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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: 彩ぺん
日常編

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日常編「リルと料理教室 ミユ編」

時系列的にはルカ出産前、ミユとイオは婚約中の話です。

 今日はミユの家で料理教室を行う。

 参加者は私とミユ、それからミユの友人であるスズとチエだ。

 スズとチエとは、ミユとイオの結納会で少し喋ったので、人見知りはそこまでしないはず。

 今日はきっと楽しい会になるだろう。


 火消しと親しくしておくと助けてもらえるので、今日の料理教室は家守りとしての仕事。

 私としては遊びで、義母も「普通に楽しんでくればそれで勤めを果たしたことになる」と言っていた。

 今日、我が家は掃除をしなくても綺麗。洗濯は洗濯屋、義母のお昼は友人宅、我が家の夕食は外食となったので気楽。


 朝から実家へ行ってもルルたちは寺子屋で不在だけど、ルカはいるかもしれないので顔を出した。

 もうすぐ出産のルカはやはり家にいて、ジンと二人で内職をしていた。

 職場からあれこれ運んで、家を仕事場にしているそうだ。

 ルカのお腹に手を添えて、耳をつけて、「リル叔母さんですよ〜」と心の中で呟く。


「あっ、動いた」


「蹴られた、蹴られた。男の子でも、女の子でも、やんちゃな子が産まれるよ」


 自分も胎動を知りたいとジンが私と同じことをしたけど、赤ちゃんは動かないみたい。

 二人に見送られてミユの家へ向かっていると、「リルちゃんじゃん」という声がした。

 声の方向に顔を向けると、知らない若い男性が爽やか笑顔で「やぁ」と手を上げながら近寄ってきた。


 誰?


「リルちゃんの嫁ぎ先ってここら辺なのか?」


 誰だっけ。誰だろう。きっと兄の友人に違いない。地味な着物姿なので、髪型や服装的に火消しではなさそう。

 

「いえ」


「おお、じゃあ実家に顔を出しに行く途中?」


「あ、あの。ミユさんと会います」


 兄の友人らしきこの人物は、ミユを知っているだろうか。


「イオの婚約者ちゃんとリルちゃんって友達だったんだ。そういうことか。イオにお嬢さんはおかしいと思っていたけどそういう縁。リルちゃんがネビーの親友のために紹介かぁ〜」


