俺と義弟と姉妹たちの話6
俺がリルを嫁にして我が家へ招いた結果、リルはレオ家から去ることになった。
リルと兄弟姉妹は離れ離れとなったものの、それだけでは終わらず、彼女を媒介して俺は兄弟姉妹の仲間入りを果たした。
妻や夫の兄弟姉妹と自動的に親しくなれるわけではないことや、親しくなることを望まない場合もある。
俺は生まれる前に兄も姉も亡くしていて、一人っ子だったから、兄弟姉妹に憧れがあったし、リルによって増えた兄弟姉妹とは何かしらで気が合うので、親しくなれて良かったと思っている。
俺はリルのおかげで、沢山の大切な思い出を築いているので果報者だ。
そんな風に考えていたのも最初の数年で、三年以上が過ぎ、五年も過ぎれば当たり前みたいになっていく。
ウィオラはネビーと婚約したことで、かつての俺のように、異物として兄弟姉妹の中へ放り投げられた。
彼女は人柄の良さなどで、あっという間に俺たち家族親戚の心を掴んでいる。
俺も、会った時には既に我が子が懐いていて第一印象が良かったし、この間の飲み会でさらに好ましく感じた。
ルルはしょっ中、「ウィオラさんのところへ行ってくる」と出掛けては俺の両親を少し寂しがらせている。
休みのたびに、なんだかんだ我が家に顔を出してくれているレイも、「ウィオラさんの料理特訓中なので」とレオ家を優先している。
そしてロカは、学校の先生でもあるウィオラにかなりひっつき虫らしい。
下の三人娘がウィオラに懐き、彼女に兄を取られたとブーブー言うので、最近、ルカとリルが我が家で会う頻度が増えた。
ルカが「ネビーが気持ち悪い、ウザい、ルルたちがうるさい」と言い、息子を連れてちょこちょこ泊まりに来るからだ。
そのルカが急に我が家へ来なくなり、リルがどことなくしょんぼりしていると心配していたある日のこと、ルルが「なんなのもうっ!」と腹を立てながら帰ってきた。
夜に一人で帰ってくるわけがないので、付き添いは誰だろうと思ったらレオだった。
彼は「夜分にすみません。娘が帰るとうるさくて」と玄関で苦笑いを浮かべた。
「ルル、帰ってこないんじゃなかったの?」
リルはいつもこの台詞を「帰ってきた……」と迷惑そうな顔で言うのに、今日はどことなく嬉しそう。
「聞いてよリル姉ちゃん!」
「我が家の中では姉ちゃん禁止、でしょう?」
そう言いながら、リルはニコニコしている。
「聞いてください、リルお姉さあああん」
えぐえぐ、と泣き出したルルからお酒の匂いはしないので、酔ってはなさそう。
リルが、どうせ大したことはないだろうというような呆れ顔でルルの背中を撫でながら居間へと促した。
ルルは成人して何年も経つのに、たまにあんな風に子供のようになる。
しっかり者で頼り甲斐のある妹だけど、かなりの甘えん坊。
ネビーやジンが、「真ん中なのに一番の末っ子気質」と言うけど、俺もそう思う。
「レオさん、明日の仕事に支障がなければ泊まっていってください」
「いえ、帰ります。今、我が家は面白いことになっていまして」
「面白いこと? なんですか?」
「学校です学校。ウィオラさんが講義の練習をしたいと言うので生徒役になったら楽しくて」
気になる話題なので、少しくらい話したいと誘おうとしたけど、「では」とレオは彼の息子のように颯爽と去っていった。
居間へ戻ったら、ルルがリルに「仲間外れにされました」と愚痴っていた。
ここへ、風呂から出た母が現れて、「あら、ルルさん、帰ってきたんですか」と微笑んだ。
「テルルさんは私が帰ってきたら嬉しいですよね? その顔はそうです!」
「どうしたのですか、そのようにへしょげ顔をして」
リルがなぜか、母に向かって首を横に振った。
「せっかく帰ったのに、みんなしてルルを使用人扱いするんですよ! ああ、いたの。それなら配膳をお願い。片付けをお願い。ジオを寝かしつけてって!」
それは我が家がルルに頼んでいることでもある。
「……ルルさんは頼りになりますものね」
そう言いながら、母はルルからそっと目をそらした。
「そうですけど、ウィオラさん、ウィオラさんってウィオラさんばっかりなんです!」
何かを察した母がリルを見て、俺を見て、ルルに「今度、何か観劇でも行きますか?」と笑いかけた。
