35話
義母とエイラの実家に呼ばれてお食事してその後にエイラと2人で遊んだり、義父とベイリーと川釣りに行ったり、ルリの家でクララとトランプしたり、ヨハネとクリスタと甘味処へ言ったり、義母とまた天ぷら教室をしたり色々あるけど、特にコレ! という大きな問題はなく11月の末になった。
ロイは来週試験で月末に結果が出る。今回の試験に受かると基本的に出世らしい。普段の仕事ぶりが悪いとダメだけどロイの上司は試験に受かれば出世だな、と言ってくれているという。
ちなみに出世するとどうなるか聞いたら、難しい仕事がそこそこ増える。代わりに給与が少しばかり上がるという。
掃除中にロイの読んでいる本を見たけどちんぷんかんぷんで、裁判所の事務官はそのうち裁判官になるらしいけど少し聞いただけで知らない言葉だらけでやはりちんぷんかんぷん。
もっと基礎中の基礎を学んでから再度聞く予定。
悲しいことに上級公務員は兵役義務があるので、戦争になったらロイは兄のように戦場へ行ってしまうという。
ロイの剣道、ベイリーの柔道は趣味だけど趣味じゃなかった。仕事中も鍛錬時間や戦争に関する勉強時間が少しあるらしい。
今回の試験にはその辺りのことも出るという。
兄は下っ端。ロイは今のままだとその上官。出世していく程後ろの方、大出世すると国内から出ない。
神社で戦争になりませんようにと、ロイが出世していきますように、兄は強いらしいけどいつも無事でありますようにと沢山お願いした。
年明けにロイが出世すると、同期最速になるみたいで、義父と義母は「勉強していたらお茶や夜食を出しなさい」とか「労いなさい」と応援している。
お茶を淹れるのは邪魔ではないと判明した。
私もそんなに励んで出世したいのなら応援したいので自分なりに応援している。こっそりロイの好きなおかずを増やしたり、肩を揉んでみたり、色々。
ロイは家族旅行を楽しみにしている。私も行けると分かったのでワクワクしながら旅行時の装いを悩み中。
私はエイラのおかげで、ついにロイに贈るべき古典龍歌を発見した。これで贈り物は全部揃った。
試験が近づくにつれてロイは私を抱かなくなった。毎日が2日おきになり、数日おきになり、今週はなし。
夜のお勤め、もしくは色恋狂いよりも勉強に集中している。私は色狂いの気持ちが分かったかもしれない。色恋狂いの方かも。とても抱かれたい。
先週から剣術道場通いも休み、私とお出掛けも試験後と言っている。
義父母がいないから、朝の見送り時と夜の帰宅時に玄関でキスしたり、一緒の時間に起きるので朝にキスしたり、お茶の差し入れをした時に抱きしめられてキスしたり、そういうのはある。
嬉しいけど足りない。とっても寂しい。
今日は土曜日。先週の土曜日のロイは「帰宅してから勉強漬けで疲れました」と私がお風呂から出る前にはもう部屋にいて、布団でゴロゴロしながら勉強用の本を読んでいた。
それで私が部屋に入ったら「寝ましょうか」と言って部屋を暗くして私の布団に潜ってきて私を抱いた。
同じかも、と思ったのでロイがお風呂中に贈り物を再確認して押し入れに隠した。
私がお風呂中に見つかっても構わない。勝手に箱を開けたりしないだろう。
いつも通りロイと入れ替わりでお風呂に入って出て、そわそわ、ドキドキしながら寝室に入った。
ロイは先週の土曜日と同じように自分の布団で、うつ伏せになって本を読んでいた。
