特別番外「ルーベル家と異文化交流9」
お喋りと刺繍、編み物に夢中になっていたらレージングが帰宅した。
セレヌとお出迎えをしたのだが、荷物が大量で驚く。
「レージング、これ、何を作るつもりなの?」
「我が国流の朝食だろう? 君が言ったのに忘れたのかい?」
「白銀月国風にするとして……こんなに大きな背負いカゴって何かしら?」
台所へ荷物を運んでもらいながら、私も不思議というか、ちょっと嫌な予感。
カゴは荷運び用に欲しかったからついでに買ったらしい。レージングの手で、台に次々と商品が並べられていく。
「まずサラダとスープだろう?」
異国材料店では、野菜はほとんど売っていなかったので、八百屋で買ったほうれん草と玉ねぎとじゃがいもとキノコ。
オリブ油と塩と胡椒が売っていたので、それも買ってきたそうだ。余ったら私に使って貰えば良いと。塩も胡椒もあるのに。
「オリブ油は初めて聞きました」
「それならぜひ」
ニコッと笑いかけられてたじろぐ。
彼とヴィトニルは血は繋がっていないし、彼は「お金を渡し過ぎたら困らせる」と言ったことがあるのに、ヴィトニルと同じ気配がする。
スープは「コンソメ」とやらがなかったので、煌国出汁で作ることにして、牛乳と野菜とバターでポタージュらしい。
あのポタージュを作れるとはすごいけど、確か手間ひまかかったはず。
パッと見、私の「ひんけつ」が心配だから、ポタージュもほうれん草を使うそうだ。
「ひんけつってなんですか?」
「血が少ないことです。女性は毎月出血しますからね。適切なものを食べることも治療です」
「キョケツのことですか。さすがお医者様です。お気遣いありがとうございます」
義母が口にしたキョケツが何か分からないので、後で調べないと。
「いえいえ、お世話になっているから至極当然のことです。それで、メインは白身魚のソテーで、人参を添えて、デザートはりんごにしようかと」
魚屋で買ったと、タラの切り身が出てきた。手拭いでぐるぐる巻きにされている。
「レージング、あなた。朝からコース料理を作る気なの?」
「そうさ。君がリルさんたちとお喋りする間、下ごしらえをするのは楽しいと思って」
パンも売っていたから買ってきたそうだ。
「苦手だと困るから、タラのソテーのソースは味噌で工夫しようかなと。リルさん、味噌は使わせて下さい」
「こうなると一緒に料理をしたいです。お義母さんもきっと」
「えっ?」
材料ではなさそうな切花は何?
義母にレージングのことを教え、全員で料理をすることに。
彼に「お喋りの邪魔は」と遠慮されたけど義母と共に誘った。
夕食は、セレヌが好きなお餅にすることにした。
普段の料理が食べたいし作りたいと言われたので、家にある材料で作る。
具沢山のお味噌汁を作り、まだレージングが楽しんでいないお餅しゃぶしゃぶ。お客様がきて、朝食が変わったので干した貝も使おう。
あとはご飯、香物で終わりだけど、セレヌたちが来たので今夜はそこに「カボチャの煮物」も追加。
週末にお客様に使う予定だった高級かぼちゃ——カルダかぼちゃを使ってしまう。
それでは、料理開始!
