左右に座った。
コーラムは私の父くらいの年齢。伸ばした髭を三つ編みにしている。ご近所の平家での流行りらしい。
堺宿場の市場で仕入れた物を東地区へ行商に行くというので、追加でお金を払ってそのまま乗ることにした。
早起きしてひたすら帰るだけだし、私の足が赤鹿乗りで筋肉痛だから。普段使わないところを使ったからだろう。激しい運動後に痛いのを筋肉痛と呼ぶと初めて知った。
行きは西地区回り、帰りは東地区回りの行交道とは贅沢な旅継続のようで見た目は変化ない。
コーラムに東地区の流行を聞く予定が、私達の旅話を色々聞かれた。
「エドゥアール温泉街はお金持ちが行くところと思っていたら違うんですねえ」とコーラムは興味津々。
華やぎ屋に「あちこちで宣伝よろしくお願いします」と渡された館内案内本や観光案内本をロイがコーラムに見せつつ、のんびりした牛車の旅。
朝食は私達のお弁当とコーラムのお弁当を3人で分け合った。
日の出前から10時くらいでコーラムの目的の関所へ到着。少し南地区寄りのところ。親切かもしれないしお代分かもしれない。
川歩き牛はあまり糞をしない。しかも止まってする。そこそこ速いし長く歩けるのに滅多に暴れない。だから重宝されているという。
でも捕まえるのは赤鹿ほどではないけど大変。人に慣らすのも時間が掛かる。
春か秋の繁殖期の雄同士の大喧嘩は手が付けられなくて、その頃になると農村区外れや王都外へ放牧らしい。
春に繁殖期の牛か、秋に繁殖期の牛かを間違えると大事件なので注意。
私とロイはそのように川歩き牛について色々学べた。
お礼を告げて、エドゥアール温泉街の情報提供のお礼を言われて解散。
「ここからまた馬屋だとリルさんの足とお尻が疲れそうですね」
「節約もありますし歩きます」
「大雨が降ると困るし寄り道せずにひたすら家に向かって歩きますか。もう沢山思い出を作りましたからね。無事に家に帰ることが大切です。ここは少し遠いけど中央6区観光は日帰りでも出来ます」
「はい。寄り道すると行きみたいに道芸に夢中になります」
それから私達はひたすら行交道を歩いた。休み休みだけど早歩き。
途中、ロイが「減った片栗粉を増やしましょう」と告げて、私も母と姉に贈りたくていつ言おうかと思っていたので、片栗粉探しのために中央6区へ。すぐ発見。
あんかけおこげという料理を宣伝して呼び込みしているお店があったので聞けた。
せっかくなのでそのお店に並んで店内で昼食。おこげはお米を揚げたものだった。
少しカビて安くなったお餅を買って乾燥させて揚げてかき餅にしている家があって少し食べたことがある。
お餅はいつもおやつになんてしないで夕飯。
私も家族も早く餅よカビろ、と思っていた話をロイにしたら「削っても中にカビがいるかと。そういうのもあって丈夫なんですかね? 幼い頃に風邪を乗り越えると風邪を引きにくくなるというように」と言われた。
餅祭りの後に家族がたまに腹を壊したのはそのせいかも。私はない。1番お腹の弱い兄がお腹を壊した時に「鉄女」と呼ばれていた。
余計なことを思い出したけど、おこげはかき餅と似た感じな気がする。お米を乾燥させて揚げたのかな?
ロイは野菜海老ジャオズも食べた。薄い皮に包まれて焼かれた白い食べ物。私も1口味見。
中身は白菜とニラとほんの少しの刻まれた海老。ニンニク、生姜、醤油、胡麻油、砂糖、お酒らへんな気がする。そう告げたらロイが「何で分かるんですか?」と驚いていた。こういう風に、口にしたことなかったっけ?
