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宿屋ユルル

 食後はすぐに支度をして宿屋ユルルへ向かうことにした。

 服装は悩んだけど夜観光は人力車だけにしようということでそのまま。

 華やぎ屋の部屋で飲む、食べる、まったりする、お風呂を楽しむことを優先。夜の街中で事件にあったら楽しい旅が台無しになる。

 あと宿屋ユルルで偉い人やお嬢様と何かあると怖いと今さら気がついた。それにまた接待になると大変。なのでお風呂だけ満喫して帰ると決めた。

 夕食の残りは後から食べられるし、ご飯の量を調整出来たし、人力車に乗っている間にお腹が苦しいは消えると思ったら消えた。

 街は賑やか。老若男女、様々な格好の人が笑顔で歩いている。兵官が明らかに増えた。


 いざ、宿屋ユルル!


 門番に身分証明書とルシーの父が書いてくれた手紙を見せると中へ入れた。

 

「リルさんこれ、夜に来られてよかったですね……」

「はい……」


 石畳がところどころ虹色の光苔で光っている。光苔って虹色があるんだ。

 低い石垣には百合が咲き、そこに青白い光苔が飾られている。左右は手入れされた竹林。

 竹の背はそんなに高くなない。今夜はよく晴れているから星空と月がうんと見られる。

 向こう側に玄関が見える。木造の立派な玄関で屋根は石造りだろう。大きな大きなしめ縄が飾られている。

 1階建てのようだけど屋根も建物も大きい。高さがある。

 

「虹色の光苔なんて初めて見ました」

「はい」

「普通の意味で月が綺麗ですね」

「はい。星も綺麗です」

「エドゥロンが人工の美ならこちらは自然の美です。今のところ」

「はい」


 竹林が終わると庭園だった。ほんのり地面にまかれた光苔でキラキラしている。

 3本の竹から流れる小さな滝はつくばいになる。立派な岩、波模様の石、苔や草木。昼間なら椿の紅がうんときれいだろう。

 左手側にそびえ立つ立派な木の下は穴みたいになっていて中に龍神王様の像があった。それで鈴が並んでいる。


「立派な立派な神社へ来た気分です。建物もそうです。このような大きなしめ縄は初めてです」

「はい」

「入るの緊張しますね」

「はい」


 手袋やマフラーなどを外してカゴへしまう。

 よし、とロイが玄関を開けた。

 広々とした玄関。正面左右は壁で丸い穴が空いている。手前には花瓶に花が飾られている。華やかな花ではなく枝や草に少し花。花瓶は青白いつややかな焼き物。

 天井はうんと高い。格子状に彫刻された木が組まれていて3階建てっぽく見える。

 床は玄関を上がったら真新しい畳。

 3連の提灯があちこちに規則正しく吊るされている。


「いらっしゃいませルーベル様」


 宝尽くし柄の訪問着に朱色の前掛けをした女性従業員。前掛けをしているから女将ではなさそう。

 名前を告げていないのに「ルーベル様」


「本日はお越しいただき誠にありがとうございます。館内を簡単にご案内致します。その後はご自由におくつろぎ下さいませ。お荷物をお預かり致します」

「ありがとうございます。夜の街を人力車で眺めたりしたいので、大浴場を1箇所楽しませていただいたら失礼します」

「はい。大浴場を楽しみにきました」

「そうでございますか。この街の観光は夜も楽しいですから是非堪能して下さい。それでしたら空中庭園露天風呂へご案内致します」


 空中庭園露天風呂?

 ワクワクする。

 カゴを預け、下駄を脱いで玄関を上がる。どうぞ、と言われるままついて行く。

 右手側へ曲がった。左右に同じ形、同じ暖簾の扉がある。身分証明書を提示しなくてよいの?

 壁の向こうには木製の彫刻された椅子とテーブルが配置されていて、3組のお客がいた。

 全員年配の男性で朱色の盃でお酒を飲んでいる。


「こちらの憩い処ではお飲み物などをご自由にご利用いただけます。入浴後の小休憩やお待ち合わせにご利用下さい。旦那様はショートブーツ、奥様はエレイン模様の手袋。ハイカラなご夫婦で羨ましいです」


 えっ、自由に飲み物? そうなの?

 そしてさらっと褒め上手。

 手袋の模様はエレイン模様。昔々、白銀月国のエレイン湖を見ながら誰かが考えた模様らしい。

 白銀月国はハーブの産地。ハーブは薬草のこと。白い崖に白くて美しいお城があるという。

 と、私はセレヌに聞いた。この宿は異国の偉い人も泊まるのかな。


「この靴はショートブーツと言うんですか」

「はい。お客様から教わりました。私の知る限りですと年末年始の露店でしか入手出来なかった代物で入手困難だそうです」

「上司の上司がわざわざ聞きにきてくれたのですが露店以外のお店が分からなくて調べていました。この話をします。ありがとうございます」

「それはお役に立ててよかったです」


 つまり私の父も最先端で入手困難な物を手に入れたということだ。教えてあげよう。それでお弁当用の小さいカゴや義父やロイの新しいお弁当箱など色々作ってもらおう。

 扉の向こうは廊下だった。白い壁に立派な色紙が無秩序に飾られている。色紙には文字と絵。

 天井には長い形の龍の形の照明。正確には白い石の彫刻、鱗部分に光苔が飾られていて光っている。


「こちらは龍歌廊下でございます」

「百取りですね。色紙も書も絵も素晴らしいです」


 崩された文字だし、龍歌百取りをまだ全然覚えていないし、崩した文字なのでさっぱり読めない。

 もっともっと学があるとええと思うのはこういう時。絵は見れば分かる。綺麗。


「ありがとうございます。書はユルルングル大社の斎女(いつきめ)様によるもので絵は全て画家シホクが描きました」

「無知ですみません。神社のような外観だと思いましたがユルルングル大社を模倣しているお宿でしょうか? シホクの絵をこのように沢山みられるとは……。窓1つないので日焼けしないにしても美しいままですね」


