33話
☆★
お腹はちきれそう。夕食はオムライス。作る前に見本をどうぞということだったみたい。
ロイのオムライスはつるつる薄焼き卵に包まれていて、私はふわふわ半熟卵が乗っているオムライス。
初めてでとロイが頼んだら、このお店もミーティア同様に半分ずつにしてくれたので2種類とも食べられた。
本に載っていたのは薄焼き卵のオムライス。
私は四角い卵焼き用の鍋で卵を焼くつもり。今日のような形にはならないけどそれは仕方ない。
教えてくれるか分からないけど、ふわふわ半熟卵はどうするのか聞いたら、なんと料理人が来てくれた。
そして「ご家庭なら牛乳を混ぜて煮物用の鍋で半熟にしておたまで上からかけると少し似たようになると思います」と教えてくれた。
それでケチャップを売っているので良かったらどうぞとすすめられ、お小遣いで購入。
「あの親切はケチャップ売りの宣伝。商売上手ですね」
「はい。こうして買っています。本の作り方や味付けではこのケチャップにはならんと思うのでええ買い物しました」
ロイに後から食費とお小遣いを入れ替えておきます、と言われたけど食費足りるかな?
足りると思って買った。暗算が正しいのか不安なので帰ったら確認。
立ち乗り馬車までまた2人で手を繋いで歩いた。
南3区に到着して、しばらくしたら手繋ぎなし。
ご近所さんの家が近くなると手を繋がないみたい。すこぶる残念。
今風を知られていないからかな?
帰宅すると、義父母とも湯上がりで雨戸も全部閉めてあった。夕食の片付けも朝食の準備までして終わっている。
義母は「最近のんびりしていましたから調子がええです。リハビリがてらしました」と言ってくれたので、何か……と思っていたら義父に将棋に誘われた。
ロイは義母に「母上、足を揉みますか? 歩いて疲れたでしょう」と声を掛け、義母に頼まれたので足揉み開始。
義母は気になる、と言ってロメルとジュリーの冊子を読み始めた。
「おお、リルさん。駒の並べ方は覚えているな」
「はい」
「お芝居はどうやった?」
「沢山泣きました。お芝居で良かったです」
「アンソニーに紅葉草子みたいな話だと聞いている。そりゃあ華族のお嬢様達に人気が出る。ようしリルさん。この王だけに勝ってみなさい」
「はい」
紅葉草子が気になってきた。勉強を続けたら読めるかな。読んでみたい。
華族のお嬢様、ジュリーの衣装も部屋も私の想像の皇女様よりも立派で綺麗だった。つまり皇女様はもっとすごいことになる。
ジュリーはあの宝の山も大切な家族も全部捨ててロメルと一緒にいたかった。
風のせいでそれさえ叶わなかった。辛い。あの風に腹が立つ。今夜風が吹くたびにイライラした。
1回しか会っていないのにロメルもジュリーも熱烈だったのは、お芝居だからかな?
何回も会う場面をお芝居していたら時間がかかってしまう。
歩が邪魔で他の駒が進められないので全部の歩を前へ進めていく。
「らぶゆ、は何やった?」
「らぶゆはあいらぶゆです。それで月が綺麗です、でした」
義父が首を捻った。
「お義父さん。常人の恋ふといふよりは、だそうです」
「お義母さん。その龍歌の意味を知りたいです。他の話に夢中で旦那様に聞くのを忘れていました」
「お父さんに聞きなさい」
「はい。お義父さ……」
「ロイに聞きなさい」
「ロメルとジュリーのような状態のことです。特に最後です」
ロメルとジュリーの最後……2人とも死んでしまった。
それが悲しくて泣いてたけど、ロメルはなぜ自分で切腹?
ジュリーが生きていないなら死ぬ。
痛いし怖いし家族もマキシオも悲しむのに……。それよりジュリーがいないことは辛いってこと?
狂ってる。恋狂いだ。これこそが恋狂い。
それなら私はロイに恋して……いや、1番すごい恋狂いってことなだけ。
私はロイが好きだ。そこは勘違いしない。
ジュリーの「北極星のようになりたい」という想いと私の気持ちは絶対似ているか同じ。
もしもロイが死んだら……想像しただけで大泣きしそうなので考えない。ロイは元気いっぱい。大丈夫。
「ありがとうございます。分かりまし……らぶゆも月が綺麗ですもその意味です?」
「まあ、幅広くですよ。その人によるのではないですかね。龍歌は大袈裟なものです」
「旦那様、北極星のようになりたいですの龍歌は何です?」
「千夜に八千代にみたいな歌、千年万年共にいましょうみたいな歌なので、北極星の例えほぼそのままです」
「ありがとうございます」
千年万年……死んでもだ。死んでも一緒にいましょう。死後も恋人、夫婦でいましょう。
ロイに言ったのを思い出したら恥ずかしくなってきた。大袈裟な表現だけどその気持ちは分かる。
人が死んだ後どうなるかなんて考えたら眠れなくなるほど恐ろしいので考えなくなったけど、死後もロイと2人で居られると思うと怖くない気がする。
歩を取られたら使われてしまうと気がついて固まる。
取られないように他の駒を進めるか……歩をと金に出世させることを目指す?
