特別番外「ルーベル家と異文化交流11」
レージングからの伝言で、彼はイオたち火消しに興味津々で、イオも異国医療を知りたいから、ハ組に世話になるそうだ。
明後日、旅医者たちを労う小祭りをしてくれるらしいので、セレヌとはそこで合流して再び旅立つ。
「レージングにも友人が増えそうってことね」
「そうなんだ。リルさん、引き続き妻をよろしくお願いします」
レージングが去ると、セレヌが彼はすぐ医学関係者と親しくなると笑った。
お互いに知識や技術を増やして切磋琢磨できる、話が合うと。
その後、集団講義を受けて、寺子屋一日体験が終わったので、ルルたちを家へ送った。
明後日、ハ組で小祭りをするらしいから、そこでまた会おうと約束。
帰ろうとして、「あっ」と思い出す。セレヌとレージングは兄と手合わせをしてみたかったと。
母に聞いたら、兄は今週は日勤だから小祭り参加は夕方からなら多分。
つまり、そこで手合わせをすれば良いだろう。
「あの子に試合をする場所をどうにかしてって伝えておくわ」
「ありがとう、お母さん」
セレヌと夕飯の買い物をしながら家に帰ると、アミと知らない女の子が二人いた。
義母が、ご近所のお嬢さんたちも異国文化や料理を知りたいだろうと考えて、招いたらしい。
「セレヌさんも、投扇興などの煌国遊びを楽しむのはどうかと思って」
「とおせんきょってなんですか?」
「アミさん、教えてあげて。私はリルさんと夕飯の打ち合わせをしてくるので頼みましたよ」
「はい、テルルさん」
泊まる前は、アミを『雑なお嬢さん』だとプリプリ怒っていたのに、義母はすっかり彼女のことがお気に入り。
雑でも一生懸命で素直、器用になろうとしていると褒めている。
私は最近、義母もわりと人見知りで、そのせいで少しの印象で相手のことを決めつけて、相手を遠巻きにしているのではないかと考えている。
考えているというか、そんな考察したのはロイだけど。
義母は私を台所へ連れて行き、「良いですか」と言った。
「何がですか?」
「あなたのお兄さんはお嬢様を望んでいますね?」
「はい」
「その為に必要なことはなんだったか覚えていますね?」
「……あっ。お嬢様やお嬢さんの知り合いを増やすことです」
「ええ。それでその方たちとネビーさんを常識の範囲で交流させたり、彼の話をして、彼女たちに彼の良い評判を広めることが大切です」
というわけで、実家に行ったのだから、兄に声をかけたのかと言われた。
「その発想は無かったです」
「でしょうね。それで兄を上手く町内会の人間に会わせることも考えていないと」
「はい、すみません」
「ったく。私はいつ何があってもおかしくないんですから、大黒柱妻になれるように考えて生活しなさい」
「長生きして欲しいです」
「今はそういう話をしているのではありません」
帰宅早々、怒られてへしょげる。
とりあえず、レージングとイオのこと、兄との手合わせは明後日になりそうだと報告。
「この時間だから……あなた、クララさんのところに行って、ハ組の小祭りのことを教えてきなさい」
「あっ、クララさんも一緒に行けたら楽しいです」
「違います!」
また叱られてしまった。
ハ組の若衆は最近、イオ——火消しと飲み会を出来てご機嫌で、それでロイの株が上がった。
幅広い人付き合いが得意ではないロイが、ようやく、ついに、テツ以外の若衆とも交流し始めている。
「イオさんを使って、その後押しをするんです。イオさんが何気なしに言うていたじゃないですか。身内祭りや遊びにも来てええと」
ネビーが兄弟だから私は妹。そうなるとルーベル家も半家族。
その家があるこの町内会はハ組の半家族だから、ここはもうハ組の管轄にもなる。
困り事も、楽しい事も、祝いや祈願などもハ組に声をかけてくれれば手助けする。いつでも気兼ねなく来てくれ。
「明後日の小祭りとやらがまさにそれです。我が家もご近所さんもどうぞって言われたんでしょう?」
「言われました。ああ、若衆は火消しさんが沢山で喜びます」
「若衆だけではないでしょう。あのお喋りなクララさんなら、明後日までにあちこちへ広げてくれます。我が家となら、小祭りに行けると言うんですよ」
「分かりました」
こういう采配はやはり難しい。小祭りに若衆やその嫁が来ると、ロイも私もきっと楽しいのに思いついていなかった。
この話の後、夕食の半分は煌国料理、半分は異国料理にすることになった。
カラド料理に使う粉がまだあって、セレヌがそれで作れる炊き込みご飯を教えてくれるというので、その材料は買ってきた。
でも、アミたちがいるとなると量が足りないかもと心配になっていたが、そこに煌国料理を増やすなら足りる。
「あなたは上手いんだから天ぷらになさい。セレナさんも楽しいでしょう。アミさんは絶対に下手だから、上達させたら向こうの家に喜ばれるわ」
