日常編「節分」
今日は年明けに浮かれた人々を食べに来る鬼を祓う日だ。
特に町内会の子供たちを守るべく、朝から嫁たちで魚の頭を焼いて、柊に飾り、各家の玄関に干支の焼き物と一緒に置いていく。
貧乏実家では柊しか飾らなかったので、知らなかった厄除け方法だ。
今回、私はオーロラと同じ班になったので、彼女にあれこれ教わりながら、割り当てられた仕事をこなしている。
「よし、では次はちらし寿司の準備をしていきましょう」
この班の取り仕切りはオーロラがしてくれている。
役割分担をして、何をしたら良いか丁寧に教えてくれるのでありがたい。
クララが「外嫁は肩身が狭いから頑張って下さい」と心配してくれて、アイラやサリも「困ったら一人で抱えないでええですからね」と気遣ってくれていたけど、特に大丈夫そう。
子供たちの下校に合わせてちらし寿司とお吸い物を振る舞い、冬の厳しさに負けないように英気を養ってもらい、鬼を町内会から追い払う豆まきを行う。
ちらし寿司作りの中で、私たちの班の役目は人参とかんぴょうを切ること。
鬼除け作りはそこそこ重労働なので、残りの仕事はわりと楽らしい。
確かに、人参とかんぴょうを切るだけは楽ちんだ。
「あ、あの。オーロラさん。ルーベルさん家の新しいお嫁さんっておたくの班でしたよね?」
まだ名前を覚えられない、ふくふくほっぽたが印象的な奥さんが私たちの作業場を尋ねてきて、慌てた様子でオーロラに話しかけた。
私のことで何かあったようだ。
「そうですけど、どうしました?」
「なんだか荒々しい、妙な方々がルーベルのカニ嫁はどこだって押しかけてきたんです」
カニ嫁? 荒々しいって漁師? と首を傾げていたら、オーロラが「兵官を呼んで、リルさんを隠しましょう」と告げた。
彼女はそれから私に、「あなたはええ子だから何か誤解か難癖でしょう」と言ってくれた。
私はオーロラの中で「ええ子」らしいとはなんだが胸がぽかぽかする。
「あのー、もしかしたら知り合いの漁師さんかもしれません」
みんなの会話が始まったけど、言わないといけないので、昨年覚えた技、そろそろと手を挙げて喋る技を駆使して、つっかえながら話した。
「リルさんには漁師さんの知り合いがいるんですか。まぁ、商家の娘さんですものね」
商家の奉公人の娘なので違うけど、義母が出自については、話してしまった人以外にはもう少しのらくらしていなさいと言っているので、「はい」とも「いいえ」とも答えず。
「海釣りで知り合いました」
建物の外へ出た広場のところには、奥さんたちが集まっていて、荒々しい男性三人が商いを始めていた。バレルとジゼルと初めましての人だ。
私を呼びにきた奥さんは怯えたような感じだったけど、和気あいあいとした雰囲気で、「そんなに安くてええんですか?」と嬉しそうな声が聞こえてきた。
「おおー、カニ嫁! 町内会の豆まき隊長に任命されたって聞いたから手助けしに来てやったぞ」
先週、私は義父と釣りに行き、父が作ったカゴでちびカニが大量に釣れ、大きなカニが食べたいからバレル達と交換の交渉をした。
結果、ヒシカニを三匹獲得したのだが、去年に引き続きカニを売ったからか「カニ嫁」と呼ばれた。その呼称はまだ続いているようだ。
「豆まき隊長ではないです」
「ん? そうなのか? お前の兄貴が海賊討伐に来てな、そう言ってたぞ」
「兄は人の話をきちんと聞いていないことが多いので覚え間違えだと思います」
バレルというか漁師達とは頑張って話さないと、「喋らないつまらないやつだな」と言われ、安売り魚が高くなり、釣りの後の買い物もさせてもらえなくなる。
義父とかめ屋の旦那にそう言われたので、頑張って喋るしかない。
「まっ、なんでもええ。あのフグ兵官は強いんだな。縄張りが違うのに、捕物計画のためにわざわざ呼ばれた一人って聞いたぞ」
「そうそう。俺らの船着場とは全く違うところでの捕物だったけど、漁師はみんなで大家族だ。俺らの家族のために死ぬ気で戦ってくれてありがとな」
