39話
ベイリーの弟のドイルが起きて、ロイと私に「先にお出掛けどうぞ」と言ってくれたので2人で露店巡り。
手を繋いでプラプラ散策しながらお買い物。人混みなので、老若男女、手を繋いでる人が多い。
昨夜何を買うかキスの合間に話し合っていたので順番にお店を探した。
まず異国のカゴ。可愛くて大きくて安かったもの。そこに入るものは入れていく予定。
次は小さなテディベアを1つ。子どもが生まれたら贈る。かわゆい見た目だけど熊だから男の子でも女の子でも良い。
次に2人でお揃いのお茶碗。異国の焼き物でお茶碗代わりになりそうなものを選んだ。
ロイは年末年始のお祭りで元々夫婦茶碗を2人で選んで買いたかったそう。
次はロイに靴。足首まで隠れる革靴で少し高かったけど——私からすると高いけどロイは励んだので買うべき——履いて少し試して今の時期に温かくて良いということで。
確かに人気みたいでどんどん売れていた。
西の方のたび、靴の下に履く靴下も3足買った。これはよく観察したら作れそう。問題は生地だ。
テディベアのふわふわ生地もだけど、このよく伸びる生地はどこに売っているのだろう。
「最後はリルさんに……」
ロイは足を止めた。かなり人だかりだから私も気になった。
「洋服が安く売っているみたいですね」
「洋服です? ああ、レストランミーティアの店員さんと似た形の服ですね」
「いらっしゃいお客様。流星国製のワンピースです! この国の皇子様、フィズ様のお妃様、我ら大蛇連合国の蛇神様が愛するコーディアル様が考案された花模様のワンピースです! ご利益がありますよ! ゆったり着る物で、腰はリボンで結ぶので試着しなくても問題ありません!」
義父くらいの男性店員の呼び込みに人が集まっていく。
他の女性店員2名がお会計していて、後ろにも数人ずつ会計待ちのお客さん。
ロイも吸い込まれていった。
「高くないのですね」
「高級品と違って難しい染め方や難しい作りのワンピースではありませんので。しかしこの国では滅多に見られませんよ! そちらの大変可愛らしくもお綺麗で上品なお連れ様の浴衣代わりにどうですか?」
愛らしくもお綺麗で上品なお連れ様。私の顔は火を吹いたように熱くなった。
昼間っからこんなことを、特に愛なんて初対面の女性に言うのはハレンチ中のハレンチ中のハレンチ!
ロイが思いっきり顔をしかめた。
「すみません。この国ではこういう商売文句は良くないんでした。国が違えばです。ついつい。凛々とされたお客様にとてもお似合いなお連れ様と言いたくて。ぜひ合わせるだけでも」
店員は不機嫌なロイにワンピースを1着差し出した。白地のその服の裾には青い細かな花柄模様が並んでいる。
とても気になる。高くないなら欲しい。あられもなくて、とても外を歩けるような服ではないけど、夏の暑い日の夜にピッタリでかわゆい。
夏なんて暑くて気をつけても浴衣はだけまくりだ。
「……。確かに浴衣代わりにええですね。特に夏の暑い日には。袖が短くて首回りが丸いです」
ロイはワンピースを受け取り、私の体に当てた。ロイの表情が柔らかくなった。店員は安堵した様子。
「他の色や模様もどうぞ。お客様! いらっしゃいませ」
店員は私達の後から来た客に声を掛けた。
「値段も安いし買いましょうか。他の色……夏ならこの白に青が涼しげで良さそうですけど、リルさん気になるものはあります?」
ロイはワンピースを衣服掛けに掛けて、他のワンピースを確認し始めた。隣に並んで見ていく。
「旦那様。このワンピースは青星花みたいです。これが……」
1銀貨。他のより高い。首回りの空き具合が広い。あと裾が少し短い。膝下くらいまでしかない。
子ども用かもしれないと思ったけど、店員に聞いたら違った。
「ええですね! すごぶる似合います。お似合いです。これです。これにしましょう」
ロイのこの強い押しは初めて。珍しいほくほく笑顔で購入。
