特別番外「ルーベル家と異文化交流12」
土曜は半日仕事で、特別なお客様が来訪していると上司に相談していたので、定時に退社できた。
ベイリーとヨハネは直接誘い、他の親友たちには速達を出したので、明日の楽しそうな小祭りにみんなが来られますように。
帰宅したら、母がご近所の仲良し奥さんを招いて、編み物会をしていた。
新しく教わった異国料理を教える会から、編み物会になったらしい。
母のご機嫌取りのためにしばらくお喋りに付き合う。すると、義兄の褒め話が始まった。
明日の楽しそうな行事をお知らせしてくれたことや、町内会長の家の少し壊れた塀を直す手配をしてくれたと知る。
「毎週、防犯のお知らせをしてくれますし、ルーベルさんはええお嫁さんを貰いましたねぇ。あんなに頼りになるお兄さんがいて、おまけに家のことが完璧だなんて」
「そうなんですよ。さすがデオン先生です。先生がリルさんを勧めてくれたんですよ。息子もほら、このように健やかに育ててくれました」
母はこうやって、嘘をつきまくっている。今や仲良くしているリルを、『馬の骨』と呼び、彼女にネビーという兄、『デオン先生の弟子』がいることを失念していたのに。
最初にリルをいびらず、なぜか良くしてくれたし、今はたまに「娘」と呼び、外面のためかもしれないけど「我が家の嫁は素晴らしい」と褒めるから、あの喧嘩の日々を水に流している。
「あそこの道場はうんと厳しいんでしょう? 昔はよく、道具袋を持った泣きそうな顔のロイ君を見かけたのに、月日は早いですね」
「新しい息子のネビー君の嫁取りは、どう考えているんですか?」
「従姉妹の三女がね、花嫁修行中なんだけど練習とかどうかしら?」
「ありがたいお話だけど、二、三年は仕事に集中したいそうなんです。若手は始めが特に肝心でしょう? 夫は息子二人を出世させると張り切っていて」
母は俺に、文通練習くらいするかネビーに聞いておいてと言った。
俺は彼に頼まれて文通練習をしている。女性風の返事をするのはちょっと楽しいけど、イオも増えて疲れるから、本物の女性と文通して欲しい。
なので、すぐに「彼に確認します」と告げた。
挨拶と接待お喋りを終わらせて、共同茶室へ。俺が顔を出すと、お客様役を頼まれた。
セレヌが一番易しい点前でもてなしてくれるそうだ。
疲れた体に抹茶が染みる。リルが隣で一緒にまったり、ほっこり顔なのでさらに。
やがてこの場にいる女性の夫——俺の幼馴染たちが集まり、セレヌたちの旅——というか異国のことや、明日のハ組小祭りのことなど、話題は尽きない。
ここへネビーが顔を出した。見回りついでに、お知らせをしに来たそうだ。
夕方から、ハ組の施設を使って将棋大会をする。
セレヌの旅仲間、レグルスとイルガという旅人も増えているので、異国話も聞けるだろう。連絡事項はそんな感じ。
「旅人さんたちは三人とも、将棋を知ってて強いみたいです。明日が祭りってなっているけど、多分、もう祭りになると思うので、興味がある男性たちも、ぜひどうぞ」
この場にいる男性——アルト、オーウェン、テツ、そして俺は手を挙げた。
「じゃあ、ロイさん。サエさんとタオ君に頼んであるんで、案内とかよろしくお願いします。俺も仕事が終わったら行くので」
父がラオ家にお世話になっているので、俺も幼馴染たちを連れてそこへ行くことに。
手土産は酒を何本かと、サエが好きなみたらし団子がおすすめ。なにせ家主のラオはかなりの酒好きで、妻想いだから。
ネビーはリルになにやらヒソヒソ言ったから仕事に戻った。
各自、家族に根回しをして我が家の前に集合となり、男性陣は家に帰ることに。
帰ろうとする俺に、リルがこそっとこんなことを言った。
「兄ちゃ……じゃなくてお兄さんが、旦那様はまた酔い潰されそうだから、帰れないつもりでって言うていました」
「明日も楽しみたいので気をつけます」
「旦那様は揉みくちゃもあり得るから、ええ服はやめるようにとも言うてました。お兄さんの兄は半分ハ組だから、若衆とは扱いが違うって」