 ペラペラ喋るので、ますます兄の友人疑惑。


「いえ、イオさんがミユさんを助けました」


「あー、そういえばそうだったな。あいつ、働いていたら、火の中に嫁がいたって言うてた」


 イオには世話になっているし同じく兄にも。二人とも薄情だから気まぐれにしか飲み会に来ない。

 彼はそう言いながら、私に一大銅貨を差し出して、お嬢さんたちに差し入れを買う資金、自分という色男を宣伝してくれと言い、去っていった。

 誰だか分からないと宣伝できないので困った。

 馬っぽい顔立ちの、穏やかでタレ目な人だとイオに言ったら伝わるだろうか。

 せっかく一大銅貨を貰ったので、通りにあったお店で絵飴を購入。

 憧れの絵飴をついに自分で買ってしまった。かわゆい猫の絵だから、きっとみんな喜ぶだろう。

 我が家の庭に悪さをする猫は嫌いだけど、他の猫や創作物の猫は好きだ。


 鼻歌混じりで歩いていたら「ちょっとそこのお嬢さん」と見知らぬ若い男性に話しかけられた。

 また兄の友人のようだ。ド派手な着物に剃り込みの入った髪型なので火消し疑惑。


「君、ネビーの妹か何かじゃないか?」


「兵官のネビーのことなら私の兄です」


 この人はさっきの人と違って表情が険しいので、兄の友人ではない可能性がある。

 火消しではなくて暴れ組で「お前の兄には恨みがある!」だったらどうしよう。

 とりあえず、後退り。


「忙しい、忙しいって無視するから手紙を書いたのにあの野郎、返事をしねぇんだ。君から言ってくれないか?」


「忘れっぽい兄ですみません」


 兄への復讐はされなそうで安堵。


「二組のコンに着物を返せって伝えてくれ」


 二組のコン。どこかで聞いたことのある名前だな。


「すみません。伝えます」


 まったく、兄のド忘れには呆れる。友達に借りたものは返さないとダメ。


「見た目はそこそこ似てるけど、兄貴と似てないお嬢さん妹だな。その調子であんなのを見習うんじゃないぞ」


 偉いと褒められて「あれ、既婚者なのか」と結婚指輪に注目された。


「妹に先を越されるとは。まっ、あいつはあれもこれも嫌だって言う、我儘(わがまま)の高望みだからな」


 にこやかな笑顔で「じゃあ、よろしく!」と手を振られたので、会釈を返して出発。

 実家あたりを歩くと、こんな風に兄関係で何かが起こり、知らなかったことを知る。


 少し道に迷ったけど、人見知りを以前よりも克服しているので人に尋ねることができて、ミユの家に無事に着いた。

 玄関前で「おはようございます、リルです」と声を出す。

 少し待つと割烹着に頭巾姿のミユが現れて「ようこそ、お待ちしていました」と笑いかけてくれた。

 家の中へ招かれて、居間でスズとチエが談笑していたのでご挨拶。

 イオの姿が見当たらないのでミユに尋ねたら、彼は「女だけの方が楽しいだろう」と言い、財布と荷物を置いて「遊んでくる」とハ組へ行ったそうだ。

 

「俺のものはミユのもの〜って歌いながら、この机に財布をぽいって置いて、好きに使ってって太っ腹ですよね」


 スズが愉快そうに笑うと、チエが「もうお嫁さん扱いですよね」と肩を揺らした。


「私はこれでミユさんを飾る物を買うとええと思いまーす」


「賛成でーす」


 チエとスズは顔を見合わせて笑い合った。仲良しだ。


「もうっ。二人とも。買い出しは済んでいるんですから、手をつけずに返します」


 ミユは私に、今朝、イオと二人で市場へ行って、彼が色々購入してくれたと教えてくれた。

 イオがロイ経由で聞いて食べたいものはアクアパッツァ、茶碗蒸し、りんご炒めだから、その材料を買ったという。

 

「家族に珍しい料理を振る舞って欲しいと、たまごを沢山買ってくれました」


「いよっ! さすが火消しのお嫁さん。小金持ちですね」


 スズは長屋の幼馴染っぽい雰囲気のあるお嬢さんだな。チエも同じ台詞を口にしたけど動きや言い方が違う。

 緊張しながら、私も「いよっ!」と乗ってみた。


「イオだけに、いよっ!」


「ふふふ」


 スズが合いの手を入れてくれて、チエが上品に笑い、ミユは少し怖い顔でぶすくれた。


「まだ結婚していません。そういうのはいいですから、早く料理をしますよ! リルさん、よろしくお願いします」

 

 ミユは少し頬を染めながらぷりぷり怒って、私たちを土間へ案内した。ルカみたいで面白い。


 では、いざ皆で楽しい料理会!


