空中庭園露天風呂
脱衣所に湯巻と書かれた布が置いてあって、他のお客が胸の上にそれを巻いていたので真似をした。胸の上でボタンでとめられる。ボタンの位置で体型に合わせられるみたい。
岩山の中にあるお風呂は庭へと続く。屋根があるところから外へ続く3段になった石作りのお風呂。岩壁からそこへお湯が流れている。
一先ず洗い場で軽く体を洗って1番近い岩風呂へ入った。
天井に吊るされている提灯は菱形で7色。
庭には凝った形の灯籠があり、火が灯されている。篝火もある。
階段で庭へ降りられて3か所のお風呂がある。庭はあくまで自然なまま、という雰囲気だけと落ち葉などが全然ないので丁寧に掃除や手入れがされているのだろう。人工だけど自然という感じ。
(冬なのに桜……。梅も少し咲いている……)
椿もきれい。庭には朱色の人1人がくぐれる鳥居が並んでいて足元は足湯。
白い石で造られた小さな塔がある。3枚の羽根がくるくる回っている。扉があるけど入れる?
上の方がくり抜いたように空いていて、人がいるように見える。
眼前は滝。こんなに幅広い滝もあるんだ。左右にある塀より広く続いている。
左側は男湯だからロイも同じ滝を少し違う位置から見ているだろう。
エドゥ岩山の中から見上げるエドゥ岩山。高い。ところどころに木々が生え、花も咲いている。植物って逞しい。
月に星々にこの景色。晴れの日で幸運。1日ズレていたら雷雨……エドゥアール温泉街もだったのかな?
温まったので鳥居を通りながら庭を眺めて1番滝の近くまで行った。そこまで屋根のある道が用意されているから雨でもそこそこ楽しめる。
お風呂は岩風呂で半分だけ屋根がある。
庭は歪な形で塀に囲まれているけど、このお風呂の正面には塀がない。真下は川だった。
お風呂から滝まではかなり距離がある。川の幅は広く、それで左側へ向かって急斜で流れに勢いがある。
(飛び降りない限り落ちないけど、怖いくらいの高さ……。落ちたら死ぬ。岩が飛び出していて川の上にいるみたい……)
男湯から見えないように左右に壁なのかな。身を乗り出して男湯のこの建物が見えるか確認しようとして危険なことは禁止。とやめる。でも気になる。
(空中だ。確かにここは空のお風呂……)
見上げれば滝に星空。下は見事な川。振り返ると美しい庭。
華やぎ屋で街中を見られる露天風呂に入り、これも見れたってすこぶる贅沢なのでは?
次は桜の下温泉。近くの木も桜っぽい。冬にも咲く桜と春に咲く桜の両方を植えてある?
今は咲いていない紫陽花や紅葉の木もある。
もう1か所も似ている。石造りの椅子、お風呂に半分かかる屋根があるのも同じ。
私は今桜の木の下花びら風呂を独占中で、もう一方のお風呂で女性2人が笑い合っている。
(これが本当の皇女様気分……すごい)
塔が気になって見ていたら人が出てきた。あそこに入れる、と分かったので移動。
塔の中は壁際に沿って作られた階段と中央に柱。見た目通りそんなに高くない。
登った先の扉の向こうは木で造られたお風呂。扉の正面を中心に外側に半円。
塔内と同じで提灯で灯りがある。塀で見えない男湯側、庭を一望出来るところには2人並んでいたので滝側に浸かる。ぬるめだから長くいられそう。
1人は異国の人だ。どう見てもそうだ。なにせ金髪。もう1人は黒髪。2人とも雪みたいに色白。
私の近くの女性の横顔は気の強そうな美人。おそらく私よりいくつか年上だ。隣の女性は彼女でよく見えない。
(庭を上から眺めるお風呂……。ここも空のお風呂だ……)
「ここもいいですね。おかげさまで絶景です。いや、あの諦めの悪い男のおかげか」
「あの、お風呂でのぼせて寝てるってことにしてよいとは本当ですか?」
「心配だーとか騒ぎそうなので、うんと軽いけど休みたいようですとかなんとか言っておきます。ん? ああ、すみません。気がつかずに。こちらが1番眺めが良いと思うのでどうぞ」
2人がズレてくれて、金髪の女性の隣に「ありがとうございます」と移動。
(黒髪の美人、見たことがある気がするのは気のせい? 綺麗な声も……)
きっと高貴なお方なのでジロジロ見てはいけない。
目が合ったら何か大変なことが始まるかもしれないから見ない。
凛とした美人、大きな猫目の美人、のっぺり顔の私。
ジュリーみたいな華族のお嬢さま、異国の華族のお嬢さま、凡民の私という感じ。
この宿に長居するとロイが鼻を伸ばしそう。でも廊下とかでは顔を隠すのかな?
