怪力山歩き牛車
北2区の端と北区と西区の間にある農村区に末広に広がる森は、岩山エドゥのふもとアールの森の一部。それでエドゥアール街やエドゥアール森らしい。
アールの森は北2区あたりから始まりここから見えるエドゥの反対側へ広がっていくという。
赤鹿車は農村地区を少し観光しつつ北2区の方へ向かいエドゥアールの森へ入って登る。それでエドゥアール温泉街へ到着。楽しかった赤鹿車の旅は終了。
出発した小屋とそっくりな小屋の近くで赤鹿車から降りた。
先に到着したジュリー家族はここから宿場ユルルの駕籠で向かうけど、私達とアデルは歩いて牛車屋が集まるところへ移動。
赤鹿車を降りた場所は今朝出発した堺宿場みたいなところだった。建物も似ている。違うのは石畳で道のところどころから湯気が出ていること。それから灰色の岩山の大迫力。
ここも温泉街だけどエドゥアール温泉街といえばこの上。岩山を登った先の森を切り拓いたところらしい。
牛屋の集まるところまで歩くと全然違う景色になった。
「これから進むところは岩山の亀裂部分なんですね」
「このような景色は初めてです」
左右に岩山が2つあるみたいになっている。私を10人縦に並べてもまるで届かなそう。間は石畳で立派な石造りの灯籠らしきものが点々と規則正しく並んでいる。
あちこちで岩の隙間から木や草が生えている。草木って逞しい。
アデルにお任せで牛車屋へ。赤鹿屋の赤鹿に乗るという手段もあると知った。牛車よりかなり高い。
慣れたアデルに任せ定員4名の牛車に3人で乗ることにした。
このカドルナルガ牛車は車を引くのではなかった。
なんと牛の背中に四角い小屋が乗っていて、そこにはしごで登る。その為なのか行交道で見たカドルナガル牛より大きい。牛を働かせる男も小屋の前、鞍の上に乗る。
椅子は1人1人仕切られていて、お尻の下には座布団。仕切りには切れ込みが入っていてそこに板がはめられた。揺れるから固定だという。
本日は風が弱く、晴れているから景色をどうぞ、ということで窓を開けているけれど、寒かったら閉めて下さいと言われて出発。
「風の様子を見て閉めて下さいと言うのでその時は閉めて下さい」と指示された。
それで窓は開けたままにした。重さをなるべく均等にということでアデルの近くに荷物が集められ網と縄で固定。それからアデルの隣の席に土嚢も乗せられた。
この山歩き牛は本当に歩けるの? と思ったら歩いた。
単なる山歩き牛ではなく怪力山歩き牛だ。
「しばらく行くとこの道から逸れます。そのあたりから徒歩の道は階段になります。徒歩でも登れますけど途中の傾斜にある階段がキツくてキツくて大変です」
「登られる方も多いようですね」
「1時間くらいですから自信がある方は励むみたいです。ここだけ見て噂より楽そうだと思うのもあるでしょう。本街への荷運びは山の北側が主です」
そうしてアデルの告げたとおり牛車は道を逸れた。しばらくして石畳が消失。その先はやはり山の亀裂部分。
かなり広々としていて岩と土に丈の低い木みたいな草などが混じっている。けっこう急。
そこを色々な牛車が進んでいる。桶みたいなものに人が乗っている牛車が多い。それから直接牛に乗っている人もいるし、1人か2人しか乗れなそうな立派な車もある。
人ではなくて荷物を乗せている怪力山歩き牛に普通の山歩き牛もいる。
あと赤鹿も沢山。赤鹿は人や荷物を乗せてぐんぐん走っている。
「これでは車輪は回りませんね。だからこの形ですか」
「怪力山歩き牛ですね」
「ええそうですねリルさん。アデルさん、あそこに見えるのがエドゥアール温泉街ですよね?」
