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俺と義弟と姉妹たちの話2

 

 俺には義理の姉妹が四人いる。

 リルの姉ルカ、妹のルルとレイとロカだ。

 人生とは突然何か起こるもので、家族親戚の心配をよそに独身街道真っしぐらだった俺の義兄——または義弟のネビーが婚約した。

 仕事で出会って気になった女性が翌日、隣に引っ越してきてたので自覚無しに口説き始めて、自覚して口説いて、一週間で結納したから電光石火。

 二人はお隣さん同士なので文通も付き添いつきのお出掛けも無意味、それなら結納ということで、いわゆる仮結納だ。


 ネビーと婚約してくれたウィオラは肩書きも経歴も特殊なお嬢様。街外れの長屋を「観光地のようだ」と言い、長屋の屋根で歌って踊って演奏するような奇想天外な女性だ。

 ネビーも肩書きや経歴が異色な男で変人なのである意味お似合い。

 急激に惹かれあったらしい二人はあっさり結納して、これから仲を深めていき、半年後に正式に結納するか決める予定。

 ところが、皇帝陛下暗殺未遂事件というとんでもない大事件が起こり、不思議な出来事や不審死が沢山あり、兵官たちに特殊な捜査命令が下り、ネビーは激務化。

 ウィオラの実家、東地区で仮結納をして帰宅してほどなくしてから、ずっと職場に泊まり込みをしている。


 街を見回ったり通常業務をしながら、暗殺未遂事件と関係のありそうな不審死捜査をしている兵官たちは、日に日に憔悴して見える。

 俺もリルも、ネビーとは結納お申し込みへ行く前に会ったきり。

 父は義息の結納お申し込みへ着いて行き、人手が足りな過ぎるとネビーの勤務先へも出入りしているので、彼の今の様子を教えてくれる。

 現場で滞っているとあとから役所がヤバいということで、父は「息子がいるから」と上手く手配して、「妻の体調が悪くて」という嘘もつき、自己管理できる程度の仕事量にしている。


 父は今の状況を俺に語りながら、居間の机に持ち帰ってきた資料を広げているのだが、顔色はあまり良くない。

 仕事量が多過ぎるので、「犯罪者の人権はしばらくさらに下がる」という特例ができて、個人情報漏洩うんぬんは無視されて、多くの資料を持ち帰ることができているというか、持ち帰って働けという状態。

 

「同じ仕事でも家でする方が捗る。お前も手伝ってくれるしな」


「この山が裁判所へ来たら自分も帰れなくなりそうです。その時は父上やネビーさんが手伝ってくれるんですよね?」


「当たり前だ。大切な息子が過労死したら困る」


 本来なら裁判所勤務の俺がしてはならない仕事をしながら、父の同僚やルルから教わった通り、父の仕事は早い、まさかこんな風に実際に見られるなんて……と少しばかり感激している。

 

「もー疲れました! こーんなに写さないといけないなんて! ガイさん、ミユさんや彼女のご家族にも助けを求めましょう」


 俺と同じく父を手伝うルルが、後ろに両手をついて天井を見上げた。


「ルルさん、写師への支援は六防から稟議を出している」


 そこそこの夜なのにカラコロカラ、カラコロカラと玄関の鐘の音が鳴り、少しして「ジンです!」という声がした。

 書類の墨をうちわで乾かしてくれていたリルが立ち上がり、「私が」と言ってくれた。

 ジンは居間へ来ると、状況を確認するように視線を動かして、「あっ、そうか」と目を大きく見開いた。


「ガイさんは兵官の親玉だから、ネビーたちが激務ってことはガイさんもってことですね」


「俺はまぁほどほどだけど、ネビー君たち現場はめちゃくちゃだ」


「そのネビーなんですけど」とジンは俺の父の近くに腰を下ろした。


「全然帰ってこないんです」


「だろうな」


 兵官たちは日勤八時間、休憩八時間、夜勤八時間、休憩八時間、準夜勤八時間以下略という訳の分からない勤務になり、残業もあるからもうめちゃくちゃ。

 ネビーは幹部になったばかりなので、先輩たちと共にそのめちゃくちゃになっている勤務の調整、集まった捜査資料の仕分け、人材不足の補助と更に訳の分からない勤務状況だ。

 そう父がジンに説明すると、彼は表情を暗くした。


「……ルカさんが、妻が心配していて。俺もだけど特にルカさんが。ネビーは体力バカだから体は持つかもしれないけど……」


 ジンはみるみる目を潤ませてになって、「このまま婚約者を放置していたら絶対にフラれるって」と涙声を出した。

 