「仕事ですからって言って、なーんも受け取らないから妹に持ってきた。恩人の妹の暮らす町内会も俺らの恩人だ! だから叩き売りだ叩き売り!」
バレルにこれは私の取り分、無料だとカゴを差し出された。
ここへ兵官が二人現れて、一人が「昼間っからなんの脅迫だ!」と叫んだ。
「すみません、違いました! 商いにきてくれた漁師さんでした!」
「この辺りではお見かけしない方々でしたので勘違いです!」
私は驚いて固まってしまったけど、他の奥さんがすぐに事情を説明してくれた。
一瞬、バレルたちはムッとしたけど、すぐに機嫌を直して「治安がええ、安心だ!」と大笑い。
「おい、お前ら兵官にも売ってやる。しっかり食べて、代わりに綺麗どころをちゃんと守れよ」
「二人ともモテなそうな顔だから、簡単に食べられるやつにしておこうぜ」
モテなそうな顔とは、酷い言いがかりだ。
美男子ではないけど、壊滅的な不細工でもない、私や兄と同じのっぺり顔の平凡人間なのに。
「おお! タコ助じゃないか!」
バレル達が言うタコ助とは、この間タコばかり釣ってありがたられたジンのこと。
悪口みたいだから「タコ招き旦那」とかにして欲しいものだ。
「あれっ、バレルさん。それにお二人も。こんにちは」
ジンは今日、ルルとレイ、それからロカとジオ連れてきてくれることになっているのに一人だ。
ルルとレイは豆まきの時間まで我が家ということ。
「こんにちは〜! 無病息災、鬼退治! ハ組の鬼殺しとは俺たちのことだ!」
「こんにちはっす!」
「おすー!」
ジンに続けて、ハ組のト班も登場。なんで?
三人は火消しの制服ではなく、ド派手な褞袍を羽織っている。
お祭りで見たことのある、節分時の火消し衣装だ。
「皆さん、こんにちは。妹が日頃、とてもお世話になっていますので、幼馴染の火消し達が皆さんの無病息災祈願に来てくれました」
「子供らは皆さんが鬼祓いをすると思うんで、皆さんのことは俺たちが! 妹分をよろしくお願いします!」
なんだかよく分からないけど、ハ組ト班は火消しの節分祭りの小さい版をしてくれて、奥さんたちに豆を撒き、漁師たちにも撒き、鬼を祓ってくれた。
そして「仕事を抜けてきたんで!」と爽やかな笑顔を残して去っていった。
「ルーベルさん家のお嫁さんって何者なんでしょうか」
「私は顔の広い商家の娘さんって聞きましたよ」
「私はロイ君の手習先の先生がおすすめしてくれた娘さんって聞きましたけど、おすすめってツテコネってことみたいですね」
漁師が現れ、火消しもきたので戸惑っていたら、ヒソヒソ噂話をされた。
そんな中、「火消しの特別豆まきとは嬉しいな」と笑うバレル達は大安売りを続けていく。
そして、奥さん達や嫁仲間は安い、すごいと大喜び。
「あいつら、嵐のように去っていったな」
「うん」
「ここにくる前にルルさん達とイオ達を見に行ったら話しかけられて、今日のここのことを教えたら着いてきたんだ」
「妹分をよろしくお願いしますとはありがたいです」
「なっ。バレルさん達はどうしたの?」
「いきなり来た」
「なんで?」
「お兄さんが海賊討伐をしたから。そんな危ない大変な仕事があったの? わざわざ別のところへ呼ばれたって」
「さぁ。あいつ、仕事の話はあんまりしないからな。守秘義務? とかもあるらしいし」
「そっか」
「お嫁さんはお嬢さんで出世したいから張り切ってるよな。前からだけど、ガイさんのコネで大仕事が出来るって」
「そうなんだ。今度、お義父さんに聞いてみる」
この後、ジンはバレル達に「手伝え」と頼まれて売り子をして、漁師達は商売が終わると帰っていった。
ちらし寿司くらいご馳走しようとしたけど、わーって喋るので誘えず。
やがて子供達が帰ってくる時間がやってきて、ルルとレイも参加させてもらい、係の手でちらし寿司とお吸い物が振る舞われ、豆まきも開始。
私は祓いもの作りなど準備係だったので、ルルとレイとジンと共に町内会行事を楽しんだ。
義母に片付け係でなくても、新参者だから「何かありますか?」と聞いてから帰りなさいと言われているのでそうしたけど、仕事は振られなかった。