「そうなんですか。確かにこの前も自分だけ、やってみろとか、飲めとか、なんだか凄かったです」
楽しかったけど、ヨハネやベイリーくらいの扱いで良かったのに。二日酔いで辛くなったし、父やネビーの説教が面倒だった。
母に報告や支度をして、忠告を胸に、幼馴染たちとラオ家へ出発した。
お茶会には参加できなかったけど、妻との用事から帰ってきて、夫婦でお喋りに参加していたアルトは、「ラオ家に行ける」と興奮している。
強面オーウェンも、将棋に酒に火消しだなんて楽しみだと鼻歌混じり。
嫁同士が親しくなっていくから、最近、俺はアルト、オーウェン、テツと接する機会が増えている。
幼馴染ではあるけど、町内会行事だともっと幼馴染たちがいるので、この面子だけで遊びに行くのは初めてだ。
反対方向だけど、酒と甘味なら彩商店街の方が選べるとなり、少し歩いていたら、アルトが「半若衆になるから、メルさんの婚約者も誘いますか?」と提案した。
メルという単語で、冷や汗が滲んでくる。
「磨の職人さんでしたよね?」
ありがたいことに俺の心のざわつきは誰にも気づかれず、三人の会話が続く。
「親孝行で優しい、それでいて腕のええ、店の柱になりつつある男らしいですよ。調べて自分に教えにきたカイトさんが、死んだ目をしていました」
メルの話題は避けたいが、彼女の夫は俺たち若衆の仲間になる。
それに彼は、デオン先生お気に入りの店に所属する職人だ。ネビーの仕込み刀もあの店製。
幼馴染のメルも、婚約者——普通ならそのまま夫も、無視できない相手だ。
「メルさんは華族のお坊ちゃんと文通していたのに、格下とは見合いはしないって袖振りされたって。誰か分かったら威嚇してやりたいです。俺たちのメルちゃんにそんな仕打ちをしやがって」
「そうなんですか?」
「うちの嫁がそう聞いたって」
「そのおかげでうんとええ男性とお見合いできたって惚気たらしいですよ。うちの嫁がそう言うてました」
「……」
分からない。俺のことはその前のことなのか、この文通話は嘘なのか、何も分からない。
メルの鼻緒を直したのはかなり前で、その時の末銅貨を最近返されたので……分からないし、自分の鈍感さが申し訳なくなる一方なので考えたくない。
エイラもサリも、仲良し幼馴染のメルと小祭りに行けると喜ぶから、教えに行くついでに婚約者を誘おうとなり、俺たちは「磨」へ。
磨は立派な店構えの刃物店で、メルはこの大商家おかかえの豪家——刀鍛冶の家に嫁ぐ予定。
婚約者の母親は病気で、メルは看病を手伝うためにもう同居している。
俺はそんな風に、これまでは無関心だった幼馴染メルの近況を、もうそこそこ知っている。
磨でメルの婚約者の家を教わり、訪ねたら、メルが応対してくれて、彼女は四人でどうしたと驚きつつ、にこやかに笑った。
何年も俺よりも背が高くて、大人びた言動の幼馴染を、姉みたいだと思って過ごしていたのに、長年、惚れられていたとは……。
「大きな仕事があって、徹夜だったから、セイさんは昨日からしばらくお休みで。若衆に誘われたなんて、きっと喜びます」
メルは俺たちを居間へ案内して、婚約者のセイを呼び、お茶を淹れてくれた。
リアとウィルだとそんな気はしないけど、本来、こういう感じで、何か理由がある同居結納だと夫婦同然なので、今のメルもこの家の嫁に見える。
メルがセイを連れてきて、とても眩しそうな笑顔で彼を見ているので、心底ホッとした。
『あの感じ、まだ未練タラタラですよ』
あの日のネビーの台詞が蘇り、さらら……と霧散していく。
あの時はまだ未練はあったのかもしれないけど、俺に打ち明けて、末銅貨を返して、区切りをつけられたのだろう。
セイは俺たちの誘いを喜んだものの、母親の世話があるからと断った。
「お母様には私がついていますから。自分のために断ったと知ったら悲しみますよ。それにセイさんお土産話を、うんと喜びます」
「いや、でも。メルさん一人を疲れさせますし」
「私はセイさんのいないうちに、また昔話を教わりますので。セイさん自身は知らないことを、今のうちにうんと聞いておかないと」
