少し事件も問題なし
旅の醍醐味、地元の名物料理堪能と旅人と交流は終わり。皆で握手をして手を振って解散。
「いやあ、美味でした。リルさんも珍しく大きな声でしたけど、ランさんの値切りはものすごかったですね」
「はい。ランさんがいなかったらここまで安くならなかったかと。おまけに来年もしかしたら栗のお裾分け。新しい栗料理に節約料理。大食い息子が産まれたらきゃべつを食べさせておけも知りました」
「あはは。火消しに火消し見習いだからよく食べていましたね。宴会貧乏とも聞こえました。9大銅貨あれば贈ってくれるでしょう。味が違うのか期待大です」
再び手を繋いで2人旅。目指すは御三家の方にある滝。人力車タカ屋の停留所を目指しつつ街並み、お店、人々を眺める。
「ロイさん、あそこでお饅頭天ぷら売っています」
「お饅頭の天ぷら? 本当ですね」
「お腹いっぱいなので、今度家で天ぷらを作る時にお饅頭も買ってみます」
見た目、衣の量は覚えておく。
うわあああ、みたいな声がして私はロイにひっつきロイはピリッとした雰囲気になった。見たことのない表情。
何かと思ったら坂の上から「ひったくり! 待て! 誰かそいつを捕まえろ!」などと大声で叫ぶ若い旅装束の男が旅装束のほっかむり男を追って……こっちにくる。
「リルさん下がって」
カゴを渡されたので受け取る。あっと思ったらロイは木刀を抜いて走り出し、ひったくりにバシンと胴打ち。ひったくり男が「ぐえっ」と呻く。
か、か、か、格好ええ!
きゃあああ! 素敵! と思ったら追いついた男がひったくり男に飛びかかり、他にも2人の旅装束の男が取り押さえ。
ひったくり男が「離せ!」とか「金持ちから奪って何が悪い!」と大騒ぎ。
何が悪いって悪い。お金持ちだって一生懸命働いているし、うんと節約して貯めたお金かもしれない。悪いに決まっている。
思わず全員に、特にロイに向かって拍手をしていたらロイが戻ってきた。
「ロイさん、らぶゆです」
「へっ? い、い、いきなりしれっとなんですか⁈」
私はサササッて隣に並んでぎゅっと手を握った。ロイの頬がほんのり赤い。また2人で歩き出す。
すごくドキドキする。これが噂の惚れ直し?
ひったくり男が「帯刀だ! あいつこそ犯罪者だ!」とか「あいつがひったくりだ!」と騒いだ。犯罪者はあなたです。濡れ衣やめなさい。
誰も信じないから無視して進む。少しひそひそ「本当だ帯刀してる」とか聞こえた。さらにひったくり男が「痛え! いきなり木刀で殴られた!」と大嘘ついた。ロイへの恨みみたい。
「そこの! なぜ帯刀している!」
騒ぎを聞きつけた兵官が斜め下から走ってきてロイに向かって叫んだ。
その後ろでひったくり男が「離せえ! 襲われた! あの男だ!」と叫びながら連行されていく。
盗みの上に大嘘濡れ衣とはそのうちバチが当たるな。
ロイの仕事仲間達の仕事を増やさないで欲しい。残業したロイは残業をしなくて済んだ日よりもうんと疲れた顔で、さらには義父に説教される。
私達みたいな格好の夫婦がひったくり男を取り押さえた人達にぺこぺこ会釈していた。
追いかけていた旅装束の人はひったくられた人じゃなかったのか。他人のためにひったくり犯を追い、大声を出して他の人にも助けを求めたとは、とても偉い人。
「止まれ! いきなり人を殴ったとは説明しろ!」
言われる前に2人で足を止めた。何も悪いことはしていないので逃げも隠れもしない。
ロイは兵官に身分証明書と木刀携帯許可証を提示した。
「大変失礼致しました。何があったかご説明下さい。許可証を持った卿家の方は理由もなく人を殴りません」
