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新米母、夫と息子と娘を愛でる

 卿家の嫁は基本的に旦那に甘やかされる。

 女が衣食住を整えてくれて快適な生活を提供してくれるから仕事に没頭して稼ぐ事が出来る。

 ご近所付き合い、仕事関係の付き合い、友人付き合い、それにより与えられる誉、優越感、居心地の良さなども内助の功があってこそ。

 という理由らしい。よく分からない。


 長屋育ちの父は「家族を養う自分が1番偉い!」であり長屋育ちの母は「家族全員を腹一杯食わせられない稼ぎで何を言ってるんだ! 働いて子育てして家事もする私こそ1番偉い!」とよく喧嘩しては大笑いしていた。


 なので仲が良ければ何でも良いと思う。私は卿家に嫁いだので卿家——というかルーベル家——の方針に従う。


 私はロイに甘やかされ、義父母にも可愛がられていたけど、跡取り息子に娘まで産んだことでさらに上げ膳据え膳になった。

 産後の肥立ちが悪くて子どもを残して死なれては困る。老いていく義両親の世話もある。

 子の数人に1人は病やら何やらで元服まで育たないから2人では心許ない。

 実際ロイの兄、姉は亡くなっている。

 よって私の健康を家族総出で守るものらしい。それなのに長屋と同じで嫁姑問題があるのは謎である。私にはたまにしかないけど、子育て中の嫁友達はよくボヤいている。

 守るもなにも、もう元気なんだけどな。


 確かに赤子がねずみにかじられて死んだとか、蚊にたくさん喰われた後に死んだとか、なぜか急に熱を出したり息をしなかったりした、など色々聞いたことがある。

 私の母は6人の子どもを産んで本人も子ども6人も元気いっぱいなのでピンッとこない。私も風邪ひとつ引かない。でも不安は不安。

 安心なのはルーベル家にねずみが出たことがないこと。

 代わりに蛇は出る。小さくて鉛色で毛羽だったような鱗で鳥みたいな顔の変な蛇。目は青い。私以外は誰も見たことがない変な蛇。

 どこかで見たような気がするから、長屋周りにもいたのかもしれない。

 庭を散歩中に1度だけレイスの頭の上に落ちてきて、レイスの頬をこしょこしょしてピューッと素早く縁の下へ消えた。


 蛇は龍神王の遣いらしい。何も知らなかった私は木の棒で緑色の蛇を遠くに投げていたし、別の日に川へ放り投げたこともある。大丈夫かな?

 今のところバチは当たっていない。神様は無知には寛大なのかも。

 ロイは「庭に囲いを作って祭ろうと思い、縁の下を探してみましたけどいません」と言った。義父も見つけられていない。

 他の家にもご利益をってことで、もうこの家に居ないのだろう。


「ええ天気。今日は残念ながら蛇は出ません。でもええことにねずみも来ませんね」


 レイス、ユリアの順に頭を撫でる。次はユリア、レイスの順。私はどっちかを優先はなんだか嫌。

 義父母は跡取り息子! 跡取り息子! だしロイは「かわゆい娘を嫁に出したりしません!」で跡取り娘! 跡取り娘! という様子。

 ロイはユリアが嫁にいく時にまた号泣して、その時義母がまだ生きていたら「滝修行」と説教される気がする。


 長屋では産後血が出ている間、夜は忌み部屋へ行け! だけどこの地域では産後の出血は尊血なので、縁起のええ嫁を家から出すなである。

 産後約1ヶ月。私はまだほんのり尊血を出している。つまり家の敷地外へ出られない。


 暇だ。実に暇。


「お義母さん。お腹もぺちゃんこに戻りましたし料理くらいしてはいけませんか?」

「3日前も言いましたけどいけません」

「はたきで埃を落とすくらいはええですか?」

「産む前にも説明しましたけど家事は何もかも全て禁止です。あなたがすることは子を抱く、乳を吸わせる、寝かしつける、おしめ交換、自分の食事と風呂と睡眠です」

「はい」


 ロイがええと言ってくれた読書と勉強は「いけません。休みなさい」と義母に取り上げられた。

 ルルが忙しなく働き、義母も働いているのに私は子どもとゴロゴロ。家の中や庭の散歩も沢山すると怒られる。

 夜泣きで起きると言うけれど、夜にお腹を減らしたレイスやユリアはルル任せ。土曜日ならロイまかせ。

 夜爆睡しているので昼間眠くない。

 義母は私の様子によく首を捻る。子どもが2人同時なのは大変なことだから。

 10歳でロカの育児をほぼ任され、その上に元気いっぱいのルルとレイがいて、喋るし騒ぐし暴れていたからピンとこない。

 嫁ぐ前の姉が家事を沢山こなしていたけど一緒に手伝っていた。逆に姉は私を含めた4人の妹の世話をしていた。


「まあ、そろそろ散歩の時間です」

「はい! 昨日はレイスからだったので今日はユリアからにします」


 ひゃっほい、とすやすや寝るユリアを抱き上げて1階中を歩く。

 今度の日曜からは湯船に浸かれる。


「ユリア、ここは居間です。毎日神棚に挨拶をします。家族が健やかなことや食事を出来る幸せに感謝します」


「ユリア、ここは厠です。おしめが取れたら使います。旦那様は落ちたことがあるそうです。臭くなるので気をつけましょうね」


「ユリア、ここはお風呂です。お義父さんや旦那様と入っていますね。ユリアはお風呂でにこにこ笑ってすこぶるかわゆいそうです」

 

