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俺と義弟と姉妹たちの話4

 激務のネビーは、直接投函という方法で俺に手紙を寄越して、「学が足りないのに時間までないから恥は捨てます。婚約者を口説く文を考えて欲しいです」と頼んできた。

 婚約者と筆記帳を利用して連絡を取り合っているので、そこに書く雅な文に使える材料が欲しいという依頼だ。

 

 俺はかつて、ネビーに頼まれて文通の模擬練習をしたことがある。

 その時はなぜ男と文通……と思いつつ、自分にはない発想の返事も、俺の解説を楽しそうに聞く彼との時間も面白くて楽しかった。

 思えばあの頃、義兄弟になった頃が最も交流が盛んだった気がする。

 俺たちはお互い、仕事に忙殺されていったから。

 平家にしては高等、卿家としては落ちこぼれかけくらいの文学教養を身につけた今のネビーは、俺に全文代筆依頼はしない。

 こういう理由で、こういう気持ちを婚約者に伝えたいので、使えそうなものを教えて欲しいと頼む。


 一番最初の手紙代わりの連絡帳には、「恋穴の奈落の底のさらに下はなんですか? そんな言葉や龍歌はありますか?」と書いてあった。

 ネビーと婚約者には何かがあって、彼は恋穴の奈落の底のさらに下へ落ちた。

 本人にその気がないだろうけど、これは惚気なので微笑ましいが痒いには痒い。

 状況や理由を聞かなくても何かしらの材料を提供できるけど、興味本位で貴方は恋穴の奈落にいたのか、そこからさらに落ちたとはどういうことなのかと尋ねてみた。

 結果、返事は「教えて下さい」だけ。

 彼は俺になぜ婚約者が良いのかとか、どこを慕ったのかとか、何があってさらに慕ったという話をする気はないようだ。

 痒くならなくて済んだけど、友人だけど義兄弟だから話しづらいと理解できるけど、ちょっとムッとした。


【直球で『愛してます』とお伝え下さい】


 短文の返事だったので、俺も短い返事をした。

 それに対する返事は【ロイ様副神様龍神様助けて下さい。袖振りされたくないです】


 とりあえず、「君が好きです」という龍歌などの抜粋を返事にした。

 それからしばらくして、今度は別の依頼をされて返事をしたら、ひょんな事で自分が教えたものがどうなったか知ることになった。

 ロカが兄と婚約者の仲を心配し、彼女は不安を筆記帳の盗み見という行動で表し、そこには俺が手伝った文があり、俺は自分が作ったものを彼女に解説することに。

 それからしばらくして、とても珍しいことにロカが俺を訪ねてきた。


 彼女は母が好んでいる雅屋のお菓子を手土産に持って我が家へきて、学校の宿題のことで俺に相談があると告げた。

 ルルが「私じゃなくて?」と質問したら、思いつめたような表情で小さく頷いた。

 彼女の様子が変なので悩み、散歩しながら話すのと、縁側でのんびり話すならどちらが良いか確認。

 ロカは散歩を選び、レイスが俺にくっついていたので、彼も一緒にと誘ってくれた。

 今日は朝から俺にべったりのレイスと手を繋いで歩きだす。

 

「……あの、ロイさんが第三者を通すと知りたい人のことが分かるって言うてくれたから、ウィオラ先生の友達と友達になれました。ありがとうございます」


 ロカは寂しげに微笑んで空を見上げた。

 ついこの間までは少し大きくなったレイスやユリアみたいだったのに、この雰囲気だと大人びて見える。

 

