37話
気合を入れて席取り。中央区の端、飛行船が停まる平野から皇居へ向かう道の1つ。
席取りをする者を客にするために露店や簡易厠やごみ箱に龍国兵の見回りやらすごい人でまるでお祭り。
今日の夕暮れはとても幻想的な空を作っている。虹色のようになっている。
「姉ちゃんあれなに!」
「早うせんとお祭り終わっちゃう!」
「もたもた歩かんで!」
両手を11歳になった妹と9歳の妹に握られ、背中に1番小さい6歳の妹をおんぶ。着込みたいのもあるし古い着物を着てきて良かった。
本来家の中でしか着ないものだけど、どてらも持ってきた。
父と母は席を守り中。これまでは敷物や椅子で良かったけど、今日くらいからは席盗みで喧嘩が起こるらしい。
出回る嘘情報が軌道修整されるのが今日明日くらいからだからだ。
「ルルさん。あれは何でしょうね。聞いてみましょう。レイさん、そんなに急がんでも祭りは年が明けても終わりませんしまだ帰る時間ではありません。ロカさんは重いから早く歩いたらリルさんが転んで2人とも怪我します」
「はーい」
「はい」
「姉ちゃんありがとう」
妹達はロイの言うことは結構聞くというか、少し静かになる。3人とも人見知りしないけど、長屋の男性達と全然違うからだろう。
それにロイは無表情気味。怖いのかもしれない。すごく優しくて怖くないんだけどな。
私達が近寄ったのは下駄とは違う形の異国の履き物屋。
「すみません、こちらはなんでしょうか?」
「いらっしゃいお客様。こちらは今は寒いですけど春夏にはぴったりのサンダルです。靴です。この国でいう下駄ですね」
足の甲を半分覆う布に花柄刺繍。可愛い。
「ロカさんくらいの小さいものはないですけど、ルルさんやレイさんくらいの子ども用はありますね。履いてみます?」
ロイがルルとレイを順番に見た。2人は私を見上げ「姉ちゃん、履いてもええの?」と首を傾げた。
私達は買わないものは絶対に触ってはいけないと言われて育っている。手を叩かれ、頭を叩かれ、口を酸っぱくしてそう言われてきた。
「試して気にいるか、履き心地がええか確かめないといけないので今夜はええです」
「ルルさん、レイさん、これがええと言ってお店の方にどうぞ、言われたものだけ履きましょう」
「はい!」
「はい!」
ずるいずるいと騒ぎ出したロカに、ロイは「後でロカさんだけにええものを探しましょう」と告げてあっという間に大人しくさせた。私はいつも苦労していたのに凄い。
「2人とも似合いますね。他にかわゆいええものがあるかもしれんので、ぐるりと回って戻ってきましょう。すみません。ほぼ買いたいんですけど異国の珍しいものが沢山あって目移りするので一刻待って下さい。戻らんかったら売ってええです」
「そんなあお客様。待てません。売ってしまいます」
「うーん。まあ、ほかの靴も気に入っているようなのでええです。また来ます」
「待っていますよ!」
ロイは私達を連れて露店から離れた。それで他のお店も見た。基本は触らないけど靴は履いた。
サンダルは下駄に似て鼻緒が広い花が連なったものもあった。
異国の果物屋でロイはメロンとパイナップルにマンゴーを竹串に刺したものを買ってくれた。メロンは甘くてお菓子みたいで、パイナップルは酸っぱいけどそこそこ甘い。マンゴーも甘かった。
私の背から降りたロカはルル、レイの間を歩き、私達はその後ろ。3人が果物を食べ比べて私も一口。ロイも一口食べて「パイナップルはええです」と告げた。甘いものはやはり苦手みたい。
その後もしばらく露店を見て回り、ロカはロイの背中で爆睡。
「異国の物はどれも珍しいですね。便乗、対抗して国内のええものも集まっていてこんなの初めてです。大体見ましたし、まずはルルさん、何が欲しいです? 何でもは無理ですけど買えそうな物は買います。うーん、ルルさんはサンダルです?」
ルルは振り返って大きく目を丸めた。
「サンダル?」
確かにルルは果物にうっとりしていたけど、サンダルに1番はしゃいでいた。特に1番最初のお店。
「3つ見たお店でどこが良かったです?」
ぱちぱち瞬きをしたルルに、ロイは手を伸ばしてぽんぽんと頭を撫でた。
「滅多には買えませんけどお姉さんと結婚出来たお祝いと特別なお祭りの記念です。ロカさんの面倒を見て、メロンも多くあげた良い子にご褒美です」
メロンをもっと食べたいとぐずったロカにルルはメロンをしぶしぶ、不服顔で譲った。
一方ロカからマンゴーを死守したレイはいじけ顔。
「あの……。こう、覆いがあるサンダルがええです」
「最初のお店ですね。それなら買うのは最後ですね。レイさんは何が欲しかったです? ルルさんと一緒にロカさんの面倒を見ていましたね。迷子にならんようにしっかり手を繋いで。レイさんも良い子です。んー、レイさんは熊のぬいぐるみですか?」
いじけ顔だったレイがパアアアアっと明るい顔をした後に飛び跳ねた。
「姉ちゃん! あの熊はてでぃべあ言うてた! 兄ちゃん本当にええの? 高くない?」
「レイさん、お行儀良くしないと転びますよ。特別なお祭りはこのように沢山の人がいるので静かにゆっくり歩きましょう。では行きましょうか」
おいで、とロイがレイを手招きして先程見ていた異国のぬいぐるみという動物の人形屋——動形になるの?——へ連れていった。
レイは小さなテディベアを3つ両腕に抱えて、ロイと戻ってきた。