 土間へ移動すると、立派な魚が平桶に入っていて、もう下処理は終わっていた。

 年明けにはお嫁さんになるミユは、区立女学校を卒業した平家お嬢さん。卒業後は家守り修行と写師の二足のわらじ。

 魚の下処理はとっくに学び済みのようだ。


「ミユさんは自分で出来るのに『かわゆいミユの手が鱗で切れたら嫌だ』って、イオさんがここまでしてくれました」


 スズが楽しそうにコロコロと笑う。


「そうなんですよ、リルさん。ミユさんは毎日、毎日、可愛がられています」


 チエは上品な微笑みを浮かべた。


「なのにツンツンして可愛げがないんですよ。どう思いますか? 新妻の先輩として、心得を教えてあげて欲しいです」


 ミユが「料理です、料理」と唇を尖らせながら私の言葉を遮った。

 やっぱり、夫のことでからかわれると機嫌を悪くする、天邪鬼照れ屋のルカみたい。

 チエとスズはミユの様子にお構いなしのようで「照れちゃって」とか「内面もかわゆくなるべきですよ」と話し続けている。


「リルさんがわざわざ来てくれたんですから、まずは料理をして下さい」


「はーい」


「またあとで聞きましょう」


 幼馴染三人と最近知り合った私だと喋れない予感。そう思ったけど、チエが「照れていますね」と話しかけてくれたので喋れた。

 スズも「リルさんはイオさん幼馴染さんだから、彼の昔話とか教えて下さいね」と話しかけてくれて、返事をできたから大丈夫そう。


 私が料理を教える時間になり、先生と生徒ならもっと平気。

 今日、教える料理はどれも難しいものではない。

 三人ともテキパキしていている。ミユは私が送った手紙を元に料理冊子を作っていた。

 軽い指導だけで、どんどん料理が進んでいく。

 ミユが私を招こうと思った理由は、アクアパッツァの味の正解が分からなくて、茶碗蒸しの「蒸す」というのがピンッとこなかったからだと言われた。


「それは口実でーす」


「そうそう。ミユさんは風の噂でリルさんは素直でかわゆいお嫁さんって聞いて、その極意を教わりたいんでよ。ねっ」


 ミユはスズに軽く体当たりされて、スズには頬をつんつんされた。

 膨れっ面になったミユは、小さな声で「……頑張りたい気持ちはありまして」と呟いた。

 これは楽しい、らぶゆ話がはじまる予感。

 

「私が素直……そうなんですか?」


「私たちはイオさんから聞きました。イオさんはきっとリルさんの旦那さんに聞いたんですよね?」


「この間、飲み会があったから、多分その時ですよね」


「お裾分けのお餅をいただいたんですよ」


 お餅……ということは、ロイが兄に栗を食べられて怒ったという夜のこと。

 翌日、エリーたちと蛇投げをしたけど、ロイは酔い潰れて来れなかった。

 私の知らないところで私の話……私もロイのいないところでロイの話しをしている。


「……あっ、間接がええです」


「関節? ああ、護身術で関節技を覚えますと言うて、くっつけってことですね」


 スズの発言にチエが愉快そうに笑い、ミユは恥ずかしそうにうつむいている。


「あの、言葉足らずです」


 ミユが私にイオ話をして、私がそれをイオに伝える。

 婚約者に褒められていますと教えたら、彼はきっと喜ぶに違いない。


「そうしたらきっと、らぶゆが返ってきます」


「らぶゆー! そうでした。私たちもロメロとジュリーの冊子を拝見させていただいたんです。その節はありがとうございました」


「ネタバラシしてええんで、あの噂のロメルとジュリーについて教えてください!」


 話題はロメルとジュリーのことになり、私が最近好きな、らぶゆ話は始まらず、むしろ遠ざかってしまった。

 そして、沢山喋ることになり喉がカラカラ。

 でも、エドゥアールや毛むちじゃらカニの時のように飲み物なしではなく、ミユが用意してくれたお茶が沢山あったので全く嫌ではない。

 りんご炒め作りは昼食後の予定。アクアパッツァと茶碗蒸し、それから葉物のお浸しが完成。

 そこに香物も添えたら旅館で食べるような食事だ。

 

 ちょうどええ時間に「こんにちは〜あがるぜ〜」というイオの声がした。誰も出迎えに行かないと思っていたら、イオが土間へ現れた。

 婚約者だから、もう家族みたいに出入りするんだ。

 エリーやベイリーもこういう感じなのだろうか。


「ええ匂い。じゃじゃーん! 俺はちゃんと忘れずにパンを買ってきました!」


 風呂敷二つにそれぞれ長い食パンが一本ずつ。こんなにすごい。

 誰もご飯を炊かないけど、なぜなのか聞きそびれていた。

 パンを買うという話になっていたなんて。イオは私に教わったミーティアへ行ってきたと笑った。

 ここからだと遠いのに、わざわざ行ったのか。ただ、この辺りでパンを売っているお店はない。


「サンドチ? だっけ? タオが死んだ顔をしてたから作れない? 大変ならパンをそのまま食わしておけと思っていっぱい買ってきた」


「うわぁ。こんなに沢山、ありがとうございます」


 ミユが笑いかけると、イオはふにゃふにゃしたとても優しい笑顔を浮かべた。

 

「何気なしにルーベルさんに教わったって言うたらさ、マヨネズをおまけしてくれた」


 とりあえず食べよう、自主鍛錬をしたし、ミーティアまで走ったから腹ペコだと言いながら、イオは配膳を手伝ってくれた。

 義父やロイ、父や兄は家事関係ではわりと動かないけど、イオは真逆でジンみたい。

 イオはずっと美味しい、美味しい、リルちゃんは天才、最高の妹だと褒めてくれて、感謝してくれて、ミユとチエとスズのことも褒めまくり、ずっとニコニコしていてすこぶる感じがええ。

