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日常編「大晦日」

 今年は親戚付き合いが始まり、私の甥っ子ジオは義父の養子になったので、私の実家家族は大晦日にルーベル家へお呼ばれした。

 大晦日と元旦は稼ぎ時なので、実家家族の成人組は産後のルカを除いてみんな仕事だ。

 父とジンはひくらし関係で、母はここ数年お世話になっているうどん屋で働き、夜にはルーベル家へ来る。 

 年末年始は旅行時期で兵官たちは警備で忙しく、手当が多く出る日や夜勤があるので兄はその勤務についた。

 稼ぎ時だと今月末から来月半ばまでは、休みの日や時間は私兵雇用らしい。

 ただ、義父に「元旦の餅つきの日に、町内会へ息子として参加してもらう」と言われたから、大晦日は無理だけど、元旦は夜勤明けの兄と会える予定。

 

 昼前にルカが息子と妹たちを連れて我が家を来訪。

 義母に言われて礼儀作法を学び中のルルたちは、玄関で義母に叱られた。

 大丈夫だったのはルカだけで、彼女も完璧ではなかったけれど、義母はルルたちのことは細かく指導。

 あとで小言を言われそうだけど、義母は何度かルルたちを指導したあとは「よくできました」と言って、夕食までは「くだけてええですよ」と微笑んでくれた。

 おまけに、居間で風邪に負けないようにと半纏をくれてみかんまで。


 母親が健やかでないと息子が困る、その息子は我が家の跡取り予備だからと、義父は私にジオを預かるように指示してルカを離れへ案内した。

 ルカはまだまだ寝不足の時期だろうからまず昼寝、夜も早めに寝た方がいいと言いながら。

 これは元々打ち合わせしてあることなのでジオを抱っこ。

 お腹が減って泣いたら寝ているルカから勝手に授乳させてもらう予定だ。

 ジオはわりと夜泣きをするらしく、おまけにルカは騒がしくても眠れるのに息子の泣き声だけは起きてしまうらしいので、定期的に寝る時間を作ってあげないと。

 

