その頃のルーベル家2
リルの父親レオは竹細工職人。長男で弟1人。弟は南5区で竹細工職人。父親も竹細工職人で11年前に病没。祖母は現在に至るまで針子。
(手先の器用さは父親家系か。繕い物がピシッとしているのはこの祖母の教え。父親の職場での……悪くないというかよい。あー、これか)
職人の中でもさらに細かい、集中すると周りが見えない性格。
仕事外ではよく喋るが業務中は無口。説明下手。後輩指導や後進育成には向かない、系列店経営や補助は無理と言われている。
一方で言われた通りの作品を作るだけではなく、そこらの作品商品を目で盗んで自宅で試作をして新作を提案するところや、その作品が売れるので重宝されている。
彼を指名して特注品を依頼する一定の固定客あり。
(リルさんは父親似だ。娘は母に似るみたいな先入観があったけどこういうことか)
母親は…… 売り屋と運び屋。友人知人のツテで米屋、八百屋、魚屋で運搬や販売。わりと整った顔で声が大きい販売上手。丈夫で健脚。取り合いらしい。
顔が広く竹を割ったような性格で、小銭稼ぎもあるのだろうが頼まれると「任せときな!」と割と何でも引き受ける。それで飯屋で働いたりもしている。その際は配膳だけではなく料理をすることもある。
既に亡くなっている彼女の両親は共にどんぶり飯屋で働く料理人だったらしい。彼女が嫁に行って数年後、立て続けに亡くなった。
(料理は母親側か。力があるとか、風邪をひかないらしいのも母親譲り。素直さや何でもはいと言うのもおそらく母似。食べて味付けの予測がつくのも祖父母や母親の血か)
キノコを採ったり銀杏を拾って売っていたのを知って「実家では他にも何か採っていたんですか?」とそれとなく聞いたら、海川で釣りや貝やカニ採り、山菜採り、つくしにたけのこ掘りなどなどあれこれ出てきた。近くの川辺で野菜栽培も聞いた。
それで食べたり売ったり物々交換。貧乏だけどほぼ米だけで生きていたというよりは、米など採れないものの方が足りなかったに違いない。
栗も採取場所を知っていたら採って食べていただろう。今のように。
(セイラが料理人にさせないのは宝の持ち腐れとうるさいからなあ……)
家は長屋の2間部屋で7人。父親は11年前に他界。母親は同じ長屋の1間部屋。妻と折り合いが悪いので別生活。跡取りの長女夫婦は隣の2間部屋で2人暮らし。
(ここも嫁姑問題。リルさんを入れて10人の大黒柱。そりゃあ娘に銀杏拾わせたり売らせるか。……宝物の子を売るなら一家揃って飢え死にする。こんなに生まれて全員元気に育つとは思わなかった。飢え死だ飢え死、という証言あり)
私は3人産んで2人失った。我が子を1人も失わずに6人もとは羨ましい限り。
(3女ルルは別嬪で定期的に人買いが来訪。その度に人買いと喧嘩。3女が人攫いに攫われて両親と長男で探して殴り込み奪還したこともあり。姉や妹は遊女ですだったら即却下だったのに真逆か)
子沢山貧乏で売るのが嫌となると奉公へ、となる。嫁の妹は確か10歳か11歳でまだ奉公へは出せない。その下の2人はいくつだったか。
兄、姉、リルはどういう流れで奉公に出さなかったのだろう。
長男ネビーは現在南地区兵官。18歳で準官。来年から正式に三等正官。大きな不祥事がない限り確実。
(そうそう。これがまた結婚許可の後押し。ロイとリルさんを引き合わせたというか、キッカケを作った憎たらしい男)
竹細工職人の祖父と父を持つなら半元服の8歳から、奉公先が許可すれば親元で見習いになれる。
手先が不器用で細かいことが嫌い。好きなことには集中するが苦手なことからはわりと逃げる。よって竹細工職人は無理と判断。
面倒見がよいし腕っぷしもあるので、長男だしいっそ火消しや兵官などはどうかと寺子屋で勧められてそちらの道へ。
ちゃんばら遊びを見た兵官が「筋がよい」と言うので剣術道場へ通わせる。同時に友人の火消しに頼んで8歳から半見習い。
剣術道場の師範からの勧めで進路が兵官になり、デオンから南3区6番隊兵官に紹介。半見習い。
(火消し半見習いも兵官半見習いも余程でないと受け入れられない。火消しはツテで頼み込んだとしても兵官の方は向こうから。無給どころかお礼代。そこに剣術道場代と特別寺子屋代。貧乏の中心はこの長男か)
特別寺子屋、剣術道場へ通わせて兵官受験希望者専門の高等校。
剣術道場代は途中から援助金取得。推薦状と実技試験結果で地区兵間受験希望者の専門高等校へ入学。学費半額免除。
兵官合格は実技の突出、半見習い時の評判によるもの(本人は知らない)
