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特別番外「ルーベル家と異文化交流15」

 セレヌは不戦勝扱いで、次の試合は火消し同士、兵官同士と続き、その後がレージングの試合。

 彼は火消しと対戦したのだが、勝負はあっという間だった。

 相手の蹴りも拳もスッと避けて、火消しの肩に三回攻撃を当てたのでレージングの勝ち。

 ヴィトニルが、彼はそこそこ強いと言っていたけど、その通りのようだ。


 試合はどんどん進み、一回戦の最後はラオとイオの親子対決。

 この大会は、ハ組の臨時小祭り行事なので、火消しも区民も「ラオとイオだ」「初めての組み合わせだ」と大盛り上がり。

 いつの間にか、試合に司会役ができていて、観客たちを煽りに煽る。


「勝つのは小親父ラオか、それともサボりを辞めたイオか! 始め!」


 俺の斜め後ろで、アミたち町内会の妹分が、「こんなに楽しいのに、なぜ観戦禁止なんですかね」と笑い合っている。

 それは、お嬢さんたちが、火消しや平家にもてあそばれる確率を減らすためであるけど、教わっていないのだろうか。

 彼女たちの上の方の席にいる、ずっと大人しく観戦していたアルトが、「ラオさーん!」と叫んだので驚いた。


「さぁ、かかってこい、このドラ息子! 負けたら婚約破棄か、また上地区本部で修行じゃあ!」


「婚約破棄なんてふざけんな! 俺は自分の金で暮らして、真面目に働いてるっつうの!」


 どんっと構えているラオに、イオが突っ込んでいって、親相手なのに容赦のなく殴りかかった。

 イオの拳の乱れ打ちは全部払われ、胸ぐらを掴まれ、逃げようとして制服が破れた。

 あの丈夫そうな火消しの制服が、紙が破れるようなあっさりと。

 ラオの力も強いし、イオも逃げるためにわざと服が破けるようにした気がする。


「き、きゃあ!」


 アミたちの小さな悲鳴が俺の耳に届いたその時、観客席のあちこちから、次々と黄色い声が上がった。

 さらには「頑張ってー」という女性の声援も飛び交う。

 イオさん、イオ君、イオと呼び方は様々で、あちこちから女性たちの声がする。

 どの火消しにも声援が飛び交っていたけど、老若男女の声ではなく、女性ばかりなのは本日初めて。

 遅れて、「イオさーん!」という子供たちの応援が響き渡った。

 彼は顔がかなり整っているから、女性の贔屓(ひいき)が多いのだろう。


「うるせぇ、女共! 俺はミユ以外は要らねぇから、きゃあきゃあ応援するんじゃねぇ!」


 気さくでニコニコしている、最近、我が家にやたら親切なイオの悪態に驚く。

 切れた口から、血をペッと吐き出した仕草もかなりガラが悪い。


「ぶー! ぶー!」


「顔だけ火消しなのに、調子に乗るな!」


「お前なんか婚約破棄になれ!」


「お前はラオの息子のくせに軟弱過ぎるんだよ!」


「イオさん! 結婚しないでー! 負けてー!」


 あちこちから野次や批判の声。

 それに混じる、女性や子供の応援の声で、闘技場は今日、一番、賑やかだ。


「区民を大事にしろやこのバカ息子!」


 ラオの蹴りは猛風のようで、イオは避けたのに飛ばされた。

 側転しながら体制を整えたイオがラオに向かっていく。

 またイオが足や腕で攻撃をしたけど、全てラオに防がれ、腕を掴まれて地面に叩きつけられ、そのまま抑えられて敗北した。

 痛そう……。

 