「最後はサンダルですね。リルさんに似合う上に青星花みたいな柄で、フィズ様のお妃様のご利益もあるなんてええものを見つけました」
「はい。大事に大事に着ます」
最後はサンダル。鼻緒が広めで花柄模様の下駄みたいなかわゆいサンダル。
店員に「まもなく来煌されるお姫様はこの世には存在しない青い薔薇を咲かせる奇跡のお方。美しき姫君にあやかってどうです?」と勧められて青い薔薇柄のサンダルにした。
「おお、リルさん。あれが飛行船です。そろそろ戻らないといけませんね。欲しいものを全て買えたし、あちこち見て回れて良かったです」
太陽は雲に隠れていないのに日陰になった。見上げると鉛色の大きな大きな大きな豆みたいなものが浮いて動いている。
大きな竹とんぼみたいなものが沢山ついている。お父さんの竹とんぼ懐かしい。ロイが「失われた技術」と教えてくれた。
誰も1から作れない。古い古い時代の貴重品で直しながら使う、戦争にも使う怖いもの。
しかしこうやって仲の良い異国と交流にも使える。
包丁と同じ。包丁は人を刺せるけど生きるために必要な料理を作るものだ。
飛行船は10日では着かない国まで、うんと遠いところまで、あっという間に行けるという。
大きな国しか持っていない。皇帝様は持っている。煌国は大陸中央でもかなり大きな国らしい。
「見たことありました。多分です。もっと高くにあって、小さかったから変な大きな鳥? 思うていました」
「空を飛ぶものがあるなんて世界は広いですね」
「はい」
そうして席取り場所まで戻ると、ベイリーとドイルは不在で両親達が酒盛りしていた。
ロイが「汁物などは父上達がきっと買うてます」と言っていたけどその通りだった。
ルーベル家は持ってきたどんぶり2つにお蕎麦とミネスタローネというスープ。
それにしても義父母が買ったものは山盛り。
「いやあ、珍しいものばかりでついつい。明日から親戚に挨拶回りでもう来れなそうだしな」
「お父さんがこのくらいならええ、このくらいならええと言うからついつい焼き物を沢山買うてしまいました。セイラとお茶会で使いたくて」
義父と義母はほくほく顔。マクシミリア家の両親もほくほく顔。
ロイは「重そう……」と私にだけ聞こえるような声で少しボヤいた。
「ロイにはマフラー言う西の国の温い手拭いを買うた。生地がふわふわしている織物だ。風邪を引かんようにもう巻いておけ。リルさんは似たようなものをもう巻いているからな」
「ありがとうございます」
義父の手でロイの首、手拭いの上からさらに巻かれたのは薄い灰色の織物。2人で触る。確かにふわふわ。不思議な織物。
その後義父は同じもの、少し濃い灰色のマフラーを自分も巻いた。ロイと同じものを買ったようだ。
「リルさんには編み物の手袋。母さんも買った。羊いう生き物は毛皮を剥いでも全く無事らしく、その毛皮を太い糸にして色を染めて組紐みたいに編むとこうなるそうだ。棒で編むらしい」
羊は人形屋——動形屋?——で見た。白いモコモコに4本の手足が生えていて、毛のない頭に巻き貝みたいなものがついていた。かわゆい動物。テディベアではなくて、そっちを買うか迷ったやつ。
私に渡されたのは濃い灰色の手袋。教科書で見た絵、きつねが買いに行ったミノの大きな手袋とは違って5本指がそれぞれ包まれる。
指の先は空いている。さらにそこに覆いが被さる。
「指先仕事していても手の甲は温かいからこれはええ。汚れが目立たん色にした。安かったから同じものを母さんにもリルさんにも2つずつ買った。家事用と出掛ける用だ」
「ありがとうございます」
お出掛け用の手袋は白だった。模様もある。うんとかわゆいけど、どういう作り? サッパリ。
そのうちベイリーとドイルも戻ってきた。ベイリーは肉の串刺しという鶏肉を焼いたものを両家分買ってきてくれた。
この国では肉はあまり食べないから高いけど、西では多く食べるからか安かったらしい。
皆で酒盛りしながら握り飯とたくあん、4人でお蕎麦とミネスタローネ——野菜ごろごろの赤い味噌汁みたいなもの——を分け合った。
