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夕食1

 憧れの旅館で食事をする側。配膳係ではなくて食べる方。しかもすこぶる贅沢な当初の予定から進化しすぎ。

 席は宿の旦那と喋ったところの隣だった。川の上から街を見下ろす方向。

 夕焼けで川も街が染まっていて、あちこちの灯籠(とうろう)や提灯が光っている。

 街のあちこちの建物自体も光っていて、それは細長い灯とか何か工夫しているのだろう。感無量。


「本日担当致します、スーでございます。ルーベル様、遠路はるばる当宿へお越し頂きありがとうございます」

「こちらこそありがとうございます。お世話になっています。よろしくお願いします」

「お祝い旅行ということで、こちらのお酒をご用意致しました」


 小さな青い酒瓶が机の上に置かれた。

「末広」と書いてある。まさかだけど、ロイが買た扇形の帯留めや髪飾りにかかっていないよね。

 義母はロイがうらら宿で買った真珠の髪飾りをほぼ毎日使っている。私と同じ扇の形。

 息子が「母上の人生がさらに末広がりになりますように」と贈ってくれたとサラッと自慢する。

 きっと、絶対、かめ屋の女将セイラに話している。

 その流れで嫁も扇の帯留めで、なんて語ってそう。


「奥様はお酒は苦手と伺っていますのでこちらのお品書きからお好きなお飲み物をお選び下さい」


 お酒が苦手なのも知られてるのか。


「はい。ありがとうございます」


 ロイとこういうこと、飲み物をどうぞはあるかもと話していたのでありがたく受け取る。ルシー家族の件で心苦しさは消えた。

 今決めるのかな? 

 しぼり汁はりんご、タンゼ。りんごしか分からない。しぼり汁ってりんごをしぼったものってこと? 固いのにどうやって? すり鉢で潰してこすとか?

 それは美味しそう。たまにどこからか貰えるりんごは奪い合い。

 均等に分けるけど、私はズルいから剥く係をしてその時にコソコソ削って食べていた。ほんのり厚めに皮も奪った。バレて母にゲンコツ食らってやめた。

 コーヒーと紅茶は分かる。

 すり鉢で潰してこせば作れそうだからりんご汁はいらない。

 お水、ほうじ茶は無料。今も湯呑みが2つ置かれている。


「ごゆっくりご覧下さい。ルーベル様、お注ぎいたしましょうか? 奥様のお酌がよろしいでしょうか」

「妻は目移りして悩んでいるようなのでお願い致します」


 それなら遠慮なく悩む。お酒は読めない漢字が多いしどうせ苦いとかで飲めない。ただりんご酒、梅酒3種類は気になる。

 黒糖梅酒、にごり梅酒、特・酒。

 贔屓(ひいき)で1杯無料なら1番高いものかな、と考える私は貧乏人。


「まずは肴をお持ち致します」


 ん?

 係の人が去ったのでロイに尋ねる。


「ロイさん、まずは肴とは何です?」

「コース料理でしょう。こりゃあ食事も格上げされていますね。多分例の華族の方の件で。席に着くときに見えたんですが山側はお膳でした。七輪もありましたからお膳だけではなさそうですけど」


 私もそれで気になった。そっか。ロイの苦労は食事格上げに繋がったのか。

 私達がルシー家族と離れた後に、ほくほく中のほくほくがあったのかもしれない。


「山はええ景色ですけど下に色々見えます」

「そうですね。あれは残念です。なのでこちらが上座でしょう。ここに来る前に下の廊下で少し夕焼けに染まる岩山を見上げておいて良かったですね」

「はい。とても美しかったです」


 そういえば結局雲を掴むというか、雲は霧というのを見られていない。


「ロイさん、貧乏性なので高いものにしようかと思ったのですが、この特、梅酒の漢字はなんですか? それからタンゼ。後、りんごのしぼり汁はすり鉢で潰してこせば作れそうな気がしますが合っています?」

「特選梅酒ですね。リルさん梅酒は気に入ったんですね。職場の方が出世祝いに酒を買ってやるなんて言うていたので梅酒を頼んでみます。自分も嫌いではないですし。しぼり汁ってそのように作るんです? タンゼはなんですかね?」

「はい。梅酒は好ましいお酒です」


 料理気になる。

 肴はしららみぞれ和え。川の小魚しららの釜茹でを梅とすりおろした大根で和えたもの。

 丸くしたしららみぞれの混ぜ物の真ん中に潰した梅が乗っている。

 底にタレがもう入っているので和えて食べて下さいと説明された。

 器は緑で葉っぱの形。黄色が欲しい。春ならたんぽぽだけど冬はなんだろう。


「タンゼはみかんの仲間でございます」

「だそうです。しぼり汁と梅酒なら……リルさん?」


 ロイに顔を覗き込まれて我に返る。


「へっ? ああ、すみません。黄色は何かなと考えていました」

「黄色ですか?」

「はい」

「そうですか。それはなんだか帰宅後の我が家の食事が楽しみです。それでリルさん。しぼり汁と梅酒どちらにします? タンゼはみかんの仲間だそうです。梅酒は追加で頼みましょうか。自分も飲みたいので」

「それでしたら全てお持ち致します。冷酒用のおちょこで少しずつご用意しますので気に入ったものを改めてお申し付け下さい。本日はあまりに大量でなければ飲み放題でございます」


 そうなの⁈

 従業員が去ってひそひそ喋ってしまった。


「こりゃあ下手な会話を出来ませんね」

「ルシー家族、私達と離れた後にさらにほくほくな出来事があったのではないでしょうか」

「ああ。それなら遠慮は要りませんね。今ではなくて風呂上がりがええです。この瓶も残りは部屋でと思ったので、他も味見だけして少しだけ部屋で飲めないか頼んでみましょう」