「退屈しないように、色々本を用意してみましたけど気になるものはありますか?」


 義母はそう言うと、ルルには彼女が好きそうな龍歌の本、レイには料理本、ロカには文字が難しくなくて絵が楽しい紙芝居を差し出した。

 三人が私を見たので、私が「役所から借りたものだから壊さないように読んでね」と告げた。


「読むのが難しかったら、お姉さんは夕食の準備があるから、お二人に読んでもらうとええ」


「レイはお手伝いできるよ!」


「レイ、私でしょう? 私と約束したじゃん。ちゃんと私って使うって」


 私より先にルルがレイに注意して、「明日の餅つきで私が恥ずかしい思いをしないように皇女様風になるんだよ」と続けた。


「そうだった。はーい。気をつける」


「私はお母さんに勉強係って言われたからテルルさんとガイさんに教えてもらう。お願いします!」


 ルルは「ロカもおいで」と優しく手招きした。

 レイは私の隣に立って手を繋ぎ、自分は私のお手伝い係だと言われたと笑った。


「それならレイにはお手伝いしてもらおう。おいで」


「うん」


 居間を出る時に義母がチラッと見たので、レイに畳の縁を踏まないように言っておいた。

 台所へ行き、我が家へきてすぐに過保護なくらいぬくぬくにされたジオを板間に寝かせた。

 ジオはまだ寝返りをしないので何も問題ない。


 レイに今夜の夕食はみんなでお鍋を囲うと教えた。

 明日の朝はお雑煮で、お餅しゃぶしゃぶ式にする。

 義母と相談して、母にもあまりにもてなされると申し訳ないからと言われているので、人数が多いのもあり、凝ったものは作らず、わいわい楽しく食べられるものに決めた。

 お店が開くまで食べるものは数品、昨日のうちに作ったから、今日することは夕食と朝食の準備。

 レイに献立を教えて、今は漁師が安く売ってくれた貝をこじ開けていたところだと教える。


「お兄さんが海賊をやっつけたから、ブロンって言う貝をうんと安く売ってもらえたんだよ」


 ちびホタテとムルル貝にヒシカニはもらった。

 義父と海釣りついでに買い物に行ったら、兄の働き分だと色々もらい、ブロンを安くすると言われた。

 相場が分からないけど、安そうだから売ってくれる分だけ購入。

 かめ屋の旦那が「そんな……」と仰天していた。

 なんでも人気の貝なのに、漁師が年末年始に好んで食べるから、この時期はあまり売ってもらえないそうだ。

 レイに殻剥きをさせるのは危ないので、私がそれをしている間の野菜切りを依頼。

 私と暮らしていた時もそうだったけど、レイはルルとお喋りしたりロカと遊ばない限り家事で役に立つけど、さらに能力が向上していた。

 

「レイは頑張っているって聞いているけど、前よりしっかり者になったね」


「そうかな? そうなんだ。レイは前よりもお姉さんだからね。ジオのお世話もできるんだよ」


「レイ、私でしょう?」


「あっ。はーい」


 義母は十月末には、まだ町内会の同年代と会わせるのは恥ずかしいけど、手本を見て何かを感じないと成長しないとブツブツ言っていた。

 嫁いで来た時はそんな話が出るとか、この家に家族が来る、泊まるなんて想像もしていなかった。


「姉ちゃん。そういえばロイ兄ちゃんはどこ?」


「お姉さん。それからロイお兄さん」


「はい。それでどこにいるの?」


「共同風呂の薪割り当番だから薪割り中だよ」


「寒い中大変だ」


「そうだね。帰ってきたら労ってくれる? お疲れさまでしたって言うの」


「うん! もちろん」


 お喋りしながらどんどんブロンを剥き身にして、たまにジオの様子を確認し、スヤスヤ寝ているので家事を続行。

 塩水で洗って鍋に入れる準備はこれで良し。レイに頼んだお米研ぎも終わっている。

 

「真っ白なお米を食べられるなんてすごいね」


「ガイさんとテルルさんにロイさんが、お姉さんは一年間よく働いてくれましたって言うて、私の家族にありがとうって白いお米も美味しい貝やカニも買ってくれたんだよ」


 毎日がばたばた過ぎていった頃は、こんな風に落ち着いて喋る時は少なかった。

 暇があると一緒になって遊んでいたのもあり。


「お嫁さん仕事は大変?」


「大変な時もあるからたまに助けにきてくれると嬉しいかな。お母さんに太鼓判を押されたらお姉さんを助けてね」


「うん。お裁縫はね、ばぁちゃんがええって言うてる。お母さんがレイはもっと作法だって」


「そっか。それなら新しい着物の仕立てとかをお願いするね」


 子育てや教育がよく分からないので、母に事前にきいたら、こういうことは言っておいてと言われたのでそれをそのまま実行。

 レイは嬉しそうに笑って頑張ると言ってくれた。

 ルルのことは勉強関係で褒めることになっているのであとで。


 ご飯炊きの大半をレイに任せて、私はブロンを一部煮付ける。

 味付けは漁師に教わったものを義母と試食して、物足りないのと濃かったので工夫したもの。

 

「ええ匂い。でも何で少ないの? お鍋の分が足りなくなっちゃうから?」


「これはお兄さんに夜食。今日は夜勤でお鍋を食べられないでしょう? これで美味しいおむすびを作るの」


 両親から聞いたのだけど、今夜の夜勤者は弁当屋が休みなので食費が支給される。それも大晦日だから特別に多めだ。

 兄はそれを妹たちのお小遣いにすると宣言して、既に両親へ支払い済み。

 年越しそばは買える日なので、隙を見て買うらしい。

 妹たちのお小遣いには、既に嫁いでいる私の整師代もあったそうなので、これは私から兄へのお礼の品。そもそも、兄割引であれこれ買えたのだし。


「それならレイも握りたい」


「ご飯が炊けたらお願いね」


 冬休みのロイが使わないお弁当箱にお節料理の煮物と甘くない伊達巻をつめて、手が空いたのでレイとプクイカとジオの観察会と雑談。

 ご飯が炊けたのでレイと2人でおむすびを3つ作った。2つはブロンの煮付けが具材で、もう1つはさっぱりするように梅肉とおかか。

 

