洞窟と連々々滝
名所みたいなのに、見上げるエドゥ岩山に滝なんて見当たらないなぁ、と思っていたら洞窟の中だった。観光名所だからか剥き出しの光苔が点々と飾られている。
洞窟なんて初めてだし、光苔で不可思議な雰囲気が増している。ロイも「神秘的ですね」と告げた。
ひんやりして冷たい空気。街中が温泉水路? か何かでわりと温かったので余計に冷える感覚。
カゴに入れてきた手袋と煌国風マフラーを装着。ロイは平気みたい。
観光客は私達かそれよりも上という身なりの人が多い。旅装束姿でも新品という様子。
規制はなかったけど、上温泉広場にあった観光案内板に書いていなかったし、ユアン達も存在を知らなかった。
「平家の方が少なそうに見えるのは何でですかね?」
「滝と聞いてお出迎え広場の滝をもう見たからええや、と思うんですかね。あとこの薄暗さとか狭さとか、犯罪とか揉め事が増えそうだから上客にしか教えないとか? 歩きだと遠いのも理由の1つでしょう」
「見張りの兵官さんも、服装をふーんって確認している感じでしたね。あそこで立ち入り禁止ですとか規制されるんですかね」
人が2人並んで歩いてすれ違えるくらいの広さ。それが広くなったり元に戻ったり。天井も低かったり高かったり。
天井が低いところで「リルさん頭気をつけて」とロイがかがみ、私のどてらをグッと持ち上げて隠すようにしてからチュっとキスしてきた。
衝撃で固まる。
「ロ、ロ、ロロロさん」
「ははっ。ロロロさんですか。いきなりらぶゆ言われて、こうソワソワして待ちきれなくて」
曲がり角から夫婦らしき2人が現れた。私達とそう変わらない年齢に見える。危なかった。ちょっと嬉しいけどハレンチ!
すれ違った2人を振り返って目で追う。見られてなさそう。見抜かれていない。
また歩き出す。いきなりのキスでドキドキなのに、ひったくり男の逮捕に協力した逞しい、凛々しい姿へのドキドキも思い出したものだから喋れない。
そのロイは上機嫌みたいで龍神王様の歌を鼻歌。ロイも歌うんだ。新たな一面。
「リルさん、ここに細い道があります」
「光苔ないですね」
「少しだけ見てみましょう」
手を引かれて細い道へ行くと少し進んで曲がって行き止まりだった。
「ああ、やっぱり。これはええです」
何が? と思ったら抱きしめられてキスされた。これはちょっと、と思いながら公園でキスしたことがあるなと思い出す。
今思えば近所の公園でキスとは大胆過ぎる。
ロイの浴衣を掴んで軽く背伸びをしてキスを繰り返しながら「あの日は何でキスするの? 変なの」みたいな考えをしていたなと懐かしむ。
おまけに「キノコ!」と燃えていた。
「ちょっ、待って……。それはダメ……」
「少しだけ」
体を触るのはダメ! と押し返す。
不機嫌ロイが出てくると楽しくなくなりそうなので少し考える。ダメ。
「ま、万が一はだけてロイさん以外に見られたら嫌です」
「……それはそうですね。そんな触り方はしませんがそうですね。そうですか。自分以外に見られるのは嫌ですか」
暗くて顔が見えにくいけど声が機嫌良さそうなのは分かる。
「はい」
なんかキスが激しくなった。凛々しいロイが脳裏によぎるのできゅぅぅと胸が甘くなって夢中になりそうになる。
でも短かった。ロイが「滝観光して温泉ですね」と来た道を戻り私の手を引く。
急に早く夜になって欲しくなってしまった。あの素敵な御簾の中でロイに甘やかされたい。
それから私達は無言で道を進んだ。手をギュッと握られれば握り返し、指でこしょこしょされれば同じことをする。
洞窟が終わり、急に明るくなった。小さな広場のようになっている場所に出た。手すりがある。
山の中なのに空が見える。何これすごい。
「連々々滝って何かと思ったら、滝が連なっていますね……」