高くないお店——昼食、ランチが狙い目——で私に色々食べさせて我が家であれこれ作ってもらう、とロイは笑った。私もそれは燃える。
ジャオズの皮はサッパリ不明。店員にチラッと聞いたら秘密と言われた。
仕方ないので甘くないお饅頭の中にこの具材をいれる。海老の代わりに少しお肉とか、キノコとか色々変えられそう。
私達はその後またひたすら行交道を歩いた。
そうして南1区へ入り、ロイの職場前を通って「祝言1周年後くらいから接待の手伝いとか行事の手伝いに借り出されることがあります。よろしくお願いします。また家からここまでの道を案内します」と告げられた。
万が一出産していてもする仕事。その為に義母や嫁友達必須。つまり私もそのうちルリ達の子どもを預かったりするのか。
聞いているより大人しそうだし少し礼儀作法を覚えてもらってルル、レイに頼むのもええかもとロイが言ったので、元気いっぱい暴れ娘っぷりを説明しておいた。
レイが屋根から飛び降りて遊んでゲンコツ食らったとか、ルルとレイで室内でじゃれ遊びをして壁を凹ませたとか。
私も巻き添えで「しっかり見ていないからこうなる!」とゲンコツ。
壁凹ませ事件は夕飯を豪華にと思って釣りに行ったせい。
そう言えばルル達全員がくっついてくると家事を進めてもらえないしうるさくて疲れるから海に行くとは言わずに「少し行ってくる」しか言ってなかったな。
銀杏拾いと売った件で「何をするのかどこに行くのかもう少し話しなさい」と義母に言われた。昔は気がつかなかった私の悪いところの1つ。
最後は立ち乗り馬車。家に帰るともう動けなそう、明日はごろごろしたい、ということでそのままかめ屋近くの停留所まで乗った。
かめ屋の受付へ預かっていた荷物と手紙に本を渡すと応接室行き。接待の予感だけど、遅かれ早かれ通る道。
荷物はカゴの箱1つ、小さいお酒2本、手紙、本数冊だった。ロイは自分達用にも小さいお酒を1本買ったからかなり重かった気がする。
挨拶をして華やぎ屋の件と両親が宿泊したお礼を告げる。
旦那と女将はその場で手紙を読んだ。黙って見守る。
「ご両親からおそらく自宅に帰る前にここへ寄るだろうと聞いていましたけどそうでしたね。小さい部屋ですけど用意してあるので風呂や食事で旅疲れを癒して下さい」
旦那と女将のほくほく顔で察する。もう知っている。これは親切でも義父母からの贈り物でもない。
案の定、私達は少し休憩した後から接待。
ロイは旦那や女将や彼等の息子夫婦などの経営陣から呼び出し。
私は料理長、副料理長とお話。まず旅で食べたものを伝えるというか、根掘り葉掘り聞かれた。
片栗料理本にアデルや私や華やぎ屋で料理長が増やしたっぽい書き付けでさらに根掘り葉掘り。
うつすまで借りたいと言われたので了承。
別に嫌じゃないけど明日、明後日から使いたかった。華やぎ屋の本館で贅沢三昧したので「貸せません」なんて口が裂けても言えない。バチが当たって雷直撃しそう。
華やぎ屋からの本のうち2冊は料理本というか華やぎ屋料理長からかめ屋料理長への贈り物。
多分行きに運んだ本もそうだったのだろう。
「書いてないですけど、帰りに中央区であんかけおこげとジャオズを食べました」
「おこげ? ジャオズ? どのような感じでした?」
「おこげは多分お米を干して揚げたものです。四角でした。丸でもええと思いますけど。かき餅を思い出したので多分です」
ジャオズは片栗料理本の後ろの方に絵を描いた。それから味の予想を伝える。あと謎の薄い皮は秘密と言われたことも。
「もちもちふっくらしつつ、焼いたらしき面だけはパリパリでした。蒸した後に焼いたんですかね? うどんをこねて薄くしても千切れそうです。何かの粉だと思うんですけど」
1対1とか2で料理について考えるのは好き。義母ともしている。大勢に説明はげっそりするから嫌だな。今のところそれがなくて安心中。
「大饅頭は作れそうですけどジャオズの皮。包めて破れにくくて……。単純に強力粉と薄力粉で試作してみます。水と味を邪魔しない塩くらいだな。片栗粉もどこかで使うのか? 蒸して焼くとくっつくから焼くのが先か……焼きながら蒸す? まあ作ってなんぼ。うんうん」
料理人はやはりすごい。作れたら教えてくれるらしい。代わりに試作品の味見係り。おこげもそうなった。
「片栗料理は耳にして気になっていたんです。海鮮あんかけときたら海のある南地区。かめ屋はそりゃあ取り入れました。最近ですけどね。しかし海鮮あんかけだけです。どこの料理かと思ったらボブレルス料理。本まで売っていたとは。わりと最近まで敵対していたのに風向きが変わったのでしょう」
海鮮あんかけをもう取り入れているんだ。
半年前まで敵対? そうなの?