「それにしてもお姉様とお風呂お風呂と騒いでいたのにおちび2人は街観光。あの男を連れ出してくれてよかったですね」
「はい。私のために張り切ってくれたのと、王子様とデート気分です。あの方、どんどん図々しくなっている気がするのですが気のせいでしょうか。入浴専用の浴衣を着られるそうなので貸切花見温泉はどうですかなど……」
「そんなことを言われたのですか。ぶん殴っておきます。嫌いの下はないと開き直ったのか?」
貸切花見温泉なんてあるんだ。異国のお嬢様は皇子様に好かれているけど嫌がっている?
上流華族で美人は大変ってことだろう。山程結婚お申し込みされそう。
殴れるってことは金髪の人はお姫様? 謎だ。気になる。
さすが御三家。露天風呂でこんな話を聞けるのか。
気になるけど万が一接待が始まったら大変。それに会話の邪魔になるので移動しよう。
お風呂には全部入ったし、早めにあがって庭の篝火近くで髪を乾かしたい。これはよい機会だと頭を洗った。
石鹸が薔薇の香りだったからなおさら。
はちみつを髪に塗ってお湯で流すなんて周りをよく観察してよかった。これは絶対に皇女ソアレ様もしたはず。
髪を洗うのは明日の朝風呂で、と思っていたけど篝火で乾かせるなんてちっとも冷えない。
「ありがとうございました。失礼します」
「足元にお気をつけ下さい」
「転ばないようにお気をつけ下さい」
「ありがとうございます」
優しい。会釈をして扉の向こうへ行き、棚に並ぶ足は拭き用の手拭いでよく足を拭いて手すりをしっかり掴んで階段を降りた。
入れ違いで人が2人登っていく。ルル達くらいの黒髪の女の子2人。顔立ちが似ていたので姉妹かなと思った。
篝火近くで髪を乾かし、頭に手拭いを巻き、出る前にもう1度、1番気に入った桜の花びら風呂を堪能。帰りはまた鳥居をくぐった。
一生に一度の身分不相応な空中庭園露天風呂。
大大大以下略満足。
でも華やぎ屋の本館大浴場も恋しくなった。街の中で街、観光客、川を見られるのは素晴らしい。あの露天風呂で夜の街並みも見たい。
(別館の洞窟風呂も気になるし、簡易宿所の人も使える大浴場は牡丹花びら風呂。時間が欲しい)
待ち合わせ部屋へ入ると御帳台みたいな内装で、寝台ではなく椅子や机などが並び、四季折々の鮮やかな屏風で仕切られていた。
壁際には棚があって本、お酒3種類、赤と白のワイン? 杯、升、見たことのない金属製の湯呑み? 金属製の洒落た薬缶——コーヒー、ミルク、ほうじ茶の立て札——に瓶に入ったお水に湯呑みやカップ、お皿、お箸など色々並んでいた。
菓子器もある。お饅頭、かりんとうの立て札。かりんとう? 食べてみたい。
チョコレート! チョコレートケーキのチョコレートだ!
かずっこ昆布とホトホド貝の味噌漬けも気になる。壺の中身を確認。美味しそう。かずっこって何? この黄色いやつだよね?