「はい。不当使用は仕事に大影響します。下手したらクビです」
そうなんだ。もう1人兵官がやってきた。
「そちらの方! ひったくり犯の逮捕にご協力ありがとうございます! 旅は危険ですし気持ちは分かりますが帯刀はともかく街中で使用……」
「この方は木刀携帯許可証をお持ちの卿家の方でした。逮捕に協力のために使用ですか。それはそれは治安維持へのご協力ありがとうございます」
「大変失礼致しました。面倒だとかなんだで無許可の者も多くて。見せるだけというか威嚇用の人も多いので少々目をつむっていますが、使用を目撃した場合は必ず確認していまして」
「お互い当然の責務です。ひったくり犯の逮捕ありがとうございます。安心して観光出来ます」
「はい。ありがとうございます」
2人の兵官は置き引きに気をつけるように教えてくれた。お財布入りのどてらを置いて話に夢中とかで被害に遭うことがあると。
やはりこの格好は狙われやすい。兵官も気をつけてみてくれるけど危険は危険。
人が多過ぎるところと狭くて暗い道は避けるように、それから最近夜になるとお金持ちそうな人にわざとぶつかって騒いで脅す集団がいるから注意と教えてくれた。
夜観光をするなら旅装束かどてらを脱いで宿の名前を隠すようにすすめられた。
「リルさん、そういえば自分達もさっき食べている時に暑いとどてらをほいって椅子の上に置いていましたね」
「はい。注意しないと危ないですね。兵官さんに注意されたようにカゴは膝の上、どてらも脱いだら膝の上ですね」
「難癖犯罪は聴取や検分などに時間がかかるし泣き寝入りになりかけたり大変です。まあ大声を出して兵官を呼んで身分証明書でかなり有利。庶民の卿家が格上の華族より優遇されるのはそういう時です」
金融や商売系などの華族と比較して格はいくつもいくつも下だけど、卿家の信頼は時にぶ厚いと教えてくれた。
逆もあるみたい。例えば何かの役人が嫌いな人には卿家というだけで、何の仕事かを問わずに嫌いな奴らの仲間だとひとくくりにされたり。
「父が煌護省だと兵官さん達なんかに贔屓してもらえます。逆に兵官の評判が悪いところでは隠した方がええです」
「兄に評判を落とすようなことをしないように言います。むしろ南3区でうんと活躍してと」
「父上がこの結婚にあまり反対しなかったのはそれもあるかもしれないです。疾風剣ネビーでしたっけ? 道場でちらちら聞いていたので父上に言いました」
新しい情報。
兄は喧嘩っ早いしうるさいし足は臭いしお弁当に毎回文句を言ったけど、いじめっ子から守ってくれたり、長屋の友人達の兄弟のためにも戦っていた。ルルを人攫いから助けたこともあるらしい。
「足くさ兄だけど私達の縁結びの副神様ですね」
「ネビーさん、足くさいんですか」
何がおかしいのかロイが肩を揺らす。
「はい。川の字で寝ていた時に顔にわざと足を乗せてふざけてからかってきて3日も続けたから、お弁当をムルル貝の殻だらけにして梅干し1個にしたことがあります」
「あれリルさんですか! 道場で大笑いされていましたよ。ルルか? レイか? って聞いた気がしますけどルルさんやレイさんではなくリルさんですか。うわあ、リルさんを怒らせたかどうかはお弁当箱を開いた時に分かるんですね」
「そうかもしれません」
私達は停留所人力車タカ屋の停留所へ到着。しばらく兄への縁結びお礼は何にするか話し合った。
ロイは密かに「基本的に交流はなしになっていますが義理の兄弟になりましたしほんの気持ちです」とお酒を贈っていたらしい。知らなかった。
夫婦だけど知らないこと色々。朝から晩までロイと2人きりの数日は貴重な時間だと改めて感じた。