ヴィトニルはそれで「へえ」って感じだったのか。
ボブレルス料理と覚えていたので書き付けしておいたのが役に立った。
「1年に1回程度かもしれませんけど、旅の途中で仲良くしてくれた異国の女性と文通する約束をしました。この国では見かけない好きな料理があれば教えて下さいと書くというか教え合います。教わった料理をかめ屋の女将さんにも伝えます」
喉がカラカラだけど喋り慣れてきた。元々、花嫁修行中にたまに話していたのもある。前はもっと喋れなかった。
「おお、そのような旅の出会いがありましたか。東地区の料理人、おそらく料理長の上役の方とも出会ったとは幸運です。商売仇になりませんから南地区の流行りを教えて、代わりに東地区の流行りを仕入れられます。また縁が増えました」
またということは、他にも各地区に知り合いがいるのかな?
料理人として生きている、しかも偉い料理長だからそうなのだろう。ここは旅館。旅をする料理人と交流するのだろう。
「そうそう、リルさんは西風料理もご自宅で作られるとか。見本にしている行きつけのお店はありますか? 館内料亭で若い方を狙った西風料理のコースを出そうという話が出ているんですが、基礎が無いし手間暇も食材代もかかるので提携先を探しています。甘味を納品してもらうとかも検討しています」
「南3区の西風料理店はすぐ近くのレストランミーティアにしか行ったことがありません。1回だけです。パンを買いに行ったりはしています」
「中々繁盛しているお店ですね。狙っているんですが、あそこの料理人は気難し屋です。突破口が出来ました。リルさんに潜入してもらって、あの人懐こそうな奥様から崩そう」
また密偵ってこと。ルーベル家のお祝い事は基本かめ屋らしいから、その時に何か贔屓されるのだろう。
「たまにパンを買ったり少し質問するくらいです。役に立ちません」
「華やぎ屋流ポタージュやバターニンニク焼きのように取り入れられるものもあるでしょう。書き付けを見る限り、リルさんはテルルさんと同じで舌がええ。自分や副料理長や熟練者は日々の仕事や試行錯誤で忙しいし、若いので役に立ちそうな奴も修行優先。旦那さんや女将さんなら調査費を出すと思うのでテルルさんと味を盗んできて下さい。親しくなって縁結びもですよ。テルルさんがもう一人増えたとはええぞ」
なんか仕事が増えた。義母と一緒になら頑張れる?
義母はそんなことしていたのか。確かに義母は舌がよいと思う。
ぼんやりとか急いでいてすり切りを間違えると「味が違うのは遊び心ですか?」と聞かれる。
最近義母の細かさは義父のこだわりからきているのでは? と思うようになった。
義父は「いつもと同じ味」を好む。義母曰くそれが安心らしい。
接待から先に解放されたのは私。その後少ししてロイ。
大浴場でまったりして、2人で部屋に用意されたお膳、お茶やおせんべいを楽しんで「長居すると何かある?」と慌てて撤収。既に長居し過ぎたかも。
「明日も呼び出しです。昼食をごちそうするからご夫婦でどうぞと。リルさんも御三家や華やぎ屋にそら宿に食べたものから観光まで根掘り葉掘り聞かれます」
明日もか。合間に家事がある。筋肉痛少し辛い。実家にも顔を出したい。
「今回の本館って御三家への密偵の為ですかね?」
「別館宿泊にして共同手形の予定だったみたいです。本館はたまたま空いていたからそれならと。部屋だけで食事などはそのまま。それが例の接待で色々増えました。大粒栗ならユアンさんの親戚の栗農家と提携を検討するとか、アデルさんと縁を結んで東地区料理の流行を周りの店や海近くの旅館より早く取り入れるとか、それはもう燃え上がっています」
私も義母と同じかめ屋の密偵になるみたいだ、という話をした。
「感性がええは聞いていましたし知っていましたけど舌もですか」
「母や姉も同じです。皆そうだと思っていました。料理長が皆ではないと。貧乏人なので家で作れるものは家で作るので、執念の現れですかね?」
「リルさんの実家にこのまま顔を出しますか。休憩しましたし。家の玄関に荷物を置いてお土産を持っていきましょう。明日もかめ屋に捕まるし、疲れることは今日のうちにです。リルさんは疲れないか?」
「疲れます。あの長屋の住人達は騒がしくて疲れます」
私とロイはこうして無事? にルーベル家に帰宅。義父母が「無事に帰ってきて安心した!」とニコニコ出迎えてくれた。
ロイがサラッと事情を説明して、玄関に荷物を置いて必要なものだけ持って2人で私の実家へ向かった。