 

「年が明けたら毎日美味しいミユ飯かぁ〜。俺は世界で一番の果報者だな」


「イオさん、先程からずっとペラペラと。食事中にお喋りは行儀が悪いですよ」


「もう食べ終わってるけど。照れ屋のミユちゃんは今日も愛想が悪いですねー」


 ミユがイオをキッと睨み、その顔が怖かったので肝がギュッとなった。睨まれたイオもしょぼくれている。


「分かった、分かった。もう喋らない。っていうか帰る。悪いけど片付けはよろしく」


 イオは落ち込み顔から不機嫌というような表情になり、ゆっくり立ち上がり、小さなため息を残して私たちに背を向けた。

 ひらひら手を振りながら「皆、またね」と言い残して去っていく。

 楽しくて和やかだった空気が一転、とても重たくなってしまった。


「……」


 しかめっ面のミユはうつむいて小刻みに震えた。彼女の目には涙がにじんで見える。


「泣かないで早く謝ってきなさい」


「そうですよ、ミユさん。天邪鬼はやめるって言うてるのに、悪化していませんか?」


 私はおろおろしてしまったけど、チエとスズはあまり動揺していない。


「……自分なりに励んでいますがつい」


「ほらほら、すぐの方がええですよ」


「行ってらっしゃい」


 チエとスズが、ミユを促したので私も「鉄は熱いうちです」と言ってみた。喧嘩は良くない。

 立ち上がったミユを見送ろうと立ち、玄関へ続く廊下へ行こうとしたら、スズに手招きされた。

 ミユだけが廊下を進み、私たちは隠れるような状態に。

 なぜスズがそうしたのか「あっ」と気づく。

 帰ると言ったイオは玄関に腰掛けて、斜めを向いていた。ミユが彼に近づいていく。


「……怒ったフリなんてずるいです」


「謝ってくれる気がして待ってた。俺、足が早いし、気分転換だーってどこかに飲みに行ったらさ、ミユは見つけられないだろう?」


「……ありがとうございます。それから、すみませんでした」


「何が? 君の人前での態度の悪さは照れからくるって分かっているから別に」


「……気をつけようと思っているんですけど、すみません」


「努力していることも知ってる。まっ、でもいつ誤解するか分からないから、本心と違うことは言わない方がええよ」


 私たちから見えるミユは後ろ姿なので、彼女が今、どのような表情なのか分からない。

 イオの姿もミユで隠れているので、彼のことも見えない。


「……試すなんてずるいです」


「結果的にそうなっただけ。大人気なくすねたり、笑って見過ごせなくてごめんね」


 らぶゆ話は聞けてなかったけど、らぶゆを見ることができた。観劇みたいに、すこぶるドキドキする。


「あの。いつも歩み寄ってくれてありがとうございます」


「先に謝って欲しいっていう我儘(わがまま)を受け入れてくれてありがとう。じゃあ、また。明日、夜勤明けでまた来るから」


 イオがスッと立ち上がったので彼の表情が見えた。とても優しく笑い、ミユの頭をぽんぽんと撫でた。

 そっと顔をミユの耳元に近づけて、少ししてから離れる。そうしてかや、片手を軽く手を挙げて玄関から外へ出て行った。

 ミユは両手を握りしめて、腕を少し震わせながら立ち尽くしている。


「イオさんは大人ですねぇ」


「ミユさんは私たちの中にいるとお姉さんなのに、イオさんが絡むとお子様ですね」


「覗き見しないで下さい!」


 振り返ったミユは、私たちに向かってすね顔で怒鳴った。

