旅の醍醐味
ヴィトニルはこの国でこの中ならこれだと選んだ「黒山霧」というお酒を瓶ごと注文してどんどん飲んでいる。
途中で「俺もそういうことはした」とか「そうだ。そうしますよね。それで普通は喜ぶ」とか聞こえてくる。
どうやらヴィトニルは誰かにらぶゆで上手くいかないからロイにコツを聞きたいみたい。それで「レージングは役に立たない」とも耳にした。
レージングは呆れ顔でヴィトニルとロイにお酌。
それで私はセレヌとお話出来た。彼女もはちみつ梅酒を注文して2人で乾杯——升をなんとぶつける挨拶——して「美味しい」と笑い合う。
セレヌもルリ達嫁友達と同じくゆっくり話してくれるから会話が成立。レージングも参加してくれた。
彼女達はロイの推測とは違って傭兵だった。噂の特殊部隊と同じ特技なのは一緒。馬や赤鹿にも乗るし、西にも北にも東にも行く。南は行かないみたい。
行かないと思うけど危険なので行かないようにと言われた。死の森の近くを通るから死ぬらしい。そんな怖いところは絶対に行かない。死の森は「行かないところ」と認識して避けているから、異国を沢山旅する2人も私と同じくらいの知識と知った。
セレヌは兵士ではなく薬売りや看病側。
あちこちで戦争しているみたいだけど、セレヌはそこは語らない。ロイと同じで気遣いだろう。
「世界って広いですね」
「ええ。でも根無草なのでリルさんのような暮らしにも憧れます。全然嫌ではないけどないものねだり」
「私も旦那様と一緒で安全ならどこの国へも観光に行きたいです。年末年始に出店を見て楽しかったですし、ボブル料理? も美味しいです」
茶碗蒸し、海鮮入りあんかけ、マーバフは私が辛いのが苦手と察したヴィトニルが「自分も食べたいですし、別のも頼みましょう」と増やしてくれて2種類食べられた。
カニ入りたまごあんかけはカニの仕入れがなくて海老入りたまごあんかけ。これはイーゼル海老を釣ったらぜひ作りたい。
辛いマーバフの以外は全部美味しくて好き。ご飯によく合う。全部ヴィトニルやレージングがよそって「どうぞロイさんに相応しいスノードロップのような奥様」とか「ロイさんとお似合いの奥様どうぞ」みたいにお皿を渡してくれる。
大変気分がええ。そしてロイも「ロイさん」がつくからか照れ笑いして嬉しそうに笑う。
気がついたらロイがヴィトニルを質問攻めしている。このように色々学んですぐに対応を変えられる方ならきっと大丈夫とか褒めたり慰めている。
ヴィトニルは「こうしたのに突き飛ばされた」とか「龍歌を贈ってみたのに返事が1ヶ月ない」など萎れている。それでまたロイが励ます。
セレヌから2人は西の小さな国育ちでここより西側の多くの国は女性優先、女性を大袈裟なくらい褒め称える価値観だと教わった。推測がこれで確定。
ハイカラな女性になっている気分だし、はちみつ梅酒は美味しいし、ロイが誠実な対応をしている姿は素敵だし、セレヌは優しくてかわゆいし、ヴィトニルに褒められるし、レージングが私とセレヌの会話をさり気なく盛り上げてくれるから楽しくて仕方ない。
これは絶対に旅の醍醐味だ。知らない人との交流。異国文化との交流はハイカラ醍醐味に違いない。
「褒められるのは嬉しいですけど、どうもハレンチだなあっとこの国の考え方をしてしまいます」
「国が違うと考え方が違くて楽しいですよね。誤解も生まれるけどこうして話すことが出来れば伝わります」
「はい。楽しいです」
貝ご飯を食べながら、セレヌに異国のお菓子の話を聞いていたら、レージングが「これ以上は飲み過ぎ。迷惑をかけるからそろそろ宿に帰ろう。」とヴィトニルの腕を引っ張った。それをヴィトニルが軽く振り払う。
「大体おかしい。この世の全ての可愛いくて素敵な笑顔の女性は全て俺に恋焦がれる。俺を取り合う女性達を悲しませて泣かせる残酷な男になった自分に耐えに耐えているのに、そちらの奥様もちんちくりんセレヌも本気を出せば骨抜きになるのに、あのコキュートスはどういうことだ。彼女だけおかしい」
言っている意味が分からないけど、コキュートスという女性がヴィトニルの想い人なのか。彼はゴンッと机に頭をぶつけた。片想いってこんなに辛くなるのか。
良かった。私は私を大好きなロイを大好きになって。すこぶる恵まれている。
ヴィトニルに幸あれ。ここにどんな副神様がいるか分からないけど手を合わせて祈った。
「俺のために祈ってくれるとは……。ロイさんも役立たずレージングやニースと違っ……痒いレージング」
顔を上げてまた飲もうとしたヴィトニルの頭をレージングがバシバシバシと叩いた。
「もう分かったから。その態度を改めろ。行くぞ。夫婦水入らずの旅なのに親身になっていただいてありがとうございます。セレヌ、行こうか。話を聞いていたらお2人は新婚旅行だ」
