新米父、妻と息子と娘を愛でる
作中の子育ては作中設定です。
2週間前にかわゆいリルがかわゆい息子とかわゆい娘を命懸けで産んでくれた。
双子は危険性が増すから出産時は忌子と嫌われるけど、無事に産まれたら加護子ともてはやされる。
レイスとユリアの抱っこ待ち筆記帳には、既にこの町内会の人達の名前以外も増えている。
ただ、客は病を持ち込むと言われるので2ヶ月間は嫁も子どもも家から出さない。来客は玄関までで会わせない。たとえそれがリルの家族でも。
朝はこれまでとそんなに変わらない生活。月曜から土曜は朝起きて勉強に走り込みや素振り。
息子と娘の世話は基本的にリル。そのリルの世話は基本的に母とリルの妹ルルの仕事。
男はしっかり稼ぎに行け、ということである。
働けば働く程良いとはならない。むしろ早く帰らないとならない。というか帰りたい。必死である。今夜も少々帰宅が遅くなった。
こうなると——……。
「いやあ、今日も気持ち良さそうな顔をしてええ子達だった」
居間で父がカゴの中で眠るレイスとユリアをニコニコ眺めている。
義父が作った孫用のカゴは産後2日目から大活躍中。双子だったので急いでもう1つ作ってくれた。
「ただいま帰りました」
「おお帰ったか。今日も残業か。ロイは1度しか子を風呂に入れない困った父親だな。自分は毎日お前を風呂に入れていたぞ」
正座しろ、と言われる前に正座する。子どもの近くで今夜も説教。
(嘘だな。どうせ父上もおじい様に同じことを言われていたに違いない)と右から左に聞き流す。
リルとの旅行を餌にされ、まんまと同期最速出世したら次も先頭、と圧をかけられた。
「嫁が子を宿してくれた年に試験に落ちたら縁起が悪い」と両親に追撃されて必死に励んだ。
結果は少し給与が上がった代わりに新しい業務やら何やらで残業の日々。
その残業で上司や父から小言の日々。前回の出世同様、1年経つと本来の仕事量になるのはもう知っている。あと数ヶ月耐えるのみ。
父からのありがたい——皮肉——お言葉の後、しばらくしてから家族揃って夕食。
いただきますと家族全員が口にした時、レイスもユリアも同時に火がついたように泣き出した。
「珍しく2人一緒にいただきますですね」
「はい。仲良しで元気でええことです。旦那様お願いします」
「お姉さん、特製座布団持ってきます」
「ルルありがとう」
ふむ、と父が膳を持って席を立つ。父は書斎へ移動して食事継続。義父だから嫁の乳を見ないために配慮。
母はもくもくと食事を続ける。
リルはここで授乳。子は家の宝。なので子を産み、子育てしてくれる母親は何より優先される。
ルルの言う特製座布団は座布団を半分に折って、つるでぐるぐる巻きにしたもの。ルルが作った。
母とルルは「このようなみすぼらしい物を嫁や孫に使わせません」とか「使えればええですよ。紐なんて贅沢です。ああ、ええ物は確かに必要です。お客さんに見られても良くて長く使える物。これは確かにみすぼらしいけど早く作れました」と喧嘩というか和解した。
リルはその特製座布団を膝の上に置いて、その上にレイスとユリアを乗せて2人同時に乳を飲ませる。
そのリルの口に食事を運ぶのが俺の仕事。仕事は仕事でも楽しい仕事。
ルルは「いただきます」と再び食事を始め、母に「ルルさん指を離さない」と叱られた。
「思い出してみるとお姉さんは長屋で一緒に暮らしていた時から指を揃えていた気がします。そういうのを隣がワシを産むでしたっけ? いや、しめんそそ? 何でしたっけ」
「昨日も言いましたけど食事が終わってからにしなさい」
「はーい!」
「返事は短く。少し静かになさい」
「はい。癖って中々直りませんね」
あははとルルが笑う。母も微笑む。
リルはもぐもぐ、もぐもぐ俺が運ぶおかずや白飯を食べ続けている。合間に俺も食事。
リルの右手に支えられているユリアが先に力尽き、眠そうに白目を剥きはじめたのでリルから受け取る。
「ユリア、げっぷしましょう。そうしたら寝てええです」
小さくてかわゆい。至福。今日は土曜日。明日は日曜なので、先週と同じで確実に風呂に入れられる。