「子どもは取り合いします。きっと喧嘩しますから3人分です。ではサンダルを買いに行きましょう」
レイはすっかり大人しく、ゆっくり歩くようになった。ルルも同じ。テディベアを片腕で大事に握りしめ、反対側の手でロイの着物を握りしめて「兄ちゃんありがとう」を繰り返す。
レイも片腕でロカの分と自分のテディベアを抱きしめて、ロイの着物を握りしめてテディベアをニコニコしながらずっと見ている。
途中でロイはロカが中々離れなかったお店で万華鏡の小さい物を買って、ルルに「ロカさんの万華鏡はお姉さんのルルさんに預けておきますね。レイさんはテディベアを持ってくれていますから」と渡した。
ロイは妹達に慣れたのか優しい微笑みを浮かべている。
ロイは3人が1番欲しそうだった物をよく見てる。
3月は桃の節句、5月は端午の節句というものがあるらしく、ご近所さん達で集まってお祭りをする。子どものお祭り。
次の若衆の会合はその節句の運営についてらしい。
それで子ども慣れしているのだろう。ますます好きだなあ。
「ルルさん、レイさん、かわゆいですね。ええです、とてもええです」
「兄ちゃんありがとう! 姉ちゃん見て見てかわゆい! すごくかわゆい! 皇女様ってこんなかな?」
「ありがとう兄ちゃん! レイは皇女様になった!」
「皇女様2人と手を繋げるとは鼻が高いです」
サンダルを買ってもらったルルとレイは、ロイの手を掴んで離さない。2人は幸せそうに歌い出した。
「そろそろ戻りますか。リルさんの分は明明後日またゆっくり見ましょう」
「旦那様、妹達にこんなに沢山ありがとうございます」
「新年の両家の挨拶やら何やら交流がないので、お年玉の代わりです」
5人で父と母のところへ戻ると、ロイは「リルさんは大変良い嫁でお陰様で出世しました。両家の交流、ご挨拶は基本無しと父上や母上に言いつけられていますが、今夜は許可を得ています。お納め下さい。是非奥様に異国の珍しい物を」と父に包みを渡した。
「こんなんもらえません。偉いお家では本来払うたり贈ったりするそうなのに、何にも払わんで嫁にもろうてもらったのにバチ当たりです」
「そうです。それにこの子達にこんなに沢山買っていただいたようなのに」
ロカは敷物の上で、どてらの中で爆睡。ルルとレイはテディベアで珍しく大人しく遊んでいる。
ロイが「遠い国のものだから2度と買えんでしょう」と2人に言ったからかもしれない。教育だ。これが教育。私も覚える。
「そのようなご両親ですからリルさんは欲が無くて父や母の印象がええです。3人へ買ったものはお年玉の代わりです。それに今日、3人ともとてもええ子でした。何でもは買いませんし、誰にでもは買いません。本日は2度と買えないような物が色々あるので見て回って思い出に何か買うて下さい」
正座しているロイが深々と頭を下げた物だから、両親も平謝りくらい頭を下げた。ロイが父の着物の懐に包みを押し込む。
「よし、ルルさん、レイさん。ロカさんは寝ていますけどお姉さんが3人に龍歌百取りを結婚出来たお祝いに贈るそうです。坊主めくりを教えましょう」
そうなの?
私は花札を持ってきたけど。
「その後は花札で花合わせです。お父さんとお母さんが出掛けている間、この席を皆で守りますよ。寒いから集まって遊びましょう」
「遊び? 遊びたい!」
「てでぃも一緒に遊ぶ!」
「姉ちゃん私のがてでぃだから、べあにして!」
ロイが私とルル、レイに遊び方を説明。両親を無視。これは「どうぞ行ってらっしゃい」の意味。
私は恐縮しながら出掛けようとする2人に声を掛けた。
「今日は汚れてもええ着物を着てきたけど、それでもこんなにええ着物です。旦那様はあのように働き者や気配り上手にはとても優しいです。義父母も同じです。毎日幸せに暮らしています。売らずに大事に育ててくれてありがとうございます」
嫁いで喋り慣れたからか上手く言えた。両親が目を丸くして固まる。私がこんなに喋ることがないからだろう。
「旦那様とお出掛けしたり、今度旅行も出来ます。ご近所のお嫁さんで新米嫁に優しくしてくれる方達もいて、お菓子を食べたり遊んだりもしています。帰りたくありません。しっかり働いて追い出されないように励みます」
「おまえがこんなに笑って喋るなんて珍しい。そうかそうか。そんなに幸せなのか。魚を持ってきた時は戻ってきたいのか心配して稼ごうと励んだけど厳しいし、それは良かった」
「本当になあ。偉い家で厳しくされて我慢ばかりさせられても衣食住には困らんし、贅沢出来るだろうとは思っても泣いていないか心配してた。出戻りしたら誰か嫁にいらんか探してたけど必要なさそうだねえ」
「はい。全く心配無いです。なさそうですけど、辛いことがあったら旦那様を頼って、お嫁さん仲間に相談して乗り越えていきます」
私は両親それぞれと握手をして、2人の背中を押した。いってらっしゃい、と手を振る。
遠ざかる2人の背に「ありがとう」と小さく囁いた。
「リルさん」
「はい」
手招きされて隣に座る。ロイは私の耳元に顔を寄せた。
「子はまあええですけど、接待は疲れます。朝まで一緒にいてくれたら嬉しいです」
「帰れ言われても帰りません。ひっついた方が温かいですから」
私とロイは顔を見合わせて、空を見上げて「月が綺麗ですね」と言い合った。




