宿到着
門のすぐ近くには大きな広場。そこに滝があった。滝と言ってもそこから山の中へ水が飲み込まれている。
小さな滝を見上げたことはあるけれど、大きな滝を見下ろしたことなんてない。
その滝の手前は橋がかけられる程度の川。といってもその橋は大きく、長く、広い。
その川から柱が伸びて建物の半分が乗っていたり、橋の上に建物があって川の両側と続いているので街の奥や川の様子はよく見えない。
この街が緩やかな傾斜なのは分かる。上の方の建物の方が豪華な造りに見える。
最初に目指すのは華やぎ屋なのだが、私は既に散策したい気分。ロイもきっとそうだろう。
私は牛車に乗る前からここまで垂れ衣笠を脱ぎっぱなし。よく晴れているから日焼けしそうだけど、今はよく見たい。
私達は滝を囲う塀にくっついて下を眺めては周りをキョロキョロし、また滝を見下ろしている。
広場には駕籠屋に赤鹿屋に人力車屋に食べ物屋や食事処にお土産屋など沢山のお店があって、観光客や呼び込みで賑やか。
滝下へ続く階段や通路が作ってあって滝裏が見られそう。滝の1番近くの橋は低くて真っ直ぐ。
橋の下は半円がいくつも並び、そこに黒い棒が格子状にはめられていて川の中へ沈んでいる。
「滝の下へ行くなら今の格好の方がええですよね」
「そうですね。あそこへは行きたいですね」
「本街は1日あればザッと観光出来る広さと聞いていましたが、ザッとって……。何日いても飽きなそうですね」
「私もそう思います。既にこの滝、橋を渡ってみる、地獄蒸し料理に湯気が出ているところの近くへも行きたいし……」
義父母も気になるところを沢山残して帰宅したと言っていた。そして1度しか来られていない。
「2名様! うちの店はあちこちに従業員を配置していて乗り放題していますよ! ぜひ!」
客引きに来たのは人力車の従業員。服装で分かる。さっき人を乗せた車を引いていた人と同じだから。
広場からの道は左右中央で、少し幅は違うけど広い道だ。赤鹿と人力車に駕籠と徒歩の人が入り混じっている。
「初めて来たんですが皆さんどのように観光されていますか? 元々当日の楽しみにしていて調べた量が少ないんですけど、絵や話で聞いていたのと既に大きく違っていて戸惑っています。あちこち観光したいです」
ロイから笑顔が消える。人見知り発動だろう。でもロイは私よりも初対面の人としっかり喋れる。尊敬している。真似する。
「宿泊ですか? 日帰りですか?」
「宿は完全予約しています。ああ、そうでした。宿予約書に必ず先に宿へと書いてありました。失礼します」
ロイに手を引かれて私達は人力車屋から離れた。もう別の人に客引きを開始している。
「ロイさん、そのようなこと書いてありましたっけ?」
「いえ。父と母に言われました。それを思い出したんです。リルさんも忘れていますね。街に入ったら目を奪われて舞い上がるけどまずは宿へ」
「……ああ。そうでした。ロイさんが生まれる前に2人で来た時にかめ屋の旦那さんや女将さんにそう言われていたのに我を忘れたって。それでその時の流行りの店などを逃したと」
「それに日帰り観光客設定で高めにしてある。華やぎ屋は相場表を用意してくれているそうです。それに観光地の案内など色々聞けると」
「はい。思い出してくれてありがとうございます」
よし、と2人で左手側の大通りへ向かって歩き始める。街の半分よりも手前にある、この街でそこそこ大きい宿が華やぎ屋。
でもロイは庶民向けのお店と言っていた。華やぎ屋は特別本館、本館、別館、簡易宿所に分かれているという。
例えば両親の子が兄だけだったら、一生懸命お金を貯めて基本は徒歩で、そら宿みたいな宿に泊まり、下の温泉街を登ってきて、徒歩で本街へ到着。
それで奮発して別館に泊まるとか簡易宿所——雑魚寝部屋だけのそら宿みたいな所——に泊まって観光満喫は可能らしい。
ここは温泉地で足湯、日帰り温泉、変わった温泉など色々あるので凍死しない時期なら野宿という手もある。
中央区のように貧乏だから、凡民だから来てはいけない所ではない。ここは商売観光地。北側の街は栄えていて王都北区の半分もある広さや人の数らしい。
兄は家族に豪邸を建てるより、両親の足腰が元気なうちにここへ連れてくるべきかも。お金があれば姉夫婦やルル達も呼ぶ。お金がうんとあるなら私達も呼んで大宴会。
義父母はもうここまで来ると疲れると言っていたのでお留守番だけど、お土産を買ってお土産話。楽しそう。
「今何時ですかね。日の高さからして……」