「だからガイさんに『何でもするからあいつを助けて下さい』って頼みにきたんですけど、ガイさんも仕事でした……」


「あまりにも異常な事態だし、これは一生に一度あるかないかということだ。だから今回の仕事を理由に婚約破棄は……」


 父は「無いはずだよな?」と小さな声を出した。

 

「さぁ。ウィオラさんってお兄さんと仲良くなるために婚約したんですよ? これなら婚約じゃなくて文通でええってなるかもしれません」


 ルルが唇を尖らせながら、ため息混じりにそんなことを口にした。


「そうなったら文通もお断りですけどね。兄ちゃんがヤダって言うても断固反対。大変な時に支えてくれない人を兄ちゃんのお嫁さんになんてさせない」


 ルルは「で、どうなの?」とジンを睨みつけた。

 

「どうって?」とジンがたじろぐ。この場に母がいたらルルに「お兄さん。それに敬語」と言って言葉遣いを直すけど、母は孫を寝かしつけてくれていて不在だ。


「だから、兄ちゃんがうんと大変な中、ウィオラさんは何をしてるのかってことだよ」


「毎日、毎日、母さんと交代で着替えや食事を運んでくれてるよ。あいつの洗濯もしてるし、部屋の掃除まで」


 ジンが顔をしかめ、ルルは驚き顔になった。


「新しい職場で大変な中、色々してくれてる。ロカさんが言うには新人いびりに遭ってるって。あとこれもロカさんに聞いたけど、女学校の制服は目立つだろう? だからモテてるらしい」


「えー……」


 祖父と散歩は楽しいのでと、毎日、仕事後に往復約二時間かけて屯所に荷運びもしてくれている。

 それなのにさらに、一時的に帰宅できた時に部屋が埃っぽかったら気が休まらない、そう言って、部屋の掃除だけではなく、生花で部屋を飾ったり、少しは気が休まるかもしれないと洗濯物に香を焚いてくれたり、実に甲斐甲斐しいという。


「それはむしろ働き過ぎじゃない⁈ ルカ姉ちゃんは仕事と子育てで忙しいとして、お母さんやロカは何をしてるの⁈」


「大丈夫だって言うし、むしろしたいみたいで、どうしたものかなって」


 ネビーはいくら忙しくても、一言お礼を言う時間を作るとか、お礼の品を買って人伝てで渡すとか出来そうなのにしていない。

 家族への連絡帳には文字を書くのも辛いのか、返事は丸か×ばっかり。

 

「さすがにあんなに熱心に口説いて、こんなに世話してもらっている相手にそんな失礼なことはしてないはずだけど……」


 家族の誰もネビーとウィオラのやり取りを知らない。

 二人用の連絡帳を覗き見するわけにはいかないからだ。

 ウィオラ本人に尋ねても、悲しそうに微笑んでネビー話から話題を逸らすだけだから、誰も彼女の真意が分からないという。


「ガイさん、あいつって元々、仕事が忙しいと他が疎かになるやつじゃないですか。ルカさんがもしかしたら、家族に対することと同じことをしているかもって」


「彼もだけど、幹部たちに安らげる時間を少しでも作ってやりたいから、そういう話は出ている」


 屯所は現在、職員以外は出入り禁止になっている。

 六日以上無帰宅者は、申請したら家族を二名まで屯所の食堂か道場へ小一時間招けるという提案があり、会議で稟議が通れば即実行される予定。

 