「山の中の滝なんて……」
2人で手すりに近寄る。
かなり斜めの岩壁に飛び出る滝は1、2、3? 正解は不明。説明書きなんてない。
くっついたり離れたり分裂して、私達の高さの少し下の方で大合流して大きな滝になり、かなり底の方、徐々に細くなる岩山の隙間へ流れていく。
岩から木が生えているし、百合みたいな白いや黄色の花もあちこちに咲いている。
「これを見たら、下の滝の裏側は見なくてもええかなあと自分は思います……」
「はい。私もそう思います……。ああ、ロイさん。滝が3本は縁起がええ気がします。龍神王様がうっかり削った山なら体からご利益がくっついたかもしれません」
私はどてらから自分のお財布を出した。
「お賽銭投げていきます」
「それなら自分もそうします。2人で結婚のご縁を結んでいただいたこと、ここへ来るまでに沢山親切にされてたこと、無事だったこと。全てにありがとうございますとお礼を言います」
「それに長屋のいき遅れ娘になりそうだったのにロイさんのようなええ方と縁を結んでいただき、おまけに玉の輿。大感謝しないとバチ当たりです。お義父さんとお義母さんに私の家族も元気なのでお礼を言います」
「いき遅れなんて。リルさんはどこかへお嫁にいっていましたよ」
「ないです。その前にロイさんが嫁にしてくれるので」
娘を遠くへ嫁に出すのは嫌と他も探していたけれど、ぼんやりしていても黙々と働く娘なら家にどうだ? と父の友人の友人の親戚の小さな染め物屋の次男の嫁という話はあったらしい。
染め物とは楽しかったかも、という気持ちは内緒にしておく。
近所の知り合いだと「あんたのとこから嫁をもらうなら待ってからルルちゃんがええ」とルルが人気。
ルルは美人でよく喋るしよく笑う。比較されたら当然そうなる。でもロイみたいな人もいてくれた。
笑い合って2人でどこに投げるか決めた。左側の百合らしき花の群れがある岩にした。
それからまた少し景色を眺めた。街へ入った時から思っているけど、これが最初で最後かもしれない。
義父母はロイの姉が亡くなって1年経って傷心旅行で来たそうだ。少しでも空が近いところなら亡くした息子と娘に近寄れる気がしたと言っていた。切ない。
ちなみに本人達からは聞いていないけど、ロイは時期的にその旅行で授かった可能性あり。
私達の初旅行をこの街にしたのは義父母の験担ぎなのかもしれない。この街へ来た後に生まれたロイは元服を迎え、跡取り息子の責務を果たし、祝言もあげられたから。
これからも息子が元気でありますように。息子夫婦に生まれた子がしっかり育ちますように。そういう祈りと願い。
街並みも変わっただろうし観光案内本を見て好きなところを2人で相談するのが楽しいだろうと言われたけど、帰ったら「その滝は見て欲しかった」と笑うかもしれない。
ロイとの子を産めて、母くらい産めたらずっと子育て。ここには来られない。
子育てが終わった頃には義父母のように足腰に自信がなくて、こんなに遠出出来ないだろう。
卿家はずっと馬屋任せとか、ましてや赤鹿車で楽してここまで来られるお金持ちではない。子どもが沢山生まれたらお金がかかる。
孫が沢山は嬉しいけど6人だとギリギリの生活になるなあ。親戚にも奪われそう。詰将棋をしていた時に義父はそう笑っていた。
だからこの光景をしっかり目に焼き付けておきたい。
「自分はこの街で宿った命かもしれないのでそのお礼もしました」
「はい」
「自分も励んでみるかな」
その小さな声にケホッと変な咳が出た。ロイは……照れ顔をするなら言わなきゃいいのに。
「まあ早く結婚したんで少し長めに2人の生活をしたいと思っています。それに出産は命懸けですから怖いです」
「そうなんですか? それにしては……」
「気をつけています」
そうなの?
