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接待(旦那様は疲れた様子)

 本館大浴場堪能後、私達は夕食会場の中にある特別室へ案内された。

 後で楽しもうと橋の上からの景色はまだ楽しんでいなかったけど、橋の上の半分が建物で、その空いている所はどうやら華やぎ屋だけの通路。

 食材やお酒を運ぶ業者が出入りしてるし、川沿いに洗濯場があるし、晴れだからか洗濯物も干されている。


 下から渡り廊下、食事処、調理場の順の建物。もう1階上は倉庫か何か?

 倉庫なら下?

 橋の中に従業員通路や倉庫がある?

 その謎の最上階の高さにある、食事処から続く階段を登って入れるのが特別室。

 階段が辛くなくて興味があればどうぞと案内された。ルシーの家族の権力様々。


 街を見上げるか見下ろせる見晴らしのよい窓が2つ。透明の浅いお鍋みたいなものがはまっている。

 ルシーが「こちらはもしや死の森採掘で入手する殻の目でしょうか?」と母親に尋ねた。

 耳を傾けていると遠い死の森には化物がいるけど、脱皮や死骸の殻は金属のようだったりこの窓のようだったり便利らしい。


 死の森は近寄ると死ぬけど死なない方法を知る者もいるという噂らしい。そうなんだ。化物ってなんだろう。脱皮するって蛇の仲間?

 なのに透き通っている窓みたいなものを持っている?

 この場の誰も知らなかった。祓い屋を襲おうとするらしい鬼や妖の仲間だな。

 長屋の忌部屋が大丈夫なのは、贅沢している人の方が美味しいと推測。つまり次の月のもの中は要注意。贅沢したから狙われる。

 従業員が「創設者がこの山でたまたま拾ったらしく代々大切に使っています」とルシー母娘に教えた。


 堀り椅子? で囲炉裏の側面に足を下ろせる。それで囲炉裏の周りは机のように出っ張っている。

 練り切りか焼き団子、抹茶、緑茶、ほうじ茶を選ばせてくれた。私とキティ、ムーランにも。

 練り切りはもう食べたから焼き団子。従業員が囲炉裏で焼いてくれる制度だった。最高。

 醤油、砂糖、みたらしの乗っている四角くて長細いお皿を出してくれた。

 お団子は桃色、白、緑の3色。桃色は梅の香りがほんのりして、白は何もなくて、緑はよもぎ。


 そうしてルシー母娘と楽しく喋っていると父親達が合流。お礼を言われ、ロイと私はお役御免になった。

 宿の旦那が待っていて食事処の席に招かれた。

 街を見下ろす側。板で仕切られている場所。堀り椅子? なのは同じで窓の方から机が飛び出ている。川の上から街並みを眺められる見晴らしの素敵な席。

 それで私達は改めて自己紹介をした。宿の旦那はほくほく顔を継続中。


「いやあ、ルーベル様。北4区の火消しを客引きしてくれた副神様だ。お礼をと思っていたんです。火消しはお顔が広いですし、それに彼等の宿代をルーベル様持ちとは心付けの代わりでしょう?」

「はい。たまたま地獄蒸し体験をご一緒した方が北区の火消しの方で。これはええ恩返しになるかと思いました。おまけにあの方達の親戚に栗農家がいるそうで1度くらいお礼を贈ってくれるぞと下心です」

「そうですかあ。それで十分でしたのに、何でまたあのような特大級の方々を客引きしてというか、ご紹介して下さったのですか」


 ロイが経緯を説明。赤鹿小屋で知り合って、たまたま宿屋ユルル前で再会。

 紹介したのではなくこの貸衣装が目を引いたことを伝えた。この間にほうじ茶が出てきた。


「いやあ、そうなんです。御三家からたまにいらっしゃるんですよ。(うち)は年々女性客目当てに変更していまして。家も財布も女性が握っていることが多いですから。御三家と同じ路線では上客の奪い合いに勝てません。派手で品がない。所詮は庶民相手に毛が生えた程度。そこからの脱却を妻や従業員達と日々頭を悩ませています。平家贔屓(ひいき)で伝聞や出世狙いは代々の方針でこのように大きな宿に成長しましたから、それを止めて御三家に殴り込みは考えていませんけど。資本や建造物に場所などを考えても無理ですし」


 長い。この旦那と同じくらい喋る人と3人になったら私は無口になる自信がある。自信ってよい意味で使う気がするから、なんて言うんだ?

 まあいいや。


「そうでしたか。自分達は歩く宣伝部隊ですからお役に立ててよかったです。家族全員がかめ屋に大変お世話になっています。今回本館を融通して下さったのでどうしたものかと悩んでいました」

「大変お世話になっています。ずっと皇女様のような気分です」


 私はルシーと母親の会話で役に立ちそうな事を一生懸命思い出して伝えた。

 彼女に女官吏の友人が出来たらきっとこの宿のことを話すだろうということも。

 貸衣装、街中から街を眺められる露天風呂、それからあの珍しい殻は宿屋ユルルにはないみたいだと伝える。

 

「奥様までありがとうございます。お父上のためもあるとはいえ、祝い旅行で私達の旅館の為に接待とはお疲れでしょう。お顔がお疲れ顔です」


 そうなのだ。無表情気味のロイは明らかに疲れた表情。ずっと苦笑いしている。


「はい。何が地雷になるかと神経が張りつめているし、お出迎え広場では冷たい滝であちこち濡れました。前へ行こう、前へ行こうとびしょ濡れです。彼等が風呂屋中は行列の射的屋並び。庶民の暮らしに興味津々のようで説明ばかり。親しい人なら楽しいですが接待となると、ははっ」