 前倒し気味に準備をして、レイにも手伝ってもらったのであとは大丈夫そう。

 働いたから遊んでええとレイに伝えて、ジオを連れて居間へ。

 結構時間が経過したのにジオはまだスヤスヤ眠っている。

 居間ではルルが紙芝居をロカに読んでいたので、子守りをしていたようだから遊んで良しと思いつつ、母にジオの面倒はルルにちょこちょこと言われているので任せることに。


「屯所へ兄のお弁当を届けに行ってきます」


 ロカが兄に会いたいと騒ぎ出したので、仕事中で居ない、居ないところに預けてくるだけだと説明した。


「今日は人が多いから子供が一緒だと大変です。リルさんが疲れてしまうから、ロカさんはお留守番ですよ」


「そうだよロカ。お姉さんが疲れたらこの家は大変なんだよ。うちみたいに女がいっぱいじゃないんだから」


 ルルはやはりグッとお姉さんになった気がする。


「ロカ。ルルとレ……私が遊んであげるよ。お兄さんとは明日会えるからね」


 レイもやはり成長しているようだ。


「……はーい」


 今日、私は町内会の当番がないし、家事ももう少ないので散歩がてら屯所へ。

 薪割りをしているロイを見に行き、テツと私が名前をまだ覚えられていない誰かと楽しそうなので盗み見。

 机に向かっている時のロイは格好けえけど、薪割り時の勇ましい感じも格好ええ。

 不定期開催の、デオン剣術道場内の新年大会が来年はあるそうなので楽しみだ。

 コソッとしていたけど、テツが「ロイ君、お嫁さんですよ」と私を見つけた。


「リルさん、どうしました?」


「兄に例の差し入れ弁当です」


「ああ、もうそんな時間ですか。1人で行くと言っていたけど、一緒に行こうと思って急いでいました」


 ついつい幼馴染たちと雑談してしまってすみませんと謝られたけど、一緒にと言われたのは今が初なので首を横に振った。


「夜勤の兄へ差し入れを持っていくので失礼します!」


 私の兄はロイの弟だと決まったのに、ロイはまだ反抗している。


「仕事はもう終わっていたからもちろんです。お気をつけて」


「お兄さんによろしくお伝え下さい」


 ロイの幼馴染二人に見送られて出発。

 荷物はさり気なくロイが持ってくれて、どちらともなく手を繋いだ。

 まったり手繋ぎが嬉しくて鼻歌まじりで歩いていたら、驚いたことにヨハネと遭遇。恥ずかしいので、お互い慌てて手を離した。

 ヨハネは婚約したクリスタの家に年末のご挨拶にきて、その帰りだそうだ。


「これからルーベルさんの家にもうかがおうと思っていましたけど、屯所へ行かれるんですか」


「夜勤の兄へ差し入れです」


 ロイはこう説明したけど、正確には日勤、屯所で仮眠、夜勤と今日の大半を働く私の兄への差し入れだ。

 やっぱりロイはまだ私の兄は自分の兄だと反抗期。


「自分にしては珍しく無計画に来てしまったので……屯所までお付き合いしてもええですか? 夫婦水入らずの邪魔でしょうか」


「クリスタさんを誘いましょう」


「いやぁ、大晦日に連れ回すのは……」


 ロイの提案に対して、ヨハネは遠慮したけど喜びそうなので連行。

 私とロイが前に出てクリスタを散歩に誘ったら、彼女の母親は「ぜひ」と微笑み、呼ばれたクリスタもとても嬉しそうに笑った。


 大晦日は普通のお店は閉まるけど、代わりに露店が開かれてあちこちで小祭り状態。

 家にいましょうという家や、私のように家事をする人間の小祭り参加は年明けだ。