 絵は見れば分かるは違そう。


「いえいえ。特にそのようには宣伝していません。創立者が故郷にも加護があるように祈りを込めて思い出の中のユルルングル大社を取り入れました。年に1度全ての色紙の修正をしています」

「この廊下は共同手形では見られないところでしょうか。そうですよね。このようなところ……。はあ……すごいです」


 見惚れるとは今のロイのような状態だろう。宿屋エドゥロンの池の時よりもロイの瞳が輝いて見える。

 私は綺麗には綺麗で楽しいけど、ロイがここまで感激している理由が分からない。

 斎女(いつきめ)も不明。学、教養の差。


「いえ。こちらの廊下は小さな美術館として提携旅館のお客様へ公開しています」

「そうですか。それはまあ……。はあ……。職場の歌会で紹介します。これだけで泊まられる方もいらっしゃるかと」

「旦那様、奥様、特に好まれている歌はございますか?」

「昔は言葉遊びが好ましくて吹くからにでしたけど、最近1番が変わってちはやぶるです」


 ちはやぶるが1番とは嬉しい。紅葉草子から龍歌百取りに選ばれたというのは勉強したから知っている。


「私は龍嶺の峰より落つるを見たいです」


 エイラに相談して知った、私のロイへの気持ちに1番近い龍歌。


「龍嶺はこちらございます」


 夕焼けに染まる山から細い川が流れて最後は淵になっている。

 最初は細々とした流れから次第に水かさを増して深い淵となるように、恋心も次第につのって今では淵のように深くなりました。

 祝言の日から今日までの私の気持ちを表すような絵な気がする。

 淵の方が鮮やかな紅。普通なら夕日周りが美しいだろうけど、この絵はこれが正解な気がする。絵に正しいなんてないだろうけど。


「はあ……。ロイさんがなぜ感激しているのか少し分かりました。綺麗な絵だと思っていましたけど……。私……もっと学が欲しいです……」

「ちはやぶるを見て、湯上がり後に一緒に見ますか。龍歌の解説をしますよ。この見事な書にシホクの絵を流し見では帰れません」

「ちはやぶるはこちらでございます」


 進行方向の扉から初老夫婦が現れた。シホクの絵を目に焼きつけておかないと、と会話している。

 シホクが誰か分からないけど、綺麗な絵が沢山と感じたけど、それだけではないのは今少し理解した。


「これはまた色鮮やかな美しい紅葉ですね」

「水面だと分かります。石も……ほんの少しの苔も……。これは旦那様とあの日一緒に見た紅葉です」

「天ぷらにした紅葉ですか?」


 ロイがくすくす笑い出した。


「違います」

「あの公園は四季折々綺麗ですけど来年また同じ頃に行きたいですね。リルさんの風情あるお弁当を食べて散歩して……。また天ぷらにされてしまいますかね」

「しません。最初の近所の公園の紅葉しか天ぷらにしません」

「そうですか?」


 従業員が自然と歩いているから私達も自然と歩いていた。扉の向こうはまた廊下。

 大きな屋根付きの廊下に囲まれているのは庭園。 篝火(かがりび)であたたかく、炎に照らされる庭園と見事な滝に池。

 庭園も光苔や灯籠(とうろう)ではなく篝火(かがりび)が並んでいる。

 池の左大きな木があって、その中に龍を巻きつけた顔の恐ろしい像がある。像の少し上にしめ縄が巻かれている。宿泊客らしき人達が数名いる。


「こちらまでが共同手形で入れる場所でございます。右手側に有料大浴場がございます。本日は左手側へ進みます」

「立派な風龍神に雷龍神の像です。あのような素晴らしい作品を木に直接彫ることが出来る方がいらっしゃるんですね」

「作者不明で彩色はシホクでございます。今はシホクの色を忠実に直し続けています」

「不明? 不明なのですか?」

「創立者が森に埋もれたこの像を発見して自宅を造り、増築していき、こうして宿屋ユルルとなりました」

「そうですか。はあ……リルさん、帰る前に近くで見ましょう」

「はい」


 廊下を進んで行くと廊下があちこちに分かれた。その1つ、岩山の割れ目の中を通る廊下を進む。丸い光苔の照明が並んでいる。

 しばらくして廊下は行き止まり。目の前には扉。それで左右に階段。暖簾がかかっている。左側は岩山の絵で右側は百合の絵。男湯と女湯だった。

 

「正面は待ち合わせ部屋でございます。こちらが当宿で最も好まれる方が多い大浴場になります。どうぞごゆっくりお楽しみ下さいませ。他の館内のご案内やお風呂の使用のご希望があれば、近くにいる従業員へお名前と共にお申し付け下さい」

「ありがとうございます」


 預かってくれていたカゴを渡される。ロイはここでアデルへのお礼の手紙を預けた。会釈をした従業員は来た道を戻って行った。


「リルさん、好きなだけ堪能して下さい。自分もそうします。もしも待ち合わせ部屋にいなかったら龍歌廊下です」

「はい。長く入るとのぼせるのでほどほどに出てくると思います」


 解散していざ空中庭園露天風呂!

この頃テルルさんは何年ぶりの花風呂(庭の椿)にびっくり(発想が親子で一緒)

嫁が鮭を焦がして薄過ぎる味噌汁を作ったので心配したようです。

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