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買い食い

 1度中央6区へ入りお弁当箱に詰める握り飯を購入予定。関所近くは旅人やら何やら目当ての食事関係のお店が集まっていた。

 サッと買うということで、近くて列の進みが早い握り飯屋にした。私が「気になります」と頼んだのもある。

 街並みはまたしても見たことのない世界。木造の3階建ての家が多い。それで茶色が主で緑や青で塗られていたり、草木の模様で飾られている。

 どこの建物も三角の提灯が沢山吊るされている。


「憧れの握り飯屋で握り飯。贅沢中の贅沢です」


 たまに街をぷらぷらして遠くから見て、家で真似していた色々な握り飯が目の前にある。買おうとしている!

 日の丸弁当を作れるように白米、玄米、混ぜ物米や梅干しも売っているけど今日は無視。

 混ぜ物米はたまに母が買ってきた。炭が高かったり、米が高かったりする時は店で買った方が安い時もあったから。

 閉店間近の安売りの時——争奪戦らしい——だけど。他のお店は知らないけど、母によれば握り飯は安売りになったことがないという。

 売り切れたり戦いに負けて夕食が漬物だけとか梅干しだけとかあったな。でも母が違う人ならもっと頻度が増えていたはず。

 買うコツを覚えなと連れて行かれた時の母は強くて頼もしかった。


「憧れだったんですか? それなら早く言ってくれれば公園散策の時に買ったのに。西風料理よりも安いのは知っていますよね」

「家で作れそうなものを……旦那様! 握り飯に天ぷら入っています!」

「天ぷらです?」


 見本の握り飯から飛び出てるのはどこからどう見ても海老の尻尾。

 これより小さい川海老はそこそこ食べてきた。父が作った仕掛けカゴでよく獲れたから。海老大好き。

 私と義父は次の海釣りで海老も狙っている。釣竿で大きな高級海老、イーゼル海老が釣れたという噂を義父が仕入れてきたから。


「旦那様、天むすって書いてあります。むす?」

「お客様。こちらは新作です。天ぷらのおむすびです」

「ああ、リルさん。きちんと見ていませんでしたけどおむすび屋結って書いてあります」

「握り飯屋ではないんですね」


 店員に聞いたら昔「おむすび」と呼ばれているのを通りすがりに聞いたそうだ。

 確かに米と米がくっついているから結ばれている。

 米は尊い食べ物だから「お」をつける。縁起のええ呼び方なので使っているらしい。


「天むすは天ぷらおむすびですね」

「食べてみましょう。それで家でも作って下さい」

「はい」


 キスの天むす、高級海老の天むす、海釣り燃えてきた。アサリの佃煮おむすびがある。そういえば、アサリって天ぷらにしてもいいのかな?


「リルさん他は何にしましょうか」

「旦那様、明太子ってなんですか?」


 たらこも気になる。タラの子? タラの卵? 桃色だ。明太子は紅色。


「いやあ、知らないです」

「お客様、そちらはタラの卵を唐辛子などで漬けたものです。明太子は漁師料理です。いつもある訳ではないのでよろしければお味見どうぞ」


 タラ! 店員が赤い小さな粒々をほんの少し掌に乗せてくれた。


「自分はこれがええです。リルさんは……辛いの苦手でしたね」

「お客様、それならたらこはどうでしょう? 唐辛子は入っていません」

「ありがとうございます。……こちらはええです」

「それなら天むす2つ、明太子1つ、たらこ1つお願いします。全て白米でお願いします。リルさん他に何か要ります?」

「旦那様の量、足りなくないですか?」

「大丈夫です」

「お客様、海苔は巻きますか?」


 ロイが私を見たので首を横に振る。海苔は好きだけど全部初めての味だから素を知りたい。あと南3区の海苔より高い。

 それでお会計。注文中から握り始めていてくれたおむすびをお弁当箱へ入れてもらう。手際がよいお店。

 お店を離れると「リルさん、あそこのお店が気になっていて」とロイに手を引かれた。


「皇女ソアレ様も気に入られたという、新作のあんかけ大饅頭はいかがですかー!」


 けっこう人だかり。でも進みが早いからすぐ買えそう。湯気がすごい。丸い蒸し器は初めて見た。四角じゃないんだ。

 お店の名前は「大饅頭店 来来来」

 大きなお饅頭のお店とは分かり易い。くるくるくると思ったらライライライだった。続けて言ったらイライラと聞こえそう。

 あんかけって何?