「ええ。本街と呼ばれています。ここを牛で通ると近くて楽です。岩と土と砂。根っこが複雑な草や固い草やら色々混じっていて階段など整備出来ないみたいです。でもこの牛や赤鹿はおかまいなしです。馬は無理みたいです」
登り道は途中から急で徐々に草が生えて土色に変わる。その向こうには大きな門と塀。遠くから見ても大きいので近寄ったらきっと人生最大の門だ。
鳥居に屋根をつけたような門で3つ並んでいる。真ん中が1番大きくて柱は白。屋根は深い深い青。
その手前に牛屋らしき小屋が出発したところのようにいくつか建っている。
塀より高さのある建物がいくつも見え、街からは白い湯気があちこちから立ち昇っている。
昨日見た丸い蒸し器を重ねて間に屋根をつけ、1番上はとんがった屋根という建物がいくつか見える。屋根の色は同じではない。赤に青に緑で濃淡は色々。
「ごく稀にですけど牛が少し暴れることがあります。近いけど急に天気が変わって雨に降られたり、風で石が降ってくることも。だから予算が許すならこういう形の牛車がええです」
「よく分からず数が多い牛車に乗っていたと思います。あの道を見たら徒歩を選んでいたかもしれません。ねえリルさん」
「はい。節約もかねて記念に登ろうと言った気がします。アデルさん、ありがとうございます」
「いえいえ。自分がいなかったら客引きが説明していました。うんと差はないけど値段が気になる客はこの形の牛車を避けるから相乗り待ちに時間がかかるんです。なのでこちらも助かりました」
ぐわん、と揺れたけど固定されているし背中の半分まで壁なので大丈夫だった。
風がひゅーひゅー冷たいので首に巻く煌風マフラー——この方がハイカラな呼び方だと思う——を鼻の上まで持ち上げる。
アデルやロイも同じようなことをした。それで「景色は見たし、寒いし、もしもの時の石が嫌だから窓を閉めましょう」と窓を閉めた。それで煌風マフラーを元に戻す。
上下に揺れたり左右に揺れたりしながら怪力山歩き牛のお陰で無事に到着。
3人で門へ向かうと龍国兵の見張りがいた。身分証明書の提示どころか身体検査、荷物確認をされる。ここでアデルとはお別れ。
お礼をして、宣伝をすることとお金を貯めて東地区へ会いに行くと約束。
アデルは「むしろ割引などしますから事前に手紙を下さい。ロイさんが拾った金貨をあの店を直すために働く人へ渡すところを見かけたので、こういう方達に親切にしたいと思ったんです」と別れ際にここまで親切にしてくれた理由を話して褒めてくれた。
色々分けられている列に並ぶ。アデルは「本街住民・従業員」の列で私達ロイは「宿完全予約者」の列。他に「優先」と「出入り業者」と「その他」がある。
私達の列の進みは早かった。理由は簡単。質素な小部屋に通されて、身分証明書、宿泊予約書、木刀使用許可証の提示をして帳簿と確認だけで済んだから。
並んでいる間にロイに聞いたら優先は皇族などの偉い方だろう、自分も分からないと言われた。
「身体検査や手荷物検査はどういう時にするんですか?」と龍国兵に尋ねたら「教えられません」だった。
後からロイに「総合判断でしょう。基礎手引きに従って」と教えてもらった。
基礎手引きは料理本のようなもの。ロイ達はそれに従いつつ働く。必要に応じて変更や追加がされるのも料理と同じ。またロイの仕事について少し学べて嬉しい。
こうして私達はエドゥアール温泉街、正式にはエドゥアール温泉本街へ入った。
ダラダラ好きに書いていたら長くなりようやく温泉街へ到着。
書き溜め数話先でようやく昼食なので帰り道は省略する気がしてきました。
エスカレーターはない世界だし、ロープウェイもないし、なんで牛車なんだ? どういう地形なら牛車? と後から考え出して乗るだけで1話。こんな感じでダラダラ旅していきます。




