再会
今お店に入ってきたのは黒いてるてる坊主。ヴィトニルさん?
増えてる。黒いてるてる坊主さんがさらにもう1人いる。
その後ろから落ち葉色髪と同じ目で雪みたいに肌が白いかわゆい女性も入ってきた。黒いてるてる坊主さん達と同じ体が全部隠れる裾の長い羽織りを着ている。
「いたいた。探した探した。お礼を預けるってどういうことかと思って」
この声はやはりヴィトニル。手を振って近寄ってくるのでロイと私は2人揃って会釈した。
机の上に小型金貨が6枚並べられた。今度は煌国の小型金貨。多分。私は見たことがないけど銀貨と良く似ている。
「お礼? 銅貨ではなく? このような大金はいただけません」
「あはは。それを決めるのは貴方ではなくて俺ですよ」
「優秀な天気予報士さんのおかげでこうしてほとんど濡れずに済みました。お礼をするのはこちらです」
ヴィトニルの肩を連れの黒いてるてる坊主さんが軽くトントントンと叩いた。
その後彼はロイ、私の順に軽く会釈。
「こんばんは。弟のレージングです。兄から話は聞いています。ヴィトニル、だから言っただろう。いくら嬉しくて美味しかったとはいえ稲荷寿司1つに金貨1枚はおかしい。おまけにこの国の小型金貨より価値があるからって使いにくいあちこちの国の金貨なんてやりすぎだ」
「これは食べ物ではなくて全てに対してのお礼だ。まあ一応聞く耳を持ってこうしてしぶしぶ格を下げた」
全てにって稲荷寿司を一緒に食べてお喋りしただけだ。お喋りはほとんどロイで私は返事くらいだけど。恥ずかしいけど2人のやりとりは聞いていて楽しかった。
兄弟だからかレージングはヴィトニルと声が似ている。2人して怪我をしたの? 可哀想。
2人が覆いを外した。口元だけ見える見たことのないお揃いのお面をつけている。なんとなく犬っぽい。
ヴィトニルは頭に黒い織物を雑に巻いていてそこから金髪が覗いている。レージングは何も巻いていなくてサラサラの黒髪。
あれ、兄弟じゃないの?
いや、兄弟でもこんなに髪の色が違う国があるってことかな。肌の色もそうだ。2人の口元の色は違う。ヴィトニルは色白でレージングはロイと似た肌色。世界って面白い。
「ロイさん、リルさん、兄への親切のお礼に食事をごちそうさせて下さい。お店の方に会計は自分達へと伝えておきます」
「いえ、とんでもないです」
レージングとロイは少し押し問答。
私は女性に会釈した。かわゆい上にかわゆい笑顔。
彼女は羽織を脱いだ。
編み物の白いワンピースと灰色のマフラーだ。それに白い手袋も編み物で私の持っている手袋と似ている。
長袖のふかふかそうな模様入りのワンピース。腰には青い素敵な模様の織物を巻いていて、足元は脛まで隠れる靴。どう見ても異国の服装。店内の客が彼女に注目しているけど、本人は気にしてなさそう。
「こんばんは、セレヌです。ヴィトニルがお世話になりました。ありがとうございます」
3人兄弟なのかな? 彼女が末っ子な気がする。
「こんばんは、リルです。夫の言うとおりこちらが助けていただきました。そちらのかわゆい服は編み物ですか? 異国の方ですよね?」
「はい。ここより少し北西の土地生まれです。編み物は西で習って編みました。かわゆいって確か可愛いらしいとか素敵なって意味ですよね。ありがとうございます。一生懸命編んで良かったです」
彼女は歯を見せてニッコリと笑った。とても気さくで優しそう。知りたい。編み物を知りたい。
「そんなに遠慮されなくても。少々世間知らずで迷子になる困った兄でして。このままでは気が済まなそうなので食事くらいはお願いします」
「おい、俺が世間知らずな訳ないだろう? お礼くらいさせて下さい」
