接待再び
料理長に記録係の料理人1人も増えて約1時間お話。
若い男性料理人は私側の記録係もしてくれた。
「お品書きや本を見せてくれたのに学が足りなくて字がところどころ読めないし、文字を書くのも遅くてすみません」と口にしたら気遣ってくれた。
楽しかったけど沢山質問されて疲れた。お口カラカラ。終わった、と思ったのになぜか厨房へ連れて行かれた。
そしてさらに謎なことに別館宿泊客の希望者——多分有料——に渡り廊下の食事処で提供する昼食お膳の盛り付けを1つ担当。
この昼食は昨夜の夕食と今朝の朝食を混ぜたようなもの。
ご飯、わかめとエドゥ海老のお味噌汁、しららみぞれ和え、ひじきの煮物、今朝食べた千年大根の柚子酢ずけ、温泉たまご、華やぎ屋流ホトホド貝焼き——数量限定——または鶏肉団子鍋——数量限定——。
数量限定がなくなるか希望で普通のホトホド焼き(お茶漬けもなし)らしい。代わりにお楽しみで魚、貝、海老の何かがつくとか。お楽しみとは仕入れの関係だろう。
甘味は桃ゼリーで上に飾るのは謎の赤い実。
「しららみぞれ和えを牡丹のようにするとは考えなかったです」
「ここでいただいた練り切りみたいになるかと思ったら出来ました」
「料理長、和紙をくるくるして端を切って何をするかと思ったらこうなったんです。竹串も器用に扱っていました」
「その和紙の使い方、むしろお前は思いつけ。見たことがあるはずだぞ。教える前からどんどん盗むのは基本だ」
「はい。すみません」
「私はお義母さんに教わりました」
黄色はたまご焼きの端っこを少しもらった。
「ひじきの煮物に紅葉のにんじんと枝豆2粒。夕食用の飾りを使ってよいと言いましたがこうなりますか」
「紅葉草子と流行りのお芝居のロメルとジュリーです。女性のお客様を増やしたいと聞きましたので西の国では北極星は2つ並びで恋人や夫婦、真心の星だそうです。最近何でも2粒にするのが私の流行りです」
「ロメルとジュリーですか。後でさっと教えて下さい。その説明は使えます。それで香物。綺麗に並べましたね」
「しららみぞれ和えが牡丹なので同じように花だと綺麗かと思いました」
「真ん中の小さいのは雪兎ですね。薄切り前の千年大根ですか?」
「お義母さんと雪兎を色々練習中です。お味噌汁用みたいな余り大根が集まっていたので使いました」
楽しかったけど、そろそろ部屋に帰りたいというかロイに会いたい。昨日のロイの接待時の気持ちはこれだろう。
「鍋は何か意味がありますか?」
「昨夜の飾り以外でと言われたので、ちはやぶるにならないかと思いました」
「ああ。肉団子が岩でにんじんは唐紅のマルム川。こちらも紅葉草子ですね」
「桃ゼリーの飾りを減らしたのも北極星ですか?」
「はい。枝豆を増やしたのでこの高そうな実の節約もかねました」
実際どっちが高いんだろう。枝豆は川辺で育ていた。きちんと育った時に食べられた。ご飯に混ぜると綺麗だし、そのままでも美味しいし好き。
「と、なると肉団子を減らしたのも北極星ですよね?」
「はい。増やしても減らしてもええと言われたので減らしました。空いたお腹で雑炊を食べられます」
「雑炊は考えてます。米やたまごの費用と思っていましたけど、理由をつけて減らすのはアリですね」
「たまごの代わりに余りの肉団子を刻んだものを目の前で少し混ぜたら特別感が出る気がします」
疲れる。盛り付けたら終わりではなく「理由も説明して下さい」と言われてこの状況。まだ部屋に戻れないならせめて水を飲みたい。
「ほとんどのお客様、ご夫婦2名様はこの鍋にします。この街自慢の今見渡しているグウィス川にもう散ってしまった紅葉を浮かべる代わりになるようにマルム川に見立てました。夫婦円満を祈るちはやぶる鍋でございます。これで生姜味の肉団子を少し使って雑炊。余らせて夕食の特上客に使用して品数を増やす。今夜は肉料理が無かったからそうしよう。誰か旦那様を呼んでくれ。確認する」
えっ?