 でも、兄にお弁当を持っていくという名目で、何か見られるかもとワクワクしていたけど、ヨハネとクリスタが増えてさらに胸が踊る。

 クリスタは家のことが終わって、特にすることがなかったので露店巡りや散歩は嬉しいと言った。

 ヨハネがはにかみ笑いを浮かべながら、「それなら遠慮しなければ良かったです」と一言。


「私もお誘いすれば良かったと後悔したので次はえいっとお誘いします」


「いつでも。その、祝言後も遠慮せずにどうぞ」


「は、はい」


 今年は昇進試験に合格したヨハネ、ウィル、ベイリーは3人とも来年結婚する予定。

 一番早いのはベイリーで、エリーが「この娘はベイリー君でないと無理だ」と両親にバレたのですごく早まった。

 同じ日だと共通の友人たちが楽だろうと、ベイリーたちと同日に挙式する計画を立て始めていたウィルとリアの入籍日は伸びた。

 2人の仲人が「華族の降嫁、廃籍になるとはいえ私が後見人なのだから、親友の娘に恥をかかせたりしない」と言い、費用を援助する代わりに日取りや式場などに口を出したからだ。

 まずはウィルの昇進試験合格をキッカケに、彼に新しい仕事を任せ、高評価を得てもらい、役職を上げるそうだ。

 その間、秋に向けて挙式の準備。華族は挙式日を含めて三日連続で宴席が最低限の婚姻儀式らしい。

 ヨハネとクリスタは同じ卿家なので盛大な準備はないから春に挙式だ。

 出会った季節まで待つか迷ったらしいけど、記念の季節を増やすことにしたとクリスタがらぶゆ話を教えてくれた。


 去年の大晦日は恵のお姫様と会えて義母が祝福されたな。

 今年はエドゥアール旅行から始まり、沢山の出会いがあった。

 来年はどんな世界が私を出迎えてくれるのだろう。


 ☆★


 屯所へ着く前に捕物行列があって、人が騒いでいて、この時間は勤務時間外のはずの兄が捕物行列にいた。

 両肩に気絶している若者を担いでいる兄は、私たちに気がついて話しかけてくれた。

 ロイがこれはどうしたと質問したら、連行されているのは若い火消したちで、大晦日だからと度を超えた遊び喧嘩をしたらしい。


「火消しとコネがあるだろうって叩き起こされました。止めて防所へ運ぶだけでも面倒なのに、これから六防とやり合いですよ」


 どうせ向こうの幹部は「年末年始なんだから多めに見ろ」と言う。

 兵官側は管理職系の大半は年末年始はお休みなので多分負けるらしい。

 激務の隊長や副隊長、師団長たちも大事件が少ない今日と明日はお休み。

 出世したら休めるぞという意味があるのと、この二日間を任せる部下は期待の星みたいな感じで。


「っていう建前でこき使われているんですよ。金目当てでこき使われにいっているというか。金持ち上司は手当を持っていくなって。あはは」


「夜勤があるのにもう働いて、この後もみたいですけど大丈夫ですか?」


「もちろん! 体力が取り柄なんで!」


 私たちは兄を見送った。その後に「お弁当!」と慌てる。

 そうしたらロイが、「父上も散歩に誘えばよかでした」と呟いた。


「大晦日に働くのはアレなんですが、ルルさんたちが明日、ネビーさんと遊ぶのを楽しみにしていますし、我が家も新しい家族を町内会で正式にお披露目です」


「ロイさん、六防へ行くつもりですか?」


「ええ。仕方ないです」


 なにせと言ったロイは周りを見渡した。

 確かに、遊び喧嘩くらいで連行するな、政府の忠犬は頭が固い、年末だぞと捕物行列の兵官たちに野次が飛んでいる。

 

