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笠売り男と地蔵

 翌朝、おそらく寝坊せずに起きた。窓から外を見たら日の出前だからそうだ。晴れてる。ロイが続けて起きて2人で「晴れましたね」と笑い合う。

 なんとなくひっついて、ロイもなんとなく抱きしめてくれて、それでなんとなくキスして夢中になって、2人同時に「起きられたから早く出発です!」と声を出した。それでまた笑い合う。

 こうして出発の準場をして順番に部屋を出ようとしたらロイがしゃがんだ。後ろから覗き込む。


「あっ……」

「リルさんまた小型金貨6枚です。これでは本当に笠売り男と地蔵です」


 うーん、と唸るロイと1階へ降りた。ロイは受付で店主を呼びヴィトニル達の部屋を聞いた。


「そのお客様達は大雨なのに夜中過ぎに発たれました。急用だと」

「そうですか」


 ロイはまたうーんと唸った。


「そうそうお客様、弟から聞きましたけど申し出なかったそうで。旅の途中で朝食を買ったり店に入る予定かと思いましたので現金に致しました」


 店主はロイに小さな封筒を渡した。ロイは中身を確認して会釈。

「お気遣いありがとうございます」と懐にしまった。


「昨夜、お客様達も弟の店で太っ腹なお客様にお会いしたんですね。お礼をしたかったということですよね?」

「ああ、ええ。そうです」

「そういうお客様がもしいたらと言付けを預かっています。気が向いたら昨夜の歌を歌うとええそうです。後は昨夜もう告げたと」

「ありがとうございます。1晩お世話になりました」

「お世話になりました。ありがとうございます」


 ロイと2人で宿の外へ出た。雨はやんだけど道が凍ってる。気をつけましょうと言い合って歩き出す。

 登ってきたところとは違うところから降りて、北1区へ行く。

 ロイは研修生の時に1区にある北区中央裁判所へ来たことがあるから馬屋の場所は大丈夫。ここまでの道もそうだった。実に頼もしい。

 その先は基本馬屋任せ。もし私が馬が苦手だったり途中でダメそうになったら立ち乗り馬車。歩く必要があるところもある。

 人に聞きながら迷わないように2人で頑張る。


「心付けより多い額を返されましたけど受け取りました。少しなので宣伝する費用としていただいておきます。そういう下心でしょう」

「下心があってもええ宿でした。部屋もお布団もお風呂も綺麗。隣の弟さんのお店は美味しいし流行り料理もあるのに安く感じました」

「ええ。宣伝してもらえるという自信があるいうことです。旅の思い出を語る時に話します。このくらいなら受け取りますけど小型金貨6枚は……」


 ロイはうーんとまた唸った。


「セレヌさんと文通します。お手紙に入れます?」

「そうでした。文通するんですよね。(うち)の住所は教えられますけどあちらへはどのように?」

「煌国に来る時は西6区の宿に必ず寄るそうでそこの宿の名前と住所を教わりました」

「そうなんですね。そこへお金を送る用の特別郵便を出します。自分もヴィトニルさんやレージングさんへお礼の手紙を書きます。もし返事をしてもらえたら自分も異国の方と文通になります」

「はい。きっと返事をくれます。旦那様、嫁友達が増えて嬉しいです」

「自分も友人になれるとええです」


 私とセレヌより余程友人ぽかったけどな。

 文通でセレヌと内緒の恋の話が楽しみ。レージングとの馴れ初めをぜひ知りたい。


「そうだ。笠売り男と地蔵はどんな話です?」


 足元に気をつけて歩きながら私はロイから笠売り男と地蔵の話を聞いた。


 ☆★ 煌国童話 ☆★


 古い古い煌国より昔の時代、腰まで雪が積もった日のこと。まだ別の名前だったお地蔵様が埋もれたそうです。

 貧しい笠売り男は大雪の中雪かきをして、お地蔵様を掘り起こしました。


 彼は「村の子ども達をいつも見守って下さりありがとうございます」と言って売れなかった笠をどうぞと9体のお地蔵様の頭にかぶせました。

 