元服年合格ではなかったのは特別寺子屋からの推薦状の取得が遅れて高等校への入学が遅くなったから。
学費免除、半額免除でなければ高等校へ通えない。
専門高等校経由ならともかく、試験結果に下駄をはかせてもらえない自力合格は厳しいと、地区兵官本部からの口添え、贔屓にて特別寺子屋からの推薦状を取得(こちらも本人は知らない)
(頭はよくない。腕は立つ。腕だけでは贔屓されないから……面倒見がよいだし半見習い時の勤務態度や区民からの評判がよかったということ)
長男は兵官。貧乏なので野心を抱いて働きながら勉強して自力合格したというたまに聞く話だと思っていたら、周りに後押しされて地区兵官本部から望まれて勉強に全振りして兵官。
苦手なことからはわりと逃げるだから必須科目の何かがひどいとかあったのだろう。
地区兵官のここから先は学術よりも実力、評判、上下関係などが中心。
(ガイさんがリルさんを嫁に迎えることを反対しなかった最大の理由はこの長男かもしれない。使える。この長男はなぜ我が家、ガイさんに挨拶にこない。妹の父が煌護省勤めなのに。頭がよくないか出世に興味ないかだ。両親は組織図なんて知らなそう。トンビが鷹を産んだはリルさんではなくてこの長男……いや、母親が男だったら息子みたいかもしれない)
兵官になれば安泰だけどそれまでは金食い虫の長男がいるとなると長女、次女は奉公へとなりそうだがなっていない。
長女ルカを跡継ぎに決めて12歳から竹細工職人見習い。父親の後輩とお見合い結婚。祝言は16歳。以降、隣の2間部屋にて長屋住まい。婿ジンは真面目な竹細工職人。炭売りの3男。
(リルさんと2歳違い……。祖母、両親、婿で稼いで姉は家事と仕事半々……。リルさんを奉公に出したら家事育児に内職手伝いや食材集めやらが困難……)
結果長男は兵官。長女はわりと安心。姉は寺子屋の代わりに父親の店で色々学んでいるけどリルは無学。
(貧乏腹減り実家より嫁に出して余裕のある衣食住を与えたい、か。リルさんも貧乏だから16歳になったら嫁に出すと言われていたって言っていたわね)
長男、長女にかまって次女にしわ寄せってこと。しかし当然の流れだ。
日々の生活や稼ぐのに忙しくてこの両親は子どもにそんなに構っていなかった気がする。
(リルさんの自己完結癖はこういう生活で作られた、と)
16歳で嫁に出したいから次女リルお見合い相手探し。
友人知人経由だと「ぼんやりして、あまり喋らない大人しいリルちゃんより数年待って元気溌剌な3女。美人だし」と断られ続ける。
3女ルルの性格は完全に母親似。4女レイ、5女ロカもその傾向。
リルだけ父親の性格が強く出たのかもしれない。自分に与えられた仕事に集中。その間はあまり喋らない。リルの仕事は家事育児などだから生活自体が喋らない時間。
それで周りがお喋りとなると大人しい、と言われる。
(リルさんのお見合い相手の条件は……他の娘達と違って無口で人付き合いが苦手で心配なので極力近所。家事育児は得意だけど学がないのでそれでよい家。現在の生活よりもよい生活を与えてくれる家。近隣近所だと妹と比較されて断られていた。……そこにロイか)
結婚お申し込みの日に「よろしくお願いします」となるわけだ。
話したこともない相手と結婚なんてよく決められましたね、とリルに尋ねれば「長屋で評判が良くなくて誰もらってくれなさそうなのに、役に立つからお嫁に欲しいと言われてうんと嬉しかったです」である。
構われていないから自尊心が低い。
リルが「両親に帰ってくるなと言われています」と言っていたけれど、その両親からは「息子娘に絶対にルーベルさん家やリルにたかるなとキツく言っていますので何かあればリルではなくて自分達に言うて下さい。娘を追い出す前にも必ず教えて下さい。親から言って直せることは直させます」と言われている。
愛情はしっかりあるけど肝心の娘に伝える余裕がなかった。説明下手の父親は特にそうかもしれない。
家を守る責任者にされる。放置気味。容姿が良くて長屋女性達に人気のある母親似の妹と比較される。
(環境と大なり小なり本人の性格があって、少し優しくするとご機嫌るんるんのリルさんが出来上がり。面倒くさがりのガイさんが燃えあがったロイの説得をするより、この親戚ならええかとなるわけだ。私が腹を立て過ぎて向こうの親とのやり取りもガイさんが中心だったし)
この経歴の長男は成り上がって豪家になる可能性もある。
金食い虫の長男が稼ぐ側にまわり、2人の娘が嫁にいったから、貧乏から徐々に脱出するだろう。
ふむ、と思った時に風呂から出た夫が居間へ現れた。
