話しかける
何人もの男性達が瓦礫を撤去中。半分焦げた看板は「食事処ア……」なのでお店だ。
通り道なのもあって2人で近寄ると、どうやら雷が落ちてしまったらしい。
「閉店間近で人が少なかったそうだ」
「ものすごい怪力の男が燃える火の中から次々人を助けたって話だ。人を集めて早かったって」
「連れの方達が手当してくれたらしい」
「重病人もいたけど誰も死なかったそうだ。警兵とお医者様が来た時にはもう消えていたって。誰からも何も受け取らない副神様みたいな人達だよ」
「人助けをしてお金まで出したそうだ。薬代やら救護所作りに協力した隣の宿の奉公人や宿の泊客にって」
それはまあ、とてつもなく幸運で素晴らしい話。特大級の親切をして何も受け取らずにいなくなるなんてまるで笠売り男だ。
「旦那様、誰も亡くなってないそうです」
「ええことです。火の中に飛び込むとは居合わせたのは火消しでしょう。小さな店で柱とかが細く……はないですね。怪力? ああ、そうです。リルさん少し寄り道します」
ロイと私は雷で壊れた店の隣の大きな宿へ行った。人が沢山いて「握り飯持ってきました」とか「洗濯物は任せてください」に「何か手伝いはありますか?」みたいな会話が飛び交っている。
それから「1番ひどいのは看板娘のマーニャちゃんらしい。あの子は女性のお客さんを守ったそうだ」や「包帯作って渡してきたけどマーニャちゃんの顔はなんとか治るらしい。たまたま火傷に詳しいお医者様がいたんですって」も聞こえてきた。
火消しと手当てした2人にお医者様。うんと助けて素晴らしい人達だ。
ロイは警兵に「大したことをしていないのに、あまりにも大金のお礼をいただきました。代わりに誰かに親切にと言われたのでお医者様に渡して治療費や薬代、もしくは食事代に使って下さい」と懐に入れてある財布を出して小型金貨1枚を渡した。
それは良い案。ヴィトニルがお礼不足と感じたのなら受け取りたいけど、小型金貨6枚はさすがに多すぎる。
浮いたお金を誰かに、という彼の言葉をロイは実行したという訳だ。
びっくりしている警兵を無視してロイは宿の外へ出た。2人で並んで歩き出す。
「ヴィトニルさんに残りの5枚をお返しします。手紙にお礼は十分していただきました。その他にこのことを書きます。自分とは違って各地で誰かを助けられる方です。なので自分より貴方が使うべきです。同じようにどなたかへ使って下さいと。あのような方ならそれでもう返ってこないでしょう」
「旦那様、もしも返ってきたらどうしますか?」
「うーん。ないとは思いますけど0枚になるまで同じことをしましょ……」
ちゃりん、とロイの足元に小型金貨1枚が降ってきた。どこから?
上からだ。空?
青空に沢山の白い雲が浮かんでいる。
ふかふかな雲の上に誰かがいてロイに小型金貨を落とした?
「昨日の暴風でどこかから舞い上がって、岩山に引っかかっていたんですかね」
「雲の上に誰かが乗っているのではないですか?」
「リルさん、雲は霧で乗れません。自分も学ぶまで知りませんでした。遠くから見ると塊に見えるだけです。……リルさん?」
それは悲しいお知らせ。
「旦那様、雲を掴んで食べてみることを楽しみにしていました」
「ああ、クリームみたいですもんね」
「はい。聞いておけばがっかりせんでした」
ロイは小型金貨を拾って「リルさん少し待ってて下さい」と告げて、壊れた店の瓦礫を片付ける人に話しかけた。
拾ったお金は持ち主に返すために煌護所へ届けるけど、昨夜の風で飛んできたものは落とし物とは違う。ロイの使い方が正しい。
「火事場泥棒の大捕物を見たかった。あっという間に捕まって縄でぐるぐる巻きだって」
「女性が3人の男をすぐ捕まえたんだろう?」
「それがそいつら警兵に連れて行かれる途中で土砂崩れに巻き込まれて大怪我したそうだ。警兵は無傷だって」
「ひゃあああ、龍神王様か副神様のお怒りだ」
私の横をお喋りする人達が通り過ぎていった。手には握り飯が沢山入った桶。
火事場泥棒とはひどい。そんなことしてはいけない。だからバチが当たったのか。
母に「悪いことをすると困った時に誰もあんたを助けないから自分が出来る範囲で誰にでも優しくするんだよ。出来んことや無理な時はせんでええ。それで相手に悪さされてもそいつには必ずバチが当たるから放っておきな」と言われて育った。
多分長屋、卿家、その他関係ないと思う。ロイは「瓦礫撤去を手伝います!」とは言わない。旅の途中だから。代わりに落とし主が明らかに分からない拾ったお金をその人達の労いに使う。
今日の私に出来ることはロイを褒め称えること。小型金貨をくれたヴィトニルにお礼の手紙を書いて沢山人が助かったとそちらも褒め称える。
もしも彼がルーベル家に遊びに来てくれたら料理を沢山作って、家を出るときにはお弁当も渡す。その時まで恋で悩んでいたらロイと一緒に考えて慰める。
