デート編「リアとウィルのちびデート」
デート編、第二弾はこの二人でちょい話です。
今日の私は午前中に家のことを済ませ、ウィルは昇進試験の勉強を進め、午後は二人でハチの散歩と甘味処へ行く。
以前から気になっていたという手紙をいただいてから初のお出掛けなので、緊張と期待が入り混じっている。
昼食の片付けを終え、身支度をして居間で彼を待っていたが、なかなか来ない。
繕い物をして待っていたら、約束の時間を一刻ほど過ぎたので彼の部屋を訪ねた。
襖越しに声を掛けても返事がないので、「失礼します」と告げて中を覗いたら、彼はうつむいて文字を書いているような姿勢で寝ていた。
お昼ご飯の後は眠くなるものだし、持ち帰り仕事と試験勉強に追われていることも知っている。
デートは無しだとガッカリしたけれど、前とは違って彼の気持ちを知っているからそこまで落胆しない。
むしろ、彼が私を慕ってくれているから、部屋に入って肩に羽織りをかけるというお世話も許されると考えた。
風邪をひいたら大変なので、眠っている彼の肩に衣紋掛けに掛かっていた羽織りをかけた。
少し微笑んで気持ちよさそうに眠っている彼の姿は愛くるしい。寝顔を見るのは初めてだ。
不意に唇に目がいき、定番らしいのに結納の日や結納後初のデートでキスされなかったとか、そもそも手も繋いでいないと考えて、そんな自分に照れる。
自分の仕事を色々片付けてあり、ウィルと出掛けないなら予定が無くなったようなものなので、このままこの愛くるしい寝顔を眺めていても良いだろうか。
今、彼がパッと目を覚ましたとして、「何をしている」と怒ることはないだろう。
突然彼の頭がカクンッと動き、ハッと目を見開き、周りを見渡したので目が合った。
「……おはようございます」
驚いたけどなんとか声は出た。
「今、何時ですか⁈ 自分は寝てましたよね⁈」
「お疲れですね。今は十五時と十六時の間です」
「うわっ、すみません!」
慌てふためいた様子のウィルは、頭を下げて「すみません」を繰り返した。
「何も問題ありません」とか、「大丈夫です」と言おうとしたけど、この間リルに言われたことを思い出す。
ウィルは私に諦めている恋をしていたから、きっと私と同じく後ろ向き。
二人とも後ろを向いて歩いたら遠ざかってしまう。
彼にはロイが頑張れと言うから、そう頼むから、私には自分が言うと、リルは私の背中を押してくれた。頑張る時は今な気がする。
「お疲れなのでしょうが少しすねたので……」
室内で座っている状態で手を繋いでくださいはおかしいし、そもそも初回は憧れの小説みたいだと嬉しいし、おまけに「キスしてください」だなんて絶対に言えない。
自然で、してもらいたいことで、言えそうな言葉は何かと考えたら「抱きしめてください」が口からこぼれ落ちた。
「……えっ?」
はしたない女性だとどん引きした。そのような表情に見えて恐ろしくなったけど、この恐怖や不安は自分が作り出した幻で、彼はお慕いしていると言ってくれたと自分を鼓舞する。
リルさん、やっぱり無理です!
この気まずいような重たい空気には耐えられないし、これは後ろ向きな思考ではなくて事実だと思います!
心の中でそう叫んだその時、ウィルはまた「すみません」と謝った。
その謝罪は何に対するものなのか、抱きしめるなんて嫌だということかと問いかける勇気は出ない。
そう思っていたら、胸が熱くなって涙が込み上げてきたら、「失礼します」という声がして、あっと思ったら温かいものに体が包まれた。
抱きしめられたと気がついて、嬉しさよりも羞恥心が前に出て、「いや」と言いそうになったので強く唇を結ぶ。
前に照れでそう言ってしまって後悔したので気をつけられた。
何も言われないので何も言わず、耳が彼の胸元にくっついていて心臓の鼓動がよく聞こえるので、速いなとか、自分もすごいと考えながらそのまま。
ありがとうリルさん、私は今とても幸せです。
「今から甘味処だと遅いので、食後に楽しむものを買いに行きましょうか」
ずっとこのままでいいなと考えた時に抱きしめ終了となったので名残惜しい。
「……ハチさんがお待ちですから散歩へ参りましょうか」
心も体も近かったはずなのに、お互いによそよそしくなり、その状態で散歩へ出掛けた。
秋も深まり、夜が早くなったなと空を見上げる。
胸がいっぱいで声が出なくて、彼も何も言わないからハチの足音と呼吸音だけが目立っている。
ウィルは無表情で前を見据えて歩いているので、何を考えているか分からない。
向こうも私のことをそんな風に思っているだろうから、何か気の利いた話題を探さないと。
「柿かりんごはどうですか?」
「……どちらがお好みですか? 私はどちらも好んでいます」
「それなら贅沢に両方買いましょうか」
「今日は柿で、次の時はりんごにしましょう。またお店までご一緒に散歩したいので」
抱きしめてくださいと言えたので、このくらいのことなら言えるとまた勇気を出せた。
「……そのような口実がなくても、自分は毎日リアさんと散歩したいです」
「おまけ君はこちらへ来なさい」とウィルはハチの位置を私たちの間から外側へ変えた。
それから、私の前に左手を差し出して、「良ければお手を拝借したいです」と告げた。
「……ぜひ」
そうっと彼の大きな手に手を乗せたら、そうっと握られ、降ろされ、手繋ぎになった。
見た目通り大きくて、彼みたいに温かい。
茜色に染まりつつある秋空は美しく、吹き抜けていく冬の訪れを感じさせる冷たい風も普段とは違って心地良い。
住宅地から街中へ出ると、賑やかな世界がきらり、きらしらと輝いていて、雪なんて降っていないのに雪化粧されているようだと感じた。
雪を見ると溶けるように消えてしまいたいと考えることもあるけど、あの白銀の世界に降り注ぐ太陽が世界を静かに光らせるから冬も雪も好きだ。
その冬が、彼と知り合った冬が間もなく訪れる。今年はあの時と違って二人で雪景色を歩けるとワクワクする。
「手が冷たくて心配になります。間もなく我が家で初めての冬ですから、必要なものがあれば遠慮せずに言うてください」
「ありがとうございます。あの、寒さには強いので雪の日も散歩をできたら嬉しいです。私、雪を好んでいまして」
「雪が積もった後の晴れた日はすがすがしく、キラキラと美しいですからね。ハチが大はしゃぎして疲れますけど、リアさんがいれば疲れが吹き飛びます」
これまでと違って、気持ちを伝えてくれるような言葉が増えたのは、彼が勇気を出しただけではなくて、私が気持ちを伝え始めたからだろう。
同じような感想を抱いたんだと感じたことはこれまでも何度かあったけど、それがまた増えて、さらに内容が内容でますます幸せな気分になった。
彼と出会って同じ家に住むことになっても、あの花見に誘われなかったら、リルやエリーとあのように話さなかったら今はなかったかもしれない。
そもそも、あの雪の日に彼と遭遇していなかったら……。
人生は不思議だ。
☆★
数日後のルーベル家。
親愛なるリルさんへ。
背中を押していただきましたので勇気を振り絞りましたところ良きことがありました。
リアも他の友人のように達筆で美しい文字だけど、いろいろな人と手紙をやり取りしているので読めるようになってきた。
らぶゆ話が書いてあるかもしれないので、ロイに読んでもらうことはしたくない。
困った時は義母を頼るけど、リアにもそう言ってあるけど、一人でも大丈夫そう。
「良きこと」とは何かな。
また彼女に会える日が楽しみだ。




