36話
12月半ば過ぎ。ロイの試験が終わり「あまり自信はありませんが後は結果を待つだけです」と彼の猛勉強は終了。
入れ替わりで月のものが訪れた私は祓い屋でわりとしょんぼりしている。
雨程のキスをされたいし、抱きしめられて抱きしめ返したいのに祓い屋で風呂掃除。
柚風呂は良い香りで素敵だけど、1番最後にお風呂ではなかったので湯船には入れず。
この初日は他の嫁達と最後にお風呂に入ったケイトのお喋りに付き合い、2日目は他の嫁が「すみません。めまいが辛くて」と逃げるのに便乗して「自分もです」と下座へ移動。
ケイトと仲良し嫁2人——自己紹介してくれない——が上座で盛り上がる中、私は下座で2つ年上のアイラとひそひそ、こそこそお喋り。
途中からしょんぼりを忘れた。
アイラは「クララさんから聞いたんですけど、天ぷらがお上手で色々流行りを知っていると。私も今度トランプをしたいです」と言ってくれた。
先輩嫁の名前はグレースとマチルダ。
アイラが「あの2人は地元産まれの古参で私達のような余所者に厳しい」と教えてくれた。
ケイトもそうだけど、ケイトは厳しいより「お喋りで仕切り屋。気分屋なので注意」とのこと。
祓い屋ではご近所付き合いに必要な情報が集められるみたい。
いきなり会合や町内会の仕事で嫁達と大集合したら途方に暮れてしまうだろう。
その翌日、ケイトが居なくなってエイラが増えた。ケイトと親しそうだった先輩嫁2人は「昨日は疲れたわ。遊ぶならどうぞ。私達は寝ます」と下座でそそくさと寝た。けどぺちゃくちゃ声は聞こえてくる。
それでアイラ、エイラと3人でなるべく静かにトランプをする事にした。
そうしたら説明中に「珍しい話が聞こえてきました」と先輩嫁グレースとマチルダが登場。
トランプに興味津々なので、もう1回説明をして全員でジョーカー抜きゲーム。
負け続けたグレースが拗ねて「単純な子どもの遊びですしね。ふんっ」と鼻を鳴らして就寝。全員就寝。喉がヒュッとなった。
その翌日はそのグレースが減って、ジョーカー抜きゲームを気に入ったマチルダにルリが加わりわいわい遊んだ。
大富豪と花合わせもしてカン! と0時の鐘。
ルリが私にこっそり「マチルダさんの小言や愚痴を聞かずに済んだ。トランプありがたやです」と私に囁いてくれた。
さらに翌日はマチルダが減り、私とルリとアイラとエイラになった。
私はようやく風呂掃除をする代わりに1番最後にゆっくりお風呂を手に入れた。
ルリが「掃除係なんですから最後にゆっくりして下さい」と言ってくれたから。
私はいつかルリのような先輩嫁になる!
