出発
てるてる坊主てる坊主。明日天気にしておくれ。という歌が何なのか知らなかったけど先週知った。
ロイが「母上が自分が初めて作ったてるてる坊主を出してくれました。ふと探したらあったと」とてるてる坊主を見せてくれたから。
端切れを集めて丸くして古い手拭いの切れ端を被せたもの。丸は顔。義母が教えた刺繍でロイが顔を作った。裁縫嫌いだけどこの時は頑張ったらしい。
「ロイさん晴れました! てるてる坊主が晴れにしてくれました!」
目を覚ましてすぐ雨戸を開けた私は珍しく大きな声を出した。
んん、とロイは身じろぎして目を開いた。
「リルさん先週から毎日歌っていましたからね」
「はい。雨具をしまいます」
「リルさん、最終確認したように立ち乗り馬車の始発に乗りますよ」
「はい」
カンカンカン、カンカンと5時の鐘。中央区行きの立ち乗り馬車は6時過ぎに1番近くの停留所を通る。
今日は水曜日。今日から土曜日まで旅行。2人とも日曜日は体を休めて月曜から働く。
義父は土曜日午前休みを取って金曜の夜から日曜の昼まで義母とかめ屋でその後軽く散策したり何やららしい。後から思い出話を聞く。
平均的な出世をした義父は定期的に土曜午前休みを取れる。ロイはまだ無理。
今回は早期出世祝いによる特別休暇。出世祝金にお金も出る特別有給休暇という太っ腹な制度。
「ロイさん、私達寝坊しなくて良かったです」
「いつも起きる時間ですけど念のため早寝しましたからね」
私もロイも「もっとキスしたい!」とか「お喋りしたい!」を我慢してそれぞれ別の布団で寝た。別々の布団は私達にとって珍しいこと。
だから朝もキスしない。我慢。2人とも時間を忘れそうになるから。
元気で晴れで旅行だ旅行! と布団をしまった後に台所で朝食と義父のお弁当の再確認。その後は軽く洗濯。ロイは雨戸や今夜のお風呂準備。
終わらせたら身支度をして稲荷寿司と荷物を持って家を出る。
(そのうち火がおきる。ひっつみは煮っぱなし。稲荷寿司よし! 巻き寿司良し!)
義母が洗い物をあまりしないような朝食兼昼食。相談確認済み。あとは義母が好きに足す。
(洗濯、せん……)
「お義父さん、おはようございます」
「目が覚めた。母さんの手伝いでロイやリルさんの手伝いではない。それにしても夜のうちに風呂の水を洗濯桶に溜めているんだな」
「はい。ありがとうございます。朝食とお弁当はお義母さんに相談したとおり出来ています」
会釈をしてロイの手伝いに行ったらもう終わってた。逞しいから水汲み早い。
それで身支度。今回の旅行の服装は義父が「海釣り用」と買ってくれたものや昔履いてた草鞋など。予備の草鞋も編んだ。
笠に布を無理矢理縫いつけたものではなく、憧れのかわゆい垂れ衣笠。義父に感謝。
着物は古着屋で買った着物を自分で仕立て直したもの。それでも高そうで汚したくないけど私の海釣り用衣装は実家に返却させられた。
面白いけど卿家の嫁はもう少し小洒落た格好で釣りをしてくれと言われたから。
着物は義母に教わった壺装束風にする。帯も軽くて古いもの。また義母がくれた。
足が出るので寒さと虫などの対策で守り布の上から脛当て。
手袋をしたし首巻き用の手拭いも温かい。
昨日義母と再確認したけど多分問題なし!