「まあ、確かにこれは酷いというか、年末の下街はこうなるんですね。この辺りはうんと下街でもないのに」


「自分も知りませんでした。たまたまかもしれません」


「それなら自分も手伝いますよ。クリスタさん、リルさんのお兄さんのために少し付き合ってもらえますか?」


「もちろんです」


 私とクリスタは前を歩くことになり、ロイとヨハネは2人でひそひそ話を開始した。

 六防の場所は覚えているし、捕物行列が道を示してくれている。

 近くなると、六防の前はぎゅうぎゅうで、野次というか罵声が飛び交って怖い。

 ロイにこれ以上は危ないかもと言われたので、ほどほどのところで止まった。


「うるせぇ! 俺らの仕事を邪魔すると食い逃げもスリも強盗も誘拐も強姦も逮捕出来なくなるんだからな!」


 兄の声だと思ったら屋根の上に兄がいた。他の兵官も五人いて、似たようなことを叫んだ。

 兄だけが言葉遣いが悪いからか、ロイが「ネビーさん、口調……」と顔をしかめた。


「遊び喧嘩は会場でして、区民も会場に集まりやがれ!! 会場に不法侵入くらいは許してやる!」


「被害の少ないことなら見逃すからやり方を変えなさい!」


「えーっと、リルさん、笛。笛を下さい」


 ロイは私に護身用の笛を出すように告げた。

 笛を渡したら、ロイはピーっと思いっきり吐き、「煌護省本庁官吏ルーベルの使者として来ました!」と叫んだ。


「あっ、ロイさん」と兄の声がここまで聞こえた。なんだなんだとロイに注目が集まる。

 

「代理権は息子が行使します。六番隊のルーベル殿! お父上から伝言がありますのでこちらへ」


 兄は驚き顔でロイのところへ来て、コソコソ何かを耳打ちされて、また屋根の上へ戻った。


「煌護省本庁勤務の父上より、緊急の業務命令を発令します。六防の有志で大通りを三等分して、中央は遊び喧嘩と見学の場とし、左右は一方通行にしなさい」


 区民の移動の整理も六防が主導で、兵官は見回り者も補佐をしつつ自分の職務を真っ当するように。

 

「遊ぶな、楽しむなと言っているのではありません! 迷惑をかけないようにしなさいと言っているんです! 建設的な提案には協力しますから、酒で酔ってつい大遊びはやめなさい!」


 兄は火消しの始まりは〜と演説を開始して、なんか火消したちを褒め、君たちは俺ら区民の英雄だろう! と囃し立て始めた。


「ネビーさんに読書させて良かったです。すぐに伝わって、自ら話せて助かります」


 誰かに捕まる前に逃げようとロイに言われたので4人で逃亡。

 