カランカラーン、カランカラーンと大きな鐘の音。どこから? とロイと2人で探す。音色も聞いたことがない。
「リルさんあそこ。あの何重にもなっている塔のてっぺんです。時計です。職場にも1つだけあります」
ロイが掌で示した先には私が牛車に乗って窓から見て気になっていた高い建物の1つだった。
近くなったので分かる。数字と丸が書かれた四角い板に矢印の棒が2つ。短い方が分で長い方が時間。
カランカラーン、カランカラーンと鐘の音は続く。文字盤と矢印で時間が分かる。10時だ。お昼には到着したい。
遅れても昼食はこの街で食べようと言っていたけどアデルの親切と赤鹿車のおかげでうんと早く楽に到着出来た。
しかも行きに諦めた——道芸に夢中になったのもある——農村区も観光した。
「ロイさん、町内会の時の鐘鳴らしをしてくれている方が見ているのがあの時計を小さくしたものですよね?」
鐘鳴らしは地域によるらしいけど今住む地域は朝5時から午前1時まで鳴らしてくれる。
長屋暮らしの時は神社の鐘の音が少し聞こえていた。
他の地区は知らないけど南3区には所々に鐘鳴らし所があって、神社はその音を聞いて大きめの鐘を打つ。
「区役所員が日替わりで担当しています。事務作業をしながら」
「きれいな音ですね」
「ええ」
私達は手を繋いで道を登り続けた。気になるお店は一旦無視。この街は治安がよい方らしく夜も遊ぶ予定。朝食は華やぎ屋で出る。それで部屋に10時まで滞在可能。
下の温泉街まではきっとまた牛車。楽をする。下の温泉街はここを観光したら興味は薄いと聞いているので通り抜けてまた堺宿場を目指す。
ロイと相談してまたそら宿にしようと半予約してある。それで晴れていれば堺宿場観光や市場観光。
大雨でなければ風邪を引かない程度にやはりぷらぷらする。そら宿はお金を出すと傘も借りられると確認済み。
他にもいくつか案があったけど、ここまで計画外のことばかりなので、またロイに任せたり2人で決める。
今現在の予定だと明日の12時にはここを出る。赤鹿車はないけど立ち乗り馬車や馬屋の馬があるから。
つまり1日以上ここに居られる。旅の出会いってすごい。
こうして私達はスタスタ歩いて華やぎ屋を目指した。周りを見るとぷらぷら寄り道するので店などのない塀の近くをどんどん進む。
それで右手側に華やぎ屋の看板が現れるのを待った。
「あそこです。大きいと聞いたけどちんまりした門ですね」
「他の宿の出入り口と似たような大きさですね。立派ですけど」
街の大門と似たような作りで柱は鮮やかな朱色。屋根は黒。龍神王様らしき龍姿に牡丹が彫られた木の看板に金色の文字で「華やぎ屋」と書いてある。あれはどう金色に塗ったの?
建物は3階建てで木製の濃茶色い建物。下は白い石垣で屋根は柱と同じきれな朱色。
門の奥に立派な玄関。そこに白い布が3枚並び赤青黄色の牡丹3つの絵が描かれている。
その玄関は開け放たれていてご自由にどうぞという様子。かめ屋の開店後と同じ。
左右は同じ地味な木製の濃茶色の建物だけど華やぎ屋よりも古そう。下は低い石垣。屋根は暗い朱色。3階建てで似たような大きさ。看板はないから住居かな。
「華やぎ屋という名だけありますね。この感じだと街の内側に部屋があるのでしょう」
「かめ屋の旦那さんの実家すごいですね。ここの跡取り息子って大金持ちです」
「そうですね。気さくな方で昔から良くしていただいているので情報だけではピンッときていませんでしたけど、浪漫を追いかけた方ですねえ」
この街からは確かに海は遠過ぎる。お金持ち宿だから海の幸が届いても種類は限られるはず。海釣りなんて全く出来ない。
ちなみにかめ屋の旦那になってから釣りに行ける頻度が極端に減ったけど、若旦那の時はしょっ中行っていたそうだ。それで義父と意気投合。
かめ屋とルーベル家は家族ぐるみの付き合い。ロイの結納もかめ屋の予定だったけど、馬の骨の私を連れてきて腹を立てた義母が場所を変えさせた。
ロイが「花嫁修行はかめ屋で良くて結納はダメとは理解出来ません。それで気が済むならええと素直に従いました」とこないだ言っていた。
私も皇女様のような格好で皇女様のような食事をして幸せで、さらにクリームあんみつに夢中だった。
何か意味あったのかな。かめ屋の売り上げが減っただけのような……。
私とロイはここからは今風はやめておこうと手を離して華やぎ屋へ足を踏み入れた。
今まで行った温泉地や海外の写真を見て好きな景色をごちゃ混ぜにして想像して書いているので、皆さんも好きな街やらなにやら妄想して楽しんでもらえるとよいです。