「陽舞伎がええです! 楽しいだろうなぁ。三人でわいわいお出掛けだなんて」
ルルは「ガイさんに頼まないと〜」と言いながら、俺の父を探しに行くというように居間から去った。
「ロイ、何か探してきてちょうだい。お父さんに頼むと古臭いとか怒られるので頼みましたよ」
「はい」
「その日の家のことと子守りは頼みましたよ」
「はい」
たまには妻に息抜きしてもらいたいけど、自分に余裕がある時に自発的に計画するのと、ふってわいてくるのでは全然気持ちが違う。
リルが「すみません」というように、嬉しくなさそうな顔なのもまた。
ウィオラとの文学談義は楽しいし、激務のネビーを世話してくれてありがたいけど、こういう面では迷惑だなとため息を吐きそうになった。
最近、リルからルカを奪い気味なのもあり、妻と彼女の溝にならないかは気になるところ。
俺の心配は的中というか、その時の想像よりも悪いことが起こった。
夕食後に、居間で俺から陽舞伎の招待券——実際は何も見つからなくて買った券を貰ったルルが、「明日、さっそくウィオラさんを誘います!」と告げたのだ。
家族がウィオラばかりというような感じで怒っていたのに、その彼女を誘いたいとは不思議だ。
「テルルさん、テルルさん、ウィオラさんと陽舞伎に行くのは初めてですよね? 楽しいですよ! 解説やうんちくがうんと沢山。レイに美味しい甘味処を聞いておきますね〜」
片付け、片付けとルルは嬉しそうに働きだした。
その近くで、同じことを先にしていたリルがお膳の前に座って目を見開いて固まっている。
「……ルルさん」
俺は思わずルルのうきうきして見える背中に声を掛けた。
振り向いたルルが、首を傾げながら「なんですか?」と俺を見つめる。
「その、陽舞伎はてっきり、リルさんと行くと思っていました」
だからこそ俺は自分の懐を痛めて話題の劇の観劇券をなんとか買ったのだが、「招待券を手に入れられました」と言った手前、それは言えない。
「お姉さんとはお見合いで良く一緒に観ているので。ねっ、リルお姉さん。ウィオラさんはお兄さんの世話どころか、皆のお世話係で息抜きできていないから労わないと」
「そうだね」
リルの声に覇気がなく、振り返って笑うこともしなかったというのに、ルルは何も思わないのか、鼻歌混じりで居間から去った。
リルは何も考えていないから喋らないということもあるけど、あの顔で何も言わないとなると機嫌が悪い。
「リルさん、お風呂が冷めないうちにどうぞ。片付けはルルさんに任せると良いです。機嫌が良い時は全部してくれるんですから、休みなさい」
「……はい。お義母さん。ありがとうございます」
この日はちょうど、両親が孫たちと寝る日だったので、俺とリルは二人きりで眠った。
リルは俺に「私が行きたかったです」とは言わず。
しかし、どこからどう見ても機嫌が悪く、ちょんちょんっと手を出しても無反応で、元気を出してと頭を撫でたらぶんぶんと首を横に振られた。
昨日まで、俺の母とルルとあの店へ行きたいみたいに楽しそうに言っていたので、こうもなる。
翌日、仕事から帰ってきた直後に、ルルがジンと共に我が家へ帰ってきた。
家に上がった直後に二人の声がしたので、リルと共に出迎えた。
「リルお姉さん! 聞いて、聞いて。あのね、ウィオラさんがね、じゃじゃーん! なんと、同じ陽舞伎の観劇券をもらいました!」
ルルは懐から帛紗を出して開き、俺たちに陽舞伎の観劇券を見せた。
「かめ屋で働いたら、おまけで貰えたんだって。これで四枚になったから、リルお姉さんも行けますよ!」
「……私?」
リルは少しだけ目を大きくして招待券を見つめている。その後、すこぶる嬉しそうに笑ったので安堵。
「もちろん。ガイさんに頼んだ招待券でリルお姉さんとウィオラさんと三人で楽しめるのに、こっちもリルお姉さんが一緒だなんて最高〜」
……父に頼んだ? と驚き、そういえばいつもそうなのだから、今回だってそうなると納得。
そして、それなら俺は気を揉む必要はなかったし、よく考えればリルの機嫌はすぐに直っていた。
「良かったね、ルルちゃん。あのー、頼み忘れていたんですけど、明日は彩り商店街にある店で朝早くから打ち合わせなので、泊まってもええですか?」