 盗み見してすみませんと謝ろうとしたけど、チエとスズが「心配したのに」みたいに言い返す。


「イオさんは夜勤なんですね。お夜食か何か差し入れしてあげましょう」


「ほらほら、ミユさん。その天邪鬼照れ屋をやめる練習をしなさい」


 ミユはとぼとぼ戻ってきて「八つ当たりしてすみません。……イオさんのあの顔は怒っています」と呟いた。


「ここからだと表情が見えませんでした。怒ったのに我慢してくれたんですね。何回も繰り返すと疲れさせてしまいますよ」


「そうですよ」


「……ええ。きちんと謝るし、気をつけます」


 私たちは昼食の片付けをしながら、夜食は何が良いか相談を始めた。

 イオが沢山パンを買ってきてくれて、弟に作って欲しいと頼んだから、サンドイッチという案と、彼がとても好きないなり寿司、どちらが良いか悩む。

 最近のイオは朝、お茶漬けが良いらしいのと、沢山食べると言う理由で、両方にすることに。

 足りない材料を皆で買いに行き、家に戻って料理を開始。

 

 ミユは反省したのか、ツンツンしなくなった。

 イオはいなり寿司が好きだからか狐関係のふざけをするとか、怒らなくて優しいみたいな、ほんのりらぶゆ話もしてくれた。

 サンドイッチ作りは私が教えたけど、いなり寿司作りはミユ主導。

 はじめましての味付けや飾りつけは楽しく、ミユはミユで、私が試しに作った狐の形のいなり寿司を喜んでくれた。


 楽しくて、夢中であれこれ作っていたので、予定よりも遅くなってしまった。

 帰宅したミユの父が私たちを送ると言ってくれたその時、「ごめんください」と来訪者。

 イオの声? と思ったら彼だった。まだ私たちがいたら夜勤前に家まで送ろうと考えてくれたらしい。

 彼はもう制服に着替えていて、「楽しいと時間を忘れがちだから、まだいるかもと思って確認にきた」と私たちに笑いかけた。


「行こうか。失礼します」


 ミユが何か言いたげだったのに、私たちも「夜食」と教えようとしたのに、イオは私たちを急かした。

 四人で出発すると、今日の昼食は珍しいもので美味しかったとお礼を言われ、その後は秋は火事が増えるからと注意喚起話。

 一番近いスズの家へ行き、次はチエの家。

 家の大きさと表札で、チエは平家お嬢さんではなく、もっと上のお嬢さんだと判明。

 イオと二人きりになり、これから仕事なのに職場から離れる我が家へ行くのは悪い、父かジンに頼むから、実家へ連れて行って欲しいと頼んだ。

 でも、出勤に間に合うだろから平気だと断られた。


「俺らの勤務はゆるゆるだから遅刻っていう概念はあんまりない。妹分の送迎ついでにあちこち見回りしたで許される。そのためにさ、まだ勤務時間外だけどもう制服」


「そういうことならええんですかね」


「ええって、ええって。あちこちから仕事熱心って言われたいからさ、仕事理由になってくれ」


「それなら……甘えます。ありがとうございます」


「俺こそありがとう。あっ、実家に顔を出してから帰りたい?」


「いえ。今夜、我が家は外食なので待たせられません」


 ルルたちには悪いけど、寂しがらせたら我が家に遊びにきそうだし、最近会ったばかりだから今日はいいや。

 

「おっ、何を食べに行くの?」


「秘密と言われています」


「それは楽しみだ。俺は雑煮が食べたいなぁ。この間、ロイさんのおかげで餅つきをできただろう? あれから口が餅なんだ」


 そうなの?  