「話しをして、意気投合したんですね」


 どう見てもそのような表情には見えないけれど、こう口にしておいた。

 ロカはパッと表情を明るくして俺に歯を見せて笑った。


「はい。次に会った時は一緒に海に行ったりあんみつを食べます」


 ロカはそこから、ウィオラの困り事は兄と会えなくて寂しいことで、兄を心配してくれていると語った。

 ウィオラの友人は、自分たち家族が彼女と過ごしていれば寂しさは薄れる、それは二人とも助かることだと言ってくれたそうだ。


「優しい先生の友達は優しかったです」


 あの美人はおそらく遊女か元遊女で、目が笑っていないし近寄るなという空気感を纏っていたけど、ロカに親切にしてくれたようなので驚いた。


「兄と妹、それにウィオラさんまでお世話になったなら、その海やあんみつ接待に我が家も参加できたら嬉しいです」


 ロカは不思議そうな表情で何度か瞬きをしてから歯を見せて笑った。


「それなら、その時は誘います」


「ぜひ」


 不意にロカの表情は曇り、またしても深刻そうな顔になった。うつむいて前で合わせた手をいじっている。


「……ロイさんもユラさんと挨拶をしましたよね?」


「ええ」


 彼女は「ユラ」のことで俺にどんな相談をしたいのだろうと思案したけど、あの女性について知らなすぎて何も思いつかない。


「私、親切にされたことがない人は親切が分からない、詐欺だと疑ってしまって怖くなるなんてこと、知らなかったです」


「ロカさんはそういうこともあると知ったんですね」


 ロカはユラからそれを学び、なぜか俺にその話をしにきた。なぜなのかは、このまま耳を傾けていれば彼女が語ってくれるだろう。

 彼女は小さく頷くと、唇を尖らせた。


「……。ユラさんのユラっていう名前はね、幽霊みたいにふらふらゆらゆらしているからって。生まれた時に名前をつけてもらえなかったみたいです……」


 こうなるとユラは遊楼で下働きしている人物ではなく遊女だろう。

 そういう親のところに生まれてしまうと、何かしらの不幸で花街へ流れつくことがある。


「それは悲しい名前ですね。ああ、それでしたらロカさんが教えてあげてはどうでしょうか」


 ユラといえばイノハの白兎に出てくる「結良花」がある。あの花は願いを叶えて福を招く花だ。

 そんな話をしたら、ロカは大きく目を見開いた。


「先生も……陰口で同じことを言うたって」


「陰口でですか?」


「自分がいないところで褒められたらそれは本当のことだから、嬉しいですよね?」


 親切を知らなくて怖いユラはかつて、ウィオラの優しさを疑心に駆られてはねつけたことがあるらしい。

 しかし、彼女はそれに対して怒らず、優しくし続け、さらに本人の居ないところで長所を褒めた。

 ロカは俺にそういう話をしてから、最近、ウィオラと猫を拾ったと告げた。


「汚い猫だから、人にいびられたりしたんだと思います。近寄るなってすごく怒って」


「そんな猫を二人で拾ったんですね」


「ううん、先生がサッと抱き上げたんです。その時は先生と猫を助けてあげないとって思ったけど……」


 彼女は複雑そうな表情になり、また空を見上げた。何か言いそうなので待つことにする。


「後からお兄さんみたいだなって。お兄さんもためらいなくすぐ助けるから。私の知る限り、お兄さんの周りにいる、すぐ誰かを助かる女の人たちは既婚者です」


 この話の流れだと、ロカはウィオラなら兄の嫁がいいという気持ちを俺に伝えに来たってことなのだろうか。

 リルやルルではなく、なぜ俺なのかは気になるところ。

 

「ロイさんもいつもサッて助けてくれるし、さっきユラさんの名前もすぐにええ名前にしてくれたから、お兄さんはロイさんを尊敬してるし頼るんですね」


「俺の話?」と驚いていたら、昔、海辺街の花火大会へ行った時に怖い人から助けてくれてありがとうございますと感謝された。

 今、思い出したけど、そういえば、「ありがとう」を言っていない気がすると。

 このとりとめのない、目的地がなくて思いついたままを喋るところはまるでネビーだと愉快になった。

 初めてネビーと同じ部屋で寝た時のことを思い出して吹き出しそうになる。


「えっと……あっ、だからお兄さんは先生が大好きなんだなって。お兄さんは全然知らない人の顔で、うんと眩しそうな目で先生を見るんです」


「ロカさんは二人が一緒にいるところを見ることが多いからそう感じたんですね」


 女というかお嬢さん好きなのに、眺める以外は踏み込まずに遠巻きにして、縁談や好意を無視どころか拒否していた男が急に手のひらを返した。

 彼にとって、あのウィオラという女性はそのくらいの人物だという考察は容易だが、「何が」とか、「どうして」という理由までは推測不可能である。

 

「だから私、ロイさんにお願いに来ました。お兄さんはロイさんを頼っているみたいだから、お兄さんにうんと沢山、雅なこととかを教えて下さいって」


「嬉しい頼み事なので引き受けます」


 彼女は俺を見てパッと笑い、その笑顔がリルに似ていて嬉しさが増す。

 妹の笑顔で妻も笑った気がするとは一粒で二度美味しい。


「あのね、ロイさん。先生は博識だけど東地区や南一区育ちでしょう? だからね、先生でも知らないことが沢山あるんです」


 今、一緒に読んでいる本はこれ、それを俺は知っているかと問われた。

 そこから話題は文学のことになり、この本の話を俺がこっそりネビーへ教えると、ウィオラは「偶然同じ本について感心を持った」と感じで、「運命的」と感激するかもしれない。

