夕食2
華やぎ屋流かぼちゃポタージュ。ポタージュは濃いスープ、汁物という意味。
持っている料理本に載っていたけど牛乳、バター、コンソメ? に出汁と色々使うし、こしたり手間暇かかるのに主役ではなく汁物なので挑戦を考えていなかった料理。
私は好きだった。ロイが「自分は好みだけど濃厚だから父は好まなそう」と言ったので作る時は義父がいない日かな。
主役はホトホド貝の網焼き。4代前の皇帝様が大好きで、ほどほどに食べて欲しいのにほとほと疲れる程焼かされたからホトホド貝らしい。
私の手くらい大きな貝。これも川の貝。蛤くらい膨らんでいてホタテ貝みたいな形。灰色でトゲトゲしている貝。ロイも初見。
熱でパカっと開いた貝の中身は大きくて、蛤やあさりみたいな見た目。でも白い。それでふっくらして見える。柔らかそう。
従業員が切ってくれて、用意された柚子入り薄口醤油、わさび、お塩、そのままと色々楽しんで下さいと言われた。
3分の1は貝殻の上でバターとほんの少し刻んだニンニクで焼き炒めにしてくれるそうだ。
私達は今日珍しく食事の途中でも会話している。そうしようと言ったわけではなく自然と。
口の中の物がなくなり、相手も同じになったら喋る。お互いヴィトニル達の真似かも。
「昔両親と旅行した時と同じなら、この後はご飯と汁物、香物だと思うんですけど、既にご飯を食べたくなってきました」
升の中の酒をちまちま飲むロイがふと漏らした。
私もそうかも。ホトホド貝はかなりご飯に合いそう。まだ食べ途中なので、食べられるならご飯を食べたい。
「頼んでみますか?」
「お客様、そろそろ貝を失礼致します。ご飯は先にもご用意出来ますが2人分お持ちいたしましょうか?」
従業員の問いかけにロイは即座に「はい。お願いしたいです」と答えた。
「リルさんはどうですか?」
「私も少しいただきます」
「今からそちらをバターとにんにくで焼かせていただいて、その後にお鍋をご用意致します。ご飯、香物、味噌汁で最後に甘味です」
ロイと目が合う。多分2人共同じ目をしている。この大きな贅沢貝は主役じゃないの?
従業員は空いたお茶碗を2つ机に置き、別のお茶碗に「少なめ、多め、いかがでしょうか?」と確認しながら白米をよそってくれた。
お持ち致しましょうか? と聞かれたけど既に用意していたみたい。
その次はササッとよけておいたホトホド貝の身とバターと細かく刻んだにんにくを貝殻の上で混ぜて網の上に乗せた。
ほんの少しお醤油ぽたり。そこに刻んだキノコと青葱、胡椒もパラパラ追加。
「出汁が入っていますのでお好みでお茶漬けもどうぞ。おひつはこちらへ置いていきます。小腹が空いた頃に、というお客様もいらっしゃいますので、食べ切れないご飯、この後のお味噌や香物や甘味をお夜食にとご希望でしたら遠慮なくお声掛け下さい。ご飯はご希望があれば塩、ゆかりの握り飯にも致します」
「それはご親切にありがとうございます。自分は酒に食事が欲しいと思う性格ですし、妻は少食なので助かります」
「旦那様の甘味は特別に栗の甘露煮に致しましたのでご安心下さい」
ニコニコしながら従業員撤収。
「リルさん、聞きました? 食べ切れなそうだったら後でと。栗の甘露煮って、知られています」
「聞きました。ロイさんの呟きを聞いていたような様子でご飯が出てきました」
「今からお持ちしますではなくて、もう持ってきていました。お願いしますと言うたら後ろからすぐ出て来ました」
「はい。お客様がいらしたら真似をします」
「自分の出世祝いと新年のお祝いだーって、父が来月客を呼びそうと母が言うていたのでお願いします。甘露煮はかめ屋の旦那さんでしょうけど……。はあ、勉強になりますね」
「はい」
旅館かめ屋はお膳料理で焼き魚だけ後から頃合いを見て焼き上がりを運んでいた。
かめ屋は海観光や南6区や農村区の人達が許可を得て中央区観光をする客を狙った庶民向けの旅館。
立ち乗り馬車が遠くなくて街中にあるので街観光、海、中央区観光が出来るというのが売り。
お金を持っている商家や豪家狙いの個室の少し高い部屋へは今回のように順番に料理を提供。私は実力不足なのと奉公ではなく花嫁修行だったので担当していない。
料理の盛り付けや担当者まで運ぶことはしていたけど、この接客はなかなか無理そう。
歓談は聞かないようにして、必要そうなところはしっかり聞く。つきっきりではないからそういう風に動いているように感じる。
それともまさか会話を全部聞かれているのかな?
