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客引きと足湯

 紹介された商店通りでは、地獄蒸し体験への持ち込み客を狙った既に切った野菜などの盛り合わせを発見。


「おおお、体験小屋の盛り合わせより安いです」

「人力車の方の実家があるそうで、値段を見てですけどそこの店を優先したいです。教えると体験小屋の人達に叱られる言うてました」

「ありがとうロイさん。父ちゃんそれなら色々食べられる?」

「そうだティエン。半予約した宿代を抜いても食べられるぞ」


 私達は教わった店へひとまず向かった。昼食、お土産、地獄蒸し体験用の食材の呼び込みが凄い。

 八百屋に魚屋——川魚と貝——や漬物屋にお土産屋に食事処と色々。

 貧乏長屋娘のまま、何も買えなくても見てるだけで楽しくなる光景。

 春ならずっと歩き、ずっと野宿でこの街でも野宿かうんと安い簡易宿所にして、ここで少しお金を使って帰るなら、今の両親でも旅行出来そうな気がしてきた。

 お小遣いでルル達の食費などを払ってルーベル家で預かってよければ。色々妄想は広がる。


 知識や情報って大事。だから両親は家族に苦労をさせてでも兄の寺子屋代を出したんだ。剣術道場もそう。両親を褒め称えて感謝しよう。

 兄が剣術道場で習っていたから私はロイと出会うことが出来て贅沢で幸せな暮らしをしている。

 あの両親の知人の息子の嫁になっていたら、両親の思慮深さや愛情を知らないままだった。言えばいいのに。それも言おう。

 私は疲れる、面倒、何も言わない方が楽だと喋らなすぎだった。私の欠点は喋らないことではなく、その諦め心の方だ。


「ランさん。半予約した宿はいくらです?」

「リルさん、簡易宿所も考えたんですがせっかくだから宿の温泉を体験してみたくて奮発して3人で8大銅貨です。朝早く着いて温泉が良さそうな食事なしの安い宿を見つけられました。風呂屋はごった返すと聞いて」


 ん? と首を捻りそうになり、そうかと気がつく。これが知識と情報不足というやつだ。


「簡易宿所でも、宿が運営していて宿の温泉に入れるところがあります。例えばこの華やぎ屋もです」

「そうなのですか。いや、このような立派などてらを貸してくれるような宿には泊ま……簡易宿所があるんです?」


 私とランの会話を聞いていたロイが、手に持つカゴから館内案内本を出してペラペラめくって確認。


「華やぎ屋の簡易宿所は1人3大銅貨です。大部屋ですが家族ごとに衝立を置くそうです。それから別館の一部と共同大浴場が利用可能です。この貸衣装はないです」

「ロイさん、次々人が来ると思ったらその値段だったんですね」


 華やぎ屋なら衝立(ついたて)はそこそこ立派な気がする。同じ大部屋でもそら宿みたいに雑魚寝じゃないんだ。


「ええ。自分も驚きました。こりゃあ急がないと満室ですね。華やぎ屋さんには大変お世話になったので、自分が1大銅貨を払うのでどうですか? 半予約して泊まらなくても宿泊客と同じ玄関で足湯が出来ます。門構えとか吊るし飾りなどきれいですよ」


 宣伝。

 心付け代が浮いたから華やぎ屋へ1大銅貨だ。そしてユアン達が華やぎ屋へ8大銅貨。儲かるし北4区やユアン達の職場へ宣伝になる。

 ロイはユアンとランに華やぎ屋の館内案内本の大浴場の(ページ)を見せた。


「ええっ! こんなに広いお風呂に入れるんですか!」

「自分も今見ました。風呂屋よりはごった返さないかと。明日の10時に宿を出るまで入れます」


 覗いてみると確かに広そうだった。私達は館内温泉は確実に入れるからまだあまり確認していなかった。

 春、冬は牡丹花びら内風呂。それから露天風呂だ。


「牡丹花びら風呂に露天風呂だってよ。ここの方が絶対よかだよあんた。いやあ、ロイさんがなぜ1大銅貨も出してくださるんですか。大奮発して払います」

「父の友人関係の店で到着したら少し安くしていただいたので、その分を少しでも払いたくて。あと宣伝してくれと頼まれています。今ならまだ空いていると思うので……ああ、タカ屋の従業員に頼みましょう」


 ロイは通りかかった空いている人力車タカ屋の車を1台を止めた。それで乗り放題札を見せて「華やぎ屋を通ります?」と聞き、通ると言うので彼に何やら頼んだ。

 風呂敷から矢立を出して紙と鉛筆で何かを書いて渡す。

 これは素晴らしい宣伝というかもはや客引き。

 ロイが私に「父から預かった心付け代より安いので全額払います。火消しは尊いですし知り合いも多い。北区の方ですし」と耳打ちした。


「お店はこの通りを真っ直ぐ行って下ったところです。立派な看板があるのですぐ分かります。この時間なのでまだ空いてると思いますけど、念のため地獄蒸し体験が終わったら行ってみて下さい」

「重ね重ねありがとうございます」

「よい宿だと思ったら友人知人にうんと宣伝して下さい。女将さんが平家の方々にも愛される宿を目指していて、大出世して太客になってもらうと笑っていました。半予約ですから実際に見てから他の宿にして構いません」

「いやあ、どの宿も同じ値段だと似た感じでした。なのに同じくらいの値段でこのような格式の高そうなところ。いやあ……」


 ユアンとランが嬉しそうだからか、ティエンも「そうなの? すげえの?」と楽しそう。

 