レージングは手際が良くて、おまけに説明上手だけど、セレヌの手が危なかっしいと心配して、彼女に「過保護」とか「うるさい」と怒られた。
「君の美しい手に傷がつく」と言ったのに怒られて可哀想。
「僕がする、僕がしようって言ってばかりだから私は成長できないの。レージングは甘えるとか頼るとか助けてもらうってことを覚えなさいよ」
「そうしている。足りないなら気をつけるよ」
「その台詞はもう百回くらい聞いたわ」
夫婦喧嘩が勃発してヒヤヒヤ。しかし、レージングが「すまない」と謝って、心の底からごめんねという目をしているからか、セレヌも「言い過ぎてごめんなさい」と謝って終わり。
「両親ならそこから大喧嘩でした。すぐ仲直りできてええことです」
「あら。エルさんとレオさんってそんなに盛大な喧嘩をするの? レオさんがひたすら謝りそうですけど」
この義母の発言で、両親の話になった。お喋りは楽しいし、料理も順調でとても楽しい。
レージング曰く、ヴィトニルは器用だから料理は出来るけど、好きではないそうだ。
人助けが好きでも、おもてなしが好きでも、作って与えるという行為は好まない。
その理由を彼は「なんとなく」と言うけど、レージング視点のヴィトニルは甘えん坊傾向だから、世話をされたいっぽい。
「本人は否定するけど、そうなんですよ。あれをしろ、これをしろって言うのも、世話して欲しいっていう甘えです」
「そうそう。仲良くなると命令してくるわ。セレヌ、疲れたから肩を揉め、みたいに」
「僕が代わりに揉んだら男は嫌だって怒るから、妻に頼め。あっ、いないんだったなと喧嘩になります。あはは」
レージングも兄に対しては軽口を言うみたい。そういえば初対面の時の食事会でもそういう感じはあった。
話しは逸れて、セレヌとレージングも兄と手合わせをしたいそうだ。
「あっ、そうね。そうするわ。あとは場所よね。あの道場は私みたいに加減ができない人間だと壊すから、原っぱがあるといいんだけど」
「兵官なら詳しいだろうから、お兄さんに聞いてみようか」
「うん」
セレヌはこんなに細くて可憐な感じなのに道場を壊すくらいの力待ちなのか。「強い」と言っていた時も驚いたけど、またしても驚く。
「そうでした。テルルさん、リルさん、お茶会ってどうしたら良いですか?」
「それなら嫁が明日にでも友人に声をかけます。リルさん、エイラさんに頼んできなさい。あちらの家宛に手紙を書きますから」
「はい」
「早ければ明日の午後にでもできるでしょう」
「うわぁ、ありがとうございます」
嬉しそうなセレヌにほっこり。旅でうんと人を助けているから、楽しいことをたくさんして息抜きして欲しい。
料理の準備があらかた終わり、異国料理について教わることに。
レージングに一番風呂に入ってもらおうとしたら、女性が優先の国で育ったと言われ、セレヌから順番に入ることに。
やがて義父が帰ってきて、ロイも帰宅し、私がお風呂から出てきたら、お酒つきの将棋大会が始まっていた。
義父が腕を組んで、難しい顔で「うーん」と唸っている。二面打ちで義父もロイも駒落ちだ。ロイなんて駒が全然ない。
「まるで指導者のようです」
「頭を使うことが得意なので面白くて。将棋はもう何年も前から始めたので得意です」
義母と刺繍をしているセレヌが、「最近は特に、ヴィトニルにしょっ中、付き合わされているものね」と愉快そうに笑った。
「兄は負けず嫌いなんですよ」
私が来たので夕食になった。レージングはお餅しゃぶしゃぶに感激した様子。
楽しい時間はずっと続き、夜更かししそうになったけど、義父もロイも明日は仕事なので解散。
離れでセレヌとお喋りをしていたら寝落ちして、先に目覚め、いつものように働こうとしたら、洗面台でレージングと遭遇した。
頭巾を被っていないから、傷のある顔を見てはいけない……と慌てた時に、彼が振り返った。
「……」
顔の左半分に暗い赤紫色のあざが広がっている。これは隠したくもなる。
目の形からして美形な気がしていたけど、かなりの美青年だ。どこかで見たことのあるような……。
「お見苦しいものを。失礼」
そう言いながら、レージングは頭巾を被った。
「見苦しくなんてありません」
「心配してくれてありがとうございます。痛みはないんですよ。見た目が悪いだけで」
「悪くなんてないです」
「優しい奥様、どうぞ。先にお借りしていました。庭の様子を見たいから、雨戸を開けてもいいですか?」