「帰ったらヨハネさんから父上に言うてもらいます。自分からだとブツブツ言われるので。父上ならどうにか手柄にするでしょう」


 必殺、父頼りとロイは珍しくふざけて笑った。ヨハネに「どうしたんですか」と突っ込まれて、兄の真似だと微笑む。


「まぁ、ロイさんは元々たまーにふざけますからね」


「来年からはご近所さんなので色々と楽しみです」


 また兄にお弁当を渡しそびれた。

 屯所の事務員に任せることにしたので来た道を戻っていると、予想外のことにジミーと遭遇した。

 なんでも、月末に大流行しているお腹風邪撲滅のために飲食店への指導まわりがあり、あらゆる体調不良による人手不足で予定が遅れているし、人もいないそうだ。


「本庁勤務なのに下っ端雑務の三男はちょっとってフラれたし、病の鬼扱いで実家にも接近禁止命令を出されて踏んだり蹴ったりです。ったく」


 ジミーは憤慨しながら、自分はいつか絶対に苦労を理解できる伴侶とその家族を手に入れると言いながら、次のお店へ去っていった。

 医者のような格好で、世のため人のために働いて格好ええのに可哀想。

 去り際、ロイが「時間があれば我が家へ顔を出して下さい。もてなします」と言ったけど、聞こえなかったのかジミーは振り返らなかった。


「ジミーさんは人がええから自分から仕事を請け負ったんでしょうね。彼の役職であの仕事は振られないはずです」


「昔から貧乏くじを自分から掴みにいきますからね。頭が下がります」


「長男なら縁談もトントンといきそうだけど、あのクセのある家で三男ですからね」


 縁の下の力持ちで優秀なジミーは、年明けは南西農村区へ出張らしい。

 忙しいからいつ労えば良いのだろう、何がいいかとロイとヨハネは会議を開始。

 クリスタが私に、「あの方が噂のシシドさんなのですね」と言い、友人や姉妹に宣伝すると告げた。


「優しい目をしていましたし、ヨハネさんやロイさんの親友なら間違いありません」


「私にはお嬢様の知り合いが少ないのでお願いします」


 さらに歩いていたら、ロイが「あの露店の本は気になります」と私と離れた時にニックと会った。

 彼は長屋や勤務時の姿とは異なり、ちょっと良い着物に羽織りを合わせて、足袋を履いて下駄を合わせている。

 そしてさらに、若い女性が隣にいて、その隣には中年女性がいて、後ろには男性が三人いる。


「お嬢様、こちらは幼馴染のリルさんです。妹のような存在で、今は卿家のお嫁さんとして励んでいます」


 ニックが「お嬢様」と話しかけた若い女性は、柔らかい笑顔で自己紹介をして、「奉公人のニックさんに、観光案内をしてもらっています」と話した。


「これまで学校や手習いばかりでしたのでとても楽しいです。みなさんも観光ですか?」


「はい」


「さっき火消しの遊び喧嘩があって、邪魔だしお嬢様の目を汚すからこっち方面へ避難したんだ」


「兄がその若い火消したちを連行していました」


「ネビーが? 今日のあいつは仕事なんだな」


「あら、ニックさんもお仕事ではないですか。奉公先のお嬢様に連れ回されてお疲れですよね?」


 息抜きにご友人とお茶でもいかがですか、少し解放しますのでと言われたニックは、ゆっくりと首を横に振った。


「天の原みたいな仕事だから疲れたりなんてしません」


「ふふっ、お上手ですこと」


 なんとなく、ロイが戻ってくる前にこの場を去りたくて、それとなくお別れしてヨハネたちと共にロイのところへ。

 案の定、ロイはヨハネから「ニック」という単語を聞くとすね顔になった。


「姉に聞いたんですけど、奉公先の四女だか五女に好かれて逆玉の輿かもしれない人です。兄の友人です」


 ヨハネに「リルさんの幼馴染のニックさん」と言われたのと、ロイがすねたっぽいので教えておいた。

 

「ああ、あれはデートだったんですか。奉公先に婿入りってことは相当仕事ぶりが真面目で信用されているんですね」


「兄とふざけ話くらいしかしはないけどそうみたいです」


 ニックの話は終わり終わり! と私は兄の友人には桶結いだけではなく、豆腐屋、大工、火消し、料理人などなど沢山だと喋った。

 そこから明日入籍で、明後日宴席をする火消しのイオの話題になったので安堵。

 なぜロイはいつまで経っても「ニック」という単語で不機嫌になるんだか。


 偶然の出会いをいくつか経て帰宅。

 ヨハネとクリスタに家へ来てもらったのでもてなし、祝言が楽しみだと話してお別れ。

 今日は人数が多いので早めに順番にお風呂に入ることにしたのでロイと共に準備。

 といっても、今朝のうちに新しいお水を汲んであるので沸かすだけ。

 2人でくっついて並んで火を起こしながら、ロイが「今年も色々ありました。今日だけでも……あっ」と言い、義父に仕事の話しがあったと去った。

 もう火は起きているので私も用事はないけど、火を眺めるのは落ち着くから少しまったり。


「……にゃあ」


 ガサガサっと音がしたと思ったら猫。

 大晦日に義父母の庭を荒そうなんて許さない!

