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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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特別番外「フィズ、こそこそ来訪する」


 煌国皇居——。


 フィズといえば、国民の生活を知りたいと、皇居を何度も何度も抜け出す皇子だった。

 結婚指輪に使う宝石を自ら岩山へ探しに行き、獰猛な鳥に襲われて刀を振る。

 妻に蜂蜜を贈りたいと思えば、蜂の巣探しをして蜂に襲われて逃げて、行方不明になりかける。

 そのように、彼は全くもって大人しくない行動派。

 婿入り先の領土が国に格上げされ、国王になってからも、そういうところは変化していない。

 だから、久々の帰省に際してフィズが行方をくらましても、昔々からの忠臣たちは呑気に将棋をしている。


「気になるのは行き先だけど、どこだと思う?」


「先日、コーディアル様がレクス様やセレーネ様から聞いた片栗粉探しだろう」


「俺は高くない着物探しだと思う。いや、浴衣か? コーディアル様がセレーネ様を褒めていたのを、欲しいと勘違いしたんだ」


「それもあり得る。なんであの方は毎回、毎回、毎回、自分で探しに行くんだ?」


「買っておいてくれで済むのに。衣服や宝飾品は好みがあるからともかく、片栗粉は家臣に頼むものだ」


「また説教をするのかぁ。俺たちは死ぬまで苦労するな。王手」


「ちょっと待った」


「戻さないけど、待ってやろう」


「三手戻しで」


「却下」


 遠いところで、家臣にそういう噂話をされているフィズは大きめのくしゃみをした。

 息子夫婦に来るなと言われたけど、彼らが自分の生まれた地で作った『庶民の友人』に挨拶をしたくて。

 皇居を一人で抜け出し、赤鹿を使って、息子たちの黒鹿を追跡している。

 乗ってきた赤鹿が「あっち、やっぱりこっち」というように迷ったのでフィズも悩んでいる。


「向こうは行交道で逆戻りだから……。住宅地は……こっちだな」


 フィズは「向こうだ」と赤鹿に頼んだ。特別部隊の優秀な赤鹿は、彼を「南地区中央裁判所」へ連れてきた。

 そして、黒鹿を連れている息子——レクスを発見したので近寄って声をかける。


「ち……レグルスさん。なぜここに」


 父上と言いかけたレクスことレージングは、明らかに狼狽した。


「うぉほん。礼儀として挨拶をせねばと思って。旅仲間だと言うから挨拶をさせてくれ。ご友人たちはどこだい?」


 お互い顔を隠しているが、仲の良い親子なので声色で機嫌が分かる。

 フィズは、「息子は少し怒っている」と感じ、悲しくなった。

 しかし、父親として、息子たちに良くしてくれる煌国民に挨拶をしたくて仕方がない。


「口調をくだけさせ、旅仲間だという設定を守ってくれるなら。挨拶をしないとなんて、もう子供ではないのに」


 レクスは「仕方ないので」と続け、なぜ今ここにいるのか説明して、これから友人宅へ帰ると告げた。

 皇族としてではなく旅人として、息子と二人で行交道(ぎょうこうどう)を進むのは、あまりにも楽しい。

 兄弟姉妹たちが守る国に活気があり、飢えそうな民が一人も見当たらないことも誇らしい。

 けれども、それは祖先たちが肥沃な大地を手に入られたお陰で、ここが国内で最も栄えている王都だからだ。

 煌国は王都から離れる程、生活は厳しくなるし、国境では侵略者たちとの防衛戦が繰り広げられている。


(身内の連合国内で小さな国を守る私とは違い、父上の重圧は……)


 フィズが皇帝である父のことを考えていたら、ドンっと目の前に人——正確には黒鹿に乗った男が降ってきて仁王立ちした。

 翻った腰巻きに刺繍されている紋様が、彼は皇族だと告げている。


「兄上! せっかく会いに来たのに皇居におられないから、こうして探しに参りました!」


 街行く民が、塀から飛び降りてきた生き物と、その上に跨る人に大注目している。


「……あーっ! イルガ! イルガじゃないか! いくら尊敬していても、そのドルガ皇子の真似をした服はこの国の中ではダメだと言っただろう!」


 フィズからしたら問題児——弟の一人であるドルガの登場の彼の愛鹿に、彼は脳みそを高速回転させた。


(レクスの友人たちの近くでなくて良かった!)