『絶対』に力がこもっていて、吹き出しそうになった。アミを庇ってあげたいけどその通り。
アミと一緒の二人は、彼女の町内会幼馴染のシノブとミドリ。二人ともアミの一つ年下で、我が家と接点がほぼない家のお嬢さん。
「アミさんがあなたの家事はええって、無自覚に噂を広めてくれているから、助かるわぁ。よくやりました。お兄さんも妹が縁談準備を着々と進めてくれて喜ぶでしょうね」
叱られてへしょげたけど、褒められたのでホクホク気分。
義母は散歩がてら、一番近い八百屋で天ぷらの材料になりそうなものは買ってきてくれたそうなので、二人で献立や手順、使用する食器を確認していく。
カラコロカラ、カラコロカラと玄関の鐘の音が鳴って兄の声。
玄関まで出迎えたら、「仕事終わりで風呂の水汲みに来た」そうだ。
「ん? その変わった靴はもしかしてセレヌさん?」
「うん。あのね」
セレヌが夫のレージングと来てくれたこと、今日のこと、それからハ組が小祭りをしてくれることなどを伝えていく。
兄は珍しく、言葉を挟まずに黙って聞いててくれた。
「じゃあ、俺、明後日休めないか聞いてくる。ハ組の見張りも兼ねてって言えば、勤務変更でいけると思う」
「お兄さんも、みんなで遊びたいよね」
「それもあるけど、ロイさんや幼馴染さんたちを案内する。きっと行きたがるから。イオはどうせ、ミユさんに夢中でロイさんたちを接待なんてできないし、する気もないだろう」
お坊ちゃん集団が、火消しのバカ騒ぎにスルッと混ざれるわけがない。だから、接待・案内役が必要。
「俺はそういう役だろう? 兄の役に立つ弟」
まず休みを取って、町内会を軽く回って知り合いの若衆に声をかけてくる。兄はそう告げると、「まずは風呂の水だな」と笑った。
そこへ義母が来て、今の話を聞いていた、お願いしますと告げる。
「もちろんです。全部任せて下さい」
「代わりにお父さんは貴方に出世街道を用意して、私は縁談という約束です。というわけで、お嬢さんたちと会話する練習をしなさい」
「……えっ? ああ、この草履たちですか? リルの嫁仲間が遊びに来てるんですよね? 礼儀なんで、挨拶くらいしますよ」
「こちらの草履たちは未婚のお嬢さんたちです。爽やかに、品良く挨拶をして印象を良くしておきなさい。彼女たちがいつか、あなたに縁談を運んでくれるかもしれないですから」
「……あっ、はい」
兄が照れ笑いして鼻の下を伸ばしたので、ゾワっとしてしまった。
お嬢さんからの手紙を破ったり、文通流しをするのに、お嬢さんは好き。なんなのだろう。
風呂の水汲みは後回しで、兄はアミたちと挨拶をすることに。
セレヌと投扇興で遊んでいたアミたちを居間へ呼び、キリッとよそゆきの顔をした兄と軽い挨拶会。
ここでセレヌが、今回は兄と手合わせをしたい、しかし、手加減が苦手な自分は、建物を壊す可能性があるから、原っぱのような広くてなるべく何もない場所を希望していると伝えた。
「海にしますか? 海観光も楽しいでしょうし。それだとハ組からは遠いから……。彼らに闘技場を借りさせます。いけるか? 頑張ってみます」
「へぇ、闘技場なんてあるんですね」
「ええ。剣術大会とか、火消しの力比べとか、色々使うんですよ。明後日は確か行事は何もないんで空いているはずです」
セレヌの隣にいるアミたちが、三人でヒソヒソしている。それで、アミはほんのり頬を染めているような。
確かに、今の兄は外面良しでキリリとしている。制服姿なのがまた、ちょっと格好良く見える。
「お嬢さんたちも小祭りには興味があるでしょうけど、火消しは文学の何倍も女性にだらしないので、近寄らないように」
兄はアミたちにそう、話しかけた。
「……そうなんですか? どういう感じでですか?」
「酒に酔ったと言い訳をして、ベタベタ触ったり、酷いとそのまましけこんだりです。酒豪ばっかりなので『酔った』は基本的に嘘です」
「しけ? しけこんだりとはなんですか?」
兄はチラッと義母を見て、彼女が何も言わないので続けた。
「密室に連れ込んで好き放題触ったり。口付けしたりとか。そういうことです」
アミたちは顔を赤くして、「破廉恥をされるんですね」ときゃあきゃあ言い始めた。
前の私はああ言っただろうし、今の私は『しけこむは寝ること』だと分かる。
「口が上手くて、手も早い者が多いので、とにかく、勤務中の火消し以外には近寄らないように」
「それなら……小祭りにも行ってはいけませんか?」
「いいえ。町内会のお嬢さんたちは自分の妹分なので、危険時以外で指一本でも触れたらぶっこ……お仕置きすると言うておきます。ハ組には知り合いが多いので」
今、兄は「ぶっ殺す」と言おうとしたと思う。私たち姉妹に近寄る男性たちに、よくそう言っているので。
