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お見合い結婚しました 【旦那】

 俺はおそらく嫁を口説き落とすことに成功した。

 こうなるともう毎日ほくほく気分。結婚した時点でそうだったけど更に気分が良い。

 仕事が出来ない奴は残業する、と言われるけど下っ端に回される仕事は多い。

 以前は「若造イビリだ」とイライラしたし、遅く帰宅すれば父に説教をされて「どうせかつては自分もそうだった癖に」と腹を立てながら無表情で頭を下げ続けた。


 しかし今は違う。とっとと帰りたいので業務が捗る捗る。上司に「集中力や手際が増したな」と褒められる。

 目指すは同期最速出世。その機会は今年のみ。

 絶対に受かると自信が持てるまで、平均並で良いと思っていたけど、両親に半人前の嫌味を使わせたくない。

 ぶら下げられている「最速出世したら嫁と旅行」という人参にまんまと釣られているのもある。


 10月ももう終わり。リルは新しい生活にすっかり慣れたように見える。

 そろそろ彼女の冬物の着物を買いにいきたい。初めて2人で選ぶ着物になるから、反物から仕立てて紋付きにするつもり。帯も揃えで買いたい。

 そのはずが母は孫用にとってあった冬物の着物や羽織をリルに譲った。

 時折ぶつくさ言うけど母はリルを好きになってそう。お金を使わないリルに「お小遣いを使い切れ」とはそうだ。

 おまけに俺に「お小遣いを使わんようならあなたが回収してあれこれ買いなさい」である。

 リルのお小遣いは父の稼ぎから出ている。俺は家に少々お金を入れて基本は貯金。

 着物代が浮いた。浮いたお金でリル孝行に親孝行。リルがお小遣いを使わないと俺はそのお金でリル孝行。自分の貯金が増える。貯金は両親の老後の資金にもなる。つまり、とても良い循環。

 リルに何でも買いたくなるので父に確認して嫁用資金と今後の貯金配分は既に変更済み。

 

「ほお。ロイさんの今日の弁当は雅を通り過ぎて豪華ですね」


 職場の食事処でベイリーに声を掛けられた。同じ時間にお昼休憩は久しぶり。


「ベイリーさん。お疲れさまです。父が嫁と一緒に山に行って鮭を釣りました。キノコに栗も持って帰ってきまして」

「川釣りですか。それは行きたかったです。しかしええです。お嫁さんはやはり料理上手の飾り上手です」

「3回目も行くそうなので父に一緒にええか聞きましょうか?」

「おお! お願いします!」


 リルは川釣りにも栗拾いにも燃えている。

 父は鮭の炊き込みご飯やいくら好き。去年も張り切って1回行ったけど、今年は「秋が終わる前に定期的に行くぞ」と盛り上がっている。

 釣りから帰宅したリルは母と料理で盛り上がる。

 母は父が釣ってきたものであれこれ作り、お裾分けし、ご近所や機嫌の良い父に褒められることが好き。

 父とリルが釣り中に俺は母親孝行でご機嫌取り。普通に感謝の気持ちもある。こちらもとても良い循環。


 今日のリル弁当は俵型で海苔を巻いたおにぎり3種類。

 干した鮭を混ぜたもの、わかめを混ぜたもの、それから以前おかずには白飯が少し欲しいと頼んだので白飯。

 おかずは栗の甘露煮、梅干し、父の好きな甘めの卵焼き——俺は出汁味が良いけど仕方ない——ときのこと銀杏の塩焼きを小さな竹串に刺したもの。そして小さな竹細工かごの中にはいくらの醤油漬け。

 それから少し恥ずかしい、うさぎ型になったカブの漬物。

 今日の飾りは水引き花。感謝と知ってからリルはやたらとこの水引き花を使う。


 この間も入っていたので聞いたら「冬のお裾分けの時とかに入れたいので雪うさぎの練習中です」と言っていた。母が秋なら月兎にもなると教えたらしい。本当、2人とも凝り性。

 竹串は母曰く「何をちまちま削っているかと思ったら竹串です。父親の真似でしょう」で、竹細工かごは「この間お父さんに会ったときに材料をもらってきました」と寝る前に作っていた。

