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デート編「リルとロイ その2— ③」

 私はぼんやりするしかなかったのでそうして、ロイはおたまを動かし続けていた。

 すると、みんなが助けに来てくれて土間に全員集合となった。

 全員で井戸覗きをしようと言っていたが、鏡もひとつ見つかっていた。

 井戸覗きと合わせ鏡の両方ができる状態なので、どうするか決める前に助けに来てくれたという。

 ロイが私が見つけたこと——謎の「壱」という文字に鍵について教え、さらに井戸覗きはおそらく罠だろうという考察も披露した。


「鍵はきっと使うべきですよね」


「鍵を使う場所を探しましょうか」


「お姉さんを牢屋から出せるのではないでしょうか」


「それだ!」ということでみんなで牢屋へ行き、見事正解だったのでお姉さんを救出。


「恐ろしいから合わせ鏡で早く逃げましょう」と学生さんが言ったけど、ロイが「掛け軸の壱の謎が解けていません」と首を横に振る。

 アジロ夫が「そうですね。それに祠や供物も気になりませんか?」と口にした。


「残り時間を示す線香がかなり短くなっているぞ」


 天井から声がしたので私は驚き、みんなも動揺しているように感じた。


「鬼は起きてしまったから、また眠らせないといけません」


「それに関してはさっき土間でりんごを見つけました」


 学生さんが見せてくれたのは、確かにりんごだった。気になって持たせてもらうと、木製の偽物だったのだがよくできている。

 軽く話し合い、庭へ行って祠を探し、時間がなくなりそうなら傷のない鏡をふたつ使って合わせ鏡をしようと決めた。

 みんなで庭を目指し、茶室を通ったときに、学生さんたちが掛け軸の裏を確認した。


「なんでこの裏に壱なんですかね」


「鳥の絵ですよね」


「なんの鳥でしょうか」


 掛け軸の絵は余白が多くて、まん丸めの鳥が五羽寄り添うように並んでいる。

 庭で見かけるムクドリみたいで可愛いけど、ムクドリは時々かなりうるさいからちょっと嫌い。

 ロイが前に、騒音鳥と書いてムクドリと読むこともあると言っていた。


「いちとり? 位置を取れ、場所を決めろってことでしょうか」


「いちとり、いや、いちちょう、銀杏(いちょう)?」


 唸り声と何かを叩く音がしたので、怖くてロイの腕にしがみつく。

 逃げるしかないと慌てて茶室から庭へ出た。

 鬼をまた眠らせる必要があるため、最後尾になった学生さんが茶室の中央に偽物りんごを置く役目を担ってくれた。

 井戸はあったが祠は見当たらず、みんなで探していると、アジロ妻が「茶室ではなくて祠ではありませんか?」と茶室を手で示した。

 確かに井戸の方から眺めると、そう見える形状だ。


「祠の中で鬼を眠らせた可能性があります」


 唸り声も大きな音もしなくなったので、そうっと躙口(にじりぐち)から茶室内を確認したら、部屋の中央で斧男——鬼が大の字になっていびきをかいていた。

 時間がないので合わせ鏡をしようということになったが、牢屋から助けたお姉さんが「呪文などは必要ないのでしょうか」と首を捻った。


「だって幼い頃に合わせ鏡をして遊んでも、何か起きたことはありません」


 貧乏育ちの私は合わせ鏡で遊ぶなんてことはしたことがないが、他のみんなは「確かに」と言って顔を見合わせた。

 アジロ夫が屋敷に戻り、二手に分かれて呪文を探そうと提案した。


「鬼が寝ているあそこを通るんですか?」と私は思わず尋ねた。怖すぎる。


「自分たちが探索に行きます!」


 学生さんたちが、奥様たちは怖いだろうから残ると良い、旦那様たちも付き添って下さいと言ってくれた。


「せっかく遊びに来ましたから、私は勇気を出して探索に行きます」


 アジロ妻は勇敢なようだけど、私は心の中で「えー……」と呟いた。しかし、こうなると「私も」と言うしかない。

 あの斧男の近くを通り過ぎるなんて怖いけど、これは遊びだから頑張る。

 一人ずつしか茶室に入れないので、学生さんたちに問題ないことを確認してもらい、次はアジロ夫婦、続けてロイで最後は私。

 みんなが大丈夫だったので安心して茶室に入り、なるべく斧男から離れて歩いていたら、彼は「むにゃ」と言いながら転がり、私の着物の裾を掴んだ。


 ひぃいいいいいいいい!