メルは俺たちの前なのに、婚約者の手を取って、はにかみ笑いを浮かべた。
「恥ずかしいから、幼馴染たちに私の話は聞かないでください……。すみません! 二人ではありませんでした!」
照れて赤くなったメルは、顔を仰ぎながら、セイに「出掛ける準備をしますね」と言い、恥ずかしそうに居間を去った。
痒い。
ますますホッとしたけど、メルを気にかけていた幼馴染たちの嘆き会がありそうで面倒そう。
隣に座るテツが、「今のは独身組に秘密にしましょう」と耳打ちしてきたので、ゆっくりと頷く。
「親しげというか、お熱いようで。メルさんは俺たちの妹分なので、大切にして下さい。そういうわけで、セイさんの人となりを知りたいから来てもらいますよ」
「そうですね。強制連行しましょう」
おどけ風のアルトに、強めのオーウェンはまるでジミーとベイリー。
幼馴染たちの輪の中に上手く入れなくてモヤモヤしていた俺は、似た人を友人にしたというか、好きな人種が同じでそうなった。
こうして、俺たちはセイ・フルゲンを増やしてラオ家へ。
到着したら、ラオの妻サエが「ネビーが喜ぶと言っていたから」と、火消しの着物を用意してあると話し、着物を貸してくれた。
「一人増えたんですね。この背丈ならタオのがええかしら。ちょっと待っててちょうだい」
道中、俺はそこの裁判所勤めということにしてあって、卿家ということは話していないと説明済み。
オーウェンたちも、「卿家ってだけで難癖が始まることがありますからね」と賛同したから、今日の俺たちはそこらの役人になる。セイはそういうことは関係ないので、普通に刀鍛冶。
そんな俺たちは、見た目だけ火消しに大変身。
「お父さんはガイさんを連れて、もう行ってるんだけど……」
「ただいまー」とタオが帰宅。
「息子が帰ってくるまでくつろいでてって言おうと思ったけど、帰ってきたわ」
こうして、俺たちはタオと共に将棋大会の開場へ。
ハ組内の施設に、沢山の将棋盤が並べられていて、食べたり飲んだりしながら、好き勝手に将棋を指す会らしい。
「あそこ、すごい盛り上がっていますね」
「俺、見てきますよ!」
俺たちが興味を示すと、タオが確認に行ってくれた。
そこでは勝ち抜き五面打ちをしていて、現在、一番強いのは異国の旅人らしい。
レージング?
顔を出したら、レージングは対戦相手五人の中の一人で、隣には風変わりな格好で、顔に布を巻いた男性がニコニコしながら座っている。
その隣で、父が腕を組んで「むー」としかめっ面をしていた。
「あっ、ロイさん。こんばんは」
レージングは「中座します」と言い、俺の背中を押して二人きりで話したいと告げた。
人から少し離れると、「旅仲間が増えたんですけど、ヴィトニルみたいなんで、ロイさんのことを隠します」と言われた。
「ガイさんやネビーさんにもそうしてもらいました。あの二人も、息子たちが世話になっていると金貨を配りそうなので」
「あのように金貨を? それは困ります」
「旅仲間の中心たちなので僕らを我が子扱いしてくれるのは良いけど、やり過ぎるんです」
「そうなんですか」
「その格好だし、イオさんの友人ってことにしましょう。嘘はつかなくていいです。ルーベルと言わないようにすれば大丈夫なはず」
「分かりました」
今は何をしているのかと問いかけたら、将棋が大得意なイルガ——旅医者の傭兵の一人が、挑戦者を次々と倒しているところだそうだ。
「勝ったらあの位置に座れるんですよ。負けず嫌いが多いから、盛り上がっています。僕も次は負けません」
楽しそう。五人は負けたら次の人と交代。次の対戦相手は決まっていて、五人の試合が終わる前に次の挑戦者を倒せば代われる。
それなら挑戦権を得ようとしたら、オーウェンがもう対戦を始めていた。俺もだ俺も。
アルトとテツは飲む、食べる、だから運んでくるとセイを連れて去っていった。
沢山、試合ができるように早指し。これは楽しそうな大会だ。
★
ロイは猛者たちに阻まれ、ちっともイルガとの挑戦権を得られず。ただ、負け続けたけど、熱戦だったし、何戦もして満足した。