「北極星? 北極星かどうしたんだ」
「お父さん。西の国では北極星は2つだそうです。隣の少し小さい星のことでしょう」
義母は冊子に夢中という様子。私ももっと漢字を読めるようになりたい。
「その2つ並びの北極星のようになりたいか。そういう場面が出てくるんだな」
「はい」
「皇族や華族の方々は言葉遊びを増やすからなあ。そのうち2連星の簪が出回るかもな」
にれんぼし。おそらく2つの星のこと。青鬼灯の簪って似てない?
「旦那様、ロメルとジュリーを知ったのは最近ですか?」
「ええ。オーランドさんから聞きました」
「そうですか」
違った。残念。いや逆だ。そう思ったのでもっともっと大切にしてずっと失くさないようにしますと言えば……無理そう。
またフクロウみたいになる。
「あっ……」
「よしよし。駒を手に入れたぞ」
ほくほく顔の義父を見て、集中するぞ! と喋るのも他のことも考えるのもやめた。
それで負け。動かし方を覚えていて褒められた。
明日簡単な戦法の練習と詰将棋をすることになった。まだ将棋の本を読んでないからしっかり教わる。
☆★
寝る時間になり寝室に入ると、布団の上にあぐらをかいて本を読んでいたロイに手招きされた。
どうぞ、と促されて最近よく座るところに座る。ロイの足と足の間。それで後ろから抱きしめられる。ロイが私越しに本を読む。
でもこれは長く続かない。多分だけど私に部屋を暗くさせないためな気がしている。
ロイが優しいから従順はすっかりどこかへ消えて、恥ずかしさに耐えられなくて、イヤイヤ言ってしまうのにわりと無駄。
すごく嫌は聞いてくれる。なので余計に従順ではなくなっている。それを怒られることはない。
「旦那様。寝る時は声を掛けて下さい。私は明るいと中々眠れません。……ゃっ」
耳に息を吹きかけられた。
返事なし。何も聞こえません、してません、って顔で本を見つめている。
そうだ、と思い出して私はロイの足をくすぐろうとして、一応勉強中だしな、と止めた。
「毎日寝る時は暗くしていますよ」
そうだった。言葉選びを失敗した。
「それにリスはとても小さいから暗くしたら見つからなくなります」
「んんっ!」
耳を好き勝手されて、ロイが本を閉じて置いたら……こうなるよね。
「ロイさ……んっ!」
「勉強せんといかんのでお休みなさい」
珍しくロイは私から離れた。これはこれで……寂しい。キスくらいしたかった。特に好きですと伝えられて好きですと返した今夜は。
渋々寝る。うとうとはするけど、妙に寂しくて眠れない。
起きてそうっとそうっとロイの書斎を確認したら、まだ机に向かっていた。声を掛けるか悩む。
カン! と0時を告げる鐘の音。5時間しか眠れないと昼間眠くなる。
寝坊事件があってから11時には寝ている。ロイは前より早起きをして夜だけではなく朝も勉強を始めている。
それでも試験に受かるには足りない?
ロイはまだ寝なくて大丈夫なのかな?
そろそろ寝るかな?
目が少し覚めたのでお茶でも淹れましょうか? と声を掛けようか。
声を掛けたら勉強の邪魔かも……。
もう寝るかも……。
「リルさん」
「はい!」
ロイの書斎前で正座したまま眠っていたらしい。
「寂しくて眠れなくてお茶でも淹れ……」
私は多分寝ぼけている。
「ああもう。今夜は遅かったので我慢したのに何ですか。あの芝居を見た後だと止まらん気がしましたし」
「えっ?」
抱き上げられてキスされて気がついたら布団の上に組み敷かれていた。
「リルさんが誘ったんで明日、もう今日か。眠くても我慢して下さい」
「誘って? あ、あの……んっ……」
誘ってない。誘ったことなんてない。例えばキスしたいと誘って良いの?
そんなの言えない。寝顔の頬にこっそりキスしたことはある。それで限界。
今夜の山のようなキスは夢見心地以上に夢見心地だったけど眠い。ぐったり。
その後うとうと寝てお互い同じくらいに起きて再び。
眠いやぐったりよりも、また夢見心地のキスを沢山されて、抱きしめられたい、抱きしめたいと思ってしまったから。ロイも同じ気持ちだといい。
その後カンカンカン、カンカンと5時の鐘が鳴った。
私を抱きしめるロイは眠そうな声で「こっそり仕事を手伝うので少し寝ましょう」や「試験に受かったら一緒に旅行だと思うと楽しみです。だから……勉強しないと……」と口にして眠った。
旅行は私も行けるのか。留守番だと思っていた。
眠さに耐えて起きて家事をしないとならない。
でもこの腕の中にずーっといたい。そう思っていたら寝てしまってまさかのお昼前。
これは私も色恋狂いだと思った。
義父も義母も「休みの日くらいたまにはゆっくりしなさい」と言ってくれて安堵。
と思ったら「まあ、半人前や新米嫁なのにええご身分ですね」と義母に低い声でにこやかに言われて肝が冷えた。
私は家中を掃除し、ロイは夕食まで書斎に閉じこもった。
ロイは猛勉強しないといけないので失礼しますと義父母に言って昼食中もおにぎり片手に勉強。
義父に「リルさんは掃除か。将棋はまだ出来んな」と2回もボヤかれ、思いついて義母にトランプを渡して神経衰弱を教えた。
義父母が楽しそうにトランプをしている間にせっせと掃除と他の家事。そろそろ大丈夫という頃に義父に声を掛けた。
ここに義祖父母と義理の弟がいるエイラは大変だ。