「中身はイカ海老入りあんかけです! イカ海老なしは安いですよ! おやつがわりの胡麻あんこも大人気です!」

「リルさん。大きい饅頭であんかけとは気になるでしょう? あんかけって何ですかね? あと胡麻あんこ。あんこに胡麻」

「大きいです。おむすびを食べたら半分くらいしか食べきれなさそうです」

「たらこおむすびを半分自分が食べたらリルさん胡麻あんこ食べられません? あれなら天むすも半分食べます。おむすびは冷めてもええので、出来たてが美味しそうなこの大饅頭を食べながら歩くのはどうかなと。食べ歩きです」


 旅の醍醐味は食べ歩きらしい。義父がそう言っていた。

 義母は品がないと言い、ロイは歩きながら食べても危なくないものならしたいです、だった。

 せかせかした人は朝ご飯を食べながら出勤したり、握り飯片手で働く。

 今いる大通りにもチラホラいる。醍醐味はそれとは別。見知らぬ場所で普段しないことをするとより楽しいらしい。

 私はすでに何でも楽しい状態だから醍醐味は分からないまま終わりそう。


「はい。きっと食べられます。食べ歩きしたいです」

「自分はイカ海老入りあんかけ。リルさんは少し食べる。自分も一応胡麻あんこを食べてみる。どうです?」

「素晴らしい提案です」


 このお店には味見はなかった。なので美味しいのか不味いのかドキドキ。

 ロイはこのお店を見つけたからおむすびを多く買わなかったんだ。こうして大饅頭を2つ購入。

 枯らして干したっぽいサッサの葉でくるんでくれた。

 私はルーベル家の嫁になって知ったけど、商売人は買った客にはわりと親切。質問をすると結構教えてくれる。

 あんかけは片栗粉でとろみ、というものをつけた野菜の炒め物。1ヶ月くらい前に始めたそうだ。片栗粉やあんかけは東から流れてきたという。片栗粉は近くの粉屋で販売中。

 そこであんかけを味見して、粉屋にチラッと寄ることにした。なので食べ歩き前に大饅頭屋のそばで味見。

 

「大饅頭の生地は甘くないんですね」

「はい。ロイさんにピッタリです」


 ロイは嬉しそう。甘いの嫌いだもんね。白いふかふかで熱い生地を食べ進めると胡麻あんこ登場。


「ええです! これは美味しいです。でも旦那様は苦手そうです。あんこはあんこです」


 作れそう。すり潰した胡麻をあんこに混ぜたもの。お団子作りに使える。義母に教えなければ。


「まあ一口食べてみます。それでですね、このあんかけはすこぶるええです」


 私とロイは大饅頭を交換した。あんかけの野菜は白菜、人参、ねぎ。そこに小さいイカと小さい海老。白に赤に緑できれい。黄色が欲しいな。パプリカは合うかな。

 味は義母に教わったチクク煮に似てる。おせちで作った具沢山の煮物。その時初めて使ったゴマ油の香りがする。


「リルさん、これはもう片栗粉を買っていきましょう。粉なら軽いです。使って欲しいです」

「はい」


 すぐ近くなので粉屋へ移動。片栗粉は少ない量を水に溶かして料理に混ぜる。高めだけど沢山は必要ないから買えた。

 入れ物を何も持っていないから竹筒も買うしかなかったけど、家に片栗粉を入れるものは今のところないからよい。

 【最新 東の片栗料理!】という本も買った。大饅頭を食べ終わったら読みたいので手に持ったまま。

 それで行交(ぎょうこう)道へ戻った。

 関所の警兵に「流行りのあんかけ大饅頭ですね。昼に食べようかな。よい旅を」と声をかけられてびっくり。

 怖そうなのに気さく。するとロイが「稼いでそうな異国の天気予報士さんが午後から雷雨言うてました。念のためお気をつけ下さい」とわりと無表情で話しかけた。


「ええ天気ですけど東から雲が流れてくるんですか」

「あの脚力なら遠くまで行けるので東を見てきたか山に登ったのかもしれません。父から屋根まで一足飛びする特殊部隊があるらしいと聞きました。似たような方ではないかと」

「自分はそういう噂は知りません。しかし煌護省勤めのお父上から聞いたのであれば真なのでしょう」

「父の話も噂話です」

「上司に天気の事を相談します。ご協力ありがとうございます」

「同じ国防担う者として当然です」


 ロイと警兵が会釈を交わす。私も真似する。行交(ぎょうこう)道へ戻って再び北区へ向かって歩き出す。

 まず大饅頭が冷めないうちに黙々と食べた。食べながら通行人を眺めるのは楽しい。

 家族3人の旅人が「そちらはなんです」と声をかけてきて答えたり、警兵が「大饅頭とは寒いのでええですね! よい旅を!」と笑顔で手を振ってくれたりした。

 兄もこういう事をしているのかな?