 彼は天涯孤独。笠も中々売れずに貧乏暮らし。その日は年末。

 大雪だったため笠は少しだけ売れて年越し用の餅と野菜を買ってあったので、笠売り男は餅も野菜もお地蔵様にお供えしていきました。

 こんなに雪が降ってはどこかの家が潰れて子どもが亡くなるかもしれないと。


 笠売り男は病気から逃れてきて、村の端っこの小屋なら余っているからどうぞと住まわせてもらっていました。しかし他所者で怖がられて仲間外れ。

 でも彼は村が好きでした。

 家を与えてもらった。失った居場所を再び得られた。

 元気いっぱいに遊ぶ子どもは自分の亡くなった兄弟達や、元々住んでいた村の子達のようで見ていて楽しくて幸せだ。

 たとえ話したことも遊んだこともなくても。


 その日の夜、村で4つの家が潰れてしまいました。しかしお地蔵が現れて9人の子どもを守りました。大人も全員無事です。

 村人達は家が潰れた者達を自分達の家へ招いたり、差し入れをしたり助け合いました。

 次の日はよく晴れて、それで村人達は集まってお地蔵様にお礼をしに行きました。

 そうして雪かきされていることや笠を被っていること、お供え物まであると知りました。きっと村人の誰かだろうと思います。

 けれども誰も違うと言います。笠の形もこの辺りでは見たことがない。村人達は「どういうことだ?」と首を捻りました。


 一方、笠売り男の小屋も明け方に潰れていました。

 笠売り男はそこそこの怪我をして下敷き。冬の寒さで凍え死ぬところでしたが、なぜかわらわら、わらわら犬猫が集まって温くて助かりました。

 どうにか脱出すると、犬猫達は金貨9枚を置いて去って行きました。

 笠売り男は村の子ども達が元気なのを確認。家を失ったので居場所はないと旅に出ることにしました。

 その途中、お地蔵様に「子ども達だけではなくて自分も助けてくれてありがとうございます。村人達と使って下さい」と金貨9枚をお供えしました。


 ☆★


 まもなく境宿場が終わり、おそらく階段か坂道が現れるという時、私は思わずロイに尋ねた。

 ずっと黙ってふむふむ、と聞いていたけどところどころ気になる。


「な、な、なんでですか? 笠売り男にはもう何もないです。怪我もしています。頼る人もいません。どこへ行くんですか? 新しい家探しですか? せめて金貨1枚くらい残しましょう!」

「そう思ったお地蔵様は笠売り男が寝ている隙に金貨9枚を握らせるんです。ところが笠売り男は町で家が潰れていたり、子どもが腹を減らしているから金貨を全て配ってしまいます」


 それは何とまあ欲がなさすぎる。怪我は辛くないの? お腹は減らないの? そもそもなぜお地蔵様は笠売り男を助けてくれなかったの?


「それでまたお地蔵様は金貨を握らせますか?」

「そうです。でもまた配ってしまうんです」

「何でですか?」

「分からないからお地蔵達は集まって会議をします。そもそも9人の子どもをそれぞれ助けに行ったので、後から家が潰れた笠売り男を完全に助けてやれなかった。怪我もしているしどうしたものかと」

「お地蔵様でも助けるのは無理だったんですね。それに怪我も治せない」


 謎が1つ解決した。そうだよね。お地蔵様は絶対に笠売り男を助けたかった。


「そうです。神様も万能ではないという話でもあるのかもしれません。龍神王様もそう説いています」

「はい。小さい頃、父や母も似たようなことを言っていました。それでどうなりました?」

「終わりです」

「終わりですか?」


 これで?

 笠売り男は幸せにならないの?


「はい。このお話をどう思いますか? お地蔵様はこの後どうしたと思いますか? それが宿題です。小等校では作文の宿題や話し合い。答えはないです」

「小等校ってそんなことをするんですか」


 国語数学みたいな勉強をするだけじゃないんだ。これはええ話だし、皆で笠売り男をどうやって幸せにするか考えるべきだからルル達に話そう。

 ペラペラお喋りだから長屋中に広がる気がする。むしろ何で私は知らないの?

 ロイに聞いたら「何ででしょう? 皆知ってると思っていました」と言われた。


「小等校に入る前、もっと小さい頃にも祖父が話をしてくれて問いかけられました」


 私とロイに子どもが生まれたらこの話をするのかな?

 私に「お母さん何で?」と聞くかもしれない。それでこの話をした?

 いや、ヴィトニルか。このお地蔵様とヴィトニルは同じだ。


「ヴィトニルさんはそのお地蔵様状態ですね」

「そうです。それで考えていまして。自分は夕食をごちそうになりました。笠売り男とは違います。多いとは思いましたけど、ありがたくお礼を受け取りました」


 でもヴィトニルは「決めるのは貴方ではなくて俺」と言っていたな。

 自分がこのくらいの価値があるとお礼をしたいヴィトニルと、それは過剰だと断るロイ。

 難しいな。どちらの気持ちも分かる。まさに笠売り男と地蔵だ。


「あの方はそれでは不服、嬉しかったから贈ったお金は自分では使わないというようにお店やお客さんに配りました。なのに今朝また小型金貨6枚です」


 昨夜のヴィトニルをロイはそういう風に考えたんだ。私は酒狂いで気分が大きくなって楽しくてああなるのかと思った。感じ方って人それぞれ。


「まあ返せる方法があって良かっ……」


 ロイが足を止めたので私も止まる。早朝なのに人が沢山。宿なのか店なのか家が一軒壊れていた。

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