ユリアがげっぷをしたので抱き方を変えて寝かしつけ。
リルは右手が空いたので、右側の胸を隠して授乳しながら自分で食事を開始。
俺にはこれは真似出来ない。左手だけで抱えて利き手で食事。無理。かわゆい娘を落としそうで怖い。
なのにリルはいつもすまし顔。食事を口にしてニコッと笑い、レイスを確認してニコッと笑う。レイスは一生懸命乳を飲んでいる。
怖くないのは謎だけどかわゆい2人。
ユリアが寝たのでカゴへ運んで中に入れて布団をかける。この時に布団を持ち上げるために片手抱きするが怖い。どうしてリルは平気なのか。
本人は「慣れです。旦那様もすぐ出来ます」である。
食事が終わったリルはレイスを右胸に移動させた。レイスは男の子だからかユリアより多く乳を飲む。
この隙に俺は食事の続き。食事の終わったルルが「ことわざを教わる前に片付けられるものを片付けします」と本人とリルのお膳を下げた。
「旦那様、もう飲まなそうです」
「はい。レイス、おいで」
リルからレイスを受け取って「げっぷしましょう」と背中をとんとん軽く優しく叩く。
かなり大きいげっぷを2回したので抱き方を変えて寝かしつけ。
目を開いて俺を見ているようで、この小さなレイスのおめめにはまだ視力がないらしい。本当か? 調べる方法なんてないのになぜ分かる。
産まれたばかりの子を見るのは今回が初。知識は得ているけど戸惑うことや疑問は多い。
長屋では2ヶ月間人と会わせない、というしきたりはないし、下に3人も妹がいるリルはこのくらい小さい子どもに慣れている。とても頼もしい。
レイスは白目を剥くし、あくびもするけどなかなか眠らない。ぐずぐずしてる。かわゆい。至福。
「旦那様に抱っこし続けてもらいたいみたいですね」
「そうですかね。寝ても寝なくてもかわゆいです」
レイスはむっ、という顔をすると顔を真っ赤にして泣き出した。
その後またむっ、むむむ、むむっと顔をしかめて手足に力を入れたような様子。
さらにぷっぷ、ぷっ、という音。そしてまたむむむっ、むむっという渋い顔。
これと「ほわあ、すっきり」みたいな顔や臭いで「おしめを替える時間だ」と分かる。多分。おならだけの時もある。
「どれ。食べ終わりましたし私が抱いていましょう」
「母上、お願いします。おしめ替えの準備をします」
「お義母さん、旦那様、お願いします。私は先にお風呂をいただいてきます」
リルは夕食後に風呂。1番風呂は当分子どもと担当者——基本は父か俺。次は当分リル。そこからは家を仕切る母の采配。
産後の出血は命懸けの出産を乗り越えた証の尊血。大人にはご利益があるという。子どもはその尊血だらけで産まれてきたので不必要らしい。
このしきたりは子を産んだばかりの弱った女は大事にしなさいという意味だろう。そこに屁理屈をこねるのがしきたり。その方が多くの者が従うから。
帰宅後22時まで、土曜の夜から日曜の夕方までの子守はなるべく父親の仕事。
俺の1番古い浴衣で作ったおしめを義父母の寝室に置いてある育児箱から持ってくる。
リルに声を掛けられたのだろう。父が書斎から戻ってきた。お膳はもう空。
「おお。泣いてると思ったらおしめか。ロイ、少しは上達したか?」
集中したいので無視。どうせ父も同じ頃は同じくらいの手際だっただろう。
座布団の上に新聞紙、その上に寄せ着物姿のレイス。気を利かせてくれたルルが水の張った桶と手拭いを持ってきてくれた。
「お兄さん上手くなりましたね」
「慣れ……」
ぴゅーっとレイスのお小水が顔に直撃。
「顔にかけられる前に押さえる練習をしないといけませんね。あはははは!」
「懐かしい。ロイにやられたな。なあ母さん」
「そうですね。男の子はこれがあります」
笑い声の中レイスのお尻を拭く。それにしてもお尻つるつるぷりぷり。かわゆいから何でも許す。
「出すもの出したらすっきりなのか寝そうですね。腹が減ったと泣くときもありますけど。ロイ、そのまま風呂に入ってきなさい」
「はい。そうします」
母に顔を拭かれながらおしめ交換終了。レイスのおしめの乗った新聞紙を持って厠へ移動。次は風呂場。
さらしや巻き布は風呂後で変えたばかりなので、洗うのは黄色くなったおしめだけ。