「イオの大敗北! 当たり前の敗北だ! 全く粘れず婚約破棄!」


 司会は仕事を始めてから、勝者を讃えたり、参加者を労う台詞ばかり言っていたのに、イオにだけ酷い。


「ふざけんな、カスガ! 誰が婚約破棄なんてするか! ぶっ殺すぞ!」


 イオが司会に怒号を飛ばす。


「ガハハ! 婚約破棄しないなら上地区本部へ行ってこい!」


 ラオは息子の首を腕で抱え、暴れる彼をずるずる連れて舞台から降りた。反対側の手は、観客たちに向かって振り続けている。


「お父さん。ネビーさんに、あのような口の悪さは真似しないように言うてくださいね」


「お、おう。そうだな」


「火消しにしては荒々しくない穏やかな人だと思っていたのに……」


 母は酷く落胆したというような、ぼやき声を出した。


「でも、格好良かったですね。リルさんは妹のようだからと、しょっちゅう我が家に顔を出して色々してくれるんですよ」


 母は今度はイオの褒め話を始めた。聞いたことのない話が多い。父も「そんなに?」と驚いている。

 イオはラオに観客席に放り投げられ、なにやら憤慨している。少しすると、彼は移動を始めた。


「あっ、ミユさん」


 リルが声を出した時に、俺も彼女を見つけた。結納会で挨拶をした彼女の家族と一緒にいる。

 表情が見えるくらいの距離なので、ミユが怒っていて、イオが手を合わせて何かを謝っていると分かる。


「イオさんは何を怒られたんでしょうね」


「なんでしょう。あっ、ミユさんは見学を辞めるようです」


 ミユは同い年くらいの女性と、子供たち数名と歩き出して、その周りをイオがちょろちょろして、闘技場から出て行った。

 この間に二回戦の第一試合が始まっていたので、視線を舞台へ戻す。

 対戦の組み合わせが予想と違ったので、二回戦の組み合わせは再度くじ引きのようだ。

 試合は進み、またデオン先生の強さに感激。

 瞬殺された兵官の兄弟子は、後で先生に何かさせられそうで可哀想。

 デオン先生のネビーの試合で、彼は火消し相手にまた、すぐに勝った。


「あっ、セレヌさんの初試合はラオさんです」


「うわぁ、まるで熊と小動物ですね。大丈夫なんでしょうか」


 司会も似たようなことを言い、セレヌに棄権をするか問いかけた。

 

「大丈夫です! 棄権はしません!」


「俺は娘っ子に暴力なんて振るえない。お嬢さん、腕相撲にしよう」


 ラオの提案を、セレヌは首を振って拒否した。


「大切な旅仲間を守るために鍛えていますから、力試しをしたいです! お願いします!」


 走り出したセレヌは跳んで回し蹴りを繰り出した。やはり圧が強い蹴りだ。

 渋い顔のラオが腕で止めようとして、ハッと目を開き、しゃがむ。


「がはは! とんだお転婆嬢ちゃんじゃないか! 火消しみたいな体をしとるな!」


「そう、みたい、です! そこらの男の人より強いですよ!」


 激しい組手になった。

 前に会った時に、彼女は自身のことを「そこそこ強い」と言っていたけど、これだと「そこそこ」ではない。

 しばらくすると、司会が「引き分け!」と叫んだ。


「長引いたので両者勝利! 次に行くぜ!」


 そういう規則があるのか。

 次の次はレージングとヤァドで、俺を圧倒したヤァドはあっさり負けた。

 

「そんなに動かないで避けて、あのように反撃とは。一回戦でも思ったが、レージングさんは医者なのに強いな」


「本当に。旅は危険なときもあるから、傭兵を雇うだけではなく、鍛えていると言うていましたものね」


 両親の話に、リルがうんうんと頷く。試合は続き、三回戦へ突入。

 火消しの腕っぷしが強くて、竹刀が壊れてまくりなので、三回戦からは竹刀ではなく、木刀使用にすると宣言された。

 ここまでくると、見応えのある試合ばかりだ。

 ネビーはようやく剣士——兵官と戦い、掛かり稽古のような手数の多い試合を展開。


「両者速くて肩に一撃を入れているのか分からないから、相手を場外にしたら勝ちに規則を変更する!」


 公式な試合ではなく遊び行事だから、進行役の火消したちが好き勝手に規則を変えていく。また変わった。

 長い試合でも引き分けになる時とならない時があるし、自由過ぎる大会だ。

 司会の大声が響き渡ると、ネビーが相手を蹴り飛ばした。飛ばした相手に追いつき、服を掴んで場外へ放り投げ。


「勝者、ネビーーー!」


「わぁああああああ!」


 三回戦になってから、どの試合も終わると歓声が凄い。

 ネビーは「礼儀作法」と指摘されたことを覚えているようで、観客席に向かって無言で綺麗なお辞儀をして、静かに舞台から降りた。


「ええ、実にええ。格好良い試合だった」


 父の声をかき消すような、「ネビー!」「ネビーさん!」という女性たちの声が会場内に響いた。

 一回戦、二回戦の時にもあったけどまただ。

 火消しの多くと同じように、一部の兵官のように、彼にも女性の贔屓(ひいき)がいることは前から知っている。

 しかし、ネビーはすまし顔でセレヌとレージングのところへ行き、火消したちが女性たちにするような、声援への返事や手振りはしなかった。


「ロイさん、新しい弟さんは強いんですね。今の熱戦には、かなり驚きました」


 近くにいるオーウェンに話しかけられたので、大きく頷く。

 彼と軽く話していたら、視界の端に顔を赤くして両手で口元を隠すアミの姿が目に入った。

 