垂れ衣笠を持って玄関へ向かう。朝食の稲荷寿司弁当、荷物などはもう全部玄関に集めてある。
鞄の中にはお弁当、2人分の肌着やたび、小さくした石鹸、手拭い何枚か、2人分の予備の草鞋、2人の身分証明書——卿家で今回の道だと旅行手形が必要ない——に矢立と薬に新聞紙と風呂敷。
全部ロイが背負う、父が義父に頼まれて作った旅行用の鞄に入った。父は店の旦那さんと相談して四角くて背負えるものを作ってくれた。
私が持つのは自分の化粧道具——義母が旅行用を貸してくれた——と華やぎ屋で使う髪飾りと道具。
思い入れの強い青鬼灯の簪は使いたいけど、旅行で失くしたら絶対に返ってこないから持っていかない。
高いけど安いから帯揚げをリボンに使う。
一応自分のお小遣いのお財布、4つに分けたお金の入ったお財布のうち2つ。
それからロイと私の歯磨き葉と磨き剛筆と手拭い。 斜めに結ぶ小さめの背負い風呂敷だけで済む少なさ。
長屋娘にはお洒落だけど、憧れの旅行服姿。そしてさらに普通のお洒落を華やぎ屋でする。
かめ屋同様にそれなりのお客様には着物一式に浴衣に肌着に下駄を貸してくれる。肌着も洗って部屋干ししてくれる。そして私達は今回それなりのお客様。贅沢の極みだ。
玄関にロイも集合。ロイの旅装束姿は勇ましくて格好良い。素敵。
ロイは足にやたら馴染んで歩きやすい、ということで靴で行く。そこにさらにマフラー。私から見るとハイカラな気がしてええ。
ロイが鞄を背負った。大事なひょうたん水筒も再確認。2人とも持ってる!
「馴染ませがてら使っていましたけど、やはり軽くてええ背負い鞄です」
「良かったです」
「職場で宣伝しておきます。旅の途中で聞かれたらやはり宣伝します」
「それはありがとうございます」
ロイも義父も父の性格を今のところ気に入ってくれたみたい。それで父が働く職場をあちこちで褒めてくれる。
おかげで父の評判は上がり中。今度給与が上がるらしい。ロイは「腕が無ければ無意味です」と言うけど宣伝効果のおかげだ。
凡民の日用品店に卿家から注文が入るのはすごいこと。
「父上、母上、これから行ってまいります!」
ロイが声を掛けると義父母集合。
「危険な道でも無理な日程でもないが気をつけて行って無事に帰ってくるように。それから楽しむように。困ったらすぐ兵に声を掛けて身分証を見せたり、煌護所で身分証を見せなさい」
身分証ってそういう使い道もあるんだ。卿家だから贔屓されるのかな。
私達姉妹が——私は姉や妹に言ってもらってた——「疾風剣ネビーに言うよ!」みたいに兄の名前を使っていたみたいに。ロイにも教えておこう。長屋周りだと役に立つ。
「はい。父上、ありがとうございます」
「お義父さん、ありがとうございます」
「薬は持った? 忘れ物はない? お財布と身分証明書、いえお財布があれば最悪帰ってこられます」
「はい。母上。しっかり分けてあります。あとこのように木刀を持って行きますので」
「お義母さん、ありがとうございます」
ロイは今回木刀携帯許可証の申請をした。
許可を得ないで色々な武器を持つ者はいるけど、悪さすると捕縛されてロイに裁かれる。ロイというかロイが知らない下っ端部下に。
ロイはそういう報告を取りまとめたり内容を確認したりしているらしい。少し賢くなったと思って聞いて、最近覚えたロイの仕事の1つ。
「暴漢に襲われたら返り討ちにして兵に突き出せ」
「はい。自分の身もリルさんもしかとお守りします」
「リルさんは声が小さいけどうんと叫んで逃げるんですのよ」
「はい」
今回の旅行で通る道の治安は良いけど念のための木刀らしい。
「行ってきます」
「行ってきます」
行ってらっしゃい、気をつけて、気をつけて! と義父母に手を振られて家から遠ざかる。
「リルさん。4日間駆け落ちですね」
「はい。贅沢な反抗期です」
ロイと笑い合って垂れ衣笠を被る。冬だけど長時間歩けば日焼けするのでその防止。それから冷たい風対策。夏は虫避けにもなる。
旅行!




