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8話

 ルーベル家から私の実家の長屋と正反対に徒歩30分くらい歩くと、花嫁修行でお世話になった旅館かめ屋がある。その周りは繁華街。

 嫁入り前に、ごくたまにぷらぷらしたことがある場所。

 何も買えないし、明らかにお金を持っていない貧乏人なので店先に近寄ることも出来なかったけど、遠くから見ていて楽しかった世界。帰りが遅くなって叱られていた。

 そこをお洒落をして歩いているとは夢見心地。ロイは当たり前のような顔をして、散歩の時と同じように腕を組んでのんびり歩いている。

 散歩の時も思ったけど、ゆっくり同士とは気が合う。


「リルさん。お昼ご飯は何にしましょうか」

「何に?」

「ええ。リルさんは食べたことなさそうなので、西風料理にします?」

「はい。食べてみたいです」


 煌国は大陸中央。大陸の西側と東側とは文化が色々違うという。まさか自分が異国料理を食べる日が来るなんて。


「行ってみましょうか」

「はい」


 ロイはかめ屋の反対側の通りにある、小さなお店の前にある品書きを眺めてからお店に入った。お店の名前はレストランミーティア。

 レストランは食事処でミーティアがお店の名前とロイが教えてくれた。

 店外のお品書きを見た時も思ったけど、どの名前もどんな料理かまるで不明。

 席に案内されて品書きを渡されて途方に暮れる。何も分からないから決められない。自分の分を自分で決めて良いのかも分からない。

 それから店員さんの着物ではない服が気になる。西風服だ。たまに見かけて、動きやすそうだし可愛いと思っていた服。着ることはないだろうけど、勉強として名前を知りたい。


「本日のおすすめランチコースを2つ。メイン料理は魚と肉を1つずつ。妻は西風料理が初めてでして、メイン料理を半分ずつにしていただくことは出来ますか?」


 ランチ? コース? メイン?


「もちろんです。かしこまりました」

「飲み物はコーヒーと紅茶で食後に。それからデザートにこちらのミニ盛り合わせを。妻に」

「はい、かしこまりました」


 ロイが全部決めてくれた。助かった。おすすめランチコースは龍煌風サラダ? とパン? とメイン? 

 料理に飲み物が付いてコーヒー? と紅茶? らしい。そして値段は……足すと……2大銅貨でお釣りがほんの少し。高い。

 ルーベル家の食費も目が飛び出るくらい高かったけど、1日あたりの食費から考えるとこのお昼は高い。

 しかも私だけミニ? デザート? の盛り合わせ。この金額を足すとさらに高い。

 そして辞書で調べる言葉が沢山。


「旦那様」

「はい、リルさん。何ですか?」

「よく来られるのですか?」

「いえ。この店は初めてです。西風料理は母上が好きで年に数度。父上は龍煌食が好きですので基本は龍煌食です」

「そうですか」


 住む世界が違うと分かっていたけど、想像より違う。私、贅沢死しないよね。


「昼はお得で安いですし、リルさんは食費を節約してくれそうですので、あちこち行きましょう。次は東風料理ですね」


 次は東風料理。衝撃的な話、4回目。


「これで安いのですか?」

「毎日は無理ですけど月に1回、2回なら。きちんと貯金もしますよ」


 にこやかに微笑むロイが神様に見えてきた。私の人生を素晴らしい世界に変えていく龍神王の遣いだ。本当になぜ私が嫁?