「リルさん、このお茶漬けは好みです。お茶漬けにしなくてもご飯に合って大変好ましいです」
ロイはご飯のみ、お茶漬けと2膳分ペロリと食べた。なのにまだおひつの中にご飯がある。
「昆布とかつお節の出汁です。ニンニクとバターが売っているお店を知っているので似たようなものなら作れます」
「本当ですか? リルさん、お弁当に白飯とこの似た味付けのものを混ぜたご飯と半分半分入れて欲しいです。父上が好みか確認してからでええです。多分好まなそうです。濃い言うて。となると無理だ」
お弁当の注文は珍しい。これまで「混ぜご飯は好みですけど、おかずと楽しむ白米のみも欲しいです」と「試験の日にこっそり甘くない出汁巻きたまご焼きを入れて下さい」の2回のみ。
義父の好みは少し甘めの出汁巻きたまご焼き。でもロイは甘くない味付けの出汁巻きたまご焼きを好む。
他にも色々ある。義母から聞いている。義父はこうだけどロイはこう。
義父が優先、義父不在の時の食事にはロイの好みの味付けで料理して、という意味だと思って言われたものは筆記帳に書いてある。
「たまご焼きの後に同じ四角い焼き平鍋でちんまり焼いてロイさんのお弁当にだけ混ぜご飯を入れるとか、工夫すれば出来ます」
「いやあ、手間がかかりますよね?」
「午後から張り切って働いてもらうための手間なので嫁の仕事です。とお義母さんなら言うでしょう。それに私は料理好きです」
「母上もリルさんも尊敬します。母上の手伝いもあるし男も家事は一通り出来ないともしもの時に役立たずなので一応覚えていますけど、なんかこう、苦手で。両親に明日の夕飯からお前の仕事だ、言われても白米炊いて魚の塩焼きに漬物を切って終了でしょう」
そうなんだ。
「男の料理人は沢山います。全員尊敬です。自分は食べる専門。祖母も料理好きで母上と味付けで揉めてました。祖父は自分と同じ少し濃いめを好むけど父はほら、薄味を好むでしょう?」
私は料理は好きだけど不味い! とならない限りは味付けにこだわりがないので義母に言われた通りにしている。義父優先。大黒柱最優先。
「はい。お義母さんは今のように薄味にしようとしていたんですか? うーん。でもお義母さんは大黒柱を優先します」
「祖母が祖父が優先なのにどうしてそうしていない。父が優先なのにどうしてそうしていない。みたいにコロコロ意見を変えたらしいです」
「えー……」
「気を遣っても気を遣っても文句を言われるから母はプツンと切れて2種類用意。料理道具や鍋が多いのはそのためみたいです」
ひゃあ大変そうな嫁姑問題。おかげで私はあれこれ道具を使えるのか。
「噂の嫁姑問題ですね」
「それでまた火に油。テルルさん、我が家のお金でそんなに道具を買って時間もうんと掛けて好きな料理だけ凝るとはええ御身分ですねえ。食費もかかっています。子を産めてないから時間が沢山ありますからね。それにしては障子の張り替えが雑です」
「えー……」
怖い。
「食費はそんなに増えていないし、障子もピシッと貼ってあるし、子を産めてないなんてまだ結婚半年。さすがに父は祖父と祖母に楯突いたそうです」
さすがに……。
「そもそも母はあの通り細かいでしょう? 料理以外もしっかりしていたから、あまり言うところがなくて、何かというと母が好む料理にいちゃもんをつけていたみたいです。そもそも道具は母上の実家で買ってもらっていました。人当たりの悪い祖母ではなかったですけど、自分が知るだけでも母とは色々ありました」
「嫁にやり返そうではなくて優しくしてくれるって、お義母さんはうんと優しいです」
