4話
朝食は義父と義母と3人。ロイは起きてこなくて義母に「休みだから寝かしといて」と言われた。
朝食後少ししてから義父をお見送り。後片付けをして義母と2人で洗濯とお掃除。といっても洗濯は私。
義母は動かし辛い手足を動かすリハビリをしないといけない。でも動くのは大変。嫁が来たので義母は今後辛くない範囲で出来ることをする。あと私に教育指導。
ロイは全然起きてこない。羨ましい。私は眠い。なのでまだ私とロイの布団を干せない。
(良い天気なんだけどなあ)
庭に洗い場も井戸もあるってとてつもなく便利。家族の人数が減って洗濯物が少ない。洗濯は予想より早く終わった。義父と義母の布団も干す。2組だけとこれまた少なくて楽。
雲一つない秋晴れで気持ちが良い。夏の終わりでもあるから蝉はうるさい。蝉ばくだんは嫌い。
「ふあああ」
空を見ていたらまたあくび。眠い。
「……」
あくびをしながら振り返ったものだから、義母に見られてしまった。
「すみません」
「まあまあ、謝ることなんてありません。昨日の今日なのに、朝から働いて疲れますね」
「いえ」
「それなのにロイはまだ寝ていて。ふふっ。隣で少し寝てきたら? あの子が寝ているから布団がそのままでしょう?」
「いえ。掃除の続きやお昼の支度があります」
「寝る前に昆布のおにぎりを握ってくれる? 大事なお嫁さんですからね。遠慮しなくて良いですよ。私も今日はいつもよりゆっくりしてます」
ほらほら、と台所へ行かされた。言われた通りおにぎりを作る。迷って小さめのおにぎりを2つ、昆布の佃煮と梅と2種類にした。
濡らした手拭いをかけて、居間のテーブルに置く。
お昼近いけど私はお腹が減っていない。朝食が今までと違って多くて。義母は刺繍を始めた。
大きな白い布を広げて、春の花を縫っている。濃淡はあるけど全部赤系。梅?
「梅ですか? これもリハビリですか?」
「似ているけど桃よ。リハビリもあるけど趣味ね。可愛らしいお嫁さんに春の浴衣を作ります」
義母が私に笑いかけた。
「ご近所のお嫁さんにですか? きっとその方、とても喜びます」
「そう?」
「ええ。色合いも柄もとても素敵です」
「そう? そうですか。それは良かったです。あなたの浴衣ですからね」
「私ですか?」
先程、可愛らしいお嫁さん、と言わなかった?
義母はニコニコしながら首を縦に振った。親切で優しい上にお世辞も言ってくれるのか。
のっぺり顔のぼんやり娘を可愛いと言ってくれた人はこの義母が初。こんなに良い義母は滅多にいないだろう。大事にしなくては。
「夕食もお風呂の支度も頼みますからね。寝るなら早く寝てきなさい」
「はい」
感激しながら2階に上がる。そうっと襖を開けて中を覗くと、ロイはまだ寝ていた。朝とは違って大の字。
私の布団から半分はみ出して自分の布団の上にいる。仕方ないので私の布団を掛ける。寝相の悪い兄や妹達みたい。
ふわあ、とまたあくびが出た。
(隣で寝て、ずっと寝てるサボり嫁とか思われないかな)
少し考える。誤解されたら……義母が解いてくれる。そんな気がする。意地悪される気配がない。
「ん……」
しばらくしてロイがみじろぎした。寝る前にロイが起きたら、私は眠れない?
働いて下さい、起きて下さいって起こされる?
様子を確認と思って横を向く。どうか眠ったままで……起きた。彼は起きてしまった。こちらを向いていて、目をこすっている。
「リルさん」
「はい」
「おはようございます」
「はい。おはようございます」
驚いたことに、ロイは横になったままズリズリ近寄ってきた。近い。なぜ?
ロイの左腕が体の上に乗る。
「リルさん」
「はい」
さらに驚いたことに、右手の親指が私の唇をなぞった。戸惑っていたら顔が近づいてきてキス。しかも1回、2回、3回と続いた。
ビックリして瞬きをしていたらロイは立ち上がった。
「昨日は朝から疲れたでしょう。その、夜もつい。母上に声を掛けて自分が朝の仕事をしますから、朝食までゆっくりしていて下さい」
そう告げるとロイは寝室から出ていった。
(夜もつい? つい、何? ゆっくりして下さい。朝の仕事をしますなんて優しい。朝じゃないけど。優しくされてあれなら、夜のお勤めは本来はもっと大変ってこと……)
子作りって重労働みたい。色々したから、産み分けとか、早く授かるためのコツってこと?
私は目を閉じた。眠いからお昼寝出来るのは嬉しい。
うとうと、もう起きる?
うとうと、そろそろ?
うとうと……薄目を開けたり閉じたり。夕食の支度やお風呂の準備があるから落ち着かない。
カンと12時を告げる鐘の音。
(ロイさんのお昼!)