なのでみんなで我が家へ帰宅して、義母にお疲れ様でしたと労われ、居間でジオ、それからロカと会えてみんなで談笑。
義母は義理の息子のジオに、かつては義父、そしてロイが使った鬼除けのおくるみを着せて、ジンに「卿家の息子の父親も、それなりにならないといけません」と、煌詩の講義を開始。
勉強好きのルルは楽しそうで、レイとロカは遊びたいから態度が悪くて怒られた。
姉なんだから先に叱れと私も巻き添え。ちょっと怖いから、つい、台所へ逃げた。
レイとロカも救出と思って、手伝い人に指定して逃亡。
「姉ちゃんはせっかく雷おばばから離れたのに、まーた雷おばばと暮らしているんだね」
「前は優しかったのにテルルさん、今日は怖ーい。雷おばばが本性を表したってこと?」
「鬼が来ても怖くて逃げ出すね!」
レイの今の言い方はルカそっくり。
「二人ともやめなさい。おばばは禁止」
雷おばばと騒ぐ二人を「こらっ」と叱っていたら、義母がスッと現れて腰を抜かした。
「お茶をいただこうかと思いましてね」
「……すみ、すみません」
「育ちが悪いことですこと。お姉さんは拾われ子ですかねぇ」
母とは違う恐ろしさに、義母の見下すような静かな眼差しにレイとロカが固まり、小さな声で「ごめんなさい」と呟いた。
「言葉遣い。すみませんでしょう。礼もなっていません。特にレイさん。ええ年なのに恥ずかしい。成長しているルルさんを見習いなさい」
義母はレイに、「そんなでは、奉公なんて出来ませんからね」と告げて、鼻を鳴らして去っていった。
母やルカによれば、レイは勉強はあまり好きではないから早く働きたいらしい。
それならと義母は、料理の才能がありそうなレイにかめ屋奉公の口利きをしてくれるとか、しないとか。
「……どうしよう。テルルさんを怒らせちゃった」
レイはみるみる涙目になった。
「謝り方と礼の練習をしようか」
「……うん」
「テルルさんはね、誠意を見せたら許してくれると思うよ。失敗は成長のもと。大失敗は巻き返せないかもしれないけど」
これは両親が昔、私に言ってくれたこと。不意に思い出して、するっと口から出てきた。
余裕がない時は疲れているのに、妹たちのせいで私まで怒られたと思って、姉らしいことを出来ていなかったけど今はできた。
私はどうやら、以前よりも姉として成長しているようだ。
親戚付き合いが始まり、町内会との交流も。
そこに新しい人付き合いも始まり、今年は去年とは違った意味で忙しくなる予感がする。
今日は節分、鬼を追い祓って健康や招福を願い、お家繁栄を祈る日。特に子供が無事に立派な成人になれるように龍神王様や副神様たちに頼む日だ。
頼むだけではなく、私達大人が励んでいくと誓う日でもある。
どうかルル、レイ、ロカ、それにジオが立派で元気な大人になれますように!
☆★
この日の夜、お泊まりした四人は並んですやすや眠り、義父母に頭を優しく撫で撫でされた。
何度も、何度も。
今夜は最も鬼が蔓延り、弱い子供達の命を吸いにくる。
だから大人はなるべく長く起きて、子供達を守るために寄り添い鬼除けをするのだけど、その仕事を二人が引き受けてくれた。
ロイが、二人は子供好きだけど、自分一人しか育たなかったから、お世話したいのだろうと言っていた。
義父母の「礼儀作法の勉強のために子供達を泊まりにこさせなさい」という言葉には、子供達と触れ合いたいとか、私の両親の息抜きなど、色々な感情がこもってそうだとも。
最初は親戚付き合いはしない、嫁の家族なんて無視みたいな感じだったのに今は違う。
私はそれがとても嬉しくて、ロイに「ありがとうございます」と伝え、前よりももっとこの家を支えると宣言した。
「それはそれは、こちらこそありがとうございます」
「頑張ります」
私とロイは寝る前にもう一回、鬼は外と豆を外に向かって投げてから笑い合い、寝ることにした。
鬼は外!
福は内!
未来編や関連別作品で出てきますが、ルル、レイ、ロカ、ジオは何かしらあるけど立派な大人になれます!
この後、レイスとユリアも誕生して義父母はさらにほくほく。