 リルには作れるもの、採ってこれるものを買うという発想は無いようだ。


「栗の甘露煮が月でカブはうさぎ。秋のお弁当ですね」

「栗の甘露煮は好物。うさぎは雪うさぎの練習だそうです。冬はご近所さんにお裾分けが多くなりますから」

「そうでしたそうでした。ロイさんは栗の甘露煮好きでした。昔、甘い物は嫌いだろうと食べたら激怒されました」


 あはは、と笑うとベイリーは弁当箱を開いて食べ始めた。ごく普通の、ごくありふれた卿家の弁当。

 優越感とはこういう気持ちを言うのだろう。

 まあ、ベイリーは繊細な彩り弁当はたまにでええ派。豪快な弁当を好んでいる。

 大量の白飯に佃煮や梅干し。(うち)は品数多めを好むけど、それより魚の切り身をドンとか何種類かの野菜入り煮物をドドドンがベイリーの好み。


「ベイリーさんと仲良くなれたので終わりよければ結果良しです」

「大人しそうなのに取っ組み合いの喧嘩。あれは愉快でした」


 中等校からの付き合いなので気心知れている。


「ベイリーさん、いくらいります?」


 いくらは大変好きだがベイリーの目はいくらの醤油漬けに釘付けである。


「ええんです?」

「まだ家にありますから。父上とリルさん、また鮭釣りに行きますし」


 いくらの醤油漬け入りの竹細工カゴを出してベイリーの弁当箱の空いているところに入れる。


「それなら遠慮なく。薄いが美味い! 昆布出汁ですね!」


 美味い、の声が大きくて少し注目を浴びた。


「母と同じ凝り性みたいで3種類作っています。濃いのと薄くてほんのり甘めのとこの昆布出汁。氷蔵で結構持つみたいで楽しんでいます」

「漬ける前までは自分がしますし、調味料もお返しするのでいくらを漬けてもらいたいです」

「まずは鮭を釣らないといけませんね」

「張り切って釣ります!」


 ベイリーは前回の海釣りの時も、自分の分まで捌いて下さりありがとうございますと父にお金を包んでいた。後日母とリルに練り切りを贈ってくれた。

 ヨハネもそうだが律儀なええ友人。リルは練り切りに瞳を輝かせて幸せそうに食べた。ベイリーは素晴らしい友人である。


「そういえばベイリーさん知っています? フィズ様が帰国されるそうです。いつなのか、どこを通るのかヨハネさんが調べてくれています。自分も調べています」

「噂は聞いています。ロイさん、(うち)と一緒に席取りしませんか? 今年合格が1番ですが厳しい戦いになると思うので、本命の来年に合格出来るよう願掛けも兼ねて気合いを入れて席取りしたくて。遠くから見られたらええではなくて最前列狙いです」

「おお、同じ提案をしようと思っていました。結婚を許してくれた両親への感謝の気持ちを込めて」


 各自調べ、定期的に情報を交換しようという話になった。


「残りの休憩時間は試験勉強します。また」

「自分も食べ終わったらそうします。ではまた」


 残り時間は自分の机で勉強。本当なら仮眠したい。しかし合格したらリルと旅行だ。

 リルは絶対に旅行をしたことがない。俺も数回しかない。両親は少々邪魔だけど、途中途中別行動するだろう。とてつもなく楽しいに違いない。

 リルの体に負担がない範囲であれこれ子が出来ないように工夫したり、噂の新しいものを買って使ってみたりしているけど子は授かりもの。

 リルが母親似だったら、来年旅行はもう無理かもしれない。

 跡継ぎどうこうもあるけど、かわゆいリルとの子は欲しい。しかし予定より早く結婚したし、リルも他の嫁より若い。だから1、2年くらいは2人であちこち出掛けたい。

 リルもまだまだ新しい生活に慣れるべき。ご近所付き合いはこれから。

 でも我慢は無理。リルは毎日かわゆい。


 ☆★


 今夜もリルを抱きしめられる幸せ。

 軽いあぐらの間にすぽっとリルがおさまって、後ろから抱きしめるのは最近の定番体勢。

 手招きすると嬉しそうな顔をして来てくれるのが、かわゆくてかわゆくてならない。

 我慢して寝るギリギリまで勉強用の本を読むべきだけど、こんなにかわゆいリルに何もしないで寝るのは辛い。

 リルは一昨日まで祓い屋通いをしていたので特に我慢出来ない。

 来月に入ったらなるべく本格的に勉強を優先。我慢するつもりではいる。


「ロイさんの本はやはり全く読めません」

「読まなくてええです。みるみる覚えてますから、必要のない本ではなくてそのうち小説に挑戦するとええです」

「はい。ルリさんにいつかルロン物語を借ります」

「んー……あれは……。まあええと思います」


 皇族華族の世界で政治恋愛友情に老いる切なさ。絶世の美男子が次から次へと女性を渡り歩く。

 初恋に敗れて似た女性を見つけて囲ったのに飽きたのか次の女性にご執心。

 俺は「お前はとっとと左遷されろ」と思ってしまう。

 なぜこのような男に友情に厚い男がいるのか、容姿以外特に何が秀でているという描写もないのに出世するのかサッパリ理解出来ない。

 友情は乏しいけど同じ皇族華族の政治恋愛系なら紅葉草子の方がまだええ。

 俺は本を畳の上へ置いた。何もしていないのにリルの体がピクッと小さく跳ねて、耳が赤くなる。


 リルは俺にどんな龍歌を返してくれるだろう。

 龍歌の恋歌は大袈裟。小さい気持ちでも、これが似てるかなあという歌を選んでも熱烈になる。

 なので何でも良いから恋歌を選んで欲しい。ご近所中を走り回りそう。

 どの程度俺に惚れてくれたのか、どういう気持ちなのか不明。なのでどの恋歌かな? いつかな? と結構ソワソワしている。

 忍ぶれど色にでにけり、とか?


 忍んでいたけど顔に出ていて「お慕いしている人がいますか?」と問われてしまった。多分俺の予想はこれ。

 リルは特に忍んではいないけど。隠す理由がない。


 嫁同士でどんな会話をしたのか知らないけど「旦那様は雅」なら俺は褒められた。そしてリルは少しは俺を恋しいというような気持ちを語ってくれた。

 それで「リルさんは旦那様をお慕いしてるんですね」とか言われて、近い意味の忍ぶれどに辿り着く。

 まあ、秋の景色の歌を贈ったから秋の景色の歌でも仕方ない。感謝の歌かもしれない。

 高望みはしない。期待もしない。してるけどしない。


「っん! ひゃあ」


 考え事しながらリルの耳やら首で遊んでいたら、ようやく声が出た。

 顔が真っ赤になるくらい息を止めて耐えるとか、今夜もかわゆい。

 かわゆい、好きと言うのは軟弱男だなんて考えを祖父や同級生達に刷り込まれて育ったので中々口に出来ず。

 龍歌より軽い言葉で短いのに、照れるし恥ずかしいし軟弱男にはなりたくないと考えてしまうので難しい。

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