 ドルガは首を捻り、「イルガ?」と呟いた。


「僕たちは旅人なんだ。この服装の通り。だから君はイルガだ。旅医者たちの傭兵。あとで会いに行くから、大人しく宿へ帰れ」


「……。ああ、親子でお忍びですか。ふむ、では俺も。可愛い……旅仲間と歩くのは楽しそうだ」


 フィズの発言の真意の大半を汲み取ったドルガは、国紋があしらわれた物を全て外し、帯で縛って愛鹿の鞍にくくった。


「呼んだら迎えに来てくれ。しばし、兄上の赤鹿に乗せてもらう」


「俺も……俺も? 君もレージングの友人に挨拶をしてくれるのか。わざわざありがとう」


 あまり会ったことのない甥を可愛がってくれる。その友人に敬意を払ってくれるとは兄孝行だと、フィズは頭巾の下で笑った。

 その隣で、レージングが軽くため息を吐く。


「イルガさんもありがとうございます」


 レージングは空を見上げ、再度、小さく息を吐いた。フィズは息子は緊張していると察した。


「レーシング、僕たち仲間が挨拶をするくらいでそんなに緊張しなくても。上手くやるさ」


 政務は上手くできるけれど、人間関係はそこそこポンコツ。

 特に、親しくなりたいと情熱を傾ける相手に対して空回る。そのことを、フィズはいつものように忘れている。


 ★


 息子の新しい相棒——黒鹿の嗅覚は優秀で、フィズたちを見事、セレーネたちのところへ連れてきた。

 寺子屋を覗き込み、庶民たちと楽しそうに勉強している義理の娘を眺める。


「レージング、彼女は何をしているんだい?」


「学校体験でしょう。したいと言っていたので」


「学校体験? ああ、彼女はずっと旅人だから学校に通っていないな。城で暮らして通えばいいのに」


「そう言ったけど、離れないと言って僕の旅に着いてきてくれます。父上、ここがあの寺子屋ですよね? 庶民の学舎。この国の識字率を上げている偉大な施設」


「我が民は勤勉なようで素晴らしい。どれ、褒美として、この俺が直々に龍神王様からのお言葉を教えよう」


「ちょっ、イルガさん!」


「イルガ! 私と約束したよな?」


 フィズはレージングとほぼ同時にドルガの腕を掴み、ヒソヒソ話を始めた。

 皇族だと分かるような言動はしないと約束したと念を押す。


「旅人が龍神王様の教えに詳しいなんておかしいだろう」


「兄上に進言申し上げるのは心苦しいが、身分どころか名前まで偽って親しくなろうなど、相手の友愛に対する冒涜では?」


「叔父上。庶民は想像以上に皇族や異国の王族を敬ってくれています」


 レージングは以前リルとロイから聞いた、「聖女と握手したご利益話」について語った。

 少しばかり特殊な女性と握手をしただけで感涙の嵐だし、そもそも、大勢の民が父を一目見ようと徹夜で席取りだ。


「旅から旅のセレヌには友人が少ないんですから、友人を減らさないで下さい。もっと親しくなってから打ち明けるならともかく、今は時期尚早です」


「そうだイルガ。時に嘘は必要なんだ」


「そこまでとは。まあ、兄上ですから崇められて当然ですが。あっ、兄貴だった。難しいな」


「ありがとうイルガ。しかし、私のために大勢が徹夜なんて風邪を引いて、運が悪いと病に倒れる。事前に席決めをさせねば」


「兄貴は多忙だろうから、俺から父に伝えておく」


「それはありがたい。頼んだ」


 話し合いが終わり、レージングが「まずは一人で」と言うので兄弟で待機。

 しばらくすると、レージングは背の高い青年と戻ってきた。


「イオさん、旅仲間のレグルスさんとイルガさんです。旅仲間は家族同然なので、二人は僕たち夫婦の家族です」


「こんにちは! さっきレージングさんと知り合ったハ組の火消しのイオです! ようこそ、煌国へ!」


「「火消し⁈」」


 フィズとドルガはほぼ同時に叫んだ。


「おお、レージングさんと似た反応。火消しって異国人にも有名なんですか?」


「他の旅人や異国人は違うと思うが、私は読書好きで煌国の本もそれなりに。その中には火消しものもあって!」


 有名だというから読んだ火消し物語は。フィズが語り始めると、イオは「ああ、それは俺たちのご先祖様の話ですね」とにこやかに笑った。


「ハ組のハはハタツのハ! さっきレージングさんにも教えたけど、家とか組とか神社に色々ありますよ」


 皇族男児も火消し好きが多い。特にそうだったフィズとドルガは興奮し過ぎて、イオについていくことに夢中になり、本来の目的を忘れた。

 レージングはすかさずイオに、「父同然の二人をもてなして欲しいです」と依頼。


「リルちゃんにハイカラを教えてくれる旅人さんから金なんてもらえないんで、それは自分たちのために使ってください。接待はええけど、俺に薬とかのことを教えてくれる約束は守ってくださいよ」


「もちろんです。セレヌに伝言して、僕はイオさんたちにお世話になります。それでお互い情報交換しましょう」


「旅医者さんたちは素晴らしい存在だ。だからもてなさねぇと。ハ組で小祭りをするから、リルちゃんたちも遊びに来てって言うんで、夫婦でも楽しんでください」


「お気持ちだけいただきます。妻は明日、お茶会みたいなので」


「じゃあ明後日だな。準備期間がある方が盛大にもてなせる。病除け祭りにしましょう」


 こうして、フィズの知らないところでハ組の小祭りの開催が決まった。

 そしてこのせいで、レージングたちからするとこのおかげで、フィズはほとんどルーベル家やレオ家と接することはなくなる。


 ☆


 その頃のリルは、龍歌百取り関係の故事の本を読みながら、難しい漢字と格闘していた。

 すぐそこに『あのフィズ様』がいるなんて想像するはずがなく。

 そして、遠い未来に自分のことを『俺の画伯』と言い、作品集を作って欲しいと頼んでくる、猛虎将軍ドルガがいることも知らない。


 

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