火消したちに異国話をせがまれるフィズとレクスの集まりに混ざった。
フィズは、息子がお世話になっている民はこんなにいるのかと勘違いし、隠されているのでロイが息子——エリニスの特別な存在だとは気づかず。
そこに増えたネビーが、義理の娘セレーネの友人の兄だということも同じく。
「おう、ジン、来たか。あのセレヌさんの夫のレージングさんと、父親みたいな旅仲間のレグルスさんだ」
「こんばんは。ジンって言います」
「レージングさん、レグルスさん、ジンは自分の弟です」
こんな感じで人が増え、異国話はやがて、フィズやレクスの質問関係に変化。
話題は主に、火消しにまつわる古い時代の話。これにはロイたちお坊ちゃんも興味を示し、彼らはハ組の鎮守社へ移動。
「詳しいことは忘れたから、読んでみますか?」
イオがこの台詞を口にしたのがきっかけ。
鎮守社には地下室があり、そこにはハ組のご先祖たちの本があれこれ残っている。
全然読まれずに放置されている書籍は、事務官などが丁重に手入れして、次の世代へも残るようにしている。
地下室には光苔が沢山あり、いつでも読書できるような環境だが、イオは「ここに来たのは、元服年の誕生日以来です。一日、閉じ込められて最悪でした」とため息を吐いた。
「……こんな古文書があるのに? 最悪なんですか?」
ロイの問いかけにイオは肩をすくめた。
「そりゃあ。エロ本の一つもないんですよ。っ痛。おい、ネビー。いきなり殴るな。素早いんだよ」
「火消しならこのくらい避けろ。バーカ。すみません。他国に、煌国にバカ一族がいるって広めないでくださいね」
「何か読破してミユさんに教えたり、同じ本を読んで話題にしたら喜ぶんじゃないですか? 前に、彼女にイオさんがする火消し話は楽しいと聞きましたよ」
「読みます! 読みます読みます読みます! みなさん! どれがええか選んでください!」
本の内容確認が始まり、フィズとレクスは読み耽って地蔵状態に。
二人ともペラペラとかなり早く読み進めるので、その事に普通なら驚くのだが、イオとネビーがうるさくて誰もそれに気がつかないまま。
「ロイさん! これも読めません! なんて漢字ですか?」
「うわぁ、頭が混乱する。昔はなんでこう、素直に上から読めない文なんですか!」
「ちょっ、面白いところなのに邪魔しないで下さい」
「普通に読書してないで、解説して下さいよ」
そこまでうるさくしていないが、ジンもロイを取り囲んでいる。
「ロイさんは、自分たち幼馴染よりも義兄弟と仲良しですね〜。そっかぁ。弄ったり、馴れ馴れしくすれば良かったのか」
「そうみたいですね」
「自分は前から話しかければええって言うてましたよ」
アルト、オーウェン、テツは、セイと共にパラパラ本をめくりながら、一冊借りられるならどれにするかと吟味中。
合間合間で、セイに話しかけて、彼の人柄を確認している。
「うるせぇイオ、この野郎! ロイさんは俺の兄になったんだから俺が優先だ! 俺のお嬢さん嫁人生の邪魔をするな!」
「やんのかこの野郎! 表に出ろや! 勝負に勝った方がロイさんを獲得だ!」
「うわぁ、面倒くさい。逃げましょうロイさん。で、俺に続きを教えて下さい」
「「卑怯逃げしようとするんじゃねぇ! ジン!」」
「あはは、逃げろ」
ジンはロイを連れて逃亡。胸ぐらを掴み合っていたネビーとイオが出遅れる。
「勝負しろジン! イオと一緒にぶっ潰してやる!」
「それは俺の台詞だ!」
オーウェンたちは楽しそうだと着いていきつつ、若衆に加わったネビーの下街っぽさは、ガイに頼まれているから直させないとと苦笑。
集中力が強いフィズとレクス親子は、この騒動に気づかないまま、読書をし続けた。
★
勝負となると、するのも見るのも燃えるのが火消しらしい。
ネビーは半火消しだから、俺とジンは半々火消しということで、遊び喧嘩で勝者を決めろとなった。
(誰が俺に教わるかって話だったのに、なんで俺も渦中にいるんだ? 俺が勝ったらどうなるんだ?)