 箒を持って追いかけていたら庭へ出て、塀から落ちる人影があったので固まる。

 見上げたら見たことのあるお面と服の人物が塀の上でしゃがんでいた。


「よぉ、リルさん。忙しいから挨拶だけと思ったら、こんな風に突然会えて嬉しいです」


「ヴィトニルさんですよね?」


「そうです。すごく急いでいるんでこれで。魔除けの実のお裾分けです! 半分は井戸水で、残りは夕飯のお茶に入れて家族で飲んで下さい」


 すると、お捻りが落ちてきた。

 待って下さい、と言う前にヴィトニルは塀の向こうへ消えてしまった。

 セレヌはいないのだろうか、お茶くらい飲めないのだろうかと慌てて家の外から塀の向こう側付近へ行ったけど、幻のように誰も居なかった。

 拾ったお捻りを開くと、前にもらった苦い実と一緒に小型金貨が三枚入っていたので、旅医者貯金にしなくてはと考えながら家の中へ。


 義父はロイと若干口論中なので、ルルたちの紙芝居を眺めていて、手が空いていそうな義母にこんなことがあったと伝えた。

 

「おもてなし費用として使えるまで、ご利益が貯まるように神棚の中にしまっておきなさい」


「はい」


 台を使ってよいしょっと神棚を開いたら、変な小さな蛇がいて、びっくりしたように跳ねてしゅるしゅると遠ざかっていった。


「あらぁ、銀色みたいでしたから、なんだか縁起がええですね」


「そうですね」


 一番風呂は義父と思ったけど、義母が「ルルさんたちをお風呂へ」と言ったので、四人で入ることに。

 四人でというか、三人で入ってもらい、私は脱衣所で見張り。

 ここへ父とジンが来たので、孫のお風呂も先だと、次は父とジオがお風呂へ。

 子供たちの体が温まったのでと言い、次は義母、義父が入った。

 そんな感じで順番にお風呂に入ってもらい、私はルルと共に夕食の配膳を開始。

 母も来訪したのでお疲れ様の労い、手伝うと言われたけどあいたからとお風呂へ促した。


 夕食の時間になり、義父母の寝室も居間として使用して、二つの部屋を大広間にしてみんなでいただきます。

 ロイと私の両親が挨拶をしあって少しジーンとしたけど、やがて楽しくなった夕食時間を過ごし、男性陣はお酒の力もあって賑やか。

 将棋盤を囲んで、ルルたちも加えて将棋崩しに真剣になって愉快そう。


 私は母と共に片付けをして、それが終わると義母やルカと共にすやすや眠るジオを囲んでぷにぷに触りながらお喋りする会を開催。

 夜泣きが多いらしいけど、今日はほとんど泣かないで非常に良い子。

 ロカが先に寝落ちして、年越しまで起きていたいというルルとレイも寝そうだ。

 私と寝たいと言うので、あまり機会がないのでロイに頼んだら、いいと言ってくれた。

 年寄りは早く寝ると言っていた義父は、父とジンと将棋勝負をして真剣な顔なので寝なそう。

 ルルとレイがロイもと言うので、四人で寝ることになり年越し前に夫婦の寝室で就寝。

 

 さようなら今年。

 一年間、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
年末に素敵なお話をありがとうございました♪ インフル療養中で暗い気持ちでしたが、お陰様で心が温まりました。来年も作者様にとって、素晴らしい一年になりますように。
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