(……我が家で泊まりの花嫁修行は、多分あれが理由)


 ネビーは「お嫁さんはお嬢さん」が夢でも、どのお嬢さんでも良い訳ではなさそう。

 飲んだ時に、この人だというお嬢さんと出会う日が必ず来るから、準備していく、兄弟になったから色々助けて欲しいと言っていたので。

 アミとネビーは出会っているけど彼の反応は悪いので、「この人」ではないのだろう。

 アミを見たので、そんなことを考えていたら、幼馴染のメルとパチリと目が合った。

 思わず、思いっきり目を逸らして顔を正面に戻した。

 メルは婚約者のセイと一緒だから、何も気にしなくていいのに、つい。


「旦那様、どうしました?」


「いえ」


 何もないのに、リルに対して罪悪感というかモヤモヤする。

 長年の気持ちに気づかなくて悪かったと謝るのは違う気がする。

 しかし、何も無かったというように気さくに話すのも変な気がしてしまう。

 もし、メルと雑談する場面が現れても、正解が分からない俺は、妙な態度をとってしまいそう。


 両親が近くのご近所さんたちに、「お嫁さんのお兄さんは強いですね」と話しかけられ、褒められ、「嫁はお兄さんとは真逆で、大人しいんですよ」みたいに、リル話を振っていく。

 父が、嫁は家事が完璧だから、安心して妻が休めている、助かっているとリルを褒め、母も賛同するから、リルが照れ照れして見える。かわええ。


 試合は進み、なんと、デオンとレージングが対戦。 二人はしばらく睨み合い、レージングが「挑戦させていただきます!」と攻撃をしかけた。

 居合いとは違う太刀筋の突きをデオンがスッと避けたが、すぐに次の突きが急襲。

 何度も繰り返される突き技に見惚れる。それを全て払い、突き以外の攻撃も避けて反撃もするデオン先生もすこぶる格好ええ。

 乱撃戦になり、試合はかなり長引き、引き分け宣言がされた。

 司会が、「デオンさんは疲労のため、ここで棄権するそうです!」と告げる。

 残念だけど、そうなのか。


「先生は、俺と変わらない年だもんな」


「よく、あんなに動けますよね」


 両親の会話で、リルが目を見開く。


「リルさん、デオン先生はもっと若いと思っていました?」


「……はい。そうですよね。お兄さんもロイさんも、小さい頃から先生に教わっています」


「ええ。もう、入門して十年以上経っています。先生は、お若く見えますよね」


 三回戦でセレヌの出番が無いまま、四回戦に突入。

 他にも何人か試合をしなかった者がいし、新規参入者もいたのはなぜだろう。遊びの大会だからか。

 四回戦の一番最初は、セレヌとネビーの試合だった。


 セレヌはラオを相手した時のように跳び、蹴り技でネビーを襲撃。

 しかし、彼はひらっと避けた。でも、セレヌの次の攻撃も素早い。

 女性相手だからかネビーは防戦で、セレヌが彼を手足で何度も襲う。

 追いかけるセレヌと、避けながら逃げるネビーなので、観客席から「若造兵官! 逃げるだけなら敗北宣言をしろ!」みたいな野次が飛ぶ。

 木刀でセレヌの足を受けたネビーが吹っ飛ばされた。今の蹴りはこれまでて一番強く見えた。

 だからか、木刀が折れた。


(……木刀って蹴りで折れるものなのか? ん? 木刀っていうか、あれってネビーさんの私物、仕込み刀だよな?)


 飛ばされたけど、上手く動いて体制を整えたネビーに向かって、セレヌが「きゃあ!」と叫んだ。

 なんだ?