「しらら和えは今後の課題や応用に使うとして他は全部いただきます。酢ずけも手間がかかるので省いて、あとは膳の量は少ないし既にあるものばかりなので間に合います。枝豆は半分に切ってさらに節約しておきます。お子様が確か3名いるから雪兎を……全員忙しいしリルさんお願いします」
えー……と思っているうちに旦那が現れて、料理長が説明する横で私は大根雪兎を2つ作成。料理長がチラッと見て「赤い実で目」と指示された。
「ハイカラだし意味がよい。信頼している君が今から変更出来る範囲と考えたのなら任せる。余分に多く何かを使わないならなおさらだ」と決定。
特上客の肉団子にあんかけを使うみたいな話も聞こえた。もう片栗粉を使うの。
料理長が料理人達を呼んで説明して指示。私は旦那に指示されて厨房の外へ移動。
昼食配膳担当の従業員が集められ、ひじきの煮物とちはやぶる鍋の説明、ロメルとジュリー、2つ並びの北極星の話をすることになった。
「それで地上でうんと幸せを作った女性と星の皇子様の2人を星達が空へ迎えて並べてこれ以上働かないように、自分達といつも一緒にいて色々教えてもらえるように囲ったそうです。なので北極星は2つ並びで流れ星にならないし動かないそうです」
セレヌが詳しくはそのうち絵本を贈るといって言ってくれた。
星の皇子様と健気でうんと優しいお姫様と流星達の物語。セレヌが簡単に教えてくれたように説明。
ロメルとジュリーは紅葉草子みたいな悲恋もののお芝居で最近流行っています。
お慕いしていますを月が綺麗ですねとか、北極星のようになりたいですと伝え合いますとうんと省略した。
ものすごい疲れた。大勢の前で説明するなんて苦手中の苦手と知った。
詳細を求められたりそういう雰囲気の時に話すから、と従業員達にあれこれ質問責め。
その後ようやく部屋へ戻れることになった。終わりではないのか旦那がついてくる。
「いやあ、ありがとうございます。嫁ぎ先の許可が出たらかめ屋の厨房で働いて欲しい方だとか色々書いてあったので気になっていたんです。ロイさんの母君も相談役になっているそうで兄夫婦がお世話になっています。いやあ、やはり母親に似た女性を嫁にするんですね」
「褒めていただきありがとうございます」
右から左というか、とにかくロイに会って頭をよしよし撫でて欲しい。11時の鐘の音を聞いてから結構経つ。
「長くなってしまってすみません。普通のお客様には根掘り葉掘り聞けません。いつもは従業員総出でさり気なく使えそうな情報を仕入れています」
「お役に立ててよかったです」
旦那は部屋の前までついてきて、その間手袋が気になっていたと聞かれて露店の話。他に何を買ったのか聞かれてワンピースやサンダル、テディベアにロイのショートブーツと続いた。
旦那はロイが居ることを確認してから部屋に入り、ほくほく顔でこう告げた。
「奥様を遅くまでお借りしてしまいましたので、中央北堺宿場まで赤鹿屋を手配しました。14時頃出発で問題ないと思います。ありがとうございました」
「赤鹿屋ですか。それはそれはすみません。こちらこそありがとうございます」
「昼食はもうお待ちいたしますか?」
「はい。お願いします」
励んだからかなんか増えた。増えてたが正しいか。ようやく旦那撤収。
「ロイさん……」
ロイの前、旦那と並んでいた場所で正座継続中。
「リルさんげっそりですね。すみません。呑気に飲んだり風呂に入ったり、土産屋を見ていて。時間がかかりそうだから昼食の手配をしてくれると言われたんですけど、赤鹿屋とは増えましたね。大変でした?」
「昨日、ロイさんは接待を頑張りました。その間私は楽しかったです。なのでその逆です。楽しいけど疲れました。今日の私は本館宿泊代よりうんと安い働きです。でも私が背中を流したようにロイさんに頭を撫でて欲しいです。あと喉が乾きました」
この後、私はロイに頭を撫でてもらった。
ほどなく昼食のお膳が運ばれてきて、頼んでいない冷えたしぼり汁2種類もきたので遠慮なく堪能。
「お2人にだけの特別お膳って、私が盛り付けしたお昼のお膳と全く違います」
でも私が盛り付けしたしらら和えと香物はある。同じ形になったものがロイのお膳にもあるので誰か真似したらしい。