「遊ぶしかない!」と神経衰弱。
ルリがペアを作らなかったら、その場で最近の困り事や嬉しかった事、流行りを話すと言うのでその規則で開始。
神経衰弱そっちのけで私達はぺちゃくちゃお喋り。
全員惚気話ばかりして、お互いを羨ましがったり少しからかったりして、カンッと0時の鐘が鳴って就寝。
その翌日はアイラが減り、前回同様月のものが明らかに重たいオーロラが登場。全員大人しく22時前就寝。
こうして私は今年最後の週を迎えた。祓い屋に行かなくなった夜、ようやくロイに抱かれて幸せいっぱい。
ロイは「リル、かわゆい」と1回言ってくれた。それで私は「らぶゆです」と返した。好きです、よりもハレンチではない気がして。
12月は大掃除に洗濯、着物の衣替えの最終確認に、ご近所へのお礼回りやお裾分けの交換とやること沢山だったけど、後は年末年始の食料品確保やお節料理——そんなの初めて知った——の準備くらい。
お節は燃える。私はお重好きだと思う。義母も楽しいみたいで2人で色々考えてから買い物した。
今年残り4日。今日で義父もロイも仕事納め。年明けも何と3日間お休み。上級公務員凄い。
今夜の夕食はいたって普通。いただきます、の前にロイが軽く咳払いした。
「父上、母上、リルさん。支えていただいたおかげで無事に試験に合格しました。感謝します。ありがとうございます」
ロイはピシッと背を伸ばしているのに、さらにピンっと伸びて、深々と頭を下げた。
「おおお! ええ、ええで! やはり自慢の息子だ! 早いから落ちても仕方ないと思っていたが良くやった! 酒だ!」
酒だ、の瞬間義母は背後から小さな酒瓶を出した。上には升が乗っている。酒瓶には「祝」の1文字。そのまんま。このお酒を用意していたことは知らなかった。
義母が「励みましたね」とロイにお酌をする。目配せされたので居間を出て、台所へ行って用意していたお酒と升、盃、燗酒を運ぶ。
この日の夕食はお喋りしながらだった。
義父がロイを褒めに褒めながら食事と酒を飲み、義母もロイを褒めに褒めながら食事と酒を飲み、私はお酌しながら耳を傾けて少しずつお片付け。
そうしてお酒だけになった時、義父母は上座に並んで座り、私達を下座へ促した。
「ロイ、お前はこれでようやく1人前。しかしまだまだ半人前でもある。以後も励むように」
「はい」
「リルさん、母さんからしっかり学び続けるように。来年は徐々に町内会の仕事も覚えてもらう。以後も励むように」
「はい」
「来月末、ロイの出世祝いで家族旅行をする。出世祝い休暇を取りなさい」
「はい。ありがとうございます」
ロイ念願の旅行。良かった。私の隣に座るロイはとても嬉しそうに微笑んでいる。微笑みだけど分かる。これは心底嬉しい顔。
最近同じような表情でも違うなと分かってきた。出世祝い休暇なんてあるんだ。
「リルさん。ぼんやりしていますが留守番ではなくてあなたも行くんですよ」
義母の発言に私は「ありがとうございます」と頭を下げた。ロイから聞いていて、最初勘違いしていた。それが義母にバレてる。
「自分と母さんはもう遠出は疲れる。特に母さんの足が不安だ。なのでかめ屋でのんびり過ごす」
私は頭を上げた。立ち上がって小躍りして歌いたい気分。お世話したかめ屋のお客側になれる。贅沢だ。
あの部屋にあの料理に、何度も掃除した庭園をゆっくり眺めたり、掃除を沢山したあの広い広い大浴場と風情のある庭にある露天風呂にも入れる!
「リルさん嬉しそうですね」
「はい。かめ屋のお客様になれるなんて皇女様のようです」
ロメルとジュリーで知ったけど、皇女様は贅沢の極みみたいだから多分違う。でも私からしたら同じだ。
「リルさん、あなたはかめ屋には行けませんよ」
!!
さっき一緒にって言ってくれた……。
「ロイ、かめ屋の旦那さんのツテで北区の温泉街、エドゥアールにある華やぎ屋を予約してある。途中はかなりの安宿だが3泊だ。リルさんと行ってきなさい。遠い所へは若いうちしか行けん。場所など詳しくはまた」
ロイは目を丸めた後に深々と頭を下げた。なので私も下げる。南と北は正反対のところ。3泊! 3回もお泊まり!