9人で広々ではないし、周りも人が多くてぽかぽか天気なので寒いどころか少し暑い。着込んできたのもある。
「間も無くフィズ様とお妃様、ご来賓の方々、従者の方々が通られる! 不届き者は即座に斬り捨てるか捕らえて区中引き回しの上1親等も死罪である! 席取り場所から動かないように! 頭を下げずに手を振ることは許される! 赤子以外は許可されない限り声を出すべからず!」
それは怖い。絶対に動かず黙ってないと。
龍国兵士達が増えた。見張りだけではなく声掛けの人達が増加。露店は一旦終了で席取りをしていない者達が追い出されていく。
義父母達は私達の前。義母はロイが運んできた小さな椅子に座り、私達はその後ろ。
マクシミリア家も同じでベイリーとドイルは後ろ。
「本当にまあ、良く席取りしてくれました」
「母上。日頃の感謝の気持ちです。勿論父上も」
「前回は失敗したからな。嘘情報が多くて惑わされた」
「はい。ヨハネさんによくよくお礼を伝えて、お礼の品もお渡しします」
「それは仲人の件でええでしょう。しばらく続きそうです」
ヨハネとクリスタは気が合いそうなので年明けにまた会う。私も含めて3人。長屋育ちと違って、勝手に2人きりは良くないから。
やがてどんどん静かになり、音楽が聴こえ始めた。聴いたことのない音で大きい。
刺繍沢山の赤い服に細い細い不思議な袴の男達が黄金色に輝く様々な形のもの——きっと異国の楽器——音楽を奏でながら歩いていく。
歩き方はキビキビしていて、背筋もピシッとしている。大きくて迫力のある音に曲。ワクワクが止まらない。後でロイに色々聞こう。
そうして、黒い馬が沢山にその真ん中に白い馬が現れた。
ロメルと同じ格好!
赤い色々な飾りをつけた白い馬にまたがる、この国の偉い方々が着る束帯という格好の男性は見たことも無いほど格好良い。
その前に横座りしている女性も眩いほど美しい。
雪のように肌が白くて滑らか。髪は蜂蜜色。空と同じ色の瞳をしている人を初めて見た。
ワンピースの袖を長くして、裾を長く広くして、うんと豪華にした海色の服を着ている。
頭の上には光り輝く透明な宝石が沢山ついた白銀の髪飾り。
耳にも煌めく青い宝石がついていて、首飾りも青、緑、透明な宝石の数々で出来ている。
私の想像の皇女様を遥かに超えた贅沢の極み。その美しい装飾よりもお妃様は美しい。
ロイに「おそらくフィズ様は白馬に乗って現れる。お妃様はどう現れるか分からない。駕籠の中で見られないかもしれない」と聞いていた。
これがフィズ様とお妃様。放心というか気を失うかと思った。確かにこれは見ただけで幸福が訪れそう。
しかもフィズ様もお妃様もにこにこ笑いながら手を振ってくれている。向こう側にもこちら側にも。
目が合った気がして思わず平伏す。頭を上げたら周りもロイも義父母も似たような感じだった。
フィズ様とお妃様の後に黒い馬が何頭か続き、その後は駕籠がいくつか通り過ぎた。
少し間が空いて異国の兵らしき人達が行進。龍国兵が持つ剣とは少し違う細い剣を胸の前で構えている。
服の1つ1つの名称はサッパリ分からず。靴はもう分かる。
銀貨色の剣や胸当てや脛当ては太陽に照らされて光り、青い変わった形の羽織が風に揺れる。
その中央に異国の楽器を吹いていた人達をもっと豪華にした純白の服を着た背の高い整った顔立ちの男性と、真っ青なキラキラ光るフィズ様のお妃様のような服を着た——……。
「っ痛……」
突然義母が足を押さえて倒れた。後ろなら私がいたのに、こちら側になら良かったのに前へ倒れてしまった。
「母上、大丈夫ですか?」
「母さん大丈夫か?」
「お義母さん」
義父が慌てて義母を抱き起こし、私は急いで義母を通りから遠ざけるように抱き抱えた。その私達をロイが抱き寄せる。
どう見ても狼藉ではないから、これくらい許される?
許されなさそう……。
近くに龍谷兵が集まって、異国の兵まで集まってきた。
義母の雷、蜂の大群や熊より怖い。