火消しの手綱を握る、花組たちに案内を頼む。その上で、ご近所のお姉さんたちと一緒に行動をするように。兄はそう続けた。
「お嬢さんたちは、色事に悪い男を見聞きして、自衛を覚えなければならない年齢です。親に小祭りに行くなと言われたら、そう反論するとええです」
アミたちは「遊びに行けるかも」と言い合い、嬉しそう。
「ご両親に、根回しはルーベル家がするとお伝え下さい。しかと、手配しておきます。君たちが安全に楽しめるようにすると言った手前、何かあった場合の責任は全て自分が負います」
最悪、腹を切って詫びる。なので、火消しと火遊びはしないように。
あの跳ね馬たちは、気の強い女や火消しの娘でないと手に負えない。
兄がそこそこ怖い顔でここまで言ったので、アミたちは真剣な眼差しで大きく頷いた。それから、「気をつけます」と口にした。
「では、自分はこれで。兄のロイにもしかと頼んでおきます。彼は自分よりも頼りになるので、君たちはきっと、小祭りを楽しめますよ」
優しげな微笑むと、兄は「風呂に水を汲んだら帰ります、失礼」と言い残して退室した。
義母がスッと追いかけていき、私のことを見たので、私もだと思って一緒に廊下へ。
「ネビーさん、あなた、今のはとてもええわぁ。でも、あそこまで言うほど火消しさんの女性癖は悪いんですか?」
「いえ、さっきのは全然です。あのくらいだけで効果があるとはお嬢さんたちは奥ゆかしいですね」
兄のキリリ顔がデレレ顔になって気持ち悪い。
「アミさんたちの本縁談は数年後だから、ネビーさんの縁談時期と合いそうです。いつか、お見合いなんてこともあるかもしれませんよ。どうですか?」
「どうですかって今からってことですか? あんな子供たち相手にそんな気はおきません。数年後に頼れて色気もあるお嬢さんになっていたらどうなんだろう。じゃあ、やる事が増えたんで」
兄はそそくさと玄関から出て行った。お風呂の水汲みなら私も手伝うというか、我が家の仕事だから追いかけようとしたら、義母に話しかけられた。
「アミさんはひとまず失恋ねぇ。恋に恋する感じですし、今日の様子で既にそんなにでしょうから、他の人に目がいきそう」
「今日の兄はアミさんからすると減点でした? お義母さんはええと褒めてくれましたけど」
「思っていたよりもうんと大人の人。アミさんは、そういう顔をしていましたよ。ふぅん、頼れて色気のあるお嬢さんねぇ。覚えておきましょう」
義母がお礼はするから風呂は兄に任せようと言い、セレヌたちを呼んで、料理会を開始。
途中で庭を見に行ったら、兄はもういなかった。
やがて義父、ロイと順番に帰宅。義父は明日の土曜は、仕事を休みにできたそうだ。
しかし、将棋をしようと思っていたレージングが不在でガッカリ。
そこへ兄が来て、義父はもう帰っているかと私に問いかけた。
もう在宅だと分かると兄は家に上がり、義父に明後日の小祭りに町内会の人たちが行けるように手配をしたと報告した。
町内会長に回覧を頼み、地域住人たちのようにふらっと行けば、普段の火消し祭りのように楽しめるとお知らせ。
ロイと親しそうな若衆の家には、火消しと飲み会をしたければ、ロイと一緒なら少し身内っぽい扱いをしてもらえるとお知らせ。
アミの家へ行き、友人二人と小祭りに行けるように根回し。
「明日休みなら、ガイさんもイオのところに泊まったらええですよ。あの部屋でええなら、我が家でもええですけど。ジンに将棋好きを集めさせるんで」
飲み会で大騒ぎになると、兵官が面倒なことになるかもしれないし、旅人に煌国のヤバい面を見せることになる。
それよりも、レージングと将棋大会の方がうんと良い。
「おおー。それはええ話だ」
「ラオさんが息子みたいな俺の新しい父親と飲みたいって言うてたんでお願いします。ラオさんも将棋を指しますよ」
兄は義父を後で迎えに来ると言い、そそくさと帰った。
「なんや、そそくさと。夕飯を一緒にって言う暇もなかった」
「そうですね。それにしても、あれこれパパッと思いついて根回しもあっという間。彼は仕事ができるんでしょうね」
「ロイ、お前の真似を始めたら評判がええらしいぞ。デオン先生が、お前の腕前が上がってきた、お互いええ影響だと言うていた」
「そうなんですか? 父上、兄弟の縁結びをしてくれて感謝します」
ロイは、セレヌが来てくれたおかげで、兄も自分も褒められたと彼女にお礼を告げた。
「夕食も豪華になって、あまり話したことのない町内会の妹たちが遊びに来てくれて、明後日は小祭りでいいことばかり。いつでも帰ってきて下さい」
「ここはセレヌさんたちの家の一つなので、いつも待っています。ヴィトニルさんにもそう伝えてください」
「みなさん、ありがとうございます」
前回のセレヌたち来訪と異なり、今回はあちこちとの交流があって、明日、明後日はさらにの予定。
ますます楽しみ!