あの露天風呂に入れてここにあるもの食べ放題飲み放題疑惑。従業員がいる。注文するのか。そうだよね。危なかった。無銭飲食をしたらロイがクビになる。
「リルさん」
隣に誰か並んだと思ったらロイだった。
「入り口近くに座っていて目が合ったから気がついたと思ったけど、気がついてなかったですね」
「はい」
「さっき来たばかりなんですが、全部好きに飲み食いしてよいそうです」
全部無料なの⁈
宿泊代に入っているのか。私達はルシーの父親支払いだけど。怖くて宿泊代を知りたくない。
ロイに手招きされて席に着く。机の上にお酒の入った升と赤い液体が入っている金属製湯呑み? と木箱が置いてあった。
升の中身はもうあまりない。飲んでいたみたい。箱の蓋には御祝の文字。
「夜観光をされるそうなので観光中やお宿へ戻られてから食べられるように、とこちらをいたただきました」
「お祝いって書いてあります」
「そうなんですよ。ご結婚、ご出世おめでとうございますと言われました。筒抜けです」
開けてみましょうと口に出さなくても以心伝心。ロイは蓋をゆっくり開けた。
かずっこ昆布、ホトホド貝の味噌漬け、黒い短い棒みたいなもの、茶色い四角いもの、小さいお饅頭。それから——……。
「栗の甘露煮が入っています」
「栗の甘露煮だけ2つですね」
「夕食に出したものとかですかね。まさか旦那様は甘いものが苦手だと知られています?」
「華やぎ屋さんから情報を仕入れ済みですかね。リルさん何か飲みますか? お酒3種類もワインも少しずつ味見して帰りたいです。特にワイン。西風料理店で高くて飲んだことがありません。というかもう飲んでいました」
「旦那様が飲むものを少しずついただきます」
「あとは酔わないように水にチョコレートですね。手土産をいただいたからあれこれ食べるのは気が引けますが、リルさんが1番と言っていたチョコレートケーキのチョコレートは1ついただきましょう」
いつもとは逆でロイがあれこれ運んでくれた。
ワインは異国のお酒。ぶどうから作られているそうだ。金属製の湯呑みみたいなものはゴブレット。桜柄。ロイが既に従業員に聞いてたから教えてくれた。
赤ワインは苦手。白ワインは好きかも。他のお酒は全て苦手。
お水に柑橘系の香りと味がする。水も単なる水ではないのか。
「酒は華やぎ屋も負けていません。無料の場所だからですかね。白ワインをもう1杯飲んだら自分はもうええです」
お酒は味見程度だったけど、赤ワインと白ワインはもう2杯ずつ飲んでいる。まだ飲むの。
周りを見てどのくらい飲んだり食べたりしているのか確認しようにも屏風で見えない。
なるべく他のお客の会話を聞かないようにしているけど「いやあ、ずっと飲んで食べていられます」と聞こえた。
それなら、とチョコレート、かずっこ昆布、ホトホド貝の味噌漬け、ほうじ茶を追加。
「チョコレートはすばらしいです。日持ちすると分かったのでお義父さんとお義母さんに贈れます」
「ワインもチョコレートも国内で量産されて安くなる日を待つばかりですね」
「はい」
「お風呂すごかったですね 滝を見上げる川の上のお風呂。それに花見風呂。冬に咲く桜もあるんですね」
「旦那様。華やぎ屋の本館大浴場は街中から街や川を見られるんです。両方って贅沢中の贅沢です」
「それは必ず入らないと。いやあ、接待した甲斐がありました」
接待で思い出した。
「ここに長居すると接待がまた始まるかもしれません。それか事件。足元に気をつけて下さいという優しいお客様がいたんですが、会話からすると異国のお姫様やお嬢様です」
「自分も格式の高そうな方々と遭遇しました。それで人を避けて全てのお風呂を楽しんでそうっと出て来ました。そうですね。贅沢を貪ろうとすると接待や事件がやってきます」
「既に貪ってしまいました」
「逃げましょう」
こういうのを逃げるが勝ちと言うような気がする。
従業員に手土産の感謝をしっかり伝え、使用した物はそのまま放置でよいようなので、なるべく綺麗にして部屋を出た。
逃げたいけど見ないと、ということで風龍神と雷龍神を近くで眺め、龍歌廊下でロイが好きな龍歌や人気龍歌の色紙をいくつか彼の解説付きで鑑賞。
人力車で華やぎ屋へ戻る際は上温泉広場を街中を通ってもらい、兵官が多いので少し足湯して帰ろうと決めて降りた。
うんと川の近くの足湯場所で輝く街や人や星月夜を眺める。
「まるで夜のない街ですね」
「はい」
「自分は出世と稼ぎの管理、リルさんは節約。それで子育て前にもう1度来たいですね。華やぎ屋の簡易宿所に泊まって宿屋ユルルでまたお風呂。外客用もきっとええお風呂でしょう。接待の確率も減ります。あの龍歌廊下を見足りないです」
「そら宿で雑魚寝もしましょう」
「えて。西地区や東地区も気になるし、お祭りがあるとまた異国の露店があるでしょう。こういう時に卿家だと大大大出世して大金持ち! の夢がないのはつまらんです」
「父と兄をつつきます。それにプクイカの養殖を考えましょう」
魚屋で生きたプクイカ売っているかな。小さいから持って帰れそうだけど帰るまでに死にそう。
「ホトホド貝はどうでしょうね。あれこそ売れそうです。南地区の庶民地域で見かけないということは難しいのでしょう」
「はい。生きているプクイカが売っていたら持って帰りましょう」
「死ぬんじゃないですかね」
「死んだらご飯にします」
事件があると怖いし華やぎ屋堪能もあるので短時間滞在。
華やぎ屋へ戻ったら女将に「高いし商売仇には乗り込めません。他のお客様には中々聞けません。宿屋ユルルの感想を聞かせて下さい」と捕まった。
リルは気がつきませんでしたが同じお風呂に入ったのはテルルに話しかけた青薔薇の冠姫レティア。