 それなら差し入れはお餅にしたのに。

 体が冷えるような季節になってきたので、温かいものを差し入れたらきっと喜ばれるけど、サンドイッチといなり寿司という案があったので、この発想はなかった。

 帰り道、イオにミユが褒めていたという話をしようとしたけど、彼がロイ話をするので出来ず。

 火消し遊びに混じったロイは、何をしてもお坊ちゃんで、背筋が伸びていて面白かったとか、かなり酔っ払うと私の褒め話ばかりだったと教えられ、嬉し恥ずかし。

 この話に便乗してミユもイオを褒めていたと言おうとしたけど、兄は遊びの場からすぐいなくなる薄情者という話題に逸れてしまった。

 待ってくれるから会話になるけど、話題変更するほどの隙はない。


 モタモタで、友達になったミユのために働けないのはいかがなものか。

 えいやっ! と隙を探して、ミユがイオを褒めていたことと、夜食を楽しみにするとええと教えた。


「喧嘩っぽかったから心配してくれたんだな。ありがとう。でも俺らはあれが普通っていうか、ミユの照れには慣れてきた」


「誤解してないですか?」


「してない。ミユって照れで怒ったり後悔したり、焦ったり、笑ったり、分かりやすくてかわええんから」


 さすが火消し。堂々と「かわええ」と言って破廉恥さを感じさせない。


「誤解じゃなくても、俺は一生、ずっと『好きだー』って言うからええ。気力が出なくて少し時間が空くことはあるけど少しだけ」


 爽やかにはっきり『好き』と言うなんて。びっくりしたしドキドキもする。ロイも似た感じで言わないかな。


 町内会まできたら、イオは「むっ、火の匂い」と言い、私を片腕で抱えて走り出した。

 突然小脇に抱えられたので動転していたら、どこかの家の玄関前にわりと雑に置いていかれた。

 何? と思っていたら、イオは玄関ではない出入り口を叩き、「開けろ!」と叫んだ。


「火消しだ! 火の匂いがするから開けろ!」

 

 瞬間、扉が開いて、「助けて下さい!」と暗くて顔が見えない女性が出てきて、彼女はイオの手で外へ連れ出された。


「ちょっ! 水をかけようとするな! 大火事になるだろう!」


 何? 火事? と嫌なドキドキに襲われておろおろしながら、家から出された女性に近寄り、「大丈夫ですか?」と質問。

 片手をおさえているので火傷した疑惑。

 イオの指示があれこれ聞こえてしばらくして、「ありがとうございました」という男性の声がした。

 するとイオが出てきて、私たちを見て、女性に「怪我をしたんですね」と話しかけ、ひょいっと横抱きにした。


「明るいところで確認します。リルちゃん、手伝ってくれる?」


「あっ、はい!」


 一緒に家の中に入り、土間の出入り口だったのかとか、手拭いが何かの上に覆い被さっているので鍋か何かの中身が燃えた? と考えながらイオについていく。

 彼は家の中にいた若い男性——多分学生に薬箱を持ってくるように指示した。

 学生はおろおろして動かず、不安げな顔で姿を表した女の子が「持ってきます」と叫ぶ。

 灯りのある部屋で、イオは女性——私は何度か挨拶をしたことのある名前を覚えていない奥さんの手の様子を確認して、「軽いし範囲も狭いから火消しの応急手当てで大丈夫です」と笑いかけた。


「明日、また様子を見にきますね。その時に防火話や対策のことも伝えます。この時間なら息子さんは家にいますね? 彼にも話さないと」


「何から何まですみません」


「そのために火消しがいるんですよ。でも、今日みたいにたまたますぐ駆けつけられるのは稀だから、勉強や訓練はしましょうね」


 感謝されるイオと共に家を出た。初めて火消しの活躍を目撃した。すこぶる格好ええ。

 家まで送ってもらい、義父もロイもまだ帰宅前だったので、義母にイオの褒め話をした。


「まぁまぁ、嫁を送っていただいたばかりか、ご近所さんの救命まで。出勤前にもう働いてお疲れでしょう。ぜひ、少し休んでいって下さい」


「疲れてないんで大丈夫です。じゃあ、また」


 イオは「注意事項などを教えに来るからそれまで油を使わないように、火の用心」と言い残して帰った。

 義母はご機嫌で、私のおかげで我が家の評判があがる、火消しという時点で好印象だけど、キノコ事件の時といい、本当にええ火消しだと語った。

 

「兄の友人、昔、遊んでくれたお兄さんって認識だったけど、頼れる火消しさんの一人なんだと分かってきました」


「イオさんとミユさんと仲良くして、我が家やこの町内会に結びつけ続けてちょうだい」


 そういうわけで、私はまたミユたちと遊べることになった。

 今度は我が家に来てもらう。

 イオは親切なことに、私たちの遊ぶ日に合わせて、町内会に秋の火事撲滅指導をしてくれるそうだ。

 

 遊ぶ日が来て、ミユは料理を教えてくれて、仲直りの手助けもしてくれたお礼だと、一冊の本を持ってきてくれた。

 イオのおかげで珍しい異国小説を手に入れて、読破したから貸してくれるそうだ。

 青薔薇と前髪のお姫様の話なんて最高だ!


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