38話
大晦日の朝。ルーベル家とベイリーの家、マクシミリア家大集合。
ベイリーの弟はドイル。15歳で来年元服。昨夜ベイリーと交代してから朝までずっと席を守ってくれたので、全員で労い、その時が来るまで仮眠。
ロイとベイリーは中等校からの仲だった。義父母とベイリーの両親も親しいようで、4人で露店を観に行った。
ロイとベイリーは酒盛り開始。ロイが3本も家から酒瓶を運んできて、升はかさばるから少し大きめの杯を持ってきてある。
年末年始はお店がほぼお休みなので、おつまみはたくあんのみ。
後で露店で売っているそばや汁物、それか異国料理の温かい物を購入して、おにぎりを食べる予定。
うちは貧乏で参加しなかった、ご近所さん達が春にしていたお花見みたいで楽しい。
今日はよく晴れていて思ったより寒くない。
ここ何年も年末年始に雨や雪が降ったことはない。
皇帝様が龍王神様の加護を受けているかららしい。
「ロイさん、ヨハネさんに感謝ですね。情報が早くてええ場所を取れました」
「ヨハネさんところはもう少し皇居に近いところらしいです。あの家は男が3人ですからきっと最前列を取れたでしょう」
ヨハネは華族に近い家なのは覚えている。そして3人兄弟なのか。ヨハネが跡取り息子ではないことは知っている。
「お嫁さん、川釣りは楽しかったですね。年が明けたらまた海釣りに行きましょう。ロイさんもどうです? あまり好まなくてもお嫁さんがいたら楽しいのでは?」
「行きたいですけどそういう日に母の機嫌取りと親孝行です。母上は釣りは嫌いです。仲間外れにしたら不機嫌ではすみません」
「あっはっはっ! 確かにそうです! うちも男3人で釣りに行ったら小言や嫌味。この間はロイさんの母上やお嫁さんが鮭を捌いてくれて切身にしてくれて、後日いくらの醤油漬けをくれたので、またルーベル家さんの旦那さんと行くとええって」
「釣るのはええけどその後は大変ですからね」
「自分でしますと言うと台所が散らかるって嫌がられますし。綺麗にしても不満みたいで困ります」
ロイとベイリーが私を見る。2人で話し続けないで会話の仲間に入れてくれるということ。
「私は大きな魚を捌くのはワクワクします。お義母さんと新しい味付けを考えたり楽しいです。それで釣るのも好きになりました」
「そうなんです? 釣りは趣味では無く料理のためにでしたか」
「ただで美味しい贅沢な物を食べるためです。浮いたお金で他の物が買えます。でも釣りは趣味になりました。あんなに沢山釣れるのはうんと楽しいです」
ロイは肩を揺らし、ベイリーは大笑いした。
「そういえばお嫁さんは長屋育ちでしたね。雅な彩り弁当で品も良いので忘れていました」
「時間があるなら採れるものは採ってくる言うて、松茸を採ってきたこともあります。それで夕飯に卵を沢山使うふわふわたまご言う料理を作ってくれました」
「あの松茸ご飯ですか! ロイさんとこは家と変わらんような家で親戚も少ないのに、夕食ではなく弁当のために松茸を買ったのか貰ったのか、どうしたのかと気になっていましたが、採ってきたんですか!」
ロイもベイリーもどんどん飲むからどんどんお酌する。
「はい。近くの公園に生えていて2度見しました」
「近くの公園! 運の良いお嫁さんをもろうたから同期最速出世ですね。ヨハネさんが来年自分が最速の予定だったのにと悔しがっていました」
「旦那様は握り飯片手に励んでいました」
「嫁と旅行させてくれる言うので、人参をぶら下げられて走る馬状態でした。おかげで両親の稼ぎで2人で北区へ旅行出来ます」
義父の稼ぎではなくて両親の稼ぎ。そういう考え方をするのか。私のおかげで励めると言ってくれているのは、こういう考えに繋がる。
「ええですね。ロイさんは昼飯中も本を横に置いて鬼の形相で読んでいましたからね。それで松茸ご飯の謎を聞けず。あの気迫には勝てん。平均、のんびりでええ言うてたロイさんが急にどうしたって同期中で噂してました」
「難しいし2、3年早いので落ちるかと思いましたけどホッとしました。しかしまあ増える業務がこなせるか不安です」
「最速出世のくせに、と始まりますからね」
「それで残業をして叱られ、帰ったら父上にも説教される。次の出世も同期最速だぞ! という圧も恐ろしいです」
そう言いながらロイは愉快そうに笑った。そっか。これからロイは大変になるのか。内助の功を目指さないと。ベイリーは大笑いし続けている。
「半人前を嫁で釣った方が早う出世するか? と両親が腕を組んで悩んでいました。まあ、家が早くと望んでも、向こうは半人前にはやらんと言うでしょう」
「再来年までに試験に合格しないと婚約破棄でしたっけ?」
「手紙で絶対に頼みますよ、と言われたので励まんといけません」
