40話
身震いしていたら、異国の兵達が半円になって並んだ。彼等の中心、私達の目の前には白い服の男性と青い服の女性が並んだ。
女性は編み込みや三つ編みで作られた複雑な髪型で、青い薔薇がいくつも並ぶ輪になった髪飾りを頭に飾っている。
耳飾りも首飾りも全て青い宝石。
こんなに煌びやかに飾っているなら、きっとこの方は異国のお姫様。それなら隣は皇子様?
そういえばなぜ歩いているんだろう。フィズ様のお妃様以外で姿を見られた女性は今のところ彼女だけ。
お姫様は凛々しい顔立ちでフィズ様のお妃様とはまた違った美しさ。それで若い。私とそんなに変わらなそう。
彼女は少し腰をかがめて心配そうに義母を見つめてくれている。
つまり……許された?
「そちらの方、大丈夫です?」
お姫様のゆったりとした声は見た目と同じく美しかった。うっとりしてしまいそう。
「そこの。その女性達を抱えているのは息子だな。アルタイル王国レティア王女陛下が問われた。答えよ。そのままで良い。面を上げていろ」
異国の兵の1人が剣を地面に刺した。他の兵達も次々と同じ動作。怖い。喉がヒュッとなった。
お姫様は全然怖くないけど、その周りは恐ろしい。
「は、は、はい。母は少々手足が悪く、時折このように痛むのです。大変申し訳ございませんでした」
ロイは震え声。お姫様は首を横に振った。
「まだ痛みますか? あー……声を掛けない方が良かったですね。驚かせてこのように怯えさせてすみません。突然倒れられたので心配になりまして」
公園で松茸発見より衝撃的なことに、お姫様は私達の前で腰を下ろし、さらには軽く会釈した。
お姫様にすみませんと頭を下げられた……。
「本当にすっかり怯えて可哀想に。君がせっかくだから歩きたい、街並みを見たいなんて言うからこうなる。もしも次があれば駕籠へ乗るんだな」
美形の皇子様は呆れ顔。2人はお揃いの指輪を薬指にはめている。ワシ柄の白銀の大振りの指輪。この2人は夫婦だ。
お姫様、歩きたかったんだ。異国の街並みを見たかったんだ。
微笑んだお姫様はとてもかわゆい。フィズ様のお妃様といい同じ人間?
かわゆいのに右腕に厳つい鉛銀の青い目をした蛇の腕輪をしている。
「いいえユース様。このようなタイミングで痛むとは、この方の痛みが良くなりますように祈りなさいと言うことです」
「まあ皇帝陛下やフィズ様から、民にご利益があるようにこの青薔薇冠を見せて欲しいと頼まれたからな。君のわがままだけで歩ける訳ではない」
「まあそうでしたか。ありがとうございます」
何のお礼だろう。
お姫様は青薔薇の髪飾りを外して義母の前へ差し出した。
「触れると幸福が訪れる国の宝です。これも何かの縁でしょう。どうぞ触れて下さい。あなたに幸あらんことを」
「我が国を守るのは風と鷲の神です。あなたに風と鷲の神の加護がありますように」
お姫様の隣に皇子様が膝をついた。それで義母の左手を取って手袋に唇を近づけた後に、お姫様が持つ髪飾りの青薔薇を触らせた。
義母は真っ赤になって目を丸くして固まっている。
「せっかくなのでご家族もどう……」
「やめなさいレティア。次は隣か? その次はまたその隣とキリがない。それともいっそ道を戻るのか?」
「それも良いですね。寒いのにこのように手を振っていただいたり、頭を下げていただいたり、歓迎されています」
「日が暮れるではすまない。やはりフィズ様達のように馬に乗ろう。そういうことを言うなら歩きたいというわがままは終わり。誰か……気が利くな」
黒い馬が来て皇子様とお姫様は馬に乗って、兵士達と共に去っていった。
その後私達は放心状態。やがて龍国兵達が「立ち入り禁止区域以外は自由である!」と告げ、時間が経ち露店客達が戻ってきた。
この間私達、私達の周りの人々は放心状態。
「幸運の左手に触れさせて下さい」とマクシミリア家の全員が義母と握手。
それを見ていた近くの人達も声を掛けてきて、気がついたら私達は義母と握手をしたい人達に取り囲まれた。
