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俺と義弟と姉妹たちの話1


 ロイ視点


 色白で細くて「もやし」と弄られて嗤われるのが嫌で、火消しや兵官のような威圧感のある男になろうと決意した。

 なんだかもう自分にも周りの人間にも腹が立ち過ぎて、とびきり厳しいところで励みたいと父に頼んだら、本当に厳しい剣術道場へ入門することになった。

 投げ出すことは格好悪く、そんな人間は「もやし」から変われない。

 そういうわけで、涙が出ても、筋肉痛で体が痛くても、素振りすらさせてもらえなくても、母が「他のところにしましょう」と言っても歯を食いしばって頑張っている。

 

 しかし、「もやし」だからどこでもバカにされるようで、道場でも嘲笑われて河原に連れてかれていびられた。

 もしかして反省して仲良くしてくれるのかもしれないという、甘い考えをした自分を殴りたい。


「赤ちゃん野郎、もうすぐお父ちゃまが迎えに来るぜ〜」


 来るもの拒まず、相応しくない者は追い出すというこの道場で、門下生仲間をを虐めたら破門なのに、この人たちはなぜこんなことを言うのだろう。

 それに俺の祖父も父もそれなりに偉い人なので、俺が権力を傘に着たらこいつらの家なんて合法的に吹き飛ばせる。

 そんな惨めな報復なんてしないけど。


「おい、やめろ。頑張っているやつをくさすな」


 誰かがカワキの肩を掴み、次の瞬間、「うるせぇ!」と突き飛ばされた。

 俺を助けようとしてくれた誰かは河原にゴロゴロと転がり、どう見ても足であちこち打ったので、痛みでうめいた。


「こーんなもやし坊ちゃんでも通える道場だなんて俺らの格も下がるだろう? っていうわけでお坊ちゃんはさっさと辞めろ」


「この道場の格を下げるのはお前のような思いやりのないやつだ! お前が辞めろ!」


 俺を助けようとしてくれた人は叫びながら立ち上がり、竹刀袋から竹刀を取り出した。

 門下生同士の喧嘩は御法度だと言いたいけど、睨み合うみんなの迫力が怖くて震えて声が出ない。


「お前も辞めろ、ちょっと筋がええからってちやほやされて調子に乗ってる貧乏人」


 俺を助けようとした人は、一対五だからボコボコにされて、「畜生!」と叫びながら遠くに竹刀を投げた。「降参、もう殴るな」という意思表示だろう。


「密告したらお前らの家を燃やすからな。あはは、だせぇやつら」


 イビリに飽きたのかカワキたちはいなくなった。

 何もできなくて情けない。ここで何もしなかったら俺は俺を嫌いになるから、震える体に「動け!」と命令して、涙を堪えながら河原に転がされた彼に手を伸ばした。

「ありがとう」と言いたいし、「ごめん」も言わないといけないし、怪我は大丈夫なのかも確認しないと。


「そんな助けは要らねぇよ。最悪だ」


 彼は吐き捨てるようにそう言い、自力で起きて川の方へ投げ捨てられた俺の道具袋を拾って俺のところに届けてくれて、自分の竹刀を拾いにいき、戻ってきた。


「じゃあ、また来週。あんな卑劣なやつらから逃げんなよ」


 震えた涙声でそう言われて、胸が熱くなった。俺と関わって最悪なのに、「また来週」なんだ。


「絶対に辞めない。死んでも」


 彼からの返事はなかった。道場でも庇ってくれた、走り去っていくあの子は確か「ネビー」で、俺よりも先に入門している、筋がええ平家男児。

 俺と同じくらい小さくて細い、違いは日焼けをしているかしていないかという人。

 迎えにきた帰宅して、お風呂の時に心配性の母が「様子が変だ」と俺の体をあらためて、あざを発見。

 母は父に「あなたが選んだ道場がおかしいからです」と怒りをぶつけた。

 珍しく祖父母があまり好きではない嫁である母の味方をした。


「本人が厳しいところ、変わりたいと言うたんだ。本人が辞めると言わない限り辞めさせないし通わせます」


 父は俺に「ロイ。何があった」と尋ねた。


「……もやしの坊ちゃんってバカにされて鈍臭いから自分で転びました。同じようなもやしに助けられました」


「そうか。辞めたいか?」


「絶対に勝てないのにもやしは五人に立ち向かったから、自分もああなります。卑劣な人から逃げるように辞めたりしません」


 とにかく筋肉をつけて素振りもして稽古に参加できるようにならないと。

 俺は「もやしから変わりたい」と思っているのに怠けていたと思って、早起きをして走ることにした。

 稽古の準備運動ができるように話にならないので、その練習もすることにしたし素振りも。

 成績が落ちたら辞めろと言われるかもしれないので、学校から帰ってきたら勉強を先にしてその後に筋肉をつける運動をすることに。

 次の稽古日にもネビーがいたからお礼を言おうとしたけど、休憩時間も素振りを続けているし、帰宅時間になるとあっという間に帰ってしまった。

 そんなことが続いたので、それなら手紙にして、彼の道具袋の上に置いた。


「ん? なんだこれ、誰だ?」


 隙ができたから話しかけられると思ったけど、彼は手紙をバッと広げて「うわっ、上手すぎて読めない」と口にして、「果たし状か?」と首を捻った。