ベイリーには16歳元服、上級公務員の研修生になれた時に半結納した幼馴染がいるという。次は正式採用されて結納。2人は同い年。小さい頃から顔見知りのご近所さん。
これがきっと噂の恋愛結婚だ。ベイリーが人並みに出世しないと婚約破棄。許嫁のエリザベスはもっと格上、他の家の嫁になってしまうという。
エリザベスは美しいし教養も申し分なし。彼女の家はマクシミリア家より少し格上。ヨハネの家のように華族と親戚だから、せめて人並みに出世する男でないと嫁にはやらん、ということらしい。
「ロメルとジュリーのようになってしまいます。ベイリーさん。励まないといけません。旦那様に試験のコツを聞くとええです」
「ロメルとジュリーです?」
「ベイリーさん。最近華族中心に流行っているお芝居です。紅葉草子に似ています」
「それで紅葉草子に似てるというのなら駆け落ちをするんです? お、お嫁さん、どうしました?」
ロメルとジュリーの最後を思い出して私は泣いてしまった。ロイが懐から手拭いを出して差し出してくれたので受け取る。
「リルさんはすっかりジュリーに同情していまして。冊子を見ては泣いたり、どうしたら良かったか考えては泣きます。紅葉草子と同じで女性は共感するんでしょう。まあ、自分も紅葉草子よりグッときました」
「はあ、そうですか。駆け落ちねえ。一時の感情でそんなことをしたら絶対に苦労してこんなはずじゃなかったと後悔すると思います。でも紅葉草子は人気ですよね」
ロイが妃がねになるような華族のお嬢様は家事なんて出来ないと言っていた。
その代わりに皇族のお妃に相応しい女性になるように励む。
手習い、文学、茶道、華道、雅楽、和歌、古典、香道、舞踏、碁、将棋などあらゆる教養を身に付けるという。
ロメルとジュリーは駆け落ちして、どこでどう生きていくつもりだったのだろう。
この謎にロイは『何も考えてないか、2人ならどうににかなると現実を忘れて狂っています。だから恋狂い。そういう相手に出会えて同じくらい想い合えることに憧れるんでしょう。特に相手を選べない格の高い家の方々こそ』と答えた。
その時私は確かにそうかも、と頷いた。
「自分は少し気持ちが分かります。自分も頭に血が昇って親不孝なことを言いました」
「ロイさんは自分やヨハネさんに家を出ることになったら離れを貸してくれ。蔵でええとか言うてましたからね。長屋も下見すると付き合わされました」
それはロイに聞いた話。ロイは私と駆け落ちも覚悟していたという。
息子が1人しかいないから、老後のことを考えたらゴネにゴネたら絶対に両親は折れると思っていて、実際そうだったと。
前提として、私が嫁に必要な条件をそこそこ満たしていたこともある。
「まあ、リルさんが予想通り気働きしてくれる方で丸くおさまりました。父上は娘みたいに可愛がりはじめていますし、母上も苛々しながら孫用の着物を与えたり浴衣を縫ったり。母上はあの様子だとリルさんをもう好いてますね」
私もそう思う。義母はたまに小言を言うけど私に甘々の甘々だ。
「旦那様がいつも根回ししてくれるからです」
「それはええことです。自分も相手も駆け落ちは無理です。今回は落ちましたがロイさんを見習って必死に出世するしかないです」
もしベイリーが来年と再来年試験に落ちたらベイリーの許嫁はジュリー状態?
それは可哀想。辛い。今の私がロイと許嫁で、あの男はダメだから他の家の嫁になれと言われたら嫌だ。逃げたい。でもベイリーは諦めてしまう……。
ベイリーの許嫁はロイのように親を脅せるのかな? そうしたら2人は北極星みたいになれるのかな?
好きな人に「すみません。自分の嫁には出来ませんでした」と言われたら……。
「お、お、お嫁さん?」
「リルさん、また泣いて」
「ベイリーさん。絶対に受かって出世して下さい。結婚出来ないなんて胸が千切れてしまいます」
「この涙はベイリーさんの許嫁さんに同情ですか」
「はい。お別れなんて悲しいです」
「お嫁さん、そのようにありがとうございます。励みに励みます。もし落ちても泣き縋られたら、向こうの家に平謝りして次の試験までどうかと頼みに頼みます。情けないですけど百夜土下座してでも許してもらいます」
気合十分というベイリーはグッと酒を飲んだ。私は思わず拍手。ベイリーにお酌をした。
「私は結婚してから月の綺麗さを知れて良かったです。何にも辛くなくて幸せです」
「それは良かったです」
リルさん飲みます? と言うようにロイがお酌してくれたので少し飲んだ。
ベイリーは「月の綺麗さを知るですか。いつもの景色がより良く見える。ええですね」と微笑んだ。
らぶゆがなぜ月が綺麗なのか、そういうことか。私でいう紅葉。
「ベイリーさん。ロメルとジュリーです。ですよね、リルさん」
「はい。私だと紅葉が綺麗です、でもあります」
私とロイは顔を見合わせて笑った。今日帰ったら、2人きりになったらすぐキスしてしまうかも。