「ごめんなさい! ムキになってつい!」


「相手の力量を見誤った俺が悪いです!」


 半分くらいになってしまった木刀——おそらく彼の仕込み刀を場外へ放り投げると、ネビーはセレヌに殴りかかった。


(女性には攻撃しないのかと思っていたけど、殴るのか)


 彼の拳も、蹴りも、セレヌはひらひらと蝶のように避けていく。今度はネビーが攻撃で追いかけ、セレヌが逃げるような形だ。

 今度は、「かわゆい女を殴ろうとするな」みたいな野次がとぶ。ずっと思っているけど、野次る人は、文句を言って日頃の疲れを発散したいだけだな。

 勝敗は全然決まらず、引き分けが宣告された。

 二人が握手を交わす。拍手が自然と会場を包む。セレヌが司会に何か告げた。


「セレヌさんは疲労困憊で、ここで棄権だそうです!」


「応援、ありがとうございましたー!」


 セレヌはネビーとレージングと何かを話すと、俺たちのところへ来た。

 リルが俺との間にどうぞと彼女を迎える。

 

「セレヌさん、格好よかったです。お疲れさまでした」


「ありがとう、リルさん。ヴィトニルの嘘つき。ネビーさんの強さが予想以上で、つい、ムキになっちゃった」


「セレヌさん。あの木刀は真剣ではなかったですか? 兵官さんたちの何人かは、違う形の木刀を使っているので、私物だと思うんですけど」


「そうそう。折れた時に金属が見えて驚きました。兵官さんの装備品を減らしてしまった分は、どこへ寄付すればいいですか?」


「それは……ネビーさんに確認しておきます」


 兵官の装備ではなく、彼の私物——師匠デオンから贈られた宝物だけど、それを言ったら彼女が気にするから黙っておこう。


「セレヌさんの足は岩のようなんですね。こんなに細いのに」


 リルがしげしげと彼女の足元を見た。俺もつられる。袴姿なので足首しか見えないけど、その足首は細い。


「あっ、あの火消しさんも木刀を折ったわ」


 セレヌの発言で、俺もリルも試合を見たら、確かに兵官の手にしている木刀は半分くらいになっていた。

 

(あれも仕込み刀に見える……)


 折れた木刀の割れ目から、金属が覗いている。


「セレヌさんはきっと、火消し一族なんですね」


「そんな気がしてくるわ。煌国から出た火消し一族と異国の人が先祖か親かも。筋肉の質が似ている気がするもの」


 試合が進み、レージングの出番はないまま。

 四回戦でいきなり初戦の人が現れたり、二回目の人がいたり、無秩序な大会だ。


「あっ、次はレージングとネビーさんだわ」


「旅医者さんは、妻と引き分けた兵官とぜひ戦いそうだ!」


 司会の「開始!」の声と同時に突きの応酬になった。観客席がどよめき、俺も「うわぁ」と感嘆の声を漏らす。


「レージングより少し格下って嘘じゃない。半年くらい経つから、嘘ってわけでもないか。ネビーさん、私にもあの本気で良かったのに!」


「もうっ」と悔しそうな声を出したセレヌが、「レージング、頑張って!」と叫ぶ。


「お兄さん、頑張って!」


 リルも叫んだけど声が小さい。多分、ネビーのところには届いていない。かわええ。


「そのまま手加減していると、奥さんの前で負けますよ!」


「聞いてた話と違うから、成長したんですね!」


 ネビーとレージングが、楽しそうに笑いながら叫び合った。

 瞬間、ネビーの木刀が宙を舞った。

 すると、格好良い仕草である木刀を腰に納める仕草をしたレージングが空に投げ飛ばされた。


「レージング! 武器を奪えば勝ちじゃないわよ! それは違う試合!」


 セレヌの大声が響く。

 試合は終わっていない、自分はまだ勝っていないと気づいたレージングが、ネビーの拳や蹴りを避けながら着地した。

 空中であんな動きは、本職兵官や火消しみたいで凄い。

 地に足がついたところをすかさず攻撃したネビーの拳が、レージングの木刀を壊した。


(あれは普通の木刀っぽいけど、なんであの固い木刀が折れるんだ)


 竹刀が折れるのもおかしいのに、竹刀が折れるから木刀使用となってから、武闘家と剣士の試合で木刀が折れなかった試合は一回もない。

 本職だから、武術大会に火消しは出場禁止、彼らは彼らだけの大会にしか出ないとはそういうこと。

 剣士と武闘家の入り混じる試合なんてないし、火消しと一般区民の組み合わせも。

 なぜなのか、今まで深く考えたことがなかった。


「うわっ!」


 予想外の動きでレージングがネビーの背後に回り、彼を場外へ勢い良く投げたので、思わず声が出た。

 ネビーは観客席の壁に足をつき、くるりと回って着地して、「すみません」というように近くの観客たちに何度か頭を下げた。


「勝者! 旅医者レージング!」


 司会が叫ぶと、レージングはぺたんと座り込んだ。


「レージングさんは疲労困憊で棄権だそうです! 皆さん、彼に大きな拍手を!」


 負けたネビーと、棄権したレージングは俺たちのところへ来た。 

 二人のために、皆が少しずつ移動して俺とセレヌの間に場所を作る。到着した二人を、両親や町内会の皆が労った。


 危険なこともあるからと旅を辞めたりせず、自分たちを守るためにこんなに鍛えて、あちこちへ行って人助けとは関心。

 母やリルがそんな話をして、話題はそれになった。

 旅はそんなに危険なのか、なぜそれでも旅をしているのか、どのように鍛えているのかなど、二人に質問が飛び交う。

 