 ロイを早くお風呂へ入れてあげないと。私はルシー達と楽しく温泉に入ってぽかぽかしていただけだ。


「奥様はお元気そうですね」

「はい。温泉で皆ではしゃいでいました。上では景色や殻にお団子を堪能させていただきました」

「しばらくお部屋でおくつろぎになりますか? お部屋に何かお持ち致します。それとも滝で冷えたならお風呂でしょうか。このような太客を連れてきそうな副神一家をご紹介いただいたお礼に特別本館へと思ったのですが、あいにくあの方々に用意したお部屋で最後でして」


 ロイは首を横に振り苦笑いした。

 ルシーが部屋を見て気に入ったら突然ここへ泊まりに来るかもしれない。部屋を私達に譲ることは出来ないのは当たり前。

 宣伝のためにルシー一家への請求もうんと安くした。それが商売。ルシー一家は客ではなくて客寄せ副神候補だから。


「龍神王様や副神様からこのお宿にもっと恩返しをしなさいとまた接待が降ってきます。それは困りますので何も要りません。既に大満足を通り越した待遇を受けています。ここでは別館から本館で、宿屋ユルルさんへ時間関係なしにお客様とほぼ同じように館内散策と大浴場の利用をどうぞと」

「宿屋ユルルさんがそのようなおもてなしをですか!」

「いえ、あのお方がお支払いしてです。家族4人での旅行はおそらく最後、今後しばらくお嬢様と滅多に会うことが叶わないから可能な限り我儘をさせてあげたいそうです」


 ロイがほうじ茶を飲んで「はあ……」とホッとしたような表情になった。


「特に粗相をしなくてよかったです」

「いやいや、宿屋ユルルさんを見られてその思い出だけを語られたら困ります」

「親しい上司や友人知人はこの宿の別館が精一杯です。同じ剣術道場の華族の方達に勇気を出して語りかけてこの宿の本館を宣伝します。一応宿屋ユルルさんの話もしますけど、違いを伝えますし、華族もあれこれ格がありますから客の取り合いにはならんでしょう」

「ええ。それで長年続いてきた老舗でございます。共同手形店から追い出されるわけには行きません。兄はちんまりした店がよいとか海を見ないと死ぬとか騒いで家出しましたけどね。自分はおかげで愛する宿屋を守る責務を得られました」


 そうなんだ。確かにここまで大きくて街の全ての宿が商売仇とは大変だろう。客も従業員も何もかも奪い合い。


「風呂屋でも共同手形店の有料の風呂でもどこでもええんですが貸切風呂があるところってありますか? あまり高くないところで」


 私は思わずピンッと背筋を伸ばしてしまった。


「土地やら温泉水路などで悩んでいるんですけど、やはり貸切風呂は需要がありますよね。特別本館の一部は風呂付きなんですが、他の本館や特別本館のお客様にお金を支払うから貸切風呂は用意出来ないか、大浴場を一時貸し切りに出来ないか、みたいに言われることが多々ありまして」

「ええ。気遣れしましたし、大浴場は食事前後にでものんびり楽しみたいからサッと入りたいなと」

「それなんです。特別本館の風呂付き客室は高い、でも広さや景色ではなく個人でゆっくりしたいという方がポロポロいらっしゃいます」


 貸し切り風呂は華やぎ屋にはない。それなら私はお部屋でのびのびか館内の庭をうっとり眺めてロイを待つのか。

 ホッとしたような、ほんの少し残念なような。いや、ホッとした。


「そこでですね、こういう場合は一先ず安い値段で私達家族の簡易風呂をお貸しているんです。一晩接客待機したい方などが現れた時用にちょっとした待機場所を用意してありまして。お代はもちろん要りませんので従業員に案内させます。いつでもどうぞ。ここもあと1時間はくつろいでもらって大丈夫です」

「それはそれはありがとうございます」

「大変疲れたお顔をされていますから奥様に背中くらい流してもらうとよいでしょう。それでは私はまたあの方々や他の特別本館のお客様の接待やら各所の業務確認に戻ります。飲み物食べ物などは遠慮せずに従業員へお申し付け下さい。こちらこそ仕事でもないのに客引きしてくれたお客様をもてなさいとバチが当たりますので」


 これでようやくロイと2人きりになった。


「最後も接待でしたね。お疲れ様でした旦那様」

「リルさん背中流して下さい。他は何もせんので。終わったら夕食に間に合うように御三家を観に行きましょう。なのでサッと入ります。着替えたし宿内は温かいしお茶でもマシになりましたが滝で冷えて」

「……はい」


 急にロイは元気いっぱいみたいな顔になった。疲れが消えるならまあ……よいのか?

 この後ロイは鼻歌混じりでお風呂へ行き、当然のように私を浴室内に招き、本人なりに楽しんだ後に出た。

 時間としてはサッと。確かに一応背中を流しただけ。

 (うち)のお風呂と似ているけどもう少し広くて、木はやはり質がもっと良さそうで、窓からは川、街並み、岩山の景色を楽しめた。

 これはかなりの贅沢空間だ。特別なお客様に貸すときは何かで飾ったりするのかな?


 支度をして2人きりだから洞窟の時みたいに少しキスをしてから再出発。

 カランカラーン、カランカラーンと16時を告げる鐘の音が響いた。

 

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