ルーベル家に跡取りが生まれる
リルさんとロイさんのお子さんが生まれるお話が
読みたい、という感想をいただいて書きました。
子ども、出産などが苦手な方は無視して下さい。
練習のために書き方変えました。
このおまけは関連話4話の予定です。
この次は感想で読みたいと言っていただいた旅行編ですがかなり長いおまけになりそうです。
大陸中央煌国。各地の紅葉が真っ赤に染まった頃のこと。
王都上級公務員家系、卿家ルーベル家にまもなく子が生まれる。
町内会の鎮守社の社殿内で、天井から吊るした縄を掴んで痛みに耐えているのはルーベル家の嫁リル。その体を後ろから支えるのはルーベル家の若旦那ロイ。
一昨日金曜日の夕方から陣痛が始まり今はまもなく正午。
この長さにロイはもう気が気でない。
(宝物のリルが子どももろとも死んだら俺も死にたい)とすっかり憔悴している。
そして(だから子どもが出来ないように色々試して2年も授からずに済んでいたのに。養子をもらって安全に子育てが良かった)と10月10日思っていたことをまた考えている。
なお、2年授からなかったのは単なる偶然である。
出産は命懸け。それはこの国だけではなく大陸中の人々が知っていること。
その命懸けのはずのリルは(私がもたもただから子どもももたもただったな)とまだ産み終わっていないのに産後気分。
おまけに歯を食いしばって力んでいるのに(お腹が減ってきたから握り飯を頼んでも良いかな)である。
リルは貧乏育ちで我慢にも痛みにも強いが空腹は苦手。
貧乏育ちなので格上の家へ嫁いでから毎日お腹いっぱい食べていたため、空腹に耐える力が低下している。
悪阻が人より長く、妊娠後期にも再び悪阻に襲われても良く食べた。
もう間もなくということで産婆が呼ばれている。ルーベル家大黒柱妻テルルが「幸運の左手」をリルの腕に添え、背後には自分の旦那。
そして流産も死産も経験せずに6人の子を産んだ母もいるから安心している。
外には産婆が来たということで、そろそろだろうと集まったリルと親しいご近所の嫁達が白装束で鈴祓い中。
このシャンシャン、シャンシャンという鈴の音にも安心しているし、風があまりにも強く社の窓をガタガタ揺らすから「西の国から風の神様まで助けに来てくれた」とも思っている。
リルは基本的に前向き。彼女は母から「悪いことを考えるとそうなるぞ」と言われて育った。
出産に立ち会える男は旦那のみ。いざという時に鬼や妖を切るために鎮守社に飾られている剣を帯刀するのが習わし。
ルーベル家の大黒柱ガイは鈴祓いをしてくれる嫁達の後ろを、験担ぎの黒五つ紋付き羽織袴姿で行ったりきたり。
そろそろらしいと聞いたご近所の多くの者も鎮守社周りに集合している。
町内会の前回の出産は3ヶ月前。悲しいことにかなりの早産で母親は何とか助かったが、赤子は外の世界に現れた時にはもう亡くなっていた。
それでガイ、テルル、ロイの3人は全員怯えて心配症になったものだから、リルは不安でも毎日「大丈夫です。今日も健やかに育っています」と言い続けた。
結果リルは自己暗示で「元気いっぱいの子が生まれる」と思い込み、今の様子に至る。
「にーっ! にっ! にいっ!」
「リルさん! どうしました⁈ おにいさんですか⁈」
ロイはリルの両肩に置いている手にますます力を入れた。
出産は鬼や妖に気が付かれないように鎮守社で行い、声を出さずに耐えるもの。というのがこの地域のしきたり。
ずっと黙っていたリルが声を出したものだから、ロイはさらに真っ青な顔になった。
「握りっ! んーっ! 握り飯っ! っ! お腹減りました!」
リルの叫びに社内社外の者達は全員一瞬放心。ただ1人を除いて。
「ほらリル食べなさい! 同じかと思って握ってきた!」と叫んで白米の握り飯をリルの口元へ差し出したのは母親のエルである。
これで周りはさらに放心。