新婚旅行? 新婚さんが旅行。そのまま。新婚だと旅行するんだ。あっ、つまりオーウェンとエイラも来月新婚旅行。エイラに西の国風だと教えよう。
ヴィトニルはさっき頼んだ酒瓶を抱きしめて、レージングに引きずられて行った。レージングが会計伝票を持って行ったのでロイが慌てて追いかける。
「リルさん。ありがとうございました。この国の暮らしを色々聞けて楽しかったです」
「こちらこそありがとうございました。私の方が色々教えていただきました」
セレヌが立ち上がったので私も立つ。私がお辞儀すると、セレヌは私を眺めてから同じような会釈を返してくれた。
その後は「ありがとう。バイバイ。またね。お手紙書きますね」とかわゆい顔で手を振ってくれた。
私達はもう絶対に友達な気がする。
住所を聞かれて教えて、彼女はこの国に来たら必ず訪れる宿を教えてくれて、少ない頻度だけど文通しようという約束を交わしたから。
エイラの次の文通相手が異国の友達とは嬉しい。嫁友達が増えた。
セレヌが耳打ちで「手紙なら恋愛話とかも出来ますよね。したいです」と言ってくれて「私もです」と返事をした。文通に燃えている。この国を出る前に1通送ってくれるそうだからすこぶる楽しみ。
押し問答はレージングの勝ちっぽくてロイが戻ってくる。セレヌが会釈してロイとすれ違った。
ロイが座ろうとしたその時だった。
「希望絶望は一体也。救援破壊は一心也。求すれば壊し欲すれば喪失す。真の見返りは命へ還る!」
酔っ払っているのかヴィトニルは出入り口の前で酒瓶を天井へ掲げた。
「傷心の俺を慰めるばかりか命を繋ぐ食、それも真心こもった大切なものまで与えてくれたそちらの御人、龍の民への礼だ! この同じ階にいる全員は彼を讃え、今夜浮いた金を他へ与えよ! さすれば龍神王は民に加護を与え続けるだろう!」
ヴィトニルは店主の肩を抱いた。楽しそうに笑っている。すっかり酒狂いみたい。客達が「なんだ?」と彼に注目する。
「えー、あの、お客様方。今現在いらっしゃるお客様達のこれまでのお会計は全てこちらの方がごちそうして下さるそうです。その、そちらの親切な方がこちらの方を助けたそうで。伝票を1度回収させていただきます」
ロイは目を丸め慌てて座った。
ヴィトニルは歌い始めた。龍神王の歌だ。手で歌え、みたいに周りの客に示してる。絶対に酔っている。完全に酒狂い。
彼があんまり楽しそうだからかお客さん達も何人か歌い出した。
「ふはははは! いい気分だ! 露天の温泉へ行こう!」
「おいヴィトニル、外は大雨だ。雷も発生するんだろう?」
「水も滴る良い男ってな。行くぞレージング」
「いや僕は風邪を引くから嫌だ。宿に貸切風呂を頼んである。セレヌに将棋を教える約束もしている」
「ならお前抜きだな。1人だけ仲間外れ。行こうセレヌ」
「私も嫌よ。レージングに将棋を教わる約束をしているの」
「お前ら滅びろ!」
ヴィトニルはレージングとセレヌのおでこを3回デコピンしてお店の引き扉を開き、猛風と雨が吹いているのにサッと出て行った。
レージングが「すみません。失礼します」と私達にお辞儀し、セレヌも続く。2人はそれでそら宿の方へ去っていった。
「全員の会計なんて……。それにあの雨の中露天の温泉?」
ロイは茫然としている。確かに驚きしかない。でも酒は人を変にする。
「レーシングさんが見張っていて許したのなら、酒狂いでこういうことをするんでしょうかね」
「ああ。そうですね。しかし酔ったにしては台詞や凛々とした……いやでも愉快そうに歌っていましたね」
私とロイは顔を見合わせてクスクス笑い、その後同じことを考えたように升を自分達から遠ざけた。
「いやあ、最初は正直疲れました。でも楽しくなりました。異国の方といっても悩みは変わらないと知れました。それに真似したくなる態度や仕草。リルさん達の方から聞こえる会話も興味深かったり面白かったり。貴重なええ体験をしました」
「私もです。ロイさん、私はセレヌさんと文通します! 警兵さんとも交流しましたし、次々新しい料理を知りましたし、旅行の醍醐味の1つは知らない方との交流ですね」
「ええ、そうですね。ん? 異国の方というか根無草で各地で働く方と文通とは……」
ん? と思ったら私達の周りに店主、店員、一部のお客さん達が集まっていた。
店主が「本人にお礼だけでは気が済まないと小型金貨6枚もお支払いしていただきました。残りは奉公人へ何か美味しいものをと」とロイにペコペコ会釈。
周りの人達も「あの方はどこの国の方です?」「何者です?」「何をしたらこうなるのですか?」などなど次々質問。
顔が赤らんでいる人が多いし、酒瓶を掴んでいる人もいるから皆酒狂い?