 上級公務員って一体いくら稼いでいるのだろう。


「旦那様」

「はい、リルさん。どうしました?」

「お待たせしました。本日のサラダです」


 お礼を言いそびれた。白いお皿にほうれん草とゆで卵ととうもろこしとトマト。それからきゅうり。あと玉ねぎの匂いがする。紫だ。玉ねぎが紫。

 それから銀色の柄が長い匙と、柄が長い……何? 三又のものと浅い匙みたいなものを置かれた。それからお箸も並んだ。


「奥様、サラダは生野菜を主として油と酢で作った調味料、ドレッシングというものであえたものです。初めてとうかがったので、ドレッシングは別皿にしました。味見をしてからあえてください。苦手な味でしたらお声かけ下さい」

「妻に配慮をありがとうございます」

「ありがとうございます」

「ごゆっくりお召し上がり下さい」


 店員が去っていく。


「リルさん」

「はい」

「こちらはスプーン。それからフォークとナイフです。ドレッシングを分けたり、わざわざお箸を用意してくれるとは良い店ですね」

「はい。とても親切です」


 旦那様の真似をして食べれば良い。フォークで刺す。口に運ぶ。簡単。

 ゆで卵はもったいないので最後。トマトを刺してドレッシングに少しつけてみる。


(匂いがごま油。ごまも入ってる。味は……お醤油? お酢って言っていたからお酢と……砂糖? 美味しい)


「旦那様、好きです」


 ドレッシングをかけて、具材を混ぜる。返事がないので顔を上げたら、ロイはボーッとしていた。少し顔が赤い気がする。


「旦那様?」

「いやあの、はい。好みの味で良かったですね」

「はい」


 黙々と食べる。話しかけられないから、やはり落ち着く。


(こんなに色々は使えないけど、ほうれん草と紫じゃない玉ねぎとトマトくらいなら作れそう。でもゆで卵も欲しい。お弁当にゆで卵を入れても良いのか聞こう。あまりをサラダにする)


 食べ終わると空のお皿を下げられ、新しいお皿が3つ出てきた。

 

「本日のパンはブレッチェンです。交易中の大蛇連合国の一般家庭でよく食されているパンです。煌国でいうご飯です」


 ブレッチェンに大蛇連合国。また新しい単語が増えた。頭から溢れ落ちそう。


「本日のメイン料理、お肉はチキンソテーディアボラ風、魚はタラのアクアパッツァです」


 また単語が増えた! チキンソテーディアボラ風。アクアパッツァ。


「奥様、チキンは鶏肉です。ソテーは焼いたもの。ディアボラは悪魔を焼き払って鶏肉を焼いたとか、そういう意味があるそうです」

「辞書で調べようと思っていたので、ご親切にありがとうございます」

「辞書にはまだ載っていないかと。アクアパッツァは西風の蒸し料理です。他に何かご質問があれば遠慮なくお声がけ下さい」

「ありがとうございます」


 店員が去っていく。ここは素晴らしく親切な店だ。

 ロイは鶏肉から食べ始めた。ナイフとフォークの使い方は……大丈夫そう。真似出来る。

 鶏肉は姉の結婚式以来。しかもこんな塊は初めて。


(美味しい。柔らかい。でも何味か分からない)


 玉ねぎは分かる。ピリってするのは唐辛子。かめ屋で使ったし食べた。あとは不明。鶏肉も高い。


(タラ、ちびトマト、あさり、何かのキノコ、ピーマン、黄色いのもピーマン? ディアボラ風と似た匂いがする。何の匂いかわからない。謎の葉っぱ。謎の白いカケラ。味付けはアサリの酒蒸しと少しだけ似てる)


 今度海に行って、運良くタラが釣れたら作れそう?