 運命的。それは今、学校で流行っていて、先生たちも自分たち生徒もかなり好きなもの。

 ロカはそんな風にどんどん喋り続けた。

 やがて話題は「ウィオラ先生」のことになり、彼女の授業は面白いとか、演奏も踊りもすごいから音楽の時間がさらに楽しくなったとか、だから彼女はあっという間に人気者だと語りに語る。


「先生はうんと人気者だから絶対にモテモテです。なのにお兄さんでええのかな。今のところええみたいだけど」


「ええ、皆さんから聞いている感じだと、今のところは大丈夫でしょう」


「先生、お兄さんのどこがええのか教えてくれないんですよ。足くさだし、バカだし、忘れっぽいし、私と同じようなのっぺり顔だし、大丈夫ですか? って聞いたら困り笑いを浮かべていました」


 この子は何をしているんだ。兄のいいところではなくて悪いところばかり暴露するなんて。

 

「薬師さんのところで足くさを治す足湯を教わったんで、帰ってきたらしてあげたいけど帰ってこないんですよ」


 妹に延々と「足くさ」と言われ続けているけど、彼の体臭は普通だし、足くさの始まりはリルが納豆をこぼした結果のふざけ話だ。

 ロカは「心底臭い」みたいな顔をしているので気の毒というか、俺とは違い、彼女は兄を臭いと思っているのかもしれない。


「汚い髭だから剃ってって言うたのに剃らないんです。疲れているから仕方がないけど、先生はお髭が大嫌いなのに」


「……ウィオラさんは髭が大嫌いなんですか?」


「そうみたいです。ユラさんが教えてくれました。疲れている本人に言えないみたいだから私が代わりに言ったけどお兄さんは相変わらず髭面。臭くて髭だらけの汚いお兄さんは袖振りされます!」


 俺はロカのこういう一面をあまり知らなかったけど、この辛辣気味なところはルカに似ている気がする。

 前にネビーが「ロカはたまに毒の矢を放つ」と言っていたけどこういうところだろう。

 彼女から頼み事をされて、もう雑談になっているから帰宅するか迷っていたら、ずっと黙って歩いていたレイスが突然泣き出した。


「ちょっ、レイス、どうしました?」


「とかげくもがなくなりました」


 レイスは空を見ながらニコニコしていたから、ロカの話を聞くことを優先していた。

「とかげくも」とは「とかげみたいに見える雲」のことだろう。


「ちちうえ抱っこ」


「もちろんええですよ」


 レイスを抱き上げるとロカが走り出して、俺が「ロカさん?」と彼女の名前を呼ぶと、振り返った彼女はにこやかに笑った。


「レイス! お姉さんが本物のとかげを見つけてきてあげますからね」


「レイスとさがすます!」


「走る」というのでレイスを地面に降ろすと、ロカが「おいで」と両手を広げてしゃがんだ。

 

「よし、レイス。父と競争しましょう」


「はい!」


 一生懸命走ったレイスはロカの腕の中に飛び込み、抱き上げられてクルクル回された。


「一等勝! レイスは速いね!」


 高く、高く抱き上げられたレイスはとても嬉しそうに大笑い。

 距離のある妹に頼られたことも、息子を可愛がってくれることも嬉しくて、俺は二人を連れて甘味処へ行くことにした。

 レイスはもう、とかげのことは忘れているようで、ロカと楽しそうに歌っている。

 ロカは道中でもお店でもぺらぺら喋り、レイスとも沢山お喋りしてくれて楽しかったが、帰ったらルルに「私も行きたかった」とむくれられた。


 義兄弟に婚約者ができた結果、交流が少ない妹との付き合いが増えるとは。

 その晩、俺はリルに「不思議」と語ったら、結婚した後に、次々と疎遠な人たちや知らない人たちと縁を結ぶことになったから、自分はその「不思議」を随分前に味わったと笑われた。

 確かに、俺たちはあの頃に次々と新しい出会いを繰り返して様々な人たちと縁を結んだ。

 それが再び訪れ始めているなら、とても楽しいだろう。

 

 ★ ★ ☆


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