すると龍国兵達が来て「騒ぎが大きくなるから帰宅せよ!」と私達とマクシミリア一家を取り囲み、帰り支度をさせて立ち乗り馬車まで連行。
行列だったのに割り込みで「早く帰れ」と次の立ち乗り馬車は私達9人で貸切。
馬車を待つ間、義母は龍国兵達に握手を求められて全員と握手をした。
別の立ち乗り馬車に乗るはずだったマクシミリア家も乗せられたので、全員でルーベル家へ帰宅。
義母は歩けるし軽いものを持てるけど、目を開けたまま気絶したようなぼんやりした状態。
帰宅して居間で全員脱力。
礼儀とか作法とか、お客様がいるからとか、お邪魔しているからとか無関係。
義母とベイリー母は机に突っ伏し、義父とベイリー父は足を投げ出して後ろに手をついて天井を見上げ、ロイとベイリーとドイルは片足を立てたあぐら。私も端っこで横座り。
「か、母さんに奇跡のお姫様が声を掛けた……」
義父は大きく深呼吸をして正座した。
「よし。全員もう一度母さんの左手と握手しておきましょう。息子と娘はまだ一度も触れてませんので先に失礼します。ロイ、リルさんどうぞ」
義母がゆっくり体を起こして左手を机の上に伸ばした。まだ脱力中という様子。
ロイ、私の順で義母と握手。続けてベイリー家両親、ベイリー、ドイル、最後に義父。
「これで手を拭いても良いだろう。リルさん、手拭きを頼む」
「はい」
「親戚一同、ご近所さん達に握手して回りたかったですけど、禁止されましたからね」
「ええ」
騒ぎになるから口外無用、ましてや商売にすれば皇帝陛下や皇族の方々から直接罰せられるかもしれないとまで言われた。
絶対に秘密。アサリよりも固く唇を結ばないとならない。
この後私達は夕方まで宴会。フィズ様やお妃様、お姫様や皇子様達の話をしながらお酒を飲み、トランプもして、最後にご挨拶をして解散。
荷物の多いマクシミリア家を途中までロイが送った。
そうして色々片付けて、順番にお風呂に入り、家族でお茶を飲み、全員で「今年もお世話になりました」と挨拶をしてロイと寝室へ。
2階へ上がりきってから手を繋ぎ、今夜は立ったまま寝室に入った。
「今年最後の日なのに大事件でしたね。まさか祝言より大きな事が起こるとは思いませんでした」
「ロイさん、親孝行をした甲斐がありましたね。今日のお義母さんはこの国で1番運が良かったのではないでしょうか」
「そうですね。最初は肝が冷えました。あのお姫様は大変お優しいですね。高貴な方々の中には自分達のような者達を同じ人と思わないような方もいますのに」
自然とロイの布団の上に、最近の私達定番の座り方になる。
「そうなのですか?」
「仕事上あれこれ知ります。だからこそ今日は驚きました。まさかお姫様が自分達に向かって怯えさせてすみませんなんて」
「皇子様が止めましたけど、道を戻って同じことをしましょうと言いました。お綺麗なのにお優しいとは天女様の化身でしょうか」
「そうかもしれません。あのような声を聞いたことがありません」
うんうん、と私は頷いた。それから「異国も結婚指輪の文化がありますね」とか「とてもかわゆいお姫様なのになぜ厳つい蛇の腕輪なのか」とか「風と鷲の神様に義母への感謝をしないとならないけどどうやって祭るんだ?」という会話をした。
風が吹いたらありがとうございます。ワシを見たらありがとうございます。そう言うことにした。
「フィズ様もお妃様も笑顔で手を振って下さいました。目が合って倒れるかと思いました」
「ええ。自分もです。それに自然と頭を下げていました」
「ああ! ロイさん。サンダルです! それにワンピースです!」
私は立ち上がり、部屋を出て衣装部屋から今日買ったワンピースとサンダルを持ってきた。自分の布団の上に並べる。
「お妃様が考えた模様と言っていました」
「ええ。このワンピースを買うて良かったですね。あのような方が考えたとは確かにご利益がありそうです」
「サンダルもそうです。あのお優しい青薔薇のお姫様のご利益があります」