「心配していたけどそうでした。自慢の母です。リルさんは母を大事にしてくれていますけど、今の話を覚えておいて欲しいです。母に理不尽に酷いことを言われたりされたら自分が守ります。自分がされて嫌だったことをしないで下さいって。リルさんは不服でもやりたい事があってもすみませんって一旦謝って欲しいです」
「はい。やりたい事、特に料理はお義母さんに相談するとさらによくなるので何でも聞きます」
「正直ここまで母と嫁が穏やかな関係とは思いませんでした。幼い頃から父にお前の嫁は母が選んだ中から決める、と言われていたので。ありがとうございます」
いえいえ、こちらこそ。いえいえ、とお互いに感謝し合う。
その後にお鍋登場。七輪の上の網が新しいものに交換された。竹細工のカゴの上に紙を乗っていて、水か出汁、具材が入っている。
「カゴも紙も燃えないんですか?」とつい聞いていた。
「はい。ただ出汁が全くなくなると燃えます」
「こちらの紙はお宿特注ですか?」
「いえ。水を弾く和紙なら大丈夫です。具材は大根、にんじん、春雨、鶏肉団子でございます。鶏肉団子は生姜味、大葉味、梅味になります。春雨は食べる前にサッと煮て下さい。お好みの量の一味とお塩でお召し上がり下さい」
鶏肉のお団子なんて初めて。1人3つずつもある。もうかなりお腹いっぱい。
大根も人参も薄く長めに削られている。具材は市松模様みたいに配置。野菜にすぐ火が通りそうだし、濃い味の後だからサッパリしてそうな料理は嬉しい。
「見たことのない鍋です。鶏肉がこんなにとは豪華ですね。一味と塩で食べるのも初めてです。リルさんはお塩だけですかね」
「一味ほんのりは平気です。挑戦します。かつお節の削り器で大根と人参を削ったんですかね?」
かつらむきとは違って見える。
「その発想、自分にはないです。任せます」
「料理に興味がないのがよく分かりました」
「はい」
煮える前に出汁の確認。濃くない。おそらく昆布のみ。海は遠いのに海のものを使用なのでこの街では贅沢。
薄い大根も人参もペロリ。薄塩薄い一味がよく合う。お腹がはち切れてしまうから、名残惜しいけど肉団子は少しずつロイにあげた。
「お腹いっぱいでなければ雑炊にしたいです。リルさん、この大根とか人参はこの間の魚のつみれ鍋には入れられますか? 削るのが大変なら自分がします」
「大変ではないと思います。食べた料理は全てお義母さんに教えて帰宅後にルーベル家風旅行料理祭りしましょう」
「休み明けの仕事はうんざり、なんて思っていましたけどそれならうんと張り切ります。自分はこれ以降は湯上がり後に酒を飲みながら部屋でいただきます。その頃に少しお腹が減って、ご飯や握り飯と言いそうな気もします」
まだ食べられるの⁈
「私もこれ以降はもう入りません。お味噌汁は少なめと言えますかね? ロイさん、普段の食事足りていますか?」
「要らないとか多くない分にはよさそうですけど。普段は足りています。多分歩いたのと楽しいのと接待疲れですね。リルさんも今夜は少しお腹が減ると思いますよ」
「その時に頼めるってとても贅沢ですね」
「ええ。接待で疲れた甲斐があります」
すみません、とロイが呼ぶ前に従業員登場。
頼む前に「後はお部屋や受付部屋へご用意致します。従業員へお申し付け下さい。22時まででしたらこちらの食事処もご利用になれます」と告げられた。
部屋に戻る時にロイは「夜景を見て飲むのもええし、リスを捕まえながらもええし迷うなあ」と呟いた。
確かにそれはとても難しい選択かも。