微笑んでいたジンがリルとルルの肩を軽く叩いてから、俺に困り笑いを向けた。
「もちろんです、どうぞどうぞ」
「ジンお兄さん、お義父さんに捕まると夜中まで将棋になるから旦那様の書斎に行くとええよ」
「そうだね。悟られるから一人で行くとええ。ロイさん、ええですか?」
リルとルルの言う通りなので、少ししたら顔を出すとジンに伝える。
ルルは俺たちを居間へ早く早くというように促し、母に本を読んでもらっていたレイスとユリアに近寄って子守りを変わってくれた。
この日、リルはここ最近の中では一番機嫌が良く、子供たちを寝かしつけると、俺に「観劇の日は、子守りをお願いしますね」と微笑んだ。
「ええ、もちろんです」
丸くおさまったと思っていたら、数日後、俺が帰宅したら我が家にいたウィオラが、夕食後に例の観劇についての話をした。
二回も自分が行くのは忍びないので、どちらか一回は俺が行くのはどうかと。
それでその日は、彼女が子守りをしてくれるという。
「今夜のように、またレイスさんとユリアさんと沢山ご一緒したいです」
我が子たちが「帰らないで」と泣いて騒いだので、泊まると言ってくれたウィオラは、ニコニコ笑いながらそう告げた。
「それなら夫婦と私とテルルさんの四人の日と、未来の姉妹の半分の日がええです」
「ルルさん、あなた、私にウィオラさんの解説付きは楽しいと言うた口でよくもまぁ、そんなことが言えますね」
驚いたことに、母の機嫌が悪くなった。ルルもびっくりしたようで、彼女は気まずそうに視線を彷徨わせている。
母がウィオラと出掛けたいと考えていたとは知らなかった。
「……あっ。それならルルリル姉妹の日にロイさんにしましょう」
俺はその時、思わず「自分も彼女の解説」と口にしそうになった。
芸術の家に生まれて、本人も勉強家だからウィオラは知識豊かで彼女の話は楽しい。
母はきっとこんな気持ちになったのだろう。
「ウィオラさん。演目が違いますから、遠慮しないで下さい」
「ロイさんとお互いに教え合うという楽しみの方が勝りますので、むしろぜひ」
満面の笑顔でこう言われたら、もう遠慮できない。
「……それでしたら、ご好意を受け取ります」
「楽しみですね」
ルルが予習した方が楽しいと言い、母も「そうですね」と賛同。
それで、ルルはウィオラに観劇する演目の小芝居を頼んだ。
「夜ですので、お喋りだけ、楽語風にしましょうか」
この夜、俺たちはとても楽しい時間を過ごした。
このように、ウィオラという新しい風は、おそらくかつての俺やジンのように、俺たち家族親戚に良い意味でも、悪い意味でも、ちょっと事件を巻き起こしている。
☆★
リルたちが観劇に行く日、父は用事でおらず、俺だけだと心配ということで、エルに来てもらった。
そのエルが、子供の面倒を見ながら家事は疲れるし、娘の花嫁修行ということで、ロカも増えた。
ユリアとレイスが遊びたいジオが、テオと約束していたらしく、エルが二つ返事で了承したということでテオも父親と共に来訪。
すっかり我が家の薬師状態で、母の主治医その二になっているイオは、いつでも大歓迎。
家事関係でエルとロカ、子供好きの火消しが来てくれたので、俺はあまり疲れない予感。
イオは紙芝居を持ってきてくれたので、子供たちはそれに夢中。
昼食後、イオが子供たちを寝かしつけてくれたので、彼と二人で飲み始めた。
ユリアは外で遊びたいと言い、目を離すと居なくなりそうで気遣れするだろう、レイスは琴を弾く、教えてくれないとつまらないと泣くに違いないと覚悟していたけど、まさか穏やかに過ごせて、昼飲みできるとは。
「あの紙芝居は、また俺の弟分が作ってくれたんですよ」
「新作でしたね。今回も素晴らしい絵でした」
「その弟分なんですけど、クルスとロカちゃんの話はもう聞きました?」
「……えっ? あっ、絵がお上手な弟分さんがあのクルスさんなんですか?」
ロカが文通お申し込みされて、エルが軽く調べて、我が家に「良いですよね?」と聞いてきたので、文通の許可を出した「クルス」はイオの弟分。
そこまでの情報は有していたけど、兄貴分の息子たちのために紙芝居を作ってくれる子と、「クルス」が同一人物とは繋がっていなかった。