「旦那様。今日は大事なお話があります」
「ん? どうしました?」
「はい」
ロイは本を閉じて畳の上に置き、布団の上で正座した。神妙な面持ち。
「足は崩して大丈夫です。多分良いお話です。小さな頼まれ事のことです」
あぐらになって微笑んだロイに会釈して、押し入れへ近寄る。
「いつでもええ、言いましたけどソワソワしていました」
背中にぶつかった声は嬉しそうな響きだと感じた。
箱を持ってロイの前に正座する。
箱を置けるように少し間をあけた。
「色々な方から私をお嫁に選んでいただいた御礼とお気持ちです」
何度も練習したし恥ずかしい台詞ではないからフクロウにはならなかったけど、声はいつもより小さい気がするし震えた。
青鬼灯の根付けの箱には熨斗風の紙を巻いた。それからお小遣いで紅白の紐を買ってきて巻いて、うらら屋のミミから仕入れ、また私と一緒にクリスタと会ったヨハネにも確認して、生まれて初めて花屋に行って青星花を買って紐に挟んだ。
熨斗と箱の間に龍歌と手紙を挟んだし、熨斗には下手だけど「御礼」と書いて、紅葉のハンコを2つ、少し大きい物と小さい物を押してある。紅葉の2連星。
「御礼とお気持ち……」
ロイはジイッと箱を見つめている。ありがとうリルさんと破顔してくれると思っていたので、ほぼ無表情で戸惑う。
「花には疎いんですが、この花はなんという花です?」
「青星花です。良い意味です」
青い星と言う時点で使いたかったけど、ミミやヨハネに調べてもらったら花言葉は「幸せな恋や愛」だった。
私は大事に大切にしてもらっていて幸せです、この恋や愛情を知ることが出来て幸せです、と伝わると良い。
「そうですか。どんな意味です?」
ロイは同じ表情のまま。瞬きしなくて目が痛くならないのかな?
「うらら屋かヨハネさんに聞くと分かります」
「分かりました。まず飾りましょう。リルさんの金木犀と一緒に失礼します」
「はい」
机の上の花瓶には、今は金木犀を生けている。
一昨日ロイがくれて「謙虚だそうです」と教えてくれたけど、ミミは「他にも初恋の花とも言うそうです。甘い香りで印象深いから初恋と似ているからだそうです。西の国のお姫様が結婚式のブーケに少し使ったらしいです」と言っていた。
私の初恋はニックで、そんなに月日は経ってないのに顔を思い出せないし、お喋りで楽しいと思っていたのに声なんてまるで記憶にない。
本物の初恋はロイな気がするけど、ニックへの淡い憧れがなければ恋の音に気がつくのは遅くなっただろう。
途中、ベイリーやヨハネにも恋したのかと勘違いしたくらいだし。
ロイは青星花をそっと抜いて花瓶に生けた。金木犀はすぐ散ってしまうらしい。青花星はどうだろう。義母に長持ちするか、方法はあるか聞かないと。
「箱を開けてもええですか?」
「はい」
ロイは紐を解いて丁寧に結び、熨斗もそっと剥がして箱の隣に並べてくれた。
「どうしようかな。箱の中身も気になるし、この手紙も気になります」
「はい。気になる方からどうぞ」
バクバク、バクバク胸の真ん中がうるさくて仕方ない。ロイはどうしていつもしれっとしているのだろう。
不安になってきた。私は大好きだけど、ロイの気持ちはそこそこ好きかもしれない。
同じ青鬼灯、お揃いは嬉しくないかも。でも厄払いだし……。
「手紙は後にします」
「はい」
ロイが箱の蓋を開けた。
「青鬼灯……。リルさんの簪を作った職人さんの作品ですね」
そうなの?