「それリルさんの調査書か?」
「腹が立ちすぎてまともに読んでいませんでした。ガイさんはこの家族を今後どうするつもりですか?」
確実に息子夫婦と遭遇せず、他人もいない時はお互い名前で呼んでいる。
夫はいつもの定位置ではなくて私の隣に腰を下ろした。これもそう。
「使えそうだけど変だな。知っているけど嫁入り経緯が嫌すぎたからか? と思っていた。どう思う?」
いつもこう。面倒くさがりの夫は親戚付き合いを私にほぼ丸投げ。
この調査書や祝言までのことはロイにせっつかれただけ。
私が地蔵になっている間に息子に「父上にもええ縁談ですよ〜、母上とリルさんの間には常に自分が入ります〜」みたいに転がされて、この長男が欲しいから私をチラッと説得。
「どう思う? も何もこの長男だけは絶対に無視出来ません。頭が悪いみたいですけど卿家の男並になってもらわないと困ります」
「ロイにそれとなく彼は大丈夫か? と聞いている。評判、評価も常に確認している。いつ挨拶に来るのかと待っているんだが年が明けてしまった」
「そのくらい頭が悪いか出世にまるで興味がないということです。確認だと後手です。この長男に必要なのは先手です。両親とこの長男を呼び出してバシッと一言お願いします。他の家族は犯罪さえしなければええですけどこの長男は話が別です」
えー、俺が? という表情が返ってきた。嬉しそうな顔もしたから「ようやくテルルさんが動いてくれる。よかった、よかった」だろう。
使う下準備はしている気がする。仕事だと面倒くさがりが減るから平均並に出世した。何もしてない訳がない。
「ロイにお前の兄だからしかと話をしなさいとか何とか言うだけでもええです。リルさんで釣ればひょいひょいのアホ息子状態ですから。ガイさんが仕事で使うんですし。この長男」
「おう。そりゃあ使うぞ。使うに決まっている。いくつかあるんだ。ロイに任せればいいのか。そうだな。出る杭になんてなるか、という地蔵が同期最速出世だ」
息子を使うという発想すらないとは情けない。ぼんやり夫にぼんやり嫁。この家の未来が心配になる。
父親の欠点をなるべく継がせるものか、と鍛えた息子もなんだかんだ父親似。
今まであまり感じなかったが、嫁がきて判明した根回し上手そうなところは安堵している。
私に似せたら「この嫁がええ」とその特技でしてやられた。世の中や子育ては本当に上手くいかない。
「この調査書を見たら祖母、母親以外はほぼ使えます」
「読んでそれでも無視したいほど祝言経緯に腹を立てていると思ってたけど誤解だったな。腹を立ててあまり読まなかったの方か」
親戚付き合いの中心は大黒柱妻。私が悪い。
リルに腹を立てたり、一緒に料理をして「娘が生きていたらこうかな」と思っている場合ではなかった。
「いやあ、もっと早くテルルさんに聞けばよかった。親戚扱いしないままでいくのか? って。嫁の父は商家、兄は豪家とか夢があるだろう?」
「ええ。跡取り息子でやることではないですけど3男あたりなら選んでもええ家です。ツテもないし普通に探したら見つかりませんけどね」
「掘り出し物だよな。リルさんはちんまりしているし座敷わらしかもしれん。それかロイが強運。俺達の息子だからそっちかなあ。嬉しいなあ」
睨もうとしてやめた。海釣り後から「ええ嫁そうだ」と顔に描いてあったのでいまさらだ。
「あのリルさんの親なら親切風に近寄ればありがとうございますでしょう。それでリルさんがありがとうございますでロイがへらへら。そのロイに気働きさせます。仕事も励ませます」
「おお、自分もテルルさんも楽そうだな。それで我が家は栄える。向こうの家も同じ。長男だけは確実に我が家の汚点にならないように気をつけて、他は別に縁切りすればええ。それも気楽だ」
「家族4人の管理にこの家族9人の管理が楽なわけないでしょう。向こうがそれなりの家なら勝手に動いてくれるのに。かめ屋のご機嫌くらいとって再来週の宿泊にええ贔屓を取ってくるくらいして下さいね。お風呂に入ってきます」
すっかり2人の心配が吹き飛んでしまった。
私が守ってきた家やルーベル家の生活を壊さず、どころか上手くいくと繁栄する。
年々手足の悪くなっている私の世話や、そのうち弱る夫の世話も、リルの実家に恩を売っておけば人手がわんさか。
残りの人生も疲れそう。自分の長所は好きだけど、夫や嫁のようなぼんやりにもなりたい。
本編を書いている時は深く考えませんでしたけど、リルやロイはどう育ったらこうなるかなあと考えたらこうなりました。
2人ともなんだかんだ父親似で母親似です。