「私がすぐに行きます」
「リルさん、雨戸開け体験をしても? してみたくて」
「それならお願いします」
「試して、出来なそうなら声を掛けます。壊したら大変だ」
私の横を通り過ぎたレージングは穏やかに、ニコニコ笑っていた。嫌な気分にさせていないと良いのだけど。
顔を洗って廊下に出たら、レージングは縁側に座って鼻歌まじり。雨戸開け体験ができて、成功して嬉しいみたい。
「セレヌが起きてこないうちに秘密の話をしませんか?」
よければどうぞというように、隣を示されたので並んで座った。
「彼女、僕に飽きていませんか? いくら褒めても、嘘くさい笑顔なんですよ」
深刻そうな表情でこんなことを言われたのでびっくり。昨夜も、私とセレヌは夫の惚気で盛り上がったというのに。
「まさか。レージングさんには嘘くさい笑顔に見えるんですか?」
「褒めるたびに愛想笑いは堪えるけど、考えすぎなのかなぁ。うーん」
レージングは腕を組んで唸った。セレヌは「いつも同じ褒め」に感激できないのだけど、それをどう伝えるべきなのか。
「あの。セレヌさんはレージングさんを沢山褒めています」
「へぇ、そうなんですか。それは嬉しいです」
眩しそうに細まった目から、歓喜が伝わってくる。
「ただ、その。うんとお洒落をして変身しても感激されないから、それは少しつまらないみたいです」
顔をしかめられてしまったので、言葉選びを失敗したかも。
「あー。顔を隠していることが多いし、身振り手振りも派手ではないからか、伝わらないんですよね。伝えているつもりなんですけど」
レージングはまたニコニコ笑い出した。
セレヌは頑張って、あまり感激されなくてやきもきするけど、レージングは自分なりにたくさん伝えているなら、もうどうにもならなそう……なのかな。
「手紙はどうですか?」
「手紙? たまには書いてみます。声や態度で届けられないなら言葉で。いいアドバイスをありがとうございます」
「アドバイスはなんですか?」
「ああ、煌国だと……助言です」
そよそよと風が吹く。ヴィトニルは派手だけどレージングは穏やか。月と太陽みたいに全然違う——。
と思っていたら、レージングも派手だった。
居間が切花と光苔の灯で飾られていて驚く。朝食を振る舞うから、お茶を飲みながら家族を待って欲しいと言われ、座っているけど落ち着かない。
義母が起きてきて驚き、レージングに「祖国風です」と手を取られて席に案内されて目を白黒させた。
セレヌも来て、「そうなの」と言って笑い、台所へ去った。
義父とロイも、恭しいというような態度のレージングに着席を促されて戸惑っている。
レージングとセレヌは西風料理の接客みたいに私たちをもてなしてくれた。
料理を一品ずつ運び、説明をしてくれる。義母が飾り切りされたりんごを口に運びながら、「どれも美味しかったです」と笑顔でお礼を告げる。
「この鐘……遅刻します!」
「うわっ! 休みな気がしていた!」
義父とロイの叫びで、私と義母は顔を見合わせた。仕事!
レージングとセレヌも顔を見合わせる。
「時間の配慮を忘れていました! 間に合いますか⁈」
「き、着替え!」
義父もロイもレージングの質問に答えず。義母は義父、私はロイの着替えを手伝ってお見送り。
そのはずが、玄関前に大きな黒い毛の鹿っぽい生き物がいて、レージングが「送ります」と告げた。
「えっ? この生き物はなんですか? 鹿ですか?」
「走らせながら説明するので、とりあえず二人とも! 僕のせいで遅刻寸前なので責任を持って間に合わせます!」
レージングは見かけによらず力持ちみたいで、義父もロイもグッと持ち上げて黒い鹿に乗せ、自分は飛び乗り、あっという間に遠ざかっていった。
「セレヌさん。あの生き物は?」
「中央北部あたりにいる黒鹿です。レージングに懐いてて、喜ぶかなと思って連れてきました。近くの兵官さんのいるところに預けていたんです」
「黒鹿といえばドルガ大将軍ですけど、同じ生き物でしょうか」
「ドルガお……。しょおぐんって誰ですか?」
セレヌは将軍を上手く発音できなかったようで、言い直した。少し訛っている。
「中央東部を守護してくださっている皇子様です」
「気難し屋の黒鹿が懐くなら、いい皇子様なんでしょうね」
「この国で一番強い守護副神様です」
レージングが帰ってきたら、黒鹿に乗せてもらえることになった。楽しみ。