よく喋る人たちに流されて、俺はなぜか桶を持って、障害物の上を歩いている。
「落ちやがれネビー!」
「お前が落ちろ!」
俺の後ろで、ネビーとイオが桶を持って蹴り合い中。俺の横の棒の上で、ジンはゆっくり確実に前へ進んでいる。
見学客——おそらくほぼ火消しは、イオとネビーにヤジを飛ばしまくっている。
この競争の後は酒の飲み比べになった。ほどほどにしないと以前の二の舞になる。
なぜか対戦相手が増えていて、ジンがなぜか「負けないで下さいよ!」と俺を応援してくる。おまけにネビーとイオはいない。
(あれっ。接待するはずの、楽しんでもらうはずのレージングさんは?)
気になったその時、「飲み比べなら俺だー!」という大声がした。ラオな気がしたら、やはり彼だった。
「これが噂の火消しの祭りか。歌や踊りはないのか?」
レージングたちの連れ、イルガがそう質問したら、「あるぜ!」と次々と声が上がり、そこらのものが太鼓のように叩かれ始め、歌や踊りが始まった。
酒の飲み比べが始まり、酔い潰れたら困るとほどほどで逃げたが、「よくそんなに飲んだ!」と知らない火消したちが俺を揉みくちゃにする。
(ジンもいない⁈)
なんとか抜け出したら、レージングと会えた。
「こんなに愉快な宴は滅多にないです。色々ありがとうございます。父上も叔父上も喜んでいます」
レージングが、飲み比べに参加しているイルガと、その隣にいるレグルスを示した。
「旅仲間たちのなかで、父とか叔父とか、役割があるんですね。その方が紹介しやすいし、何かと呼びやすそうです」
「えっ? ああ、はい、そうです。そうだ、ロイさん。祖国の踊りを教えますよ。下街で覚えた楽しいステップで」
「すてっぷ?」
真似してくださいと言われたので見様見真似をしていたら、どんどん人が増えた。
「あはは、酒を飲み交わすなんて教えてないのに同じ感じです。あはは」
動き回りながら、囃し立てられ、飲まされて、視界がぼやぼやしてきたけど、お客様のレージングが楽しそうで何より。
もう限界、眠いし酔ったと思ったら、レージングに「そろそろ寝ましょう」とおぶられた。
「イオさんが泊めてくれると言ったけど、一緒に帰りましょうか。あの大らかさだと、何も言わずに帰っても、何も気にしなそうです」
「うっぷ。そう思います。すみません。もてなすって言うたのに、世話されてしまって」
「うんともてなしてもらいましたよ。世界はやっぱり広いですね。来て良かった」
我慢と思ったけど、睡魔に襲われて意識が遠のく。
「きらめく星よ、叶えて欲しい」
これは前にヴィトニルやセレヌが歌っていて、リルたちも覚えた……。
「あのこの願い……」
眠い……。
★
この日、ロイはレクス王子の背で、夢を見た。
それは本当は夢ではなく、古い古い時代の、細胞の中に残っている記憶。
『流れ星に願うと叶うと聞いた。何度も何度もお願いした。幸せになって欲しい。さあ、今日もお願いしよう』
自宅の布団の中で目を覚ましたロイは、「なんか夢を見たな」と思いながら、目の前で、すやすや眠る、寝る時も頭巾をつけているレージングを眺めた。
(また生まれる……歌ってくれる……。どんな夢だったっけ)
なぜだか知らないけれど、ロイの目から涙が溢れてこぼれた。
目を擦ったロイは体を起こし、「二日酔いしていない」と喜びながら伸びた。
その動きで起きたレージングが、むにゃむにゃと、「おはようございます」と笑い、「二日酔いっぽいです」と目を柔らかく細める。
「二日酔いには味噌汁がええです。リルさんに頼みましょう」
「ありがとうございます」
「聞いてください。嬉しいような、悲しいような、不思議な夢を見たんですよ」
「へえ、どんな夢ですか?」
「ほとんど覚えてないんですけど、というか、うーん、今、もう忘れてしまいました。ああ、レージングさんが歌っていた気がします」
「それなら僕も、ロイさんと歌って踊った夢を見ましたよ」
「それは現実です」
「夢の中でも、って話です。あはは」
こうして、ロイとレージングは「妻同士が仲良くしている」だけではなく、お互いがお互いを友人みたいに感じ始めた。
離れている間に、親しくなった様子の夫たちに、リルとセレヌはにっこりと、とても嬉しそうに笑った。