 学生さんの一人が、「旦那様、起きてしまうから刺激しないで下さい」と言ったので、私とロイは留守番係になった。

 ロイが斧男の手にそっと触れたが、「んごっ!」と唸って動いたため、私の救助を中止。

 ロイは私の様子を見つつ、室内をもう一度調べて、特になにも見つからないと、軸の前で腕を組んで唸った。


「風帯が矢絣柄なんて珍しいから、矢かなぁ。鬼退治と言えば破魔矢ですし」


「この鬼に矢を刺したら倒せるんですかね」


「矢なんてあったら使えそうと思うのに誰も見つけてないんですよね」


 話していたらみんなが戻ってきて、時間がもう本当にないため、とりあえず合わせ鏡をすることになった。

 お姉さんが「試してもいないのに呪文だなんて、余計なことを言いました」と言ったのもあるらしい。

 もう一度庭へ出て、とりあえず合わせ鏡を試みたところ、茶室の方からくぐもった声で「姉さん!姉さん起きて!」という呼びかけが聞こえた。


「シュウ! シュウなのね。私はここよ。起きているわ!」


 お姉さんが叫んだ瞬間、上から布が落ちてきて視界が真っ暗になった。

 しかしその時間は短く、布が私たちからどかされていった。

 おお、普通の庭のようになり、空が見えると感激していたら、ロイくらいの年齢の男性が「姉さん!」と駆け寄ってきて、驚き顔で私たちを見渡した。


「君たちは……」


「この方たちも夢の中に引きずり込まれていたようなの。私を牢屋から逃してくれたのよ」


「……う、うわあああああああ!」


 弟が目を見開いて絶叫したので、ロイにくっついて、その方角に注目。

 そこには斧男がいて、私たちの視線に気づくと斧を振り上げて「逃すか!」と大絶叫。

 ひぃいいいいいいいい!


「逃げろ!」


「早く逃げて!」


「こっちです!」


 言われるがままに小走りで促された方へ移動し、開け放たれた門から脱出。

 「逃げられた!」という達成感と焦りと怖さで息が切れている。


「姉さんがいない。姉さん⁈」と弟が周囲を見渡すと、ほぼ同時に「いやぁ!!!」という叫び声がした。


「姉さん!」


 振り返ると、斧男はお姉さんを片腕で抱えており、「ゔー」と唸りながらゆっくり遠ざかっていった。


「あなたたちまで捕まってはダメ! 逃げて! またすぐには食べられないだろうから必ず助けにきて!」


「姉さーん!」


 斧男はお姉さんを連れて建物の影に消え、弟は悔しそうな顔で崩れるように座り込み、地面を軽く叩いた。


「必ず、必ず助けに行くから……姉さん……」


 弟はすすり泣きながらうずくまった。


 瞬間、カンカン!という音がして、カエデが「みなさん、お疲れさまでしたー!」と明るい声を出した。

 弟もスッと立ち上がり、「お疲れ様でした」と満面の笑顔に変化。


「みなさんはなんとか恐ろしい屋敷から脱出できました。しかし、どうにも後味が悪い終わりでございましたね」


「再挑戦用にネタバレはありませんが、質疑応答の時間をもうけております」


 ……く、悔しい!