いや、逆の立場なら気になって仕方ない。私の性格だと話しかけられないけど近くに行って熱心に会話を聞く。
お酒で赤いのにさらに顔を赤くするとロイは私を見つめた後に「お風呂の予約がありますので」と逃げるようにそら宿へ戻った。
交流は楽しいと学んだけど、さすがに人数が多すぎて人見知りが飛び出たのだろう。私も同じくこれは無理と思ったので良かった。私とロイはやはり気が合う。
とんでもないことに部屋の前に「お礼です」と書かれた小さな紙があって、その上に小型金貨が並んでいた。
ロイはそれを拾って部屋に入ると口を大きく開けて大声で笑った。とても珍しい笑い方というか初めて。
「部屋を聞いたんですかね? まるで笠売り男と地蔵です。レージングさんを探してこっそり返しましょう」
「笠売り男と地蔵ってなんです?」
「明日歩きながら話します」
押し倒されそうになり、迫ってくるロイを一生懸命押して、酔っているからか出てきた(キスくらい……)という気持ちを跳ね除けて「お風呂の後なら」と説得してお風呂へ行った。
ロイはまた不機嫌拗ね顔。
1階にある2つある貸切風呂はちょうど2つ空いていた。
ここでもロイは「他の客のために一緒に」と少々ごねた。貸切風呂の浴槽は1人分の大きさだったので諦めるしかなかったロイはまたしても不機嫌拗ね顔。
ほぼ同時にお風呂から出たら、ロイはニコニコ笑顔になっていた。食事やお風呂で機嫌が直るって子どもみたい。また不機嫌なロイに遭遇したらこの手を使おう。
お風呂から出たらレージングとセレヌに遭遇。
「ああ、レージングさんにセレヌさん。お風呂です? 今自分達が出たので空きました。こちらをヴィトニルさんにお返し下さい。部屋の前に書き置きと一緒に置いてありまして」
ロイは店主に預けようとしていた矢立と一緒に持ってきた紙で作った小銭入れを出し、中身を出してレージングに金貨6枚を見せて小銭入れに戻した。
「はい。もうお礼をしたと言って聞かせます」
「いえ。むしろ返されたと言わんでおいて下さい。こんなに感謝されることはしていません。こちらこそ楽しくて。妻がそちらの奥様と文通をするそうなので自分も一緒に彼宛に手紙を送ります」
ロイが会釈をしたので私も続く。
それで2人で部屋へ向かって歩き出した。去り際にボソッと「無駄そう……」というレージングの声が聞こえた。無駄?
ロイは聞こえなかったみたい。少しふらふらしなかまら機嫌良さそうにゆっくり歩いていく。その後ろに続く。セレヌが笑顔で手を振ってくれたので私も手を振り返した。
部屋に入るとロイはサッとかんぬきをして、勢いよく私を抱きすくめた。
「そんな……」
に、と言う前にキス開始。
「何度も焦らすからですよ」
また拗ね顔。この後ロイはキスの嵐の中私の服を脱がしてる途中で急に眠たそうになってそのまま爆睡。
これはこっちこそ拗ねたい。
うんしょ、よいしょとロイを転がしてお布団を敷いてまた転がして布団かける。重労働。お酒の飲み過ぎなのか全然起きない。
隣にお布団を敷いて、光苔の灯籠に覆いをして私も寝ることにした。
どのくらい寝たか分からないけど雷がゴロゴロ、ゴロゴロあまりにもうるさくて飛び起きた。怖い。なのにロイは爆睡してる。
冷えてきてからは朝見なくなった大の字。半分布団から出ている。これは風邪を引いてしまう。
「んん……リル……」
嬉しい寝言。初めて聞いた。この旅行の醍醐味は普段見られないロイの表情や態度にこんな寝言とかもだな。お互い不機嫌や拗ねても喧嘩にならなくて幸せ。
布団をかけて、腕の下あたりに枕を移動してひっつく。音にはそのうち慣れ、安心して眠れた。