「いやあ美味でした。天気もええし、内からも外からもポカポカです」

「ロイさんのお仕事姿を見られたのもええです。凛々とされていて、その……。あっ。すとて、あときでした」


 恥ずかしい褒め言葉の新しい使い方を発見。

 垂れ衣を少しどけて確認したらロイはニコニコしていた。頬がほんのり赤く見える。


「母も旅行後に新作料理を作っていました」

「はい。私は片栗料理と次の海釣りに燃えています」


 本を読みながら歩いて、転びますよと言われ、転びかけたので宿で楽しむことにした。ロイの背負い鞄に本をしまう。


「たまごあんかけがありました」

「たまごといえば、ルルさん達がお世話出来るなら長屋近くに鶏小屋建てて数羽飼ってみます? あそこの長屋、誰か鶏を飼っていますよね。鳴き声を聞いたし小屋を見ました。出稽古の日は(うち)が卵をもらうんです。他はリルさんの実家へ」

「はい。長屋に鶏を飼ってる人がいます。小金持ちさんです。うちに鶏小屋ですか?」

「若衆の会合で家を建てられない余り土地を使って教育のために何か生き物を飼うか? って話が出て、鶏は卵を産むしええけど、うるさいって話になりました」


 ロイはその後に犬猫は祖父の代で揉めたから禁止されていると教えてくれた。そうなんだ。


「子がいるお嫁さん達も新たに掃除当番やら何やら気乗りせんでしょうから却下ってなりました。小屋代だけ集金して鶏代と餌代は我が家。代わりに飼育失敗するかもしれんですと言ったらわりと乗り気でまた話し合いします」


 無表情で淡々と述べていく。こんな感じで会合でも喋ったのかな?

 ロイは人見知りが終わったり大勢の前でなければ割と喋るとオーウェン——エイラの手紙だけど——から聞いた。


「それなら父に頼めば長屋で木を集めて大工さんと父で安く建ててくれます。父も母もあそこ育ちであの辺りなら顔が広いです」

「おおお、それはすこぶるええです。それでお礼に皆さんに何か振る舞いましょう。ルルさん達も鶏飼育係としてしれっと町内会に参加。母の指導はうるさいでしょうけど、ソワソワ古い着物を仕立て直してますからね」

「そうなんですか?」

「特にロカさん。姉が5つで熱と嘔吐で亡くなったそうで義理でも娘が出来て嬉しいようです。リルさんをもう気に入ったし、自分が年末のルルさん達の話をしてからそういう気配です」


 これは嬉しいことだ。両家の交流は基本なし。私の家族がたからないように、だと思う。両親もそう言っていた。ルーベル家からはズバリそうだとは言われていない。

 それで「あんたの幸せを壊したら親ではなくて鬼畜だ。リル、何があっても絶対にうちの事を頼むんじゃないよ。うちを守るのはネビーとルカ夫婦。嫁にいくとはそういうことだ。代わりに帰ってくるな。殴られたら働き口を探してやるけどあんなに素晴らしい旦那様ならそんな心配はないだろう」と年末に言われた。


「旦那様の根回しのおかげです」

「もしも養子をもらうなら付き合いはあった方がええです。リルさんのご両親はリルさんのご両親、ルルさん達はリルさんの妹達だなあと年末に分かりました」


 ルーベル家が両親を少しずつ信頼して歩み寄ってくれるとルル達と遊べる。うるさいからたまにでいい。

 あと長屋暮らしは貧乏とかそういうことではなくて性に合わない。忙しなくて喋る暇がない。我が家もお喋り過ぎる。

 長屋にあまり近寄らずに家族と会える。交流出来るとは幸せだ。義母はそのうちルル達を家に……。


「旦那様。お義母さんとルル達を指導します。母も絶対にベシベシ叩いてつねって教えます。家を破壊されます」

「えっ、破壊? ルルさん達大人しかったですけどねえ」

「母が強く強く言って連れてきたんだと思います。あと旦那様に人見知りとか。帰る前にぐずぐず暴れていたじゃないですか」

「宝物を全部取り上げて返して2度とロイさんや姉ちゃんに会わせないよ! って怖かったですね」

「あれは全く怖くない叱り方です」

「そうなんですか」


 クスクス笑うロイと一緒に私もクスクス笑う。旅をしながら未来の話、思い出話も楽しい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのとしていて優しい話だと思いました。気づくのが遅くて、気づいたらもう完結されていて…残念…! キャラクターが生き生きと書かれていて、読んでいてとても楽しかったです。作者さまの人柄が伺…
[良い点] もう、2人が可愛すぎて読むのが楽しいです!可愛くて素直で、特にリルちゃんは優しいし真面目だし嫌味がないし向上心あるし、素敵な子です!山なんかなくていい!このままの2人の話をずっとみていたい…
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