 頑張ったのにと思っていたら、隣でロイが「謎がまだ解けていないということですね」と呟き、私に向かって「怖かったですし、難しいですね」と微笑みかけた。


「お芝居が目の前で行われたことも面白かったです」


「本当に。まるで舞台役者になった気分です」


 案内されたのは最初の居間で、そこにはトオカとお姉さんがいて、お茶と干菓子を出してくれた。


「私たちは次の公演の準備がございますので、カエデがご対応致します」


「本日は開店準備公演にお越しいただき、誠にありがとうございました」


「再挑戦をぜひお待ちしております」


 トオカ、お姉さん、弟が挨拶してくれたのでみんなでお礼を告げた。


「全員役者ですのでご希望があれば握手や記名に応じております。お客様をお見送りの際にお声がけ下さい」


 退室する三人に笑顔で手を振られ、気さくな様子に驚きつつ小さく手を振り返した。迷ったけど、みんなが先に手を振ったので私もそうした。


「では、みなさん。これから質疑応答のお時間を設けます。質問ではなく、感想をいただいても嬉しいです」


 カエデがそう言い、順番に進めるため、一番近くに座っているアジロ夫婦に手を向けた。


「そうですね、今回は失敗ということでしょうか」


「脱出は成功したようですが、鬼が追ってきて、助けた女性がさらわれてしまいましたので、お客様方がそこをどう捉えるかです」


「違う終わり方もあるのでしょうか」


「もちろん大団円がございます。その他にもいくつかの終わりを用意してあります」


 アジロ夫婦は顔を見合わせ、「悔しいですね」と言い合った。私も大きく頷く。

 カエデは「では次はみなさま」と学生さんたちに発言を促した。


「大団円には何が足りなかったのでしょうか」と学生さんが質問すると、カエデは「まず、皆様が気にかけていた掛け軸の謎が残っております」と説明した。


「それに」と続け、掛け軸の謎だけでなく、お姉さんが合わせ鏡の際に呪文が必要ではないかと問いかけたことも気になるし、筆記帳に供物という記述もあったと微笑んだ。


「祓うのが大変な鬼なようですので、鎮める方が良さそうですが、一般的に鬼、特に飢餓を訴える鬼には何を捧げるものでしょうか」


 私は鬼祓いなら塩やお酒を使うとしか知らないのでロイにそれを伝えていたら、学生さんの一人が突然声を上げた。


「……あっ。餅、餅や団子です!」


「団子は先に食べさせてしまいましたね」


「遊戯説明時に何かを使うときは慌てず、よく考えるように言われましたが、自分たちでも先に団子を食べさせていたでしょう」


「リンゴは難しいところに隠されていましたからね」


 私は「お団子を使ってしまった!」と心の中で叫んで焦ったが、学生さんたちはそう言ってくれて、アジロ夫婦も「あの状況では自分たちも使いますね」と笑い合っている。


「では次はルーベル様。何かございますか?」


「あの掛け軸の謎を解くための鍵は全て揃っていたんですか? 自分たちが分からなかっただけですか?」


 カエデは「皆様がまだ探していない場所がございます」と話し、筆記帳を提示した。

 お姉さんから受け取って読んだものだったが、よく見ると千切れている。


「この片割れに謎解きの鍵があるということですね」


「内容はネタバレになりますので、発見できなかった皆様には秘密です」


 筆記帳の片割れを読むことで鳥の種類や、鬼が封印される前にどうやって身動きを封じられたのかが分かるらしい。

 また、私たちが見つけていなかった道具が必要だったため、庭を探索する必要があったそうだ。


「鬼だけではなく、時間との戦いでもありましたね」と学生さんたちに笑いかけられて、「怖かったですからね」とアジロ夫婦が言い、みんなで怖かった、怖かったと盛り上がった。


「恐怖の館の謎ですから、恐ろしくても探し物や謎を解かないと真の解決には至りません。それでは皆様、お疲れさまでした」


 カエデが公演の終了を告げ、「素晴らしかったです」と拍手してくれたので、みんなで拍手し合う。

 屋敷の門まで案内され、記念の筆記帳をもらい、希望者には「半解決」のスタンプや絵のところに、記名をしてもらえると言われたため、役者全員分をお願いして、握手もしてもらった。

 再挑戦希望用の申込書と紹介優先用の封筒、宣伝用紙を渡されて解散。

 完全解決できなかったことやお姉さんを救えなかったことが悔しくて、ロイと私は家計をやりくりして再挑戦しようと約束した。


 しばらくして、『恐怖の館の謎』は正式に営業を開始した。このような遊びは初めてだと話題になり、贔屓(ひいき)の役者との距離が近いこともあって、あっという間に大人気となった。

 完全解決できなかったことにもやもやするが、予約が取れないため仕方がない。

 面白い遊びだったが怖かったので、義母と二人で西風茶会の店「フロラ」へ行くのが楽しみだ。


 私とロイが友人たちに軽く話したところ、町内会で子供向けにあまり怖くない謎解き会を開催することになった。

 信仰心や礼儀作法の大切さを謎解き会を通して伝えるという趣旨の会だ。


 ロイは幼馴染のテツと共に脚本係になり、子供が解ける謎は何か、どんな役が必要かと楽しそうに話し合っている。

 町内会行事をきっかけにサリがテツと遊びに来ることが増えたし、「進捗はどうですか?」と他の若夫婦も顔を出す。

 ルーベル家は去年よりも明るくなった、そう言った義父は「リルさんが嫁いでくれてからだ」と褒めてくれるので鼻高々。

 しかし、人が多いとつい聞き手側に回ったり、タイミングが分からなくて無言になってしまうので、もっと頑張りたいと思う。

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