「はい」


 肴の味付けはほんのごま油とお醤油っぽい。

 家なら今日食べた牡丹の練り切りみたいにする。線を入れて梅をそこに添えて、真ん中が黄色かな。

 しららは聞いたことがない。白いキノコを刻んで土瓶で煮たもので代用。

 大きいキノコの方が食べ応えがあるかな。汁が邪魔だからお弁当には不向き。

 食べ応え重視だと牡丹風は無理だし、キノコと味がぶつかりそうなので梅を節約。飾りに葉っぱや花。


「いやあ、いい味の酒です。末広とは次も最速出世しろという意味ですかね。きっと父がかめ屋の旦那さんに息子のやる気が出るようなおもてなしを、と言ってそうです。釣り針を買うとか色は付けるとか言って。1人息子で他の家より少し余裕がありますから」


 そっか。末広はそれにもかかっている。むしろ私は考え過ぎだ。


「お兄さんもお姉さんも大きくなれなかったそうですね」

「ええ。病は仕方のないことです。自分は見知らぬ兄と姉のために親孝行するだけです。でも親不孝しそうになりましたね。リスがええ、リスがええって」


 仕切られて隠れているからかツンツン浴衣のリスをつついて楽しそう。

 ロイにじゃれて欲しくてこの柄を選んだ私も……ムジズだ。

 同じ穴のムジズ。たぬきの仲間みたいな妖らしい。

 悪い意味で使うから、今の状態に使うので合っている。


「私も一緒に大事にします」

「母が折檻したら告げ口して下さい」

「明らかに自分に非がないときは頼ります。お義母さんは基本優しいです」

「基本って、あれはやはり怖くて辛かったでしょう。衣装部屋で1日座っていなさいって。自分のせいですみません。気をつけますし、母に自分への折檻にリルさんを使うなとしっかり言いました」

「実は衣装部屋にいたのは朝と夜少しだけです。ロイさんへのお仕置きで」


 ロイの目が点になる。

 その後に「あんの母は……このやろう……」と初めて聞く兄のような言葉遣い。


「あはは。ロイさんもそういう言葉を使うんですね」

「家で口を滑らせたらそれこそ折檻なので気をつけています。前はうっかりして怒られても反省したフリで聞き流してまたうっかりしていましたけど、今はリルさんがいます。気合いを入れないといけません」


 反省したフリをして聞き流してたんだ。

 飲み物が運ばれてきた。そこでロイが「夕食中のお酒はこれだけにして入浴後に部屋で飲みたいのですが、こちらの瓶を持ち込んでも大丈夫ですか?」と確認。

 他のものもとは頼まなかった。それが正しい気がする。また何か接待が降ってくる。


「もちろんでございます。受付部屋でも構いません。係の者にいつでもお申し付け下さいませ。ご説明したように基本は飲み放題ですので、お部屋にも飲み物のお品書きをご用意させていただいています」


 従業員が去ってまたひそひそ話。


「ロイさん、絶対にルシー家族効果です」

「そうでしょう。最初からなら最初からお部屋にお品書きがあって説明されています。滝で濡れた甲斐がありました。大酒飲んで朝寝坊しないように気をつけますけど飲み比べしたいです」

「ロイさん、お酒好きですもんね」

「ええ。重いけど小瓶なら持ち帰れそうなので飲み比べて買って帰って父や母と晩酌します」

「別館にお土産屋がありました。ここで出すお酒も売っている気がします」


 少しして次の品。前菜3種類。今日お団子を食べた時の器だ。

 左からエドゥ海老入玉子焼き、中央はプクイカのおかか煮付け、右は本日の葉物ゴマ和え辛子味噌仕立て。


「こんなに小さいイカなんているんですね。海から運んできたのですか?」


 思わず質問していた。海ですくうか釣れるならお弁当に入れたい。義父はイカ好きだ。ロイは多分普通。

 小さいから普通のイカの煮付けより固くなさそう。


「いえ、エドゥ海老やしららもですが、川で養殖しています」

「川イカなのですか」

「はい。また何か気になることがございましたらご遠慮なくどうぞ。失礼致します」


 食べる前にロイに質問。


「ロイさん、養殖って育てることでしたよね。養殖真珠の養殖」

「そうです」

「長屋の近くの川では何か養殖出来ないんですかね」

「ああ。言われてみればそうですね。何をとか、餌とか調べたらリルさんの父上の知り合いが作ってくれそうですね。そこで小さい子が釣りの練習とか」

「はい。川イカを生きて待って帰れて育てられれば高く売れそうです」


 美味しくて売れるものは燃える。


「リルさんは商売人ですね。そういう発想はお金や食事で苦労してきてない自分にはないです。でも代わりに同級生や知人に頼れば許可関係とか養殖方法を調べられます」

「はい。私は知識不足で育てるとか考えたことがなかったです。思いついても方法も許可も分かりません。そもそも貧乏人は元手がないから挑戦出来ません」

「こういう話もええですね。例えば町内会の学生に調査を丸投げして勉強の一環にして、親が手伝って、実現出来そうなら検討しましょうとか。上手いこと言って楽をして利益は少しかすめる。あはは。楽しいです」


 鶏小屋もそうだし、ロイはこういうことを考えるのが好きなのか。

 川イカを1つ食べてみたら柔らかくて噛むほど味がしみでてきて美味しかった。

 お醤油系の薄味の煮物だ。おかかだけではなくほんのり生姜もきいている。


「自分、この川イカ好みです。本気で養殖出来ませんかね?」

「明日魚屋で聞いてみます?」

「ええ。聞きましょう。父も好む気がします」

「海のイカには小さいイカはいませんかね」

「それも知りたいですね」


 気がついたら食べて感想、食べて感想と食事の合間にお喋りしていた。

 

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