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6話

 夕食は朝食と同様に静かだった。味噌汁の味付けについて何も言われなかった。朝と同じで匙を使ったので、この分量でいけば良い。

 今日、後は夕食の食器の後片付けと朝食とお弁当の下準備をしつつ、ロイがいつお風呂に入るか気にする。義父母の布団はもう敷いた。

 あたあたしないように台所の棚にロイの着替えを準備しておいた。

 洗い物が終わって居間の様子を確認しようと思った時に「リルさん」という義母の声が聞こえてきた。

 思わず襖を開けずに聞き耳を立てる。


「……に聞いていたけど、リルさんは器用ですね。朝もだけど気分が良いです」

「母上、あまり過剰な要求をしないで下さい。ただでさえ慣れない生活です」

「初日なので何も言って……味噌汁の味付けくらいです。貴方は昼まで寝ているのに、リルさんはきちんと5時に起きていましたよ」

「それは……つい。酒を飲み過ぎました」


 酒の飲み過ぎだけではなくて、その後も長かったからだと思うけど。


「つい、ねえ。昨日の今日で疲れているだろうに、綺麗に盛り付けしてあったり、飾り切りしてあったり、夕食には紅葉まで。あれはええです」


 ロイと義母の会話。また褒められてホクホク気分。


「ねえ、お父さん?」

「久々に弁当を部下に褒められた」

「久々に? 私の手が悪くなって手抜きでしたからね」

「揚げ足を取るな。料理は良いみたいだが、他のことが疎かになってないか?」

「そんなことありませんよ。ぼんやり娘と聞いていましたけどね、確かにぼんやりしていますけど、動き始めると手際が良いのよ。丁寧で。想像よりもすごく楽」

「母さんが楽ならそれでええ」


 これは義父と義母の会話。褒められた。沢山褒められた!

 良かった。こういうのを……前途洋洋だっけ? 確かそうだ。


「母上、先にお風呂をいただきます」

「あら、夜の走り込みや素振りはしないんです?」

「朝にして、今日から普段より早く寝ます」

「そう」


 お風呂、お風呂。ロイがお風呂。早く寝ると言っていたので布団も準備。

 着替えを持って脱衣所に向かう。居間で義父母がくつろいでいるので、音を立てないように静かに、静かに。

 脱衣所に入ると、昨日は脱ぎ散らかしてあった着物がピシッと畳まれていた。肌着関係は洗い物用の籠の中。


(昨日は酔っ払って帰ってきたから?)


 着物を畳んでおいてくれるとシワ伸ばしの手間が減る。ありがたい。

 

「リルさん」


 脱衣所から出たところで、廊下で義母に声を掛けられた。


「はい」

「お風呂はリルさんが先でええです。最後にゆっくり入りたいの」

「はい。分かりました」

「待たないで良いですからね。風呂掃除も夜はしなくて良いです。朝早いから早く寝なさい」

「はい。ありがとうございます」


 最後って習っていたけどそうなのか。ということは、ロイが出たら急いで入って、お湯が冷めないうちに出るということ。

 

「それからね、栗の皮の剥き方を教えます」

「はい」


 おいで、と言われてたのでついていく。明日は栗を煮る。楽しみな栗! 栗! どんな味? 沢山売られるということは人気。きっと美味しいに違いない。


 ☆


 湯船に浸かって頭の中で明日の予習。今日とほぼ同じ。でも掃除は2階。散歩はない。ロイに手伝ってもらったことを、1人でしっかり出来る?

 空き時間にどんどん栗を剥いて、午後に煮られるようにする。半分は剥かない。

 ふああああ、とあくびが出る。疲れた、疲れてないというより眠い。とにかく眠い。睡眠時間が足りてない。お昼寝しかしていないからだ。

 お風呂を出て居間にいる義父母に声を掛けて2階に上がる。義父は寝っ転がって本を読んでいた。ロイと同じくピシッとしてる義父も、うちのお父さんみたいな格好をするのか。


「失礼します」

「はい」


 襖を開けるとロイは机の前に座っていた。


「リルさん。金平糖をきれいに並べましたね」


 えっ? と思ってロイに近づく。隣に腰を下ろす。机の上に手拭いを広げて金平糖を数えたままになっていた。


「ぼんやりですみません。食べられなくなります?」

「いいえ。大丈夫です」

「良かったです」


 金平糖を摘んで瓶の中に戻す。1つ、2つ、3つ……あれ? 40個しかない。蓋を閉めて首を傾げる。10個を4列並べて余り1個。

 さっき見た時はちゃんとあった。何で?