イオはいつも、「弟分が〜」と言い、それぞれの名前を特に言わないので、何人かいる彼が可愛がっている男の子たちの名前を特に知らなかったし、ペラペラ喋る彼の言葉を遮ってまで、名前を聞いたりしてこなかった。
「そうなんですよ〜。世間は狭いですね。こんなちびの時に知り合った子が、文通だの恋だの大人になって」
女学生は何が好きかとか、父から聞いた礼儀はこうだけどなど、クルスはイオとミユにあれこれ相談したらしい。
誰にお申し込みするか知らなかったので、ロカだと知って驚いた、世間は狭い、どうせそのうち出会っていたとイオは嬉しそうに笑い、飲み続けている。
「俺が連れていった小祭りとかで知り合って仲良くなったら、ネビーの野郎にボコボコにされて、一生グチグチ言われるところだった。勝手にお申し込みしてくれて助かりました」
「あー、確かに。ネビーさんはうるさいですからね」
「淡い初恋の文通と、とりあえず練習してみるかだからどうなるか分からないけど、俺とミユは楽しいです」
そこからイオは、クルスの褒め話を始めた。
病気がちな弟分と仲良くなってくれた、とても優しい子で、友人が何度かそこへ入院しているというのもあり、かつてミユが入院した病院に定期的に顔を出して、似顔絵会をしたり、紙芝居の朗読会をしてくれているという。
引っ込み思案なところが玉に瑕だけど、豪家という名の商家の息子だからと頑張っていて、苦手な接客も練習している努力家。
絵という好きなものに頑張れるのは当たり前だけど、彼はそれだけではない。
嫌なことから逃げない、それは素晴らしいことだと言い、そこからなぜか俺の話になった。
俺もそこがいい、一番の長所はそこだとネビーに聞いている、みたいに。
「白っこいちびもやしだったなんて、俺には想像がつきません。テオもそう育てたいんですよね。あの子は小さい頃の俺に似てるじゃないですか?」
「皆さん、そう言いますよね。自分は昔のイオさんを知らないので分かりませんが、今のイオさんと似ているので、昔とも似ているんでしょう」
「眉毛以外はそっくりですよ。自信家の屁理屈野郎。まっ、火消し自体がそういう生き物ですけど」
こう考えると、俺はかつて、細くて色白なもやしっ子だったという話は、あちこちへ浸透している。
「というわけで、テオをデオン先生のところへ通わせようかと。俺の予想なんですけど、そのうちレオさんがクルスのことを嗅ぎつけて、軟弱男はダメとか文句を言うと思うんです」
他に、クルスにいちゃもんをつけるところがないので、レオはきっとその弱点をつく。
そうしたらクルスはきっと、体も鍛えると言い、イオを頼る。
レオもネビーも文句が言えなくなるのは、デオン先生か若師範の弟子になることだから、息子と通ってくれと言う。
「これが俺の未来予想図と計画です」
「……自分も妹が文通はあまりなんですが、そうなると何も言えなくなりそうです」
「あっ、ロイさんもロカちゃんを妹って呼びますよね! ジンもぶつぶつ言うていたし、クルスは大変だなぁ〜」
あはは、とイオは愉快そうに肩を揺らしながらお猪口に口をつけた。
それから月日は経ち、翌年、俺を尊敬していると言ってくれるティエンが俺たちが通う道場に入門。
ほぼ同時期に、イオの予想通りの経緯でクルスが入門した。
さらに、ほぼ同じ時期に恩人のネビーのような兵官になると、かめ屋の奉公人ユミトも入門。
ユミトは兵官になりたいなら学力も必要、同期に賢い火消しがいるから仲良くなり、助けてもらいなさいと言われて彼に接近。
そのユミトは、準備運動くらいしかさせてもらえていないのに、誰よりもヘロヘロで、帰り道で倒れかけたクルスを助けたらしく、既に彼と親しかったティエンも加わり、三人は友人になった。
そしてなぜか、ジミーが俺とは関係ないところでクルスと出会い、彼を介してティエンとユミトと知り合い交流。
ジミーは身分差があり、得体の知れない過去を持つ女性に気持ちを引っ張られていると、俺の知っているところでも悩んでいたけど、俺の知らないところでさらに悩み、彼らに励まされた。
特にユラと同じ天涯孤独なユミトが、推測だけどと、こんな不安や葛藤があるのではと語った内容が、心に沁みたという。