「リルさん。レイスのおしめを替えたので洗うのも兼ねて風呂に入ります」
「はい」
この新しい習慣はええ。両親を追い出さずとも、照れ照れするリルを説得しなくても、タイミングが良いと一緒に風呂に入れる。
と言っても以前のように2人で湯船はまだ無理。リルはあと2週間湯船禁止。その方が早く元気になるという。月日の積み重ねや経験や犠牲が作り上げた知恵。ありがたや。
まずおしめをお湯を入れた専用の桶に入れて、一旦風呂場から庭へ続く扉を開けてひょいっと外へ。
洗い物をしていたらリルが風呂から出てしまうので後回し。
「リルさんお背中流します」
「いえ。もう洗い終わって出るところです」
リルは体を洗うのに使っていた手拭いを体の前に当てて隠している。
授乳の時はすまし顔なのに、この恥じらいの仕草に照れ顔はかわゆい。
「洗い残しを洗います」
「ありません」
「あると思います」
「ないです」
「それなら少しだけこうします」
椅子に座るリルを後ろから抱きしめる。全身好き勝手に触りたいけど最低でも後1ヶ月半は我慢。その時もリルが嫌がるならまた我慢。
花街へ行きたくなる。それでリル似を探す。しかしそれをさせないようなしきたり。
同じ時期に2人目が産まれた先輩も「産前産後は恨み100倍らしい。自分の母親にさえ家を放り出されることがあるくらい」と言うし、かわゆい嫁が命懸けで出産してくれたから色狂いに耐えるのが屈強な男というもの。
「リルさん。毎日お疲れ様です」
「退屈になってきました。何か家事をしてはいけないですか?」
母は「あなたは本当に健康というか頑丈な嫁をもらいましたね」と苦笑いしている。
ちんまりしていて、凛としたリスみたいで、上品だけどその根っこは溌剌元気な長屋の女性と同じ。
リルは10歳で妹ロカの育児の大半を任されていたそうで「育児が初めてでなくて良かったです」と双子なのに全く動じていない。
「産後の肥立ちが悪くて病気になったら困ります。レイスやユリアの着物の縫い物をしてるじゃないですか。そうだ。小説を読むとええです」
「それならルロン物語か紅葉草子にそろそろ挑戦してみます」
「辞書片手に読むとええです。リルさんは紅葉草子に号泣しそうですね」
「そうかもしれません。私はレイスもユリアも駆け落ちをしないように育てます!」
リルは俺の腕に手を添えて頬を寄せてくれた。今のところ彼女の教育目標はこの1つっぽい。
恋狂いは結婚してから旦那様やお嫁さんと。それは教育では難しいと思う。
ベイリーが許嫁と結婚出来るように励んだように、ヨハネがクリスタと文を交わしてついに結納したように、親が根回しや手助けをするけど俺みたいになることもある。
リルはすぐ出てしまった。残念すぎる。
風呂と洗濯を終わらせた後に寝室へ行くと、リルは子ども2人と川の字になって寝そべり「レイス、お嫁さんに沢山らぶゆを言うんですよ」とか「ユリア、お嫁にいく前にらぶゆを知ったらすぐ母に言うんですよ」と語りかけていた。
俺はユリアを嫁に出さん!
レイスは好きな仕事をして、ユリアが跡取り婿を取れば良い。
リルの布団に潜って後ろから抱きつく。それでふと気がつく。そうなるとかわゆい娘が同じ屋根の下で男に……。
「ロイさん、うんうんうなってどうしました?」
「先のことだからええです。今夜はここで眠れるから幸せです。皆らぶゆです」
「はい。今日も月が綺麗でしたね」
いつ眠れるか分からないし寝てしまおうと寝たけど、そんなに時間が経たないうちにユリアの泣き声で起きた。
リルはチラッと目を開けて俺が起きたことを確認して目を閉じた。リルはこのまま爆睡する。
ユリアとレイスの位置を入れ替えてリルの胸を出してユリアに吸わせる。
リルの大きい胸だと窒息することがあるらしいから俺はユリアが満足するまで寝てはいけない。先週の土曜日と同じで気合いを入れて起きる。
週に1度のことなので問題ない。我が子を守り、かわゆい嫁を安眠させて体を回復してもらうための大事な仕事。
普通は旦那が起きなくて喧嘩になる——俺両親——らしいけど今のところ順調そう。
俺はすこぶるええ父になるぞ!