「少し手加減したっぽいレージングさんに負けるし、セレヌさんにもかなり手加減されて遊ばれたので、恥ずかしい限りです」


 ネビーは俺にそう言って、苦笑いを浮かべた。


「あの。セレヌさんが壊した木刀って、あれ、私物の仕込み刀ですよね?」


 彼女に聞こえないように、こそっと確認。


「そうなんですよ。相手の力量を見極められなかった、使い方が悪いからだとデオン先生に説教されそう。白目。まぁ、本番でああなったら、区民や同僚の命が危険に晒されることもあるから、もっと励まないと」


「あれって、デオン先生からの贈り物ですよね?」


「物は壊れるものだし、俺の半人前さはよくよく知られているから、多分、また贈ってくれるんじゃないですかね」


 宝物が壊れて悲しい、みたいな感じはないようでホッと胸を撫で下ろす。

 壊れた仕込み刀は、観客席に持ち込むのは危ないので、係に任せ、後で回収して、レオに飾り物になるようにしてもらうらしい。


 しばらくして、デオンが家族と一緒に現れた。それで、軽くネビーを叱った。彼の予想通りだ。

 竹刀を軽々と壊す筋肉を有する火消しの中には、木刀や真剣さえ鋼の体で壊せる者がいると。


「もちろん、火消しでなくても。それなのに君は相手の能力を見誤って、受け方を間違えた。だから命綱の武器を壊された」


「はい。もっと精進します!」


「私の指導不足でもある。一回目の失敗だから、次も私が贈ろう。その次は無いからな」


「あの木刀、デオンさんからの贈り物だったんですか? うわぁ、ネビーさん、デオンさんも本当にすみません」


「いやいや、勤務中に弟子の力量不足で破損にならなくて良かったです。彼に成長の機会をくれてありがとうございます」


「そうですよ。悪いのは俺だし、成長の機会を与えてくれてありがたいです」


 セレヌは謝罪を繰り返し、何度目かの時に「こう言ってくれているから」とレージングが止めた。


「デオンさん、新品購入の費用は半分、こちらで持たせていただけませんか?」


「そうですね。セレヌさんの気持ちが軽くなるようにそうしましょうか」


「反省して励むために自分も払い……。デオン先生、出世払いでええですか?」


「いや、予定通りの出世をしなかったら払ってもらう。期待しているからな」


 デオンに肩を叩かれたネビーが少し羨ましい。

 俺は彼と違って、趣味手習いの門下生だから羨望はお門違いだが。


「ん? 『磨』のフルゲンさんではないですか」


「あっ、はい! いつもお世話になっています」


 デオンの視線の先にはセイ・フルゲンがいて、彼は軽く会釈をした。


「お父上に造っていただいた刀が壊れてしまったので、新しいものをお願いできますか? 正式な依頼は後日、お店へうかがいます」


「もちろん、お引き受けしまし、こちらからお屋敷へうかがいます」


「へぇ。あれってセイさんの親が造ったんですか」


 デオン先生が軽く語った。

 昔、大変だった勤務の時に、落ちていた同僚の刀を使い、それはとても手に馴染んで区民救助の役に立ったと。

 強敵相手でも、真剣部分は全然壊れなかったので、製作者を探したそうだ。

 ネビーの仕込み刀は、もう年だからと断られたけど、壊れた時に弟子の教育をするから、全盛期程の品でなくて良いと頼んで、造ってもらったという。


「って、先生! 何が壊れたのは俺の力量不足ですか!」


「いいや、それでもあれくらいでは壊れない。そろそろって時に私が壊そうと思っていたのに、あのくらいで壊されたんだから反省しなさい。私の親友の遺作の一つを実力不足で、しかも遊びなんかで壊したのだから、うんと反省しなさい」