「ユリア、ここは台所です。3つになったら少しずつお手伝いだそうです」


「ユリア、ここはあなたのおじい様の……」


 レイスのぎゃん泣きが聞こえたので戻る。ルルがおしめを確認してくれていた。違うようなので乳の時間。

 ユリアを1度下ろしてレイスを右腕に抱いて乳を吸わせる。それで今度はユリアを左腕で抱っこ。ルルに少し助けてもらう。

 よし、と散歩再開。


「ユリア、ここはあなたのおじい様の書斎です。勉学に励むところです。ユリアとレイスも少し大きくなったらこの部屋で学びますよ」

「リルさん。散歩は一度中断しなさい」

「はい。つい。すみません」


 義母に怒られたので寝室に戻る。座ったけどかわゆいからそのままユリアを抱っこ。

 出来ることはついしてしまう。


「分かりました。リルさん、明日から居間で少しずつ料理をしなさい。得意の飾り切りとか。ルルさんは相変わらず不器用。お父さんやロイの弁当の格が落ちたと言われたくありません」


 多分、誰もそんなこと言わない。でも義父もロイも食事は味だけではなく見た目からなのできっと喜ぶだろう。義母もそれを分かっている。


「ええんですか?」

「座って少しだけならええです」

「ありがとうございます」


 義母は掃除に戻っていった。ルルへ「端! 丸く拭かない!」という叱責声。もう慣れたから気にしない。

 小躍りして歌いたくなった。でも両腕にかわゆい我が子。小躍りは無理だ。しかし歌うことは出来る。


「ひゅるひゅるひゅるりら風が吹く」


「風の子風の子元気な子」


 早くレイスとユリアと公園へ散歩に行きたい。紅葉をうんと見せる。それでキノコを採る。

 去年は無かったけど松茸がまたあるかもしれない。料理や家に飾る草花も確保する。

 銀杏も拾う。臭いし疲れるし多分義母が怒るから皮むきはルルに押し付ける。昔ルルに顔へ銀杏をいくつも投げられた仕返し。

 代わりに金平糖をあげておく。この世の春みたいに喜ぶから。あの姿は結婚当初の私だ。


 かわゆい子達とだらだら暇な昼を過ごして夜。今夜もお風呂争奪戦は義父の勝ち。

 負けたロイは無表情で少し頭を下げて義父から「残業は仕事が出来ない証拠」とか「父親としての自覚うんぬむ」みたいな説教をされる。

 多分ロイは聞いてない。無表情は無表情でも少し拗ね顔だから。

 ロイの顔に(どうせ父上もそうだったくせに)と描いてある。


 家族全員が揃ったので皆で食事。

 食事が終わるとロイと寝室で4人でまったり。でもレイスが泣き、乳を飲ませ、終わるとユリアが泣いて乳を飲ませた。2人ともおしめは問題なし。

 ユリアはちょこちょこ飲みで途中で力尽きたように寝る。

 レイスはたくさん飲んで、しばらく起きて、そのうちカクッと爆睡する。

 タイミングが合うとたまに2人一緒に「いただきます。欲しいです」と泣き出すことがある。

 今回もユリアは乳を吸いながら寝そう。かわゆい。


「旦那様、そこは今寝てるレイス用です」

「たまにはまあ」


 私は少し好きにさせてからロイの手をペチンッと叩いた。

 あれほど触られたかったのに今は少し嫌。子を優先する本能らしく、旦那様のために多少我慢が必要とは親しい先輩嫁達からの助言。

 産前産後に花街へ行かれたら恨み100倍。下手すると墓場までの恨みらしい。

 だから子守で旦那を家に縛りつけるようなしきたりがあるのかもしれない。長屋では特に父親は何しろなんて無かった。父は多分育児してない。記憶にない。遊んでくれただけ。

 それでも花街へ行く人は行くだろう。ロイはありがたいことに私に相変わらず恋狂いしてくれている。

 でも色狂いは辛いらしい。ロイはたまにボヤくし、せめて、とよく言う。


 想像したらイラッとした。ロイが遅く帰ってきて着物や本人に白粉や香の匂いがしたら離れに放り投げるかもしれない。

 私とレイスとユリアに触ること、食事と弁当を禁止し、お財布を取り上げてお腹が減った、すまなかった、もうしないと言うまで許さない。


 しきたりには意味がある。積み重ねられてきた生活や犠牲の上に出来上がったもの。

 だから暇でも私は過信して動き回ってはいけない。

 いくら母似で鉄人——産婆に言われた——だとしても。

 別に鉄人ではなく、これだけ休ませてもらえば回復すると思う。あと妹のロカで慣れているのもある。


「旦那様。こっちならええです」


 目を閉じて、ほんの少し唇を尖らせる。

 平日のロイは遅くても22時には自分の書斎へ行き、23時には就寝。

 束の間の触れ合い時間。


 キスをして、そんなに長くはちょっと嫌と思いながら我慢して、頭を撫でられて嬉しくて、耳元で小さく「らぶゆ」と囁かれてもっと嬉しくて、子どもごと抱きしめられたら幸せいっぱい。


 ロイはその後すやすや寝ているレイスを抱き上げて龍歌を口ずさんだ。義父もするが龍歌百取りを聞かせ続ける教育。気が早いと思う。

 私はまだ全部覚えられていないので一緒に耳を傾ける。

 レイスとユリアが大きくなって龍歌百取りが出来るようになる頃には覚えられるに違いない。そうすれば皆で楽しめる。


「リルさん。今夜も月が綺麗でした」

「はい。昨日より今日の方が北極星みたいになれる気がしています」


 私とロイは顔を見合わせて肩を揺らして笑った。

次のおまけは旅行編の予定です。

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