「1つ食べてしまいました」


 そうなのか。買ったのはロイなのでそりゃあ食べるか。ロイは悪戯っぽく微笑んでいる。

 初めての表情。長屋の悪戯小僧達と同じ。子どもの頃の兄やニックに他の男達もこういう顔をたまにした。

 ロイは大人なのに子どもと同じ表情もするのか。面白い人。


「甘くて良かったので」

「はい。甘くて美味しいで……」


 す、の前に口の中に金平糖が入ってきた。ロイが私の口の中に放り投げてきた。瓶の蓋はしめたままなので隠していたみたい。

 それでいきなり抱き寄せられてキス。

 キスが1回、2回、3回……11回……昨夜のように数えられないキスに変化。これでは数を数える勉強はもう無理。

 金平糖が口の中でどんどん溶けていく。甘い、甘い、甘い味。


「ん……。ほら、甘い」


 甘いって、そういう意味?

 ぼーっとしていたら、ロイは私を畳の上に寝かした。すぐそこに布団があるのに。背中や後頭部が固い。

 顔が近づいてくるのでまたキスされる? と目を閉じたら体が浮いた。驚いて目を開いたらキスされた。慌てて目を閉じる。

 金平糖はまだ口の中。同じ場所に留まってジワジワ溶けている。

 ロイの布団に下ろされた。ほぼ同時にしゅるりと浴衣の帯を解かれる。光苔の灯籠(とうろう)はそのまま?

 光苔の青白い薄明かりでロイの顔がよく見える。無表情でギラついた瞳が、私を見つめている。胸の中心がドドドドドとうるさい。

 またキス。そしてすぐ数えられないキスに変化。あっという間に浴衣を全部脱がされた。


(今夜も? 月に1回じゃなくて? 月のものの確認はしないの?)


 聞こうにもキスの嵐で息すら難しい。

 聞く?

 そうだ。従順だ。とにかく従順に、とにかく旦那様に任せれば良い。そういうものらしい。

 また痛いのか。また長いのか。明日も眠いってこと……昼の仕事より夜の仕事が大変だ。


 ☆


 昨日は暗闇。今日はそこそこ明るいままだった。終わったらロイはようやく光苔の灯籠(とうろう)に覆いをした。

 自分の布団に入ったら、ロイもなぜか入ってきた。後ろから抱きしめられる。それで、しばらくすると寝息が聞こえてきた。

 昨日と今日は明るさ以外ほぼ同じ。夜のお勤め内容はこれで大方知れたというわけだ。

 またヒリヒリするし、心臓はバクバク言っているし、暑いし、ロイの腕は重い。

 また眠れな——……。


 ハッと目を覚ますと体が軽くなっていた。確認するとロイは本人の布団の上で大の字になって寝ていた。これじゃあまた布団をかけられない。風邪ひかない?

 寝相が悪くて暑がり?

 暑いなら私とくっついて寝なければ良いのに。それともそれも子作りのコツ?

 誰か教えて。でも跡取り息子を求められたことのない母に聞いても無駄そう。姉もそうだ。義母にはこんなこと聞きづらい。

 昨夜と違って眠れたけどまだ眠い。今何時? 

 鳥の声もセミの声もしない。昼間も静かだったけど、もっと静か。雨戸の隙間から朝日は入ってきていないからまだ夜だろう。


「ん……リルさん」


 呼ばれた。起きたのか。視線を雨戸からロイに戻す。目をこすりながら、昨日の昼と同じようにズリズリ横滑りしてきた。


「リルさん」

「はい」

「まだ夜みたいですね」

「はい」


 ロイは私の布団に潜ってきて、私の腰に手を回した。目を閉じている。寝るみたい。私を湯たんぽにするとは寒がり。暑がりで寒がり。それは大変そう。

 と思ったらロイの手は私の浴衣の前をはだけさせた。ほぼ同時にキス開始。露わになった肩に彼の手が触れる。


(またお勤め?)