「それは誠にありがとうございます」
「ありがとうございます」
その後ロイが1番風呂。私はその次。義父母はまだ酒盛りをして好きに入るからということで。片付けは明日の朝にして早う寝なさいと言われた。
私は早くロイに「おめでとうございます」を沢山言いたかったので、小躍りしそうになるのを我慢しながらそそくさとお風呂に入り、さっさと寝室へ向かった。
布団の上であぐらを掻いて本を読んでいたロイに手招きされて、サササッと指定席に座る。この私だけの場所大好き。
ロイが宝物というように後ろから抱きしめてくれるから。
「ロイさん、おめでとうございます」
「今夜の父上と母上は自分達みたいかもしれませんね。先に風呂に入ってとっとと部屋に行けなんて。下手に1階へ降りられません」
「そうなんですか?」
私達って、どこまでだろう。義父がごくたまに義母を「テルルさん」と呼ぶのは知っている。
夜目が覚めて厠へ行った時に、襖越しに聞こえた事がある。
歩くのが大変だろうと、手を取ったり腰に手を回して支えたり、義父は義母をとても大切にしている。
義母もよく「これはお父さんが好きなので多めに盛りなさい」とか「お弁当にあれを入れなさい」と私に告げる。
「それにしても北区へ旅行。それも3泊なんて驚きました。結婚祝いかもしれません。渋々許したけどもう許す、な気がします」
ロイは私と結婚したくて「許してくれないなら家出する」という勢いだったらしい。
つまりロメルだ。ロイは兄のお弁当で私を気に入って、その後私を見つけ、出会う前に嫁に出されそうで慌てて結婚お申し込みしてくれたという。
5年も前のたんぽぽ弁当。私はきっと兄に「食えんものを入れるな」と怒られた。きっとつくしが足りなくて、春だしきれいだろうと隙間に入れた。
長屋で不評のもたもた、ちまちま、喋らない私をロイは丁寧で感性が良くて同じようにゆっくり話したい娘だろうと見つけてくれた。
「ロイさんは席取りのことをいつ言うんです?」
西の国で王様になった、この国の先代皇帝、御隠居様の愛息子フィズ様は明明後日この国に到着するという。
中央区に直接飛行船というとても貴重で、信じられないことに空を飛ぶもので到着する。
ロイはベイリー、ベイリーの弟とヨハネから仕入れた「フィズ様到着地から皇居への道」のうち、卿家でも入れる所、まだ最前列を取れる所に敷物と椅子を置いて、朝と晩確認に行っている。
それで明日から3人で交代で居座り続け、明明後日まで陣取り。
「明日の朝伝えます。明日は自分が朝から行って翌朝まで、次はベイリーさんとベイリーさんの弟と2人で朝から翌朝まで。明明後日の朝からベイリーさん家とうちの8人です」
「お弁当を作ります。お義父さんとお義母さんがええと言うてくれたら暗くなる前に行ってロイさんと朝まで気合いを入れて席取りします」
「うーん。それは嬉しいけど寒いし疲れるし、リルさんが立乗り馬車に1人で乗って場所取りしたところまで迷子にならんか心配なので諦めて下さい」
「送りは父に頼みました。母と妹達もついてきます。中央区を見せてあげたいのもあったので」
「ああ。リルさんいれば中央区に入れますもんね」
「はい。お小遣いで立ち乗り馬車に乗れます」
これまで知らなかったけど、中央区には基本的に苗字がない者は入れない。
私はロイに手形を貰ったので、その手形を見せたら連れは入れる。
「皆でお弁当を食べて花札しましょう。妹達はトランプを千切りそうなのでお小遣いで花札を買いました。妹達に教えてあげます。寒いのは皆平気で、ぎゅうぎゅう集まれば温かいです。父達は途中で帰るでしょう。帰りは手形が要らないので好きに帰ってもらいます」
いっそうちの家族も明明後日、とロイは言ってくれたけど、家族総出で父や義兄の仕事を手伝って年明けの浮かれ気分の人々に売りまくる準備があるから誘わなくて良い。誘っても断られる。
一応聞いたけど「ほんの少し偉い人を見るより稼ぎが大事だ」とやはり断られた。
「リルさん寝ましょうか」
「はい暗くします」
光苔の灯籠に覆いをして、私は自分の布団ではなくてロイの布団に潜る。
それでロイはおいで、というように抱きしめてくれてそっとキスしてくれる。
もちろん1回では足りない。
この秋冬で散った紅葉の数くらいキスをしてきたと思うけど増やす。
私はいつからロイの首に腕を回すようになったのか、もう覚えていない。