「はい」
そういうことにしておこう。後で青鬼灯の簪の箱の中を確認しよう。
「魔を除けし幸照らす青鬼灯」とロイらしき文字が書かれた短冊型の紙しか入ってなかったけどな。
ロイは紙を見た後に根付けをしげしげ眺めた。
「魔を除けし幸照らす青鬼灯。これはリルさんの字ですね」
「はい」
「字が上手くなりましたね」
「練習しました」
紙がもったいないから庭の土で何度も練習した。義母に「あなたは小一時間も座って何をしてるんですか」と言われ「紙がもったいないので、土に書いて算数の勉強です」と返事をしたら、ため息混じりで低い椅子を貸してくれた。
余計なことを思い出してしまった。
「リルさん、どうやって買ったんです?」
嬉しさがイマイチなのかロイはあまり笑わない。残念だけど仕方ない。
「お義父さんとお義母さんに相談したら買うてええ言ってくれて、お義父さんがお金をくれました」
「ああ、それならええです」
「3人で神社にも行きました」
「試験まであと少し、気合いを入れんといけませんね」
「旦那様は毎日励んでます」
ようやくロイが微笑んでくれてホッとした。嬉しいには嬉しいようで良かった。
「そしたら手紙を読みます」
「はい」
膝の上で握りしめている手が熱い。手汗が凄い。
「ああ。ちはやぶる」
「はい」
ロイが先に見たのは龍歌だった。5角たとうを作る時にロイがくれた紙に似た物はどこに売っているか義母にきいて購入。
ちはやぶる神代もきかずマルム川唐紅に水くくるとは。
紅葉草子に出てくる龍歌。
マルム川の一面が紅葉で真っ赤になってしまうなんて、龍王神様副神様の時代にも聞いたことがない。それ程美しく幻想的な景色だ。
マルム川は紅葉草子の主役が初恋の人と出会った場所で、この国のどこの川なのか、それとも異国の川なのか不明らしい。
恋人同士や夫婦で見ることが出来たらより強い絆で結ばれるという川で、2人で訪れた川に紅葉を浮かべて見立てたりするとか。
景色の歌だけど物語上で「私の燃える想いが激しい水の流れを真っ赤に染め上げてしまうほど、龍王神様副神様の時代からと思えるくらいにあなたをお慕いしています」と語られた有名な恋愛龍歌の1つ。
「そうですか。ちはやぶるか……」
ロイはあんまり嬉しくなさそう。困り笑いしている。
悲しくなってきた。そうか。嬉しくないのか。すごく喜んでくれる気がしていた。
ロイは龍歌の紙を熨斗の隣に並べ、もう1つの手紙を読み始めた。
紅葉草子は悲恋ものなので迷ったけど紅葉にはロイとの思い出がつまっていること、それから「初めて2人で見た紅葉は天ぷらにしてしまいましたが、池に浮かぶ唐紅の紅葉は美しく、月が綺麗ですねと言い合えた日の紅葉は燃えている星のようだと思いました」と書いた。
エイラにそういう気持ちを伝えるなら「龍嶺の峰より落つる」がええ、気がついたら淵のように深い気持ちになっていましたという龍歌をすすめられたけど、私は景色の歌を贈りたかった。
そしてそこに色々気持ちを乗せたけど、乗せない方が良かったみたい。
でもいいのか。ロイは「らぶゆも月が綺麗も幅広い。その人による。龍歌は大袈裟なもの」と言っていた。
「景色の歌を贈ったから、わざわざ景色の龍歌を探してくれたんですね」
「はい」
「この紅葉2つは北極星でもあったんですね」
「はい」
熨斗の紅葉を掌で示すと、ロイは「はああああ」とため息を吐いて俯いてしまった。
もっと泣きそうになってきた。困らせてため息を吐かれるとは予想外。
「困りました。毎日使いたいけど、失くしたり落としたら嫌なのでしまっておきたいです。リルさんが言ってくれた気持ちはこういうことですね」
ロイは俯いたままくしゃくしゃ髪を搔いて、青星花以外を全て綺麗に戻した。
根付け、気に入ってくれたんだ。悲しくて涙が滲んでいたけど嬉しくなった。
「色々な方から選んでいません。どうしてもリルさんをお嫁さんにしたくて、反対する父上と母上を脅して結婚を申し込みしました」
そうなの?
ロイは慣れた手つきで私の両手を取ったけど、いつもと違って少し手が震えている。
その話をぜひとも聞きたいけど、自分がええと嫁に望んでくれたなんて感激で声が出ない。
脅した?
どうやって?
それにしては義父母は私に優しい。特に義母。
グイッと引っ張られてロイのあぐらの上。ロイは困り笑いで涙目。
泣いてないけど泣いてる。今にも涙が落ちそう。大人の男性の涙を初めて見る。
これは嬉し泣き?
泣くほど喜んでくれるなんて私も嬉し泣き。
今夜最初のキスはしょっぱくて、耳元で「リル、大好きだ」と囁かれて放心。
これ、ハレンチなんて言わないで当たり前の事にして欲しい。ふと思う。これからすることはそれこそハレンチ。
つまり……「好きです」と私も小さな声を出した。
ロイは念願の破顔を見せてくれた後に今夜2度目のキスをしてくれた。