そんなある日、リルが「ジミーとユラが婚約した」みたいに言い出した。
ジミーからそんな話は聞いていない、まだ勇気を出そう、諦めたくないみたいな手紙をもらったばかりだと言おうとしてやめた。
リルの勘違いはたまに良い方に転ぶので、これに乗っかってユラと話してみようかと考えて。
休日に、散歩を口実に雅屋へ顔を出して、レイとユラが働いていることを確認。
レイを呼び出してもらい、妹——レイがお世話になっているから、三人で食事をしない方誘ってみた。
「三人で? なんでですか? あっ、分かった。ジミーさんのために偵察ですね。ええですよ」
「良いですよって、なぜレイさんが決めるんです……」
そこへ、そのジミーが登場。当たり前みたいな顔で、小さな花束をユラに差し出して、「明日、疲れている同僚に差し入れをするので、季節のものを五つ包んで下さい」と笑いかけた。
「久しぶりと思ったら、ねつれつぅ。ユラさん、良かったですね。ため息ばっかりでしたから」
「……うるさいわね。そのため息は仕事疲れと同室の女の寝相の悪さのせいだから」
「美女なのにかわゆくなーい」
「これがかわゆいから、ええんですよ」
以前から育ちにしてはわりとくだけ気味のジミーが、進化している。妹たちから聞いてはいるけど、見るのは初だ。
「そういう態度をやめないと、出掛けるくらいしてみてもって話、中止するわよ」
「それなら、注文の品を早く包んで下さい。さっさと帰りますから」
ジミーにそう言われたユラは、彼から入れ物を受け取ると、不機嫌そうな表情で商品の包装を開始した。
「押したらついに折れました。今度、観劇に行きます」
そう、ジミーに耳打ちされたので心の中で拍手。
「ゆっくりですねぇ〜。帰って欲しくないから、もたもたしていますね〜。勇気を出してお食事に誘いましょうよう」
レイがユラの隣に移動して、余計な茶々を入れている。そして、恐ろしい顔で睨みつけられた。
「ジミーさん、ロイさんが私たちにご馳走したいって来てくれたんですよ。リルお姉さんを怒らせたみたいで甘いものをねだりにきて、賄賂です、賄賂。一緒にどうですか?」
「おっ、それならロイさんの懐を痛めないように半分肩代わりしますよ。ロイさんとリルさんにはいつもお世話になっていますので、早く仲直りして欲しいです」
ユラは「行かない」とは言わなかった。
それどころか「私、噂の出汁のお店の気分です」と口にした。
「そうそう、出汁がご飯の美味しいっていうお店を偵察したかったんですよ。そこに行きましょう。働いてきまーす!」
レイが若女将にお座敷を借りると去り、少しして戻ってきて、俺とジミーを客間へ案内してくれた。
そこで、俺に手紙を書いていたところ、なぜかついに出掛けてもらえると教えられた。
「深刻な顔で、二人で話したいと言われたので、前向きな意味ではなさそうですが、逃げるのはやめるみたいです。さっきの感じですし、悪い話だけではなさそうかなぁと」
「二人で出掛けるんですね」
「そう頼まれて、こちらはそれで良いのでそうすることにしました」
そうして、二人は出掛けて、リルが俺に「ジミーさんとユラさんの結納の前祝いをします」と話した。
俺の親友たちの妻と集合することを、リルたちは「学友嫁会」と呼称している。
ジミーと結納するユラは、その嫁仲間候補だから、皆、会って話をしたいということで彼女を誘ったそうだ。
「付き添いでウィオラさんも来てくれます。クリスタさんのところに集まるので、その日は家を空けますね」
やがて、ユラは俺の親友ジミーと結納した。
ジミーは初デートの話は「楽しかったですよ」くらいしか語らないし、俺以外の親友たちに妻の素性を偽り、過去のこともせず、主に未来の話をする。
そもそも、俺も「ウィオラが講師をしていた遊楼に一年くらいいた遊女」ということと、彼女が天涯孤独なことしか知らない。
この頃、ティエンの異動が決まり、レイが家出を敢行。
ルルは婚約破棄を選ばず、「東地区より近いから」と結婚と引っ越しを決意。
レイも家族への置き手紙に「箱入りお嬢様だったウィオラさんの百倍大丈夫で、連絡もするし、定期的に帰るから心配しないで」みたいに書いた。