慌てて飛び起きる。寝た気はしないけど、眠気が吹き飛んだ。慌てて1階に降りる。
居間には義母しかいなかった。まだ刺繍をしている。おにぎりは手付かず。
「おはよう。早いですね」
「旦那様のお昼ご飯があると思い出しまして」
「珍しく随分飲んで帰ってきたから夕方まで寝てるかと思ったんたけど、起きましたね。頼んで良い? その後、また休むと良いです」
「いえ。少し寝たら目が覚めました」
「そう? 遠慮はいりませんからね。ロイは走りに行ったわ。その後は、いつも通りなら素振り。その後にお昼を食べると思います」
「はい、ありがとうございます」
「ロイの朝食を冷めたままで良いから並べてくれる?」
「温かい方が良いのでお茶を淹れてお茶漬けにします。お義母さんのおにぎりもそうしますか?」
「あら、気が利くわね。お願いします」
台所へ移動。小さい七輪で、少ない炭を使ってヤカンでお湯を沸かす。
この家は色々あって、色々作れて、工夫出来て楽しい。
濡れ手拭いをかけてとってあるロイの朝食を居間の机へ運ぶ。義母のおにぎりをお茶漬けにする大きめのお茶碗も用意。
少し悩んで、味噌汁腕を持って台所に戻る。七輪にまだ火があるので、土瓶に味噌汁を入れて温めた。
火が足りなくて少々ぬるそうだけど、冷たいより良いだろう。
昼食準備が終わったので2階に戻った。雨戸を開けて、布団をベランダに干す。2階の掃除は明日。1階と2階の掃除は1日交代と聞いている。
(1階の掃除の続きと、お風呂と、洗濯物を片付けて夕飯の支度。栗も煮る。買い物は明後日って言ってた)
今週の献立は毎食義母に確認する。明後日、義母と一緒に買い物へ行く。その後は基本的に献立から買い物まで全部任される予定。食費も渡される。卿家の食費っていくらだろう。
市場で買い物、値切るのは苦手。いつも母や妹が担当していた。不安だ。
毎日忙しそうだけど、週に1回くらいなら川へ釣りに行ける? 魚を釣れば食費が浮く。
釣竿などの道具は長屋での宴会の帰りにでも持ってくるつもり。
昨日の披露宴で食べたような鯛は海まで行かないと無理だし、海に行っても鯛なんて釣れたことがない。この仕事量だと海釣りは遠くて無理そう。
釣りが下手で、どこかでぼんやりしてって誤解されてよく怒られた。
「リルさん」
義父の書斎の畳の拭き掃除をしていたら、ロイに声を掛けられた。
「はい、旦那様」
ロイは無表情。昼食もとい朝食が気に入らなかった? 義父も義母にも何も言われなかった。
いや、義母には「うちのお味噌汁はもう少し薄味で良いです。かめ屋は濃いのよね」と言われた。明日再挑戦。
「リルさん、君の昼食は?」
「朝食が今までで1番多く、おなかがいっぱいです」
「そうですか」
「旦那様は足りました?」
それで気がつく。近くにいて、おかわりの配膳をする仕事があった。
「ええ。先程はすみません。朝だと思ったらもう昼で。昼寝の邪魔をしましたね」
「いえ。昼寝させていただきました。ありがとうございます」
「今日は休みです。手伝います」
手伝う?
「風呂の支度と布団と洗濯物の取り込みをしますね」
「あの、私の仕事です」
「そうですね。休みの日は手伝います。母上と色々していましたから」
ロイが去っていく。そうなの?
そうなのか。男も家事をするなんて聞いたことない。父はそんなことしたことない。後を追いかける。
「あの」
居間でロイに追いついた。食器が何もない。義母は刺繍をやめて、本を読んでいた。
「リルさん、栗は明日煮ましょう? ロイが一緒に出掛けたいから色々手伝うそうです。私はこうしていられて楽だわ」
「母上」
これは拗ね顔。妹達がよくする顔。拗ねる? 何に?
ロイの無表情と微笑み、それから昨夜の暗い暗い部屋の中で見た苦しそうな表情以外を初めて見た。
「私と外出とはご近所に挨拶回りですか?」
「いえ、それは母上と明日です」
それは聞いている。前倒しではないらしい。
「その、まあ。散策にでも」
道を教えてくれるのか。事前に父とこの辺りの道を覚えたけど、それは伝わってなかったらしい。父が忘れたのだろう。
「この辺りの道は父と覚えました」
「そうですか」
「リルさん、掃除は今日はもう良いから、夕食をある程度準備してしまうと良いです」
「はい。ありがとうございます」
「リルさん、出掛けられそうになったら声を掛けます」
出掛けるの? ちゃんと道は覚えたって伝えたけど。
「はい」
他に何かすることがあるのかな?
掃除の後片付けをして夕食の下準備。お米を研いでおき、大根を煮る準備。包丁がスパスパ切れて楽しいのでかめ屋で見た飾り切りの真似。飾り切りで出た細かいものは明日のお弁当用に使う。
朝とは別の野菜の漬物を切る。お味噌汁はほうれん草で出汁は朝まとめてとってある。
お弁当の残りの卵焼きを4等分。煮豆の残りも出す。素晴らしく贅沢な夕食。下準備良し!
「リルさん。こちらは良いですが、どうですか?」
「はい、旦那様。すぐに」
割烹着を脱いで、棚の上の空いてるところに置く。義母に挨拶をして、ロイと2人で家を出た。
(どこへ何をしに行くんだろう?)
聞いて良いのか迷う。無表情ではなくて、少し険しい表情だから。