上手な方が真似だろう。私は私の盛り付けをしたものを覚えている。私は雪兎の目は上に置いただけだったけど料理長はサッと削って埋め込んだ。
子どもはきっと持ち上げると思います、と。
「えっ、リルさんお昼のお膳の盛り付けをしていたんですか?」
「はい。しらら和えと香物は私です。ロイさんの方は私の真似をして、うんときれいになっています」
「自分からしたらリルさんはすごいです。でもこうして比べると料理人はすごいですね。どうしてまた盛り付け係になったんです?」
それは私が知りたい。でも私達はお客だけど普通のお客ではない。
「いつの間にかです。お膳を1つだけ、あるもので好きなように盛り付けて理由を説明して欲しいと言われました。お義母さんがかめ屋のお料理の相談役をしているなんて知りませんでした。似ているみたいなことが手紙に書いてあったらしいです」
「母が相談役? そうなんですか? 単にセイラさんと話しているだけでは。これ海鮮、いや海じゃないから川鮮あんかけ丼ですね」
「はい。プクイカ、知らない真っ直ぐな海老、小さいたまご? なぜ小さいんです? あさりは川にはいません。川あさり? 白菜、青ネギ、紅葉の形のにんじん、きのこ。冬なのにとうもろこしが入っています! お吸い物はホトホド貝と何かのつみれです! いや、もう華やぎ屋では質問をしません」
ロイはまたよしよし、と頭を撫でてくれた。それで2人で黙々と昼食。
片栗料理本かここの料理人の塩梅なのか薄味みたい。具の素材の味が強いから薄味で引き立っている気がする。
白いつみれは謎。内側にカニ味の赤いものがあった。川のカニ?
「この川鮮あんかけ丼、すこぶる美味しいです。プクイカに何ですかねこの海老。真っ直ぐな海老なんて知りません。それにあさり。これはあさりな気がします」
お腹はち切れそうになるとお風呂に入れないのでロイに分けたら彼はもりもり食べた。
「さすが老舗の料理人さんですね。どなたですかね。さっそく片栗料理研究した方。色々入れて味見したんですかね? そのついでに豪華川鮮丼を私達に?」
逆かもしれない。わりとサッと作れる豪華なもののついでにあれこれ味見して、味付けや価格や仕入れなどを考える。
半お客の私達へなら何を出してもよいと思っているだろうし。
「そうですか。色々加えて味見かあ。料理が出来る方はそういう発想をするんですね。そもそも自分は何を入れろ、と言われないと分かりません」
「一気に作って取り分けて、見栄えを見ながらどれだけ減らすかとか、仕入れ値とかも考えていると思います」
「言われてみれば。やはりリルさんは商売人ですね。ご両親がそう育てたのでしょう」
そうかもしれない。竹細工の試作、値段に見合うか、仕入れ値がどうの、など両親の会話を聞いてきた。
数字とか計算なんて分からないから「ふーん」って右から左だったけど、頭にこびりついたのだろう。
我が家の食費もそう。母や姉に節約やら色々教わっていた。
足し算が出来ないからちょろまかされないように1種類ずつ買って、毎回値切りなさいとか。
「このあんかけはあんこみたいな明らかにおかしいものを入れたりしなければ不味くならないと思います」
まさか、あんこを入れる人はいないよね?
「いやあ、それが無理です。あんこを入れたら悪そうなのは分かりますけど。そこに自分みたいな性格相手だと彩りとか飾りとか。毎日毎日ありがたいです。毎日の仕事も試験勉強も励めました」
「はい。嫁の仕事です。温泉たまごもどきの作り方を教わりました」
「おお、そうなんですか。家で食べられるんですね」
「はい。荷物を増やしてよければお茶碗を持っていけば職場でも食べられます。父に相談して竹細工でちんまりしたお醤油入れをつくります」
「食べます。あれを昼に食べたら生き返ります。茶碗くらい持っていきます。甘いたまご焼きよりそっちです」
「他にも色々考えます。ロイさんの撫でと感謝とご飯で疲れが吹き飛びました。洞窟風呂と本館露天風呂でさらに元気になってきます」
その前に、と思って最近の定位置へ移動。振り返って目を閉じれば労いのキスをしてくれるだろう。
義母の人生フラグ
私はお義母さんに教わりました
お義母さんと雪兎を色々練習中です
(この嫁はこの時間にお義母さんと何度も言ったでしょう)