「往復二時間に小一時間滞在したら彼女の生活時間はますます減りそうだ。その辺りを君やルカさん、それにご両親たちで支援するとええだろう」


 家族のことは信用して蔑ろにするけど、ネビーという息子は礼儀正しく、義理人情に厚い人間だから、忙しくても、連絡帳で何かしらの言葉を贈っているはず。

 だからそんなに心配しなくても大丈夫。

 父はそう言って笑い、ジンの肩を軽く叩いた。


「君に頼られることはほとんどないから嬉しかった」


「へへっ。昔、大旦那さんに似たようなことを言われたことがあります。嬉しいです」


 ジンは、自分たちも自分たちなりに頑張るので、どうか兄貴を助けて下さいと言い残して帰った。

 昔はそうでもなかったのに、年々、義兄に似てきて素早いから、「せっかくですからお土産……」というリルの声は聞こえなかったようだ。


「待ってよジン兄ちゃん! 私も一緒に帰る! みんなの話を聞いたりウィオラさんの気持ちを探るからルルも帰る!」


 ルルが大声を出したので、玄関の方から「えっ? ルルちゃんも帰るの⁈」というジンの返事があった。

 母が「ルルさん、はしたない。それにご近所迷惑ですよ」と叱責。

 しかしルルは慌てていて母のぼやきは聞こえなかったようで、ドスドスと音が聞こえなそうな小走りで居間から飛び出していった。


「お父さん、あの子はもう火消しか兵官に嫁がせましょう。演技は出来ても根っこはあれです」


「本人が雅がええとかうるさいからなぁ。頑張れ、母さん」


「エルさんもそう言うんですよ。雅がええって娘にしたのは私だから頼みますよって」


 リルがころころ笑い、母に軽く睨まれて「リルさん、あなたは私と探す側ですよ。何を呑気に笑っているんですか」と八つ当たりされた。

 嫁いびりは断固反対だけど、今はリルが楽しそうで、母にあれこれ言い始めたので無視。これは嫁いびりではなく母と義理の娘のじゃれ合いだ。


 ルルは翌日の昼間に帰ってきて、母とリルにウィオラの愚痴を言い、父の仕事のキリが良くなると夜は俺を晩酌に誘ってまた泣いた。

 一生に一度あるかないかの忙しさで構ってもらえなくて寂しくてどうでも良くなるなんて酷いとか、当たり前だとか、兄が悪いとか愚痴を続ける。

 帰宅時にリルから聞いた「ルルの愚痴が止まりません」の内容はこれだろう。

 俺とリルは今度の休みにウィオラの様子を見に行く予定だったけど、やはりそうした方が良さそう。

 

「お兄さんは昔から仕事人間で、仕事が忙しいと家族のことを忘れるんですよ」


 婚約者はまだ家族ではないのに、スッと居なくなるかもしれないのに、もう嫁扱いをしているバカ兄だと、ルルが徳利から直飲みしようとしたので止めた。

 俺はルルと晩酌し過ぎて彼女の許容量を彼女以上に理解している。


「ネビーさんが不在の時にウィオラさんにあーだこーだ言わないようにして下さいよ」


「そうだよルル。ルルは口が過ぎることがあるから気をつけなさい」


 居間の机で書き物をしながら俺たちの会話を聞いていたリルが、ルルからお猪口を奪った。


「お母さんに同じ理由で早く帰れ、しばらく帰ってくるなって言われた。ルルは要らない子じゃないのにぃ」


 俺が思っているよりもルルは酔っ払ったかも。ルルはリルに甘えるように抱きついた。

 膝枕のように抱きついて、頬をすりすりしている。彼女は成人してもう何年も経つのに未だにああいう子供っぽいところがある。

 リルが珍しくベシンッとルルの背中を叩いた。


「いい加減、自分が飲める量を覚えなさい。禁酒」


「リル姉ちゃんが殴ったあぁぁぁ」


 ルルは今度は「うぇぇぇぇん、ロイ兄ちゃん」と這ってきて、抱きつこうとしてきた。

 つい、両肩を腕で押さえて「ちょっ、子供じゃないんですからやめて下さい」と叫ぶ。


「うるさい。寝なさい」


 リルがむんず、とルルの浴衣の帯を掴んで引きずっていく。

 詰み将棋で遊んでいた父と、読書をしていた母が呆れ顔でそれを見送る。

 リルはルルを離れの彼女の部屋へ放り投げて——文字通り——戻ってきて、「妹がすみません」と謝った。


「まぁ、あんなんで誰の嫁にもなれなければ、ずっといたらええ」


「ふふっ、お父さんはルルさんをレオさんと半分こするんですものね。分かってて見合い破壊魔人なのかしら。困った娘です」


 ルル本人には説教をするけど、本人がいない時の母はこんな感じ。困った娘と言いながら愉快そうだし楽しそう。

 母の寿命は孫だけではなく、ルルのおかげで延びている気がする。

 リルはそう思わないのか、「ルルがお義母さんを困らせ過ぎたら追い出します」と不機嫌そうに告げた。

 俺はリルの、義理の両親が好きです、大切ですという言動にとても感謝している。

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