「ああ。旅の途中で親切にしてくれた方が龍王神様の歌を歌ったり親切にされた分、特技をいかして誰かに親切にと言うてました。まあ火消しの方は毎日がそうなので歌うだけでよいと思います」

「ロイさん、それってこの歌? 龍が現れ〜岩を砕き〜」

「ティエン君。そうです。あと希望絶望は一体也の説法も伝えるとええです」


 何それ、と始まったティエンとロイが手を繋ぐと私達は再び歩き出した。

 それで人力車タカ屋の従業員さんの実家のお土産屋へ到着。

 お土産屋だけど聞いていた通り地獄蒸し体験用の食材盛り合わせが売っていた。

 八百屋だけ、魚屋だけと買っていくよりほんの少し割高。

 でも全部の乗せなので時間は節約出来る。

 白菜、冬キノコ、タルタ芋、人参、れんこん、見たことのない川の貝ナージに川海老にしては大きいエドゥ海老。

 ここに握り飯、たまご、饅頭を追加出来る。


 沢山買うから、握り飯を人数分買うし、たまごも2個買うからとランと2人で値切って勝利——かどうかは知らない——でほくほく顔。

 私達の弁当箱とユアン達の弁当箱に無理矢理入れて蓋が閉まらない状態。

 ロイはその後にしれっとたまごを3個追加。この旅ではあちこちでお金が浮いているから、ユアン達へだろう。


 なんかお店の人と少しゴネているなと思ったらおまけでお饅頭2個を獲得していた。たまご5個だからくれだって。ロイも値切るんだ。

 卿家は偉い人、家と呼ばれるけど庶民の仲間。中流だし働けば働くほど儲けられる、ではないので節約大事。

 ユアン達は混ぜものご飯で私達は白飯の握り飯。ここは身分格差というやつ。

 いや、ユアンは握り飯4つでティエンも握り飯3つだからな気もする。

 よく食べるんですねと聞いたら、ティエンはもう火消し見習いとして働き中でもりもり食べるらしい。


 それで戻って少しぷらぷらしながら時間を待っていざ地獄蒸し体験!


 丸いせいろの中に係の人がカゴに乗せた食材を入れてくれて、指定の場所に入れるだけ。

 温泉の熱い熱い湯気で蒸し料理になる。温泉の蒸気で食材の味が普通の蒸し物の味とは変わるという。

 ティエンがせいろを下ろす道具で係の人と一生懸命釜へ入れて蓋を閉めた。

 砂時計を渡されて番号札を持って近くで待機。

 カゴごと貸してくれる代わりに1大銅貨を預ける制度だった。カゴを盗まれたら嫌だもんね。

 せいろは2つセットでカゴが2つまで入るから2大銅貨を1回お支払い。これでためらう人もいそう。


 皆でそれぞれ食べる場所探し。

 ティエンが近くの足湯場所、机と椅子があるところを確保してくれた。人気そうで空かないと思ったのに素晴らしい。


「時間が来たらユアンさんとティエン君にお願いしたいです。席を見張って、奥さんを守っておきます」

「守るだなんてそんな。奥様のついでだとしても嬉しいです! あんた、ティエン、頼んだよ。ティエン、転ぶんじゃないよ。走るな跳ねるなだ。私達はよかだけどお2人の昼食も入っているんだからね」

「俺絶対に落とさないよ! かならず歩くし周りも見る! ロイさん、リルさん、任せて!」


 近くで待つと騒ぐティエンを、ユアンが地獄蒸し体験小屋へと連れていった。


「すみません、騒がしくて。それにたまごまで。本当になんてお礼をしてよかかと」

「たまたまです。火消しの方には副神様がついているんでしょう。ちょっとした親切を見てくれていた方が、なんと赤鹿車に相乗りさせてくれました。なのでまたそういうことがないか下心です」


 ロイはユアンやランにも少し笑うようになった。そうするとロイに気後れ気味だったランも柔らかく微笑む。ますます楽しい。

 私達は席についた。私はロイの隣。ランは向かい側。たびを脱いで生まれて初めての温泉。


「ロイさん。初めての温泉です。幸せ気分です。はあ、温かい。ランさん、そうなんです。赤鹿に触れて農村区を観光して凄かったです」

「リルさん、温泉で足湯しながら食べるなんて贅沢ですね」


 熱くなくてぬるいので長く足を入れていられそう。嫌になったら足を出して石の上で、冷えたらまた戻すかたびを履いてしまえばよい。

 川と同じで足の裏がぬめぬめするけど、それすら楽しいのは気持ちの問題だろう。


「赤鹿の車ですか。聞いたことありません。本当に食事をしながら温泉で足湯とは贅沢ですねえ」

「ええロイさん、ランさん、これはとても贅沢ですね。ティエン君のおかげです。声を掛けて良かったです

「親切にしてくれたのは御三家という高級宿ユルルさんの関係者です。旅費が浮きましたからたまごくらい買わないとバチが当たります」

「御三家なんて言われる宿があるんですね」

「ええ。街の上を占拠しています。自分達はこの後に門などを見学に行きます」

 

 足がぽかぽか。


 会話も景色も楽しい。

 山は大迫力だし川も橋も建物も湯気も人も何もかもワクワクする。笑顔の人で溢れている。

 さらにこれから地獄蒸し料理を食べられる!

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