「ロ……イ、ルベル。なんだ、ロイさんじゃん。いいぜ! 俺と試合をしようぜ! 先生! デオン先生! ロイさんが素振りの成果を知りたいから俺と試合をするって!」


 ネビーは俺が書いた手紙をデオン先生に見せてにこやかに笑った。

 デオンは手紙に目を通し、ちらりと俺を見て、「実力差がありすぎるから却下だ」と微笑んだ。


「えーっ! 先生! 強者に挑戦せよって言うじゃないですか!」


「君はまず宿題を片付けるんだな。これから遊びの試合なんかをして終わるのか?」


「……終わらないです」


 ネビーは俺に「ごめん!」と謝って、あっという間に帰った。

 デオンが俺に近寄ってきて、軽く頭を撫でて「君が稽古をする目的は心身を鍛えることだよな」と笑った。

 

「彼は君と違う身分で学はイマイチ。だから君の美しい文字を読めなかった。彼に何かを伝えたいなら、直接話しかけないとならないな。それは人見知りを直すことに繋がる。励みなさい」


 父や祖父以外に頭を撫でられることなんてないし、君なら出来るというような期待の眼差しが嬉しくて、俺はゆっくりと首を縦に振った。


「返事! 大きな声で『はい』だ」


 いきなり低い声で叱られたので怖くなったけど、指摘内容は正しいから「はい」という返事をした。

 デオン先生に「ほら、まずは身分が近くて話が合いそうな人たちに話しかけなさい」と背中を押されたので、勇気を出して歩き出した。

 俺は変わる、変わりたい。もっと沢山の友達を作って、その友達が「もやし」みたいにバカにされたら戦う。出来れば勝つ。

 俺に関わったから最悪なんて二度と言われたくない。


 ★ ★


  

 『最悪だ』


 ぼやけた世界に響いた、吐き捨てるような嫌悪の声。これば誰でなんだっけ——……。


『勉強が出来るようになったらロイさんと友達になれるじゃないですか。やっぱり、友達は対等でないと』


 これは懐かしい、中等校の時のジミーの台詞だ。


『——努力が大事だから天才だって言われても井戸の中のトンボだからサボるなって。確かに俺より上手そうなのにサボって下手になる奴がいる』


 この声は幼い頃の義兄——義弟で、喋り方は今よりもかなり平家っぽい。懐かしい。


『かわず? かわずってなんだ?』


『へぇ。たいかい? 試合に出れないってことか? いや、ことですか?』


『井戸の中にいるから大きな海を知らないってことですか。そう書けばええのになんで略すんだろう。格好ええから? 格好つけなんて腹の足しにもならないのに』


『ああ。そうやって覚えたらええのか。さすがお坊ちゃん、賢いですね。俺はバカだから助かる。こういうのをお互い様って言うんだぜ』


 これは夢というよりも、懐かしい頃の記憶だ。

 旦那様、旦那様と体を揺すられて目を覚まして、色々な気持ちがごちゃ混ぜになっているので、リルの体を抱きしめた。


 その日の夜、同居人のルルが晩酌をしようと誘ってきた。

 彼女は酒癖が悪いから一緒に飲むと面倒だけど、リルの妹に「ロイお兄さん、相談があるんです」としおらしい態度でおねだりされると弱い。

 年々、ジンが妹たちを可愛がっている気持ちを理解している。

 自分の大切な妻が可愛がっていて、妻のことをとても慕ってくれる姉妹たちは可愛い。

 思春期だからか俺を避けがちなロカが、こんな感じになったら有頂天になるかも。

 

 ルルの相談は、またお見合いのことだった。

 相談というよりも『ええ男がいない』という愚痴だ。

 近くで編み物をしていた母が、実の兄と義理の兄たちとその友人たちの長所を集めて短所を無くした人間なんていないと、口を挟んで大きなため息を吐いた。


「いないんですから、あなたが育てなさい。ロイだって最初から今のようだったわけではありませんよ」


「テルルさんはガイさんを育てたんですか?」


「お互いにそうですよ。共に暮らしていきやすいようにお願いしたり、頼まれたり」


 珍しく母が父とのことを語った。孫の寝かしつけをしてくれているから、父がここに居ないからかもしれない。

 

「じゃあウィオラさんにもそう言おう。我儘(わがまま)は沢山言ってええから、兄さんのところから去らないでって。お兄さんが死んじゃう」


 酔うとわりと泣き上戸のルルは、最近、兵官全体が激務で屯所に泊まり込んで帰ってこないネビーの心配を始めた。

 せっかく婚約したのに、あの女嫌いの兄がこの人だって人を見つけたのに、仕事のせいで蔑ろにせざるをえないから振られる、捨てられると言ってメソメソ泣いた。

 甘やかされる婚約中に、世話焼きをさせられて見返りがないなんて嫌になる、ウィオラは東地区に帰ってしまうと号泣。

 リルが「みんなで気にかけてお兄さんを助けましょうね」と言いながら、机に突っ伏して泣くルルの背中を撫でた。

 そうだな。仕事の采配を手伝える父とは違って、激務で会えないネビーに出来ることは何もないと思っていたけも、そうではなかった。

 俺はたまに視野が狭くなるけど、リルが何気なしに道を提示してくれる。

 今度の休みは、リルの実家へ行って、ネビーと婚約してくれたウィオラの様子を確認しよう。


 ★ ★

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