それからご近所さんや長屋で火事があったら洗濯や包帯作りや握り飯作り。
雷や火事があったら何をしたら良いのか勉強になった。
ロイが戻ってきたので再び歩き始める。そうして堺宿場の端まで来た。朝早いけどここも人がわいわいしている。
「登りは夢中でしたけど、下を見ると怖くなりますね。南1区と似ています」
「そうですね。研修で来た時に似てるなぁって歩いていたら道を間違えて迷子になり大目玉です」
「旦那様もそういうことをするんですね」
「はい。なので時折人に確認しながら行きましょう。階段より坂道の方が安全な気がします」
坂道の方へ向かうと警兵がいて「滑るので念のためつるを掴んで歩くように」と声を掛けていた。道の端に結んだつるがあって、それを軽く握っている人が多い。
気にせず歩いている人、登ってくる人、それに川歩き牛も発見。荷台に人が乗っている。
「うちの牛が引く荷台に座りたい方はいますか! 3人までです! 1人10銅貨です! もう降りますけどどなたかいますか!」
大きな川歩き牛の隣でロイより10くらい歳上の真っ黒に日焼けした男が叫んでいる。
高いけど高くない。汚れるのは全然構わないけど怪我は困る。ロイは跡取り息子で私はその嫁。元気いっぱいで帰らないとならない。
「リルさんあの方に頼んで降りましょう。ぬかるんだり凍っていて危ないです。心付け代が返ってきましたし」
「はい。そうした方がええです」
布が被せられていて荷物は不明。荷車の後ろの端に座ってその上には板。
足はぷらぷら浮いているし、板は机みたいで手を置けるし、背中側にも板。これなら落ちないし後ろにもひっくり返らない。
私、ロイ。それからロイの隣に義父より少し若そうな男性。髪は白くて短くて太い眉毛がキリッとして少し怖い。その旅装束の男性が腰掛けて準備終了すると出発。
背中側へ傾くって少し怖い。でも代わりに視界はよく晴れた空だ。青くて高くて雲はたくさん。
雲食べたかった……。
「旦那様、滑ってしまう方が結構いますね」
可哀想に痛い痛いとしゃがんで足をおさえている人もいた。今は泥だらけの子どもの近くを通っている。
「そうですね。あの子どもなんて真っ黒です」
「川歩き牛は堂々としていますね」
「ええ、頼んで正解でした。昨日の雷雨が嘘のような天気です」
「旦那様は爆睡していて雷を知りません」
「ん? 起きましたよ。リルさんが居ないと探したら、自分の布団の中でちんまり丸まっていました」
「起きたんですね。ええ、怖くて」
ロイも起きたんだ。私が寝た後だろう。ロイは肩を揺らして笑って膝で軽く私を小突いた。
2人きりなら頭を撫でてキスされていたな。2人でクスクス笑う。
「昨夜の雨は大丈夫でした?」
人見知りらしいけどロイは隣の男性に声を掛けた。旅の醍醐味になるかもしれないからだろう。
「自分は東地区から行交道を使ってここまで来たんですけど、ええ天気なのでのんびりしていたら土砂降りです」
「それは大変でしたね。風邪を引いていないようで何よりです」
「堺宿場まで登るか諦めて下の高い宿に泊まるか悩んでいたら、えらい怪力の男女がいて、女性が牛車の荷物、このくらいの大きな桶をこうやって3段も乗せて持ち上げたんです」
男性は表情豊か。怖そうは気のせいだったみたいで優しげな笑顔。ロイと同じだ。ロイは無表情。人見知りは人見知り。ほお、とか相槌をうっている。
「それで空いたから乗りたい人は乗れ、運んでやると男が言ったのでお願いしますと。牛車の主も荷台に乗って、その男性が軽々と堺宿場まで運んでくれました」
「雷が落ちて火事場から人を助けた火消しでしょう。ご存知です?」
「火消しだったんですか。話が聞こえてあの方達だと思いました。名乗らなくてお礼も断られました。たまたま生まれつき力があるから当然です、だそうで。礼なら特技を活かしてそのうち誰かを助ければええと」
「そうでしたか。自分も見習います」
「自分はこれからエドゥアール街へ行って従兄弟夫婦が営む宿で東地区や覚えた流行り料理を1ヶ月間教えます。逆もです。あの辺りの流行りを持ち帰ります。料理人なので災害時に炊き出しの手伝いなどを出来るでしょう」
ロイは私を見て男性に顔を戻した。
「自分達はそのエドゥアール街へ初めて行きます」
それから私達は華やぎ屋へ泊まること、今日は観光より早くエドゥアール街へ到着して温泉街や宿を楽しみたいことを話した。
というか男性、アデルが上手に聞き出してくれた。
「街のお客様ですし私が乗る赤鹿車へご一緒にどうですか? 従兄弟夫婦の宿の売りで農村区を少し観光してエドゥアール街へ行きます。早く着きますよ。空きがあればですけど。そこまで道は同じなので案内します」
なんて親切な人。
赤鹿車?
農村地区観光?
なんか凄いことになった。