気をつける方法ってあるの?
花街情報?
ムカッ。
私はロイに何をされてもロイが何をしてもそれが一般的なのか違うのか分からない。こんな話、誰にも聞けないからだ。
いや、祓い屋の夜にルリかクララになら聞ける気もする。それとなく、遠回しになら。
「リルさん急に唇とがらせてどうしました?」
「何でもないです」
「リルさんは早く子ども欲しいです?」
「正直まだええです。ロイさんとお出掛けしたいし嫁友達ともっと仲良くなったり、増やしたり、町内会とかも学んでからの方が安心します」
「それなら気をつけます。急に何に怒ったんです?」
「何もせんなら確実でしょうね」
ぷんぷん怒ってずんずん洞窟を歩く。
ロイにご無沙汰させて花街に行ったら紅葉だけ弁当にする。たくあん1つくらいは入れよう。
お財布を取り上げて、夕食もお饅頭1つにして、すまなかったと言うまで許さない。いっそ離れに放り投げる。
義父母には「子が欲しいのに何もしてくれない」とロイのせいにする。
と考えたけどやっぱりそんなの寂しい。嘘にバチが当たる。
皇女様みたいな御簾の中で、今日の凛々しいロイの姿を思い出してドキドキしながら甘やかされるのは捨てがたい。一生に一度だ。
それに私が不機嫌だとロイは楽しくないだろう。ヤキモチで怒るのやめる。
「あの、リルさん」
「ヤキモチを妬いただけです。楽しい旅行がええのでやめます」
「ヤキモチ?」
「気をつけるってどこで学んだのかと思って。そういう場所でかなと。何もせんのは寂しくて無理です」
ちょうどキスした行き止まり近くで、ロイは私をそこへ連れ込んだ。
抱きすくめられていきなり中々激しいキス。
「リルはかわゆいなあ……。先輩とかにそれとなく聞いただけです」
こんなこと囁かれるともっと、と思ってしまう。見られたら嫌と言ったからかキスだけ。首とか頬とか耳にもきたけど。
「ひゃぁ……」
「声出したら見つかりますよ」
「っ……」
ロイが耳を好き勝手するのをやめないから思いっきり唇を結ぶ。
少ししてやめてくれた。満足したのかも。すごくホッとしたけどキスはまだされたい気分。
少し浴衣を引っ張ってジッと見つめてみる。
「……いや。うーん……。ユルルにいきましょうか」
しれっとしているようでしてないみたい。ロイの声は小さいし、名残惜しそうな表情に見える。
「はい」
「ユルルの外客用温泉に貸切個室とかないかな……」
ボソッと聞こえたロイのその呟きに、それもええかな、いや恥ずかしくて無理とか、ぐるぐる考えてしまった。
「この先に何かありますかね?」
「行き止まりでしょう。光苔が道の合図でしょうから」
「少しだけ行ってみましょう。少しだけ」
通り過ぎた私達くらいの夫婦らしき男女が、私達がさっき出た行き止まり道に入っていった。
私は見たぞ。道に入ったとたんに男性が女性の腰に手を回して体を抱き寄せたところを。
「考えることは皆同じですね」
「はい。あっ」
もう1組の男女が似たような会話をして道に入っていった。
その後に「す、すみません」と「きやっ」という声が背中にぶつかってきた。
「危なかったですね」
「リルさんが誘うから」
「誘っていません」
「それならリスかな。どのリスだったかな」
この人全く反省していない。
胸元のリスをつつこうとした瞬間、ベシンッと少し強めに叩いたら「リルさんって本気を出すと力あるんですね」と驚いた。
「手加減しました」
「そうなんですか!」
私達はこれから先もお互いを知っていくに違いない。
死ぬまでずっと、喧嘩別れするのではなく歩み寄って強い絆を結びたいから「確実に見つからないところならええです」と伝えた。