ツンツン、トゲトゲしていたユラという謎の美女は、蓋を開けたら愛情に飢えていた分愛情深い女性で、家族と溝があって孤独気味なジミーを雅屋にくっつけてくれた。
ルルは文通開始時に、誤解でティエンとの縁が切れそうだったけど、ウィオラの気づきで誤解をといたし、独身最後の悩みも義姉の人生の歩みを考察材料にして決断。
レイも同じく、人生で最初で最後かもしれないくらい大きな決断を、ウィオラという元家出人の話もふまえてした。
そして、今度はロカがついに嫁になるのかぁと物思いにふけりながら、リルに「ウィオラさんは不思議」みたいに語っていたら、「そうですけど、ロイさんもですよ?」と言われた。
「自分ですか?」
「そもそも、ルルの旦那様を作って南地区に連れてきて、ルルと出会わせたのはロイさんではないですか」
「それはまぁ、そうらしいですね」
「レイたちがエドゥアールへ行ったのも、この家がかめ屋とひっついていたからです」
「それは自分ではなく、母ですね」
「そうですけど、レイが作ったものなら甘いものもあまり嫌ではないとか、自分も楽しめるお菓子を考えてくれるなんてと褒めたのはロイさんです」
リルは、レイはあちこちから料理のことや手先の器用さを褒められて、料理人を目指すことにしたが、彼女は特に俺に褒められた話をすると笑った。
あの頃、リルと結婚した頃の俺は、沢山ルルとレイとロカを褒めてくれて、それがそれぞれの長所を伸ばすことに繋がったと。
昔、レオとエルにそういう話とお礼をされたことを思い出し、ネビーが結婚した時に俺に贈った手紙にもそんなことが書いてあり、それが蘇って胸がじんわりと温まる。
「ティエン君はご近所さんではないからあまりだけど、ロカが増やしてくれるクルス君は、私たちにどんなええ影響を与えてくれますかね」
「楽しみですね。きっと予想外のことが起こりますよ」
月日は流れて、最終的に弟が三人増えた。
ユリアとテオの祝言日の宴席時には兄弟姉妹が大集合。
俺とイオは義父同時になるけど、もはや兄弟だなという話になった。
自分がイオの弟だなんてあり得ないとネビーが言い、イオが「俺の方が年上だけどなんでもええ」と言ったから、彼は俺の弟分ということに。
俺もイオが兄という感じはしないので、それで良いかと流した。
「ウィオラさんの真似をしてお嬢さんよりはお嬢様に近くなったユリアが、ロイさんの真似をして火消しっぽさが減ったテオ君と結婚かぁ」
「ネビー、お前がウィオラさんとロイさんを我が家に招いた結果だな」
ネビーとイオがそんなことを言ったので、俺は大人気なく怒ってしまった。
娘のことだとたまに理性を失ってしまう。
「喧嘩なら表でしなさい!」とエルに怒鳴られた。
「遊び喧嘩ならハ組に行こうぜ! おい、ティエン! 手配してこい!」
「いよっしゃあ! ユミト、ケルウスに乗せててくれ」
「ティエン、それさ、走らないでケルウスって、乗りたいだけだろう?」
「お祝いの席ですから、喧嘩はやめて下さい」
「おいおい、クルス。お祝いだから遊び喧嘩だぜ? 火消しの祝いは派手にが鉄則だ!」
「俺、朝まで飲むとか餅つきとか嫌だ。走れ、ティエン。俺とクルスは行かない」
「お前ら、火消しの風上にもおけない奴だな!」
「「俺たち火消しじゃないし」」
俺とネビーが胸ぐらを掴み合っていたけど、ティエンが「火消しの兄弟は火消しなんだよ!」とクルスとユミトの胸ぐらを掴み、ユミトが「やるなら負けないからな!」と応戦。
クルスは「特技で喧嘩に挑むなんて卑怯ですよ」と呆れ顔で挑発を開始。
ネビーと吹き出し、俺はティエン、ネビーはユミト、イオがクルスを後ろから取り押さえた。
「うるさい、うるさい。お前ら、自分たちみたいな弟を増やしやがって。かわゆい姪の宴席でくらい大人しくしろ」
ジンが自分は部外者みたいに、座って飲んでそんなことを言ったので、皆で彼を襲撃。
「リルのせいだわ。うるさいのぼっかり集めて」
俺たちの飲み会の輪の近くで、ルカがリルにそんな風に言いながら笑ったのが見えた。
その中にいる、末っ子ララが、いつか俺にまた弟を増やしてくれる。その人は、どんな人で、どんな事件や縁を作るのだろう。
今からとても楽しみだ。