 月1疑惑は毎日疑惑になり、もはや頻度不明。これは大変。


「リルさん」

「はい」


 浴衣の帯が解かれた。それでまたキス開始。しばらくしたら抱きしめられて、それで終わり。

 少しして、すやすや、すやすやと寝息が聞こえてきた。


(違った……。寝てる……)


 謎。謎過ぎる。緊張でドクドクうるさい胸が静かになった頃、また眠れた。といっても、うとうとレベル。

 カンカンカン、カンカンという5時の音で体を起こそうとした。動けない。

 

(暑くて重い……)


 ロイの腕をどかそうと動くと、なぜかますます強く抱きしめられる。うんと思いっきり身じろぎしたら、ロイと目が合った。

 起こしてしまったらしい。


「リルさん」

「はい」

「おはようございます」

「はい。おはようござい……」


 ます、の前に唇を唇で塞がれた。またキス。1日何回するものなの?

 浴衣の上からあちこち触られながらずっとキス。14回まで数えたら、数えられないキスに変化。

 裾を捲られて直接あちこち撫でられて、ふかふか布団を剥がされる。ロイは覆い被さってきた。

 炭が赤く燃えるところみたいに熱い目線でジッと見つめられながら、浴衣を全部脱がされる。

 これはつまり始まるってこと。


(この体勢、今度は寝なそう……)


 夜の営み。夜のお勤めと教わったのに早朝。何で?


 また痛いのか。また長いのか。眠れる時間があるのは朗報。長い? 長い⁈ 今はもう5時!


「朝食とお弁当……」


 口にしてから、従順にだったと慌てて唇を結ぶ。


「ん? なら手伝いますよ」


 そう言うとロイは数えられないキスを始めた。

 家事全般を任せる嫁。跡取り息子を産む嫁。子ども優先ってこと?

 卿家が続くには後継が必要。跡取り息子が1番。次は婿をとれる跡取り娘。その次に親戚から養子。


 思ったより短かった。あちこち触られたりあれこれされる時間は長かったけど、その後は少し短め。

 痛くない時間が長くて良かった。いっぱいいっぱいで、変な感じで大変ではあるけど、最後が1番大変。

 手伝いますよ、と言ったのにロイは私の隣で少し丸まってうとうとしてる。

 

(朝食とお弁当!)


 ヒリヒリは減った気がする。もぞもぞ変な感じ。

 寝たようで寝てないのか眠い。昨日よりは良い。階段を降りながら、ふああとあくび。

 昨日と同じでまずは火を起こして、ご飯を炊いたり出汁を取って、その間に……。


(雨戸が開いてる)


 庭にロイがいて、洗濯桶に水をそそいでいる。

 寝たけど眠い。あくびを堪える。


「リルさん。おはよう」


 義父の声。振り返ってご挨拶。怪訝そうな顔をしている。

 そりゃあそうだ。嫁の仕事を息子がしているのを発見してしまったんだから。昨日はロイがお休みだったから特別。多分。義父の雰囲気がそういう感じ。


「おはようございます」

「父上、おはようございます」

「ロイ、お前は何をしている」

「起床や朝の支度を邪魔したので手伝いを」


 あの顔は何顔? 拗ね顔に似ているけど、笑ってる。ロイの新しい表情。


「リルさん。明日からしばらく離れで寝なさい」

「はい」


 2日目で嫁失格?


「父上」

「ロイ、離れはお前でもいいぞ」


 ん? どういうこと?

 ロイの表情は拗ね顔に変わった。何に拗ねたの?


「どちらも嫌です。自制します」

「気持ちは分かるがそうしなさい。リルさんはまだ生活に慣れていない。仕事を覚える邪魔をするな」


 気持ちは分かる?

 ロイはとにかく子どもが欲しい。でも義父は孫を急いでない。

 孫より家事全般を任されるしっかり者の嫁になる方が優先。

 あの恥ずかしいことをしていると知られているのか。当たり前か。子作りだから、義父母も通った道だ。

 この義父とあの義母?

 想像つかない。うちの両親もそう。姉夫婦も同じ。


「はい」

「目に余ったら、どちらかが離れだからな。母さんの心象が悪くなって困るのはお前だぞ」

「はい」


 はああああ、とため息を吐くと義父は居間へ移動した。ロイが近寄ってきた。拗ね笑い顔。


「リルさん」

「はい」

「すみません」

「何についてのすみませんです?」

「その、つい、無理させて」

「ついそうなるくらい、早く跡取り息子か娘が欲しいのですね。嫁の勤めなので、早く全部出来るように励みます」


 会釈をして、急いで台所に戻る。そろそろ……吹きこぼれてる!

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