 緑の葉っぱは飾りっぽいので要らなそう。キノコはとりあえず公園に生えていたしめじ。

 黄色いピーマンは綺麗なので欲しいかもしれない。安ければ。問題はこの独特な匂いと元は何かと白いカケラは必要なのかだ。

 パンはふかふかして美味しかった。ご飯の代わりにしては物足りない。

 ロイの真似をして肉料理や魚料理のたれをつけたら、とっても美味しくて好きだった。ご飯に佃煮が合うように、パンに合うタレ。


「好みそうで良かったです」


 全部食べ終わったら話しかけられた。


「はい。好きです」


 ロイが目を丸め、それからふにゃっと笑った。新しい表情。


「旦那様、この白いカケラは何か分かります?」

「ん? いえ。聞いてみましょうか」


 ロイが店員を呼んでくれた。それで質問もしてくれた。


「こちらはニンニクです。味と風味付けに使っています」


 ということはニンニクは必要。


「リルさん、他にも聞きたいことはありますか?」

「こちらの黄色い野菜は黄色いピーマンですか?」

「パプリカです」

「ありがとうございます」

「デザートをお持ちします」


 店員が去っていく。

 ニンニクとパプリカはどこで売っているんだろう。高いだろうか。義母行きつけの八百屋には無かった。パプリカは高かったらなくても良いけど、ニンニクは必要だ。高いかな?


「リルさんは勉強熱心ですね」

「勉強に興味なかったですけど、勉強してみたら楽しいです」

「それなら、そのうち龍歌を教えます」

「龍歌ですか?」

「リルさんなら、きっと好まれます」

「その時はよろしくお願いします」

「はい」


 私ならきっと、とはどういう意味だろう。質問しようと思ったらデザートの盛り合わせが運ばれてきた。


「チーズケーキ、プティング、チョコレートケーキです」

「コーヒーも紅茶も妻に。どちらが好みなのか選んでもらうので」

「かしこまりました」

「リルさんの好きなお菓子です」

「全部お菓子です? デザートはお菓子ですか」

「ええ。どうぞ」


 一口サイズの甘味3つに、切ったブドウが1粒。チーズケーキ、プティング、チョコレートケーキ。また知らない単語が増えた。忘れそう。これは全く以て作れなさそう。

 薄力粉みたいな粉や見たことのないちんまりした緑の葉っぱで飾られている。

 コーヒーは黒い飲み物。紅茶はほうじ茶と同じ色。四角い白いものが乗っているお皿も置いていかれた。


「旦那様」

「何ですか?」

「デザート、旦那様は食べないのですか?」

「甘いものは得意ではなくて」

「こちらは金平糖とは違います?」

「いや、あれは……まあ、そういうことで」


 そういうこと? どういうこと? と問いかけようと思ったらロイに食べるように手で促された。


「コーヒーも紅茶も飲んでみて、苦手な方を下さい。自分はどちらも好むので」

「何から何までありがとうございます」


 コーヒーは……苦い。これは苦手。紅茶は独特だけどやはりお茶の仲間。嫌いではない。好き! でもない。


「コーヒーをいただき……砂糖を入れてみましょうか」


 四角い白いものは砂糖だったらしい。砂糖をどうやって四角くするんだろう?

 ロイが砂糖を小さい銀色のつまみで入れてくれた。四角い塊になってるって便利。


「旦那様、ありがとうございます」


 砂糖入りコーヒーを飲んでみたら……苦手。


「リルさんは時々すごく分かりやすい顔をしますね」


 いつもよりニッコリと笑うと、ロイはコーヒーの入った変わった湯飲み——これの名前は何?——を持っていった。


「甘くなったコーヒーは平気ですか?」

「ええ。紅茶も好みで砂糖を入れるそうなので、試してみると良いです」

「はい」


 紅茶を半分飲んで、角砂糖を入れてみた。甘過ぎた。でも甘い紅茶の方が好きかもしれない。甘いものは何でも好きかもしれない。

 デザートは全て美味しかった。好きな順は、1番チョコレートケーキ、2番プティング、3番チーズケーキ。ぶどうは別番号。山ぶどうとは味が違ってみずみずしい。

 家族でものすごく稀に行くそば屋やうどん屋でも楽しくて嬉しかったのに、ここは桃源郷だ。

 ロイは最初から優しいけど、やはりとても優しくて、物知りだし、一緒にいて楽しいから余計にそう思った。

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[良い点] もうリルさんがとっても可愛らしくて最高です! 文章全体がリルさんの素直な気持ちと 一生懸命、妻としての役目を果たそうと健気に頑張ってるところはもう心がポカポカします 素晴らしい作品をあ…
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