「家族全員でお金を貯めて奮発して白米を買っといたよ! 頭が見えているからあと少しだ! あんたは私似だから何も問題ない! 早産死産以外で私の前で死んだ女はいない! 奇形以外で死んだ赤子もいない! 足から出てきた子さえどうにか取り上げたことがある! この子は頭から出てきているから安産だ! あと一踏ん張りだから気張りなリル!」
エルの早くて大きな声に、リルはこくこく頷きながら、差し出された丸くて大きな握り飯を口にして力み、もぐもぐして力み、また握り飯を食べて力み、噛んでは力んだ。
もう産まれると母に言われた瞬間、リルは片手を縄から離して握り飯を掴んで、んーっと力んで無事出産。
「産婆ってお産の達人と聞いていたけどもたもたしてるね! 私はうんと長屋の子を取り上げてきてるよ! 貸しな!」と特に遅くない産婆を押しのけたエルの手で取り上げられたのは男の子。
彼はとても元気な産声を上げた。少し体は小さいけれど元気いっぱい。
社内、社外から拍手されて「おめでとう」の声やガイの「無事に孫が生まれた! 万歳!」の大声。
縄から右手を離したリルはロイに体を預けた。
息子は産婆からテルルの元へ移動。
テルルは手が少々悪いので代わりにエルが産湯で洗い、テルルが息子をおくるみに包んで抱いた。
リルはもぐもぐ米を噛みながら(かわゆい。元気。皆に祝われて幸せな子だ)と汗だく姿でにっこり。
妻も子どもも無事だったことと、元気な息子の誕生でロイは大号泣。
かつてロイが包まれたおくるみにくるまれた息子をリルが腕に抱くと、ロイは2人をきつく抱きしめた。
「ぐずっ。ひっく。リルさんも子も無事で良かったです」
「はい」
リルは思った。
(安産なのに泣くほど心配しなくても。ロイさんの大泣きを初めて見た。握り飯を最後まで食べたい。少し離れてくれないと食べられない)と。
それから彼女は「ん?」と首を捻った。
「お母さん、お義母さん、産んだのにお腹を蹴られています」
少々ぐったりしながらも、リルはもぐもぐ握り飯を食べながらそう告げた。
「あとお腹がそこそこ痛いです」
「また子がいるのか。そういうこともある。そうかそうか。1度に2人なんてめでたいねえ。腹は大きくなったのに小さい子が産まれたと思ったらまだいるのか。ええね、ええね」
「はい。お母さん、ことわざで一石二鳥と言います」
「そうかそうか。よお分からんけど、こういう1回で2回ええことがあるみたいなめでたい意味だね。覚えておくよ」
「せきは石です。ちょうは鳥です」
「そうかあ。1つの石を投げつけたら2羽も手に入れたいうことか。短い言葉で分かりやすい。すこぶるええ家族で喋るようになって頭も賢くなって息子を産んで、もう1人これから産めるし、本当にええ結婚をしたねリル」
「はい」
エルはよしよしと娘の頭を撫でた。
産婆が聴診器をリルの腹に当てる。産婆は(双子なんて次は死ぬかもしれん。産まれる前の忌子を嫌がらんとは変な母娘)と心の中で呟く。
「確かにまだ腹に子がいます」
泣いていたロイは産婆の台詞に絶望した。止まりかけていた涙が再び溢れる。
(もう1人ってリルがまた死にかける……。次こそ死ぬか。リルとのかわゆい子と一緒なら生きていけそうだけど、リルがこの世にいないとか嫌だ。次の子が死ぬのも嫌だ)と顔面蒼白。
リルの義母テルルは(忌子なんて言うけど無事に産まれたら加護子。このリルさんなら無事に産みそうな気がしてきた。嫁が気合いを入れているのにロイは父さんと同じで軟弱男みたいに泣いて。後で説教せねば)と息子を軽く睨んだ。
「今朝くらいの痛さです」
「今朝の痛さとはすぐ生まれないでしょう」
「はい産婆さん。休んでまた励みます」
この間に泣き続けていたリルとロイの息子は眠り始めた。リルがすかさずロイに「はい。お願いします」とロイへ我が子を預ける。
「あの、いや、まだ出産中で。でもこの子を父上に抱いてもらって鈴祓いしてもらわないといけないですね」
「はい」