「……親友。遺作……すみません」


「うわぁっ、本当にすみません」


 セレヌが恐縮して、デオン先生はネビーに向かって「君のせいだ」と非難した。


「その通りです。セレヌさん、俺の実力不足のせいで本当にすみません。何もかも励みます!」


「セイさん。彼は期待の弟子の一人なので、力作をお願いします。納得しない限り受け取りませんので、よろしくお願いします」


「……あの、自分ですか? 自分はその、一人前になったばかりですので……」


「お父上の代わりは無理だと、あれこれ断っているそうですね。よく凶悪事件に遭う不思議な弟子だから、名刀を頼みます。他にも頼むから、よろしくお願いします」


「それならなおさら……」


「私は君を指名したんです。やり遂げなさい。お父上は君のその自信のなさを最後まで心配しておられた。安心させてあげなさい」


 デオン先生は寒々しい笑顔を残して家族と去っていった。俺たちの先生は、門下生以外も導くようだ。

 戸惑い顔のセイに、メルが「一緒に励みましょう」と話しかけた。

 

「あっ」


 リルが突然、声をあげた。


「リルさん、どうしました?」


「お揃いになります」


「お揃い? 何がですか?」


「私の懐刀はセイさんの製品です。昨日、セレヌさんも買いました」


「へぇ、そうなのか。ロイさんは幼馴染さんの結婚相手に、リルの懐刀を頼んでくれたんですね。セイさん、よろしくお願いします。俺が壊してしまったせいで重圧ですが、先生は成せる人にしか期待しません」


 俺は店に並ぶ小刀から選んだだけなのに、誤解されて、口を挟まないまま会話が飛び交う。


「あっ、いえ、はい。えっと、今度、店に来ていただけますか? 特注品なので身丈とか、手に合わせますので」


「前の時はそんなの無かったです。ってことは、やっぱり先生は最初から俺に二本って考えてくれていたんだ。うわぁ、感激。セイさん、よろしくお願いします」


 母と目が合い、母の視線が少し泳いだ。

 俺が大尊敬するデオン先生が、ここまでネビーを可愛がり、期待していることを調べずに結婚を猛反対した罪悪感が沸いたのだろう。

 俺がその切り口から攻め込まなかったのは、あとからひっくり返すための戦略だったから反省せねば。

 お互い謝罪済みだから、笑ってみせた。伝わるだろうか。俺の笑顔はぎこちない笑みだったのか、母は苦笑いを浮かべた。


 そんな俺の隣で、レージングとセレヌがこんな会話をしていた。

 昨日、セレヌはリルたちの案内で『磨』へ行き、包丁代わりの小刀を買ったらしい。

 

「リルさんとお揃いなのよね。ねっ、リルさん」


「はい」


「美しい波紋だ」


 レージングはいつの間にか小刀を手にしていて、少しだけ鞘を抜いて刃を微笑みながら眺めている。


「その文字はね、加護がありますようにって意味なのよ」


「僕の方が漢字が得意なのに、自慢顔。あはは」


 試合そっちのけで喋っていたら、五回戦になった。残った兵官と火消しで、勝負らしい。

 勝ち進んだラオは不参加だし、負けた火消しや兵官が復活している。


「父上、優勝者は決めないんですね」


「兵官と火消しの合同治安維持訓練って名目だからな。兵官が負けたら、遊び喧嘩を止めるのにもっと苦労することになる」


「あっ、そうでした。俺、これには参加でした。行ってきます」


 ネビーがいなくなり、火消し対火消し、兵官対兵官の試合がいくつかあり、大歓声。

 ほどなくして多数対多数の試合が始まった。

「俺らは暴れ組役だ!」という火消しと、兵官たちの対決。この、珍しい乱戦に区民は大盛り上がり。

 お気に入りの者たちの名前を呼び、応援し、大騒ぎ。

 俺たちはネビーを応援し、彼が三人の火消しを連続で剣技と蹴りで場外にした時なんて、大喜び。


 この試合は兵官の勝ち。

 風格のある中年兵官——おそらく幹部が部下たちを整列させ、礼をした。途端に、会場が静かになる。


「火消しに補佐してもらいますが、我々兵官はこのような力も使って、皆様をお守りします。命を救う刃であり、命を守る盾でもある。日々の困り事も、なんなりと」


 いつもありがとうなど、感謝の声の中、兵官たちは整列して、凛々と退場。

 次に、火消しの幹部が、この後は防災訓練をするので興味のある区民は舞台へどうぞと促した。

 義息と嫁の友人が手合わせしたいという話から、よくもまあこんな会にしたと、俺は父に畏敬の念を抱いた。


 ★



 

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