「そうですね。リルさん、ご利益のためにも着てみたらどうです? 敷物の上で履かせてくれたので、そのサンダルはまだ1度も土に触れていませんし」
「はい。実は着てみたくてソワソワしていました。それにロメルとジュリーを引き裂いた悪い風が退散して、西の風の神様がきっと守ってくれます!」
もう1度衣装部屋へ行きお着替え。ワンピースは上からスポッと着れた。
やはり肌着ははみ出る。脱ぐしかない。
着直して気が付いたけど、胸のところに裏地が縫い付けてあって生地が厚くなっていたのでそのまま着れる。
腰の紐は飾りで蝶結びで良いと教わったのでそうした。
裾はやはり膝より少し下。夏に着てた裾を切った浴衣と同じくらいか少し短い長さ。はみ出るので湯文字を半分にする。やはり夏用。寒い。
姿見で確認して「顔は変わらないけど異国の服だと少し知らない人みたい」と思う。
袖も裾も長くて首回りが詰まっていたら、レストランミーティアの店員と同じ。それなら外を歩ける。そのうち買ってもらえるなら買って着たい。
サンダルを履いて浴衣を畳んで寝室に戻ろうとしたら、急に緊張してきた。
ゆっくり呼吸をして、腰を落として部屋に入り、ロイを見ないように襖を閉める。
「その、どうですか?」
意を決して立ち上がり、ロイの前に立つ。
「とてもええです。でもやはり夏用ですね」
ロイが立ち上がり、私を上から下まで眺めた。
「ええですね。少し知らん人みたいに見えますけどリルさんはリルさんです」
「はい」
「青い花に青薔薇で色合いがええです。でもこんなに肌が出ていたり、わりと体の形が分かる格好で外には出れんですね」
「ええ。かわゆいし涼しいですがこの格好で外出はハレンチです」
長屋の母達くらいの女達なら平気で着そう。
「サンダルはこのような色や柄の夏物に合わせるとハイカラでしょう。色々な方がサンダルを買ったでしょうから悪目立ちしないかと」
「はい。夏が楽しみ……」
近寄ってきたロイに抱きすくめられた。
「冷えますし、汚さないように早く脱いだ方がええです」
「それは……」
この状況では脱ぎに行けない。つまり、脱がされるってこと。
ロイの目が真夏の太陽みたいにギラギラしてるからそうだ。
「でも汚さんように楽しむのも良さそうです」
「あの、ロイさん?」
裾をめくられる。
「リスはすぐ逃げるからなあ。ああ、ええものを見つけました。すごくええです」
先程結んだばかりのリボンをシュルシュル解かれる。
「後で使うとして……リルさんこの格好を他の男に見せてはいけませんよ。こことか体型が分かるし、肌が見えすぎだし、守りも全くないですから。それにしてもええ」
こことか、と言いながらあちこちをゆっくり触られる。ワンピースを買った時と同じほくほく顔。
ロイはこのワンピースを買った時からこういう事を考えてたのだろう。
なんか……罠にはめられた気分。
「あ、後で使うとは何です……」
か、と言う前にキス。
こうなると、もう全部好きにされたいと思ってしまう。
夢中になっていたり、逃げたり捕まったりしていたら今夜のカン! っという鐘の音。
年明けのお知らせ。
でも私の今年はもっと前。ロイが詠んだ龍歌を思い出してそう思った。
『リルさんを自分のお嫁に下さい。ご検討よろしくお願いします』
あの日が私の新年。
私はこの国の多くの女性とは少し違うけど、同じようにお見合い結婚しました。
新しい人生は今のところ幸先良し。
人生は山あり谷ありというので、今両手を握りしめてくれている人と、見つめ合っている人と荒波を越えていけますように。
このお話にお付き合いいただきありがとうございました。
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誤字脱字を修正してくださる方、いつもありがとうございます。
すぐ調子に乗るので他作品同様におまけ希望がもしあれば書いて投稿します。