「うーん。ああ! それなら料理に目移りしていたのでご一緒にいかがですか? 大勢なら少しずつ色々食べられます。こちらの新作料理が気になっていまして。それに妻がそちらのお連れ様に編み物について聞きたいみたいですので」
ロイがとてつもなくええ提案をした。喋れる。私はこのかわゆい人ともっと喋れるかもしれない。是非「皆で食事をしましょう」と言って欲しい。
「新作料理……。へえ、ボブレルス料理ですね。煌国にボブレルス料理……」
ヴィトニルはペラペラとお品書きをめくった。
それで彼が「こちらこそ是非。そうしましょう」と告げ、それで店員に頼んで全員で席を移動。
レージングが私達を促したのを制してヴィトニルが「ロイさんはそちらの上座に。俺はまた相談があるので向かい側。セレヌが奥様のお酌をします。レージングはセレヌの前にでも座っとけ。下座の末席」と席を決めた。
レージングは「はいはい」しか言わず。
「すみません、素敵で愛らしい働き者そうなお姉さん」
ヴィトニルが私達よりもかなり年上そうな店員女性に手を振って、その後手招きをした。
彼女は恥ずかしそうな様子で近寄ってきた。あと怒ってそう。夫婦や恋人同士で2人きりならともかく愛とはばくだん草の実を投げつけたくなるほどハレンチ。
「ああ、すみません。この通り異国をあちこち旅していまして褒め方を間違えました。んー、春のしだれ桜が似合う働き者そうなお姉さん。お願いします」
「はい、かしこまりました」
店員はホッとした後ににっこり笑った。
素敵で可憐という褒め言葉はハレンチ文言ではない国もあるのは年末年始に学び済み。
ヴィトニルがユース皇子様と同じく店員の手を取って手の甲にキスの真似をしたら女性店員は嬉しそうにはにかんだ。
恭しいという感じで褒められたみたいに感じるだろうし、キスではなく会釈みたいだから。
義母は自慢したいらしいけど我慢して私によく「あれはお妃様になったような気分です」とかわゆい照れ笑いをする。
義父がいると義父が不機嫌になる。でも義母の気持ちは分かる。
皇子様だけではなくて庶民——お金持ち?——の挨拶なのかな。
私も夜2人きりの時に、このユース皇子様風の挨拶をロイにしてもらいたいと密かに機会を狙っている。
「こちらの新作東風料理を前から順番に食べ終わる頃を見計らってお願いします。全て1番高いもので。仕入れがなければその次。5人で取り分けます。その為の食器をお願いします。茶碗蒸しだけは5つで。白米のご飯も5つお願いします。途中で注文を変更するときは声を掛けます」
ヴィトニルは誰にも相談せずに1人で決めた。
「東風料理を全て食べたいような会話が聞こえましたので。まずはこの注文で良いですか?」
ロイも私も特に文句はないというか、全部食べてみたかったので顔を見合わせて頷いた。それでロイが「その通りです。ありがとうございます」と返事。
「飲み物を決めたらまた声を掛けます。手がきれいですね」とヴィトニルが告げて店員が去った。彼女はとても嬉しそう。
なぜこの感じでロイにあれこれ質問をしたのだろう。
ふと気がつく。私の右手側に座るセレヌの左薬指の指輪とレージングの左薬指の指輪はお揃い。
白銀製の指輪で円に正十字が刻まれた台座がついている。そこに緑と青の小さな宝石が飾られていた。きれい。異国の嫁仲間が出来るかも。
ヴィトニルはロイに質問攻めを始めた。また私をどう口説き落としたのかとか、この国の一般的な女性の褒め方口説き方やら何やら。ロイはたじたじで恥ずかしそうだけどまた答えている。
なぜ先程のように異国の女性をあっという間に笑顔にさせたヴィトニルはこんなに熱心にロイに質問するんだろう。
こうして私達5人の食事会は始まった。