ロイは青い顔のまま社から出て行った。少しして「我が家の新しい家族が無事に産まれました! 皆さんどうぞよろしくお願いします!」というガイの喜びの声や地域住人の歓声や祝福の雨。
「すぐ生まれなさそうだから一走りして父ちゃん達に男の子が産まれたって言ってくる。あと色々洗わないと。ルカを呼ぶわ。米はもうないから我慢しな!」とエルは洗濯物を持って、誰の返事も待たずに勢いよく社から飛び出した。
「あー……外の皆さんへお礼をしてきます。リルさん、そんなにお腹が減っていて食べられるのなら次の出産に備えてロイに家からおかずを持ってこさせます」
「はい。ありがとうございます。おかずより昆布の握り飯が食べたいです」
テルルは思った。茶碗2杯分くらいの大きな握り飯を食べてまだ食べるのかと。こんなに食べるところを見たことがない。
嫁が自分自身に対する頼み事をするのはとても珍しいので、余程食べたいのだろうと苦笑い。
「……栗の甘露煮も食べますか?」
瞬間、リルは満面の笑みで瞳をキラキラ輝かせて「はい!」と元気な返事をした。
そうして義母テルルはさらに苦笑いして退出。産婆とリルのみになる。
「産婆さん。痛いけど励んだし食べたから眠いです」
ふああああとリルはあくび。
仰向けになって、んー痛いかな、痛いな、でも我慢出来るな、眠いなと思いながらゴロゴロ揺れた。
「産婆になって20年。握り飯を食べたり、こんな肝の据わった娘は初めてです。あとあの手慣れた母親がいるなら私はいらんようですけ……」と産婆が呟いた時にはリルは爆睡。
産婆は(大人しい品の良い嫁さんだと思っていたけど、確かにあの母親の子だ)とクスクス笑った。
それから約2時間後。
エルが「私がいるのであのもたもたした産婆は要りません!」と言うので産婆は呼ばれず。
代わりに「2人目を産むから乳を貸してくれ」とエルに連れてこられたリルの姉ルカが参加。
産婆が呼ばれないからご近所さんの誰もまもなく産まれると知ることがない。
エルとルカが喋り続けるものだから、テルルは「夫を呼び、鈴祓いを頼みに行って欲しいです」と言えず。
そして「跡取り息子を産んだ大黒柱妻はお産時に次の大黒柱妻から離れるべからず」というしきたりに従っているので社から出ず。
こうして、もうすぐ出産だと社外の誰にも知られないままとなり、鈴祓いをする嫁達は不在。
間も無く産まれると知らない義父のガイは「いつ産まれるんだ」と自宅であぐらを掻いて膝を揺らし続けた。
その隣に「嫁を励まして安心させられん旦那は邪魔なだけ!」と母親に怒られ、社から追い出されたロイも並んで同じ表情と動作。
もう間も無く2人目が産まれるという時にリルの息子が大泣きした。
「おお、ええ子でずっと寝ていたのに起きたねえ。さすがに腹が減ったのね。リル、あんたどうする? 初乳は母がええと言うけど飲ませる? 私と同じで握り飯を食いながら産んだなら乳もあげられんじゃない? 一応来たけどあんたあげてみなよ」
「そうだリル。一応呼んだけど元気に育つようにどんな状態でも初乳は母親があげる。死にかけでもだ。気張って飲ませな!」
「はい」
こうしてリルはルカが支える息子に初授乳。
(痛いっ! かわゆい! 痛いっ! ちゃんと飲んでる! 偉い子! いたああああ!)
テルルは(初乳は験担ぎでまだ乳が出る1番年長の嫁だったんだけど、息子が側にいたら頑張れるかと思ってルカさんでもええかと思ったらこういうこと……)と目の前の光景を少々茫然と眺めた。
こうしてリルは2回目の出産では握り飯を食べなかったが、代わりに息子に初めて乳を吸わせながら出産。
弱い産声をあげた女の子は、祖母エルに「大泣きして元気に育ちな!」とペシペシ背中を叩かれてぎゃん泣き。
このようにしてルーベル家には跡取り息子に娘まで誕生。この後無事に産まれた娘は家族、ご近所中に誕生を祝われる。
なおこの町